31.亘の見立て
「ふんぬっ!!せりゃ!!」
'グリズリーベア'の攻撃を華麗にかわし、ガイアスは自らの十字槍で勢いよく薙ぎ払う。普段の'グリズリーベア'ならばその攻撃で核まで届くのだが、健司の手により強化されているため分厚い筋肉の壁に阻まれ致命傷までは至らなかった。
「むっ!!」
咄嗟に十字槍から手を離し腰に刺した短剣に手を伸ばしたのだが、それを抜く前に横から来たフリントが自慢の愛刀で'グリズリーベア'にとどめを刺す。
「いつも通りの感覚でやると痛い目見ますよ。常に全力の一撃をお見舞いしてやらないと」
「そのようだな。魔物の強化がここまで厄介なものとは思わなかった」
ガイアスが'グリズリーベア'の脇腹に刺さった十字槍を引き抜きながら言った。フリントも剣を素早く動かし、剣についた血糊を振り払う。
「あんまり悠長にしている時間はなさそうですよ?」
「あちらの雲行きが怪しいのか?」
フリントが昴と'ケルベロス'の方に目を向けているので、ガイアスも眉をひそめながらそれに倣った。二人は殿に近い役割を担っており、昴から一番離れた所で魔物と戦っているため細かいところまでは見えないが、三首の魔物が一人の人間に襲いかかっているのだけはかろうじて確認することができる。
「さっきまでは恐ろしいほどの強さでスバル君が'ケルベロス'を圧倒していたんですが、今は何故か防戦一方になってます」
「…'ケルベロス'を圧倒とは、彼に一体何があったんだ」
「さぁ…それは今考えても詮無きことでしょうね」
ガイアスがうーむ、と唸っているのを見てフリントは肩を竦めた。
「とにかくこの場をさっさと片付けてスバル殿の援護に向かうべきであろう」
「それが最善でしょうね。…足を引っ張ることにならなければいいですけど」
ガイアスの言葉に賛同しながらフリントは乾いた笑みを浮かべる。魔物と戦いながらも遠巻きに昴の戦いを見ていたフリントは自分との戦闘力の差をまざまざと思い知らされていた。これほどの実力差があれば笑いはすれど妬む気持ちはこれっぽっちも湧いてこない。今はただ昴が敵にならない事だけを一心に願っているのだった。
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ガイアス達とは少し離れた所でさおりと真菜、そして優吾達を含む五人が魔物相手に必死に戦っていた。
五人がいるのは魔物が最も密集している場所。オセが生み出した魔物は普通に戦っても易々とは倒せない高ランクの魔物である上に、健司によって強化されており、'ゴブリン'を一掃するようにはいかなかった。
それでも優吾が敵の攻撃を引きつけ、隙ができたところを真菜とさおりが追い打ちをかけるという戦法で少しずつではあるが確実に魔物数を減らしていっている。
「…楠木君の方、なんかまずくない?」
'サーベルタイガー'の眉間に拳を打ちつけながらちらりと昴の方に目を向けたさおりが不安そうな声を上げる。怯んだ'サーベルタイガー'に【風属性魔法】で強化した鉄扇でとどめをさしながら真菜もそちらに視線を向けた。
「…攻めあぐねているように見えるわね」
「まじか!?あの昴がか?」
優吾は大きな盾越しに驚いた表情を浮かべると、確認するように亘に視線を送る。
【創作家】のユニークスキルを持つ亘は【改造】のスキルにより自分の眼鏡を改造し、望遠機能をつけていた。そのため五人の中で亘だけは戦闘を二の次とし、卓也に守られながら、戦況の把握に専念していたのだった。
そんな亘は優吾だけではなくさおりや真菜からも視線が集まり、少し困惑したような表情を浮かべる。
「私が見ていた限り、優勢だったのは昴君の方です」
「なのに今は昴君が苦戦してるの?」
拓也が襲ってくる魔物を弱めな魔法で牽制しながら尋ねた。亘は遠慮がちに頷くと、かけている眼鏡を指でクイっと上にあげる。
「途中までは昴君が優勢でした。ただ前田君が'ケルベロス‘の傷を治した時に何らかのダメージを負ってから昴君が防戦一方になったのです」
「何らかのダメージ?」
「えぇ…なにやら血を吐いているようでした」
亘の言葉を聞いたさおりがハッと息を呑んだ。真菜も魔物を相手にする手を止めはしないが、その目は大きく見開かれている。亘は突っ込んでくる'ブルーブル'をなんとか躱しながら話を続けた。
「ここからは私の憶測なのですが、前田君の使っている魔道具…あれにはデメリットがあるんじゃないでしょうか?」
「デメリット?」
「えぇ。私はユニークスキルの影響で道具の類に対する目利きにはそれなりに自信があります。あの魔道具はただの魔道具ではない…危険な力が働いているように見受けられます。そもそもデメリットなしであのような強力な力が使えるなんて到底考えられません。それならば私自身が作っているはずです」
魔物の猛攻をかいくぐりながら皆が亘の話に耳を傾ける。それには確かな説得力があった。
「…そのデメリットって言うのは」
話の流れでなんとなく勘付いた拓也が亘の方を見ると、亘はコクリと頷いた。
「おそらく使用者の身体に多大な負担がかかるのでしょう。いくら異世界の勇者とはいえランクSの魔物を治癒するにはまだレベルが足りなかったんだと思います」
「…血を吐いたのが昴の攻撃によって、っていう線はないのか?」
盾で魔物を押しのけながら優吾が聞くと、亘は首を左右に振る。
「ないとは言えませんがそれならば今昴君が追い詰められている理由がわかりません。それほど彼は'ケルベロス'を圧倒してましたから」
「じゃああいつは裏切り者を庇いながら戦ってるっていうの!?」
真菜が凄まじい剣幕で亘に詰め寄った。普段のクールビューティな様子からは想像もできない程に声を荒げた真菜を見て、優吾達はおろかさおりですら目を丸くしている。そんな真菜の隙を'サーベルタイガー'は見逃さなかった。
「真菜っ!?」
「っ!?くっ…!!」
さおりの声に反応した真菜が振り返ると'サーベルタイガー'が今にも食い殺さんと、その鋭い牙が並んだ口を大きく開けて飛びかかってきていた。真菜は避けるのは叶わないと瞬時に判断し、鉄扇を前にかざし最低限のことダメージで済まそうと歯をくいしばる。
ザシュッ!!
二本の長い牙が真菜の身体に届く前に、'サーベルタイガー'は黒い刃によって斬り飛ばされた。唖然としたのも一瞬、すぐに攻撃が飛んで来た方を見ると昴が'ケルベロス'の攻撃をまともに喰らい吹き飛ばされているところであった。
「あのバカ…!!」
健司の身体を気遣って満足に戦えていないくせに人のことばっかり気にして…しかもそのせいで自分は傷を負ってしまうなんて。
自分の不甲斐なさにこの上ない苛立ちを覚えた真菜は咄嗟に昴の元へ駆け出そうとするがその腕を優吾が掴んだ。
「なに?」
感情を押し殺したような声に射殺すような視線で優吾に顔を向ける。明らかに八つ当たりなのだが真菜はそれに気づけるほど冷静にはなれていない。そんな真菜の気迫にも優吾は物怖じ一つせずに真菜の目を見つめた。
「落ち着け!今この場を望月に抜けられたら俺たちの陣形が崩れあっという間に全員お陀仏になっちまう!」
「………」
「昴を信じろ!あいつはあんなもんでやられるようなタマじゃない!それに姉さんも霧崎もあいつの元に向かってる!俺たちは俺たちのやれる事をやればいい!」
優吾の言葉によって真菜の頭が徐々に冷えていく。それを感じ取った優吾は掴んでいた腕をゆっくりと離した。
「青木君の言う通りね。ごめんなさい、少し気が動転していたわ」
「気にすんな!それより」
「二人とも!!早く手を貸して!!」
優吾が真菜を説得している間、魔物の軍勢を一手に受けていたさおりが必死な様子で声を上げる。優吾は慌ててさおりと魔物の間に割って入っていった。真菜もすぐに加勢をしようとしたが、立ち止まると昴の方に顔を向ける。
「…終わったらお礼の一つぐらい言わせなさいよね」
小さな声でそれだけ呟くと、真菜はさおりを手助けするべく鉄扇を構え走り出した。