26.やってきた協力者
遅れてやって来た者たちも二人の激しさを増す戦いに目を奪われている。だだっ広い平原として有名であったサロビア平原も、ここだけは二人に巻き込まれた大小さまざまな瓦礫により爆心地のような様相を呈していた。
「ね、ねぇ…あれが親分なんでしょ?みんなで戦わなくていいの?」
恐る恐るといった様子でさおりが昴の方を見ながら問いかけた。ちらりとさおりの方に目を向けた昴が口を開く前に真菜が左右に首を振る。
「無理ね。万全の状態ならまだしも今の私たちが手を出しても足を引っ張るだけよ」
「そんなの…!!」
やってみなきゃわからない、そう告げようとするが人外の戦いを目の前にさおりは口を噤むしかなかった。
「それにあの二人の戦いは私たちの手におえるレベルをはるかに超えている」
真菜がさおりに目を向けながら現実を突きつける。さおりは悔しそうに唇を噛んだが返す言葉が見つからなかった。
「それに…」
真菜が呆れた表情で昴の方へと視線を向けるとどうしようもないといった様子で肩を竦める。
「手が出せるレベルなのにあえて手を出せないどっかの誰かさんもいるしね。どうせ一対一で戦いたいとか思ってるんでしょ。本当に男ってバカばっか」
「…ほっとけ」
拗ねたように自分から視線をそらす昴を見て真菜は大きくため息を吐いた。
「今のあいつに横やり入れてみろ。矛先がこっちに向いちまうっつーの。なぁ優吾?」
「当然!男同士のタイマンを邪魔する奴は馬に蹴られて死んでしまえ、なぁ亘?」
「その通りです。女性にはわからない男の世界があるんです、ねぇ卓也君?」
「…昴君は別として二人はあの戦いに混じれるの?」
話を振られた卓也が二人にジト目を向ける。優吾と亘はしばらくお互いの顔を見つめ合った後すがすがしいほどさわやかな笑みを浮かべた。
「「無理だ(です)!!」」
「………お前ら少し黙ってろ」
美冬の杖によって容赦なく脳天を殴られた二人が悶絶するのを尻目にガイアスが昴に話しかける。
「色々なことが起こりすぎて正直頭の整理がつかないが、とにかくスバル殿。生きていてくれてよかった」
「…どうもっす」
昴は勝手にいなくなってしまったことへの罪悪感から気まずそうな表情で頭を下げた。
「君があの森でなくなって僕達が捜索に向かったけど全然見つからなかったから君の生死は絶望視されていたんだよ。一体どうやって生き残ったの?」
「いろいろありまして…今話すと少し長くなってしまうので」
「…城に戻ったら詳しく聞かせてくれるかな?」
「…時間があれば」
相変わらず笑みを浮かべているフリントの顔を見ずに昴は答える。ジェムルから聞いた知り合いの異世界人の話や『龍神の谷』で聞いた過去に人族が行った所業からこの世界の住人を、というよりアレクサンドリアの者を信用していない昴はこれまでの経緯を詳しく話すつもりは毛頭なかった。
なんとなくそんな空気を察したフリントがさらに追及しようとするのをガイアスが手で制し、昴に向き直る。
「確かに今はそれどころではないな。それでもスバル殿の生存を知れば女王陛下もお喜びになられる」
「…女王様が?」
昴が訝しげな表情を浮かべた。そんな昴を見てガイアスは当然だ、とばかりに大きく頷く。
「女王様は大変心を痛めておいでになられた。…それはスバル殿の事ばかりではなく、ユウゴ殿、そなた達の事でもな」
「へっ?俺達?」
まさか自分達に話題が振られるとは夢にも思っていなかった優吾達が全員目をぱちくりとさせていた。
「自分のあずかり知らぬところであったとはいえ、そなた達異世界人ばかり危険な目に合わせてしまっている、と常日頃嘆いておられた。…これはあまり知られていないことだが、ユウゴ殿たちが旅だったことを知った日から、毎日大聖堂に赴きそなた達の無事を祈っておいでであったぞ」
「そうだったんすね…」
優吾達が驚いている横でさおりがばつの悪そうな表情を浮かべている。訓練場で感情の赴くままにティアのことを責めたさおりであったが、ティアがそんなにも優吾達のことを慮っていたことを知り、申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。
そんなさおりの胸中を見透かしたように真菜はさおりの頭にそっと手をのせる。そして泣きそうな表情でこちらを見てくるさおりを慰めるように笑顔を浮かべた。
「帰ったら女王様に謝りな」
「…うん」
涙をこらえるように頷く。優しく頭を撫でくれる親友に感謝をしていると、ふと真菜が布の切れ端のような何かを持っていることに気がついた。
「そういえばそれなに?」
「っ!?…なんでもないわ」
さおりに指さされ真菜は慌てて昴から渡された巫女の衣装を”アイテムボックス”へと投げ入れる。ニヤニヤとこちらを見ている昴に対し、親の仇を見るような目で一睨みすると、不機嫌そうに顔を背けた。そんな真菜と昴を見てさおりは意味がわからず首をかしげるばかり。
「それにしてもあの’お姫様’がねぇ…」
ティアがいなくなった自分のために心を痛めていたという意外な事実を聞かされ、昴はゆっくりと自分の顎をなぞった。ティアに会ったことがあるのはこの世界に召喚された時の一度だけ。それ以外で話したことはおろか、顔すら見たことはなく、おそらく異世界人の自分達には興味などなく捨て駒くらいにしか考えていないのであろうと勝手に思っていた。
しかしガイアスの言っていたことを真鵜呑みにするのであればそれは間違いなのかもしれない。あくまでガイアスの言葉を馬鹿正直に信じるのであればの話ではあるが。
「昴…」
「ん?」
そんなことを考えていたら不意に後ろから声をかけられた。振り返ると雫が不安そうな表情を浮かべている。
「あの人がこの戦いのボスだとしたら、まだ全然本気を出していないわ。あたしたちが戦っていた魔族は獣の力を自身に宿し、戦闘能力を格段に上昇させることができたの。だから───」
「あいつも同じことができるってわけか」
言い終わる前に昴が言うと、雫は静かに頷いた。
「………それはニールも同じこと」
いつの間にか昴の横に来ていた美冬が代わりに雫に答える。
「美冬…知ってんのか?」
意外そうに昴が尋ねると美冬がコクリと頷いた。
「………サクヤに色々聞いたし、実際にこの目で見た」
「この目でって、あいつが竜神化しなきゃなんねぇ程の奴がいたっていうのか!?」
「竜神化?」
衝撃の事実に驚く昴と知らない言葉に首をかしげる雫。昴は雫に後で説明する、と告げ美冬に顔を向けると、美冬はフルフルと首を横に振った。
「………あれは明らかにオーバキル。我が物顔で飛んでいる敵にイラっと来た感じ」
「…プライド高いからなぁ、あいつは」
昴は苦笑いを浮かべ、熱戦を繰り広げている二人に視線を戻した。
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「おらぁ!!」
渾身の右ストレートを軽々と槍でいなしてニールは距離をとった。結構な猛攻を仕掛けているというのに涼しげな表情を浮かべている相手に、オセは思わず舌打ちをする。
「てめぇ…何者だ?ただの人族じゃねぇだろ?」
苦々しそうなオセの表情を見ながらニールは鼻を鳴らすとクルリと’ファブニール’を回転させ油断なく構えた。
「誰が人族だと言った?俺は誇り高き竜人種だ」
「竜人種?」
まさかの答えにオセは表情をさらに曇らせる。実際に戦ってみてニールが強いのは紛れもない事実だった。それでもまだ自分は【獣神化】を使っておらず、肉体強化もさほど行っていない手前余裕で勝てる相手だとたかをくくっていたが、相手が竜人種だと話が違ってくる。亜人族の中でも屈指の戦闘力を誇る上に、自分と同様に肉体を変化させることができる種族。負けるとは微塵も思っていないが楽に勝てる相手ではないことは確かであった。
オセはニールに警戒を払いながら、こちらの戦いを眺めている黒コートの男に目をやる。正直ニール以上に得体のしれず、ニールを倒した後、相手をするには少々骨が折れる相手であることは間違いなかった。
「…こいつを使うのはあまり気が進まねぇんだがな」
オセは懐に手をやると筒のようなものを取り出した。大きさは三十センチメートルぐらいの小さなものだが、なんとなく嫌な気配を漂わせており、ニールがスッと目を細めてその筒を見つめる。
「あの狂った野郎の手を借りるのは癪だが…不測の事態ってことで割り切るとするぜ」
「…なんだそれは?」
「これか?…見てればわかるぜ!!」
そう言うと同時にオセが筒を握りつぶす。すると潰された筒から大量の瘴気が吹き出し始めた。
「なっ!?」
予想外の展開にニールは目を見開く。そんなニールをあざわらうかのようにどんどん筒から瘴気はあふれ出し、無数の塊を作っていった。
「これはな…スキルをストックしておける魔道具なんだよ。うちの狂った科学者が開発したもんでよぉ…まぁストックしておけるスキルは限られているがな」
オセが話す間にも瘴気の塊は作られていき、昴達をも取り囲むほどに増えていく。そして粘土細工のように伸びたり縮んだりを繰り返し、何かの形を成していった。
「俺が詰め込んでおいたスキルは【魔物生成】。この一つ一つが魔物だ。しかも高ランクのな」
その言葉を皮切りに瘴気の塊は魔物へと変貌していく。その数は今まで相手してきた魔物の比ではなかった。ぐるりとあたりを見渡せば、視界を埋め尽くすほどの魔物が犇めいている。
「…これほどの量の魔物、制御しきれると思っているのか?」
冷静さを崩さずにニールが問いかけた。多少の驚きはあったものの自分の後ろには昴がいる。統制をとれるはずもない魔物の群れなど相手になるはずもなかった。ニールの言いたいことを理解したオセはニヤリと笑みを浮かべる。
「俺は魔物を生み出すのは得意なんだけどもよぉ…魔物を従わせるっていうのが苦手だったんだよ。だが今回はその道のスペシャリストの協力者がいるから問題ねぇよ」
「協力者?」
ニールが眉を顰めると、戦場に一匹の魔物が降り立った。夜の闇のように黒い体躯は優に五メートルを超えている。獰猛な犬の頭を二つ持っており、鋭い牙からしたたり落ちる涎が昴達を餌だと認識していることを物語っていた。
ランクAモンスター’オルトロス’。突然の登場に昴達は驚き言葉を失っていた。しかしその驚きは大量の魔物が現れたことでも、’オルトロス’がやって来たことに対してでもない。
その’オルトロス’の背中に’彼’がいた。理不尽な異世界召喚に巻き込まれながらも、魔王を倒そうとここまで苦楽を共にしたクラスメートの姿がそこにあった。仲間だと思っていた者がゴミを見るように冷たい視線をこちらに向けている。
【魔物使い】の前田健司が’オルトロス’に跨り、戦場に姿を現したのだった。