25.合流
真菜は目の前で繰り広げられている戦いを見ながら、どこか映画を見ている錯覚に陥る。ニールの持つ槍とオセの拳がぶつかり合うたびに、立ってはいられないほどの衝撃が起こり、地面は抉られ、石つぶてが飛び交っていた。
真菜は隣に立つ昴の様子をこっそり窺う。そんな人外の戦いを前にしても昴に変わったところはなく、むしろあくびを噛み殺すような仕草まで見せ、退屈しているようにすら感じた。
「昴っ!!」
「真菜っ!!」
突然呼ばれた二人が同時に振り返ると、こちらに走り寄る複数の人影が目に入る。
「なっ……お前らっ!?」
「無事でよかった!!」
驚く昴を無視してさおりが真菜に抱きついた。真菜も少し驚いた様子ではあったが、すぐに頬を緩ませると、さおりの身体を優しく抱きしめる。
「心配かけてごめんね」
「ううん!!生きているならなんだっていい!!」
さおりが目に涙をためながら首を横に振る。真菜はさおりをあやしながら雫に目を向けると、雫は嬉しそうに笑いかけた。
「本当によかった……すっごい心配したよ!」
「ふふっ……雫にも心配かけちゃったみたいね」
三人が互いの無事を喜んでいる横で昴は苦虫をかみつぶしたような顔をしている。その原因は、
「よっ!昴!黒幕倒したか?」
「ムッツリ眼鏡のアホはないんじゃないでしょうか?」
「そうだよ!根暗オタクって……学校じゃ昴君も僕とあんまり変わらなかったからね」
「………あのせっかちな馬鹿竜はどこ?」
なぜか美冬達がここまで来ていた。それだけではなく騎士団長のガイアス、副騎士団長のフリントまでもがおり、昴を見て大きく目を見開いている。
「雫っ!!」
昴が睨みつけると、雫が少し気まずそうな顔で昴から目をそらす。
「砦に戻れって言っただろ!」
「だって……そんなの筋違いでしょ!!これはあたしたちが依頼された任務、昴におんぶにだっこじゃ嫌だもん!!」
「っ!?それにしてもだな……」
「あまりシズク殿を責めないでやってくれ」
言い合いをしている二人の間にガイアスが割って入ってきた。
「ガイアスさん……」
「撤退を命じたシズク殿の命令に背いたのは我々なんだ。彼女はそんな我々の身を案じて同行してくれたに過ぎない」
横からガイアスに言われ、昴は言葉に詰まる。ゆっくりと息を吐くと今度は美冬達に向き直った。
「……んで?なんでお前らが?」
「おうよっ!!石川と霧崎が行くっていうんだ!!ほっておけねぇだろ!!」
「私は昴君に一言物言いをしたかったので」
「僕はなんとなくかな。みんなが行くっていうし」
「………あの馬鹿竜を殴りに」
思い思いの理由を述べる美冬達に昴は思わず大きなため息が出る。そんな昴に申し訳なさそうな表情を浮かべた雫が話しかけた。
「指示に従わなくてごめんね」
「……いいよ、もう。そもそもこの戦いの頭はお前だろ?俺が偉そうに指示する方が間違っていたんだよ」
頭をガシガシと掻きながら、昴が苦笑いを浮かべる。
「それにしても意外だったな」
「ん?なにが?」
雫が不思議そうに昴の目を見つめる。
「生徒会長の霧崎雫様ならわかるんだけどもよ、素の雫がここまで来るなんて思わなかったからさ」
「……ユミラティスさんのおかげなんだ」
「ユミラティスの?」
雫の口から飛び出した予想外の名前に昴が目を丸くするのを見ながら、雫はコクリと頷いた。
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昴の言う通り、三手に別れていた者たちが自分たちのところへと集まってきた。報告を聞く限り、各隊かなり疲弊してはいるが奇跡的にも死者はいないようだった。その事実に雫がホッと胸をなでおろし、砦まで撤退することを告げると、皆がかなり戸惑っている様子ではあったが、大量の高ランクの魔物や魔族達の力を目の当たりにした彼らは大人しくその指示に従った。
「浮かない顔ね」
雫が砦に向かっている者たちを見ていると、後ろから透き通るような声が聞こえる。振り向くとそこには薄い青い肌にきれいな青髪をした美しい女性が微笑みながら雫を見ていた。
「えーっと……」
「ユミラティスよ。スバルから聞いていないかしら?」
女の自分でも見惚れるような美貌を持つその女性の名前は昴から聞いていたものだった。雫は慌てて頭を下げる。
「ユミラティスさん、あたしたちを助けていただいてありがとうございました」
「いいのよ、気にしないで。大したことはしていないから」
ミステリアスな雰囲気を醸し出す美女は微笑を携え、雫の顔を見つめていた。なんとなく気まずい雫が恐る恐るユミラティスに尋ねる。
「あの……あたしに何か?」
「ん?いや……どうしたそんなに浮かない顔をしているのかなって」
「それは……」
雫は言葉に詰まり目を伏せた。そんな雫をユミラティスは何も言わずに見つめる。
昴に砦に戻るように言われてからずっと心の隅でひっかかっていた。このままでは自分は昴に甘えて何もやらずにこのまま終わってしまう。そうすればまたあの時のように昴に重荷をすべて背負わせてしまうのではないか。皆を守る騎士になって昴達に並び立ちたいと思っていたのに、これでは自分は何も成長していない。
ユミラティスの青い瞳はそんな雫の葛藤を見透かしているようだった。だが、同時に慈愛に満ちたものでもあり、なんとなく雫はこの女性に自分の本音をぶつけてみたくなった。
「あたしは……昴のところへ行きたい。行って一緒に戦いたい」
「行けばいいじゃない?」
「えっ?」
決死の覚悟で囁いた言葉に、さらっとユミラティスは答える。驚いた雫がユミラティスの顔をまじまじと見つめるが、すぐに俯くと力なく首を横に振った。
「それは……だめなんです。今のあたしが行けば足を引っ張ることになるし……それに撤退する人たちを放ってはおけない」
「あら?足手まといがいるだけでやられてしまうようなヤワな男だと思っているの?」
「それはっ……!!思っていませんが……」
「だったらいいじゃない。それと、撤退する人達が気になるって言っていたわね」
ユミラティスは膨大な魔力を一瞬で練り上げると、地面に手をつき、魔法を詠唱する。
「"顕現せし氷の壁"」
サロビア平原を分断するかの如く、突如として氷の壁が出現した。あまりに桁違いの魔法の規模に呆気にとられている雫を見て、ユミラティスは楽しそうに笑みを浮かべる。
「これで心配ないでしょ?後は私とタマモにまかせないさい」
そう言うとユミラティスは雫に背を向けて、撤退する者たちの方へスタスタと歩いていった。
「ちょ、ちょっと待って!!」
我に返った雫が慌てて声をかけると、ユミラティスは足を止め振り返る。
「どうしてあたしのことを後押ししてくれるんですか?」
今日初めて会っただけの女のどうしようもないわがまま。自分でもくだらないと思えることを、この人はしっかりと受け止めてくれた。
ユミラティスは少しだけ雫の顔を見つめると、フッと優しげに微笑む。
「可愛い女の子を見ると応援したくなっちゃうのよ」
「なっ……!!」
自分が思いもよらない答えが返ってきた雫は顔を赤くしながら慌てふためいた。そんな雫を見てユミラティスはクスクスと笑っている。
「それに女の子は素直でいるのが一番よ?」
じゃあ頑張って、と軽く手を上げると言葉が出ない雫を置いてユミラティスは砦の方へと向かっていった。
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「ユミラティスがそんなことをねぇ……」
意外そうな表情を浮かべる昴を見て、雫が首をかしげた。
「そんなに意外なの?」
「うーん……まぁあいつのことはまだよくわかっていないからな」
「仲間なのに?」
雫の素朴な疑問に昴はあいまいな笑顔で応える。ユミラティスとは協力関係にはあるが、ニールやタマモと同じように仲間である、と自信をもって言えない自分がいた。話をした様子から悪い者ではない事はわかるのだが、ユミラティス自身こちらに一線を引いて必要以上に関わりを持とうとしていないように感じる。
「まぁ来ちまったもんはしょうがねぇ。それになんとかなりそうだしな」
今この場で考えることではない、と昴は頭を切り替えニールとオセの戦いに視線を戻す。雫もなんとなく腑に落ちないものの、それに倣い二人の戦いに目を向けた。