27.昴の力
我に返った昴は周りを見渡す。自分がいない間に健司が裏切ったかと思ったが他の者の顔を見る限りそんなことはないらしい。
「なんで…なんで前田君が…?」
信じられないといった様子のさおりが掠れた声で尋ねるも健司は無表情のまま何も答えない。その瞳はさおりなど見ておらず、じっと昴に向けられていた。
「…なんでお前がここにいる?なんでお前が生きている?」
健司から発せられた声はお調子者の彼のものとは思えないほど冷たく、暗いものだった。昴は片時も自分から視線を外さない健司を見て怪訝な表情を浮かべる。
「…むしろお前がなんでそっち側にいるのかみんな気になってるみたいだけど?」
「質問に答えろ、楠木。なぜお前は生きてるんだ?」
相手の言葉には一切耳を傾けらつもりはない。そんな明らかに様子のおかしい健司を前に昴は雫に視線を向けるも困った顔で首を横に振るだけだった。
「俺様達の協力者に戸惑いを隠せないみたいだな」
オセが愉快そうに顔を歪める。全員の視線がオセに向けられる中、健司だけは昴を睨みつけたまま微動だにしなかった。オセは皆の注目が集まると、嫌らしい笑みを浮かべたまま、健司の方に親指を向ける。
「コイツは自らの意思でオレ様の元にやって来たんだよ。同じ王都アレクサンドリアを壊滅かけるという目的を持った協力者ってやつだな」
「そんな…嘘でしょ…?」
「どういうことだよっ!?」
あまりの驚きに口元を手で覆うさおりの隣で優吾が声を大にするが、健司はふたりに見向きもしない。ただひたすら親の仇を見るような目で昴を見つめていた。そんな様子をオセは楽しげに眺めている。
「まさか自分達の仲間が自分達の敵になっているなんて夢にも思わなかったよなぁ?だが、これが現実だ!お前ら人族の結束なんてその程度のものだってことだ!!くっはっは…………ちぃっ!!」
高らかに笑い声をあげたオセ目がけて銀の槍が振り下ろされる。オセは咄嗟に後ろに飛びのき、忌々しそうにニールを睨みつけた。
「奴らの絶望を楽しんでいたのに、空気の読めない奴めっ!!」
「何が起ころうと俺の標的がお前であることは変わらない」
「てめぇ…この状況わかってんのかっ!?てめぇが仲良しこよししている人族が魔物の群れにさらされている上、裏切り者が出てんだぞ!?俺にかまっている場合じゃねぇだろ!?」
「…俺には何の関係もないことだ。それにあっちはあいつがなんとかするだろ」
そう言うや否や’ファブニール’を構えてニールが突進する。足手まといの人族を庇いながら魔物と戦わせることでニールを疲弊させようとしたのだが、迷いなくこちらに向かって来るニールを見て悪態をつきながらオセは迎え撃った。
昴の顔を凝視していた健司であったが、何かに気がついたのか、急に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「なるほど…そういうことか…お前もグルってわけだな、楠木」
「グル?」
「そうだよな…お前は玄田に恨みを持っていた…結託してもおかしくないわけだ」
「お、おい。何の話をしてるかさっぱり…」
「どうやって情報を仕入れたか気にはなっていたが…楠木が絡んでるとなれば王国が玄田の弱味を握ってもおかしくない」
自分の世界に入り込んで訳のわからないことを言っている健司にお手上げといった様子の昴だったが、王国というワードが健司の口から出たためガイアスの方へと顔を向ける。しかし、ガイアスも昴と同じような顔をしており、少なくとも彼は昴同様、健司の言っていることがわからないようだった。
「ケ、ケンジ殿。何の話をしているのかわからないがとにかくこちら側に」
「だまれ!王国の犬めが!!俺に話しかけるなっ!!」
それまで静かに独り言を言っていた健司はガイアスが前に出てきた途端、狂ったように声を荒げる。まさかの反応にガイアスだけでなく、昴達も驚きを隠せなかった。
健司は昴に向けたもの以上に憎しみのこもった視線でガイアスを睨み付けると、すぐに視線を外し後ろに立っている雫達へと視線を向けた。
「会長…あんたらはどっちの味方だ?」
「…質問の意味がわからないわ」
「そこにいる卑怯者か、玄田か。お前らはどっちの味方なんだ?」
健司が昴を顎で指し示す。雫は無表情で昴を一瞥すると真っ直ぐに健司を見据えた。
「やっぱり意味がわからないわね。どちらも同じ仲間であることに変わりはないから」
「………」
「ただこの状況で前田君と昴のどっちの味方をするかと聞かれたら、あたしは昴の味方をするわ」
雫の言葉を聞いた健司がスッと目を細める。そのままゆっくりと雫の後ろにいるさおりや優吾達に視線をずらした。
「お前らも同じ考えか?」
健司の問いかけに無言で頷く優吾達。それを見た健司が馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「そうか…なら遠慮はいらないな」
健司が自身のスキルを発動すると、オセが作り出した魔物達がビクッと反応する。みるみるうちに牙や爪がより大きく鋭利に、筋肉は膨張し、体躯が倍以上に大きくなっていった。
「な、なにこれ!?」
自分達を取り囲む魔物の異様な変化にさおりが怯えたような声を上げる。そんなさおりを庇うように前に出た優吾の顔からはありありと緊張感が滲み出ていた。
「…これはケンジ殿のユニークスキル、【魔物使い】の中にある【魔物強化】のスキルだ。そのスキルを所有しているのは知ってはいたがこれほどの数の魔物を強化できるとは…」
ガイアスが冷や汗をかきながら十字槍を構える。
「これは…まいったね」
フリントが笑みを浮かべながら剣を握るが、その笑みはいつものように余裕のあるものではなく、どこか諦めたような笑みであった。
「卓也君、魔力に余裕はありますか?」
「…余裕があったところで普通の'グリズリーベア'相手にすら通じないのに、こんな強化された奴を相手になんてできないよ」
「まぁ…そうですよね」
そう言いながら亘も卓也も各々武器を構える。美冬との訓練で諦めるという言葉を忘れた二人にとって絶望的な状況というのは慣れたものであった。
そんな二人を見て、美冬は僅かに微笑みながら自分も杖を構えようとするが、上げかけた手を昴に止められる。
「………昴?」
「指名されてるのは俺だ」
昴は'鴉'を呼び出すと、一気に魔力を練り上げた。そのあまりに桁違いの量に一同は目を見開く。タマモから色々な話を聞いていた美冬達はそれほどではなかったが、前情報のない雫やガイアス達にとってはまさに度肝を抜かれるものだった。
昴は少し離れた所で戦うニールとオセの方に視線を向ける。
「ニールッ!!手加減抜きで撃つからそっちにまで気を回せない!!自分で何とかしろ!!」
「は?一体なにを…ってあいつっ!!」
「なんだ!?なんだってんだよ!?」
ニールは盛大に舌打ちをしながらオセから距離をとると【身体強化】を施し、"雷帝"によりさらに自身の身体能力を向上させた。それを見たオセも訳がわからないまま自分の身体を強化する。健司は眉をひそめて昴を見ていたが、その下にいる'オルトロス'は全身の毛を逆立て昴から一気に距離をとった。
それらを見届けた昴は魔力を解き放ち全力の一撃を放つ。
「"鷲風"っ!!」
昴の持つ小刀から発せられる無数の黒き刃の風。普段は牽制で用いられることが多いこの魔法なのだが、大量の魔力が込められた風はその威力も範囲も尋常ではなかった。
昴を中心に吹き荒れる暴風は近くにいた雫達以外のものを全て飲み込んでいく。視界は遮られ、見ることはできないが魔物達の断末魔がそこかしこで響き渡っていた。
命を刈り取る悪魔の風が過ぎ去った大地は死屍累々であった。大量に作られた魔物の半数近くは地に還っており、生き残った魔物達も無事とは言い切れない打撃を受けている。何が起こったか理解できない雫達は目を剥き、あんぐりと大きく口を開いたまま言葉を出すことができなかった。
「…全滅させるつもりだったんだが、強化は伊達じゃねぇみたいだな」
自分が引き起こした災害のような状況を見て、昴は不満そうに眉をしかめた。先ほど魔族との戦いで昴の強さを目の当たりにした真菜が真っ先に我に返り、昴の元まで駆け寄るとその頭をおもいっきり叩く。
「このバカっ!!何をやるか説明してからやりなさい!!生きた心地がしなかったわ!!」
「いってぇな。ちゃんとお前らには影響のないようにコントロールしただろ」
「そういう問題じゃないわよ!!誰かが間違って動いたらどうなってたのよ!?」
「…まぁミキサーに入ったみたいになるだろうな」
「本当にこの男は…!!」
怒りに肩を震わせている真菜の後ろでさおりが同じように身体を震わしていた。しかしそれは真菜とは理由が異なり、純粋な恐怖からくる震えであった。そんなさおりの肩を雫がそっと叩く。さおりが顔を向けると雫が優しく包み込むような笑顔をこちらに向けていた。
「…昴なら大丈夫よ。あたし達に刃を向けることは決してない」
「…そう、だよね。ごめん…あまりにすごい力を見て少し怖くなっちゃった。…でも楠木君は味方だもんね?」
「気に入らないやつだけどね」
まだ怒り冷めやらぬといった様子の真菜が不機嫌そうに言う。なんとなくそんな真菜が珍しく思い、さおりが興味深けな視線を向けると真菜は思いっきり眉を寄せた。
「…なによ?」
「別に?」
これ以上はやぶ蛇になりそうであったため、さおりが誤魔化すと、真菜はフンッと鼻を鳴らし、前に立っている昴の方を睨みつけた。
「話には聞いていたけど、とんでもねぇな…」
優吾が驚き半分、呆れ半分といったように笑みを浮かべる。タマモから'ベヒーモス'や'ドラゴン'を倒した、という話を聞いており、それが嘘だとは思ってはいなかったが、聞いただけと実際に目で見るのやはり違っていた。亘と卓也がそれに頷き同意の意を示す。
「まさか…信じられない…」
放心状態のガイアス、さらには顔から笑みが吹き飛んだフリントを見て三人は苦笑いするしかなかった。
「…あのバカ、これが終わったらマジでしばく」
迫り来る無数の黒刃を'ファブニール'ですべてはじき返したため無傷ではあったが、ニールは怒り心頭という様子であった。
「おい!!」
「なんだ?」
「…あいつは何者だ?」
同じく強化を施した拳により昴の魔法を退けたオセが真顔でニールに尋ねかける。竜人種であるニールが強いのは納得ができるが人族である昴が今見せた力は明らかに異常であった。
異世界の勇者達を遥かに凌ぐ実力を持つ男にオセの中では好奇心と警戒心がないまぜになったような感情が渦巻いている。ニールは静かにオセを見据えると銀槍をくるりと回転させた。
「知りたいんなら力ずくで吐かせてみろ」
「はっ!!おもしれぇ!!喋りやすいようにボコボコにしてやるよ!!」
オセは獰猛な笑みを浮かべると、【身体強化】を施したままニールに向かって飛び出していった。