23.一蹴
昴が近づくにつれて驚きの表情であった真菜の顔がだんだんと険しいものになっていく。なんとなくその目が、説教前の教師のように感じて、昴はドギマギしながら声をかけた。
「えーっと……こんにちわ」
「…………」
真菜の沈黙が痛い。学校にいた頃はいじめられっ子だった昴は、ただでさえ男子嫌いで有名な真菜と話したことなどなく、何を話して良いか正直わからなかった。
「俺、助けに来た、わかる?」
「……なんで片言なのよ」
真菜がジト目を向けながら大きくため息を吐く。そして、昴を後ろへと追いやり、再びウィスキと対峙しようとした。
「どうして生きてるのかわからないけど、助けに来てくれたのはありがたいわ。でも、この相手はあなたじゃ手に余るわ。だから後ろでおとなしくしといて」
城にいる頃の昴しか知らない真菜は、剣もろくに持てない昴に戦わせる気などない。こうもはっきり言われると昴は何も言えなくなったが、見るからに限界を迎えている真菜をこれ以上無理させるわけにはいかなかった。とりあえず鉄扇を構えた真菜の前に立ちふさがる。
「どいて」
あきらかに棘含んだ真菜の口調に、若干怯みながらも昴は譲ろうとしない。
「今の望月には厳しい相手だろ?それに望月に無理させたら後で俺が石川にどやされる」
真菜は一瞬訝しむような表情で昴を見ると、納得したように頷き、目を細めた。
「ははーん……あなたも雫と同じで猫をかぶってたってわけだ」
図星を突かれてグッと言葉に詰まる昴を押しのけて真菜は前に出ようとする。
「どいて。楠木君の力なんていらない。あいつは私一人で倒す」
「はぁ……なんでこんな頑固なのかな。そんなボロボロの身体で」
「別にあなたに心配される筋合いはないわ」
「……その上素直じゃないときた」
「私は素直な方よ。素直にあなたが邪魔だって言ってるの。だいたいあなたは武器すら使え───」
「っ!!ちっ!!」
昴が顔を歪めて舌打ちすると、真菜の方へ飛びかかり膝の裏と肩に手をかけ持ち上げた。突然のことに目を白黒させる真菜。
「ちょ、ちょっと!!」
焦る真菜を無視して、昴は真菜を抱えたまま地面を蹴り、大きく後ろへと下がる。
「いきなり何するのよっ!」
「あれ」
「あれって……えっ?」
昴が顎で指し示した方に目を向けると、さっきまで昴達がいたところには地面をスピアで刺したウィスキの姿があった。あのままあの場にいたら間違いなく串刺しになっていたであろう。真菜の背中にゾクリと冷たいものが走る。
「随分手が早いんだな」
「知れたこと。悠長に話しているから攻撃したまで」
ウィスキが地面からスピアを引き抜きながらしれっと答えた。その目は油断せずに昴の姿を見据えている。
「……とりあえず降ろしてくれる?」
昴に助けられたが、素直にお礼が言えない真菜は顔を赤くしながら小声で呟く。真菜のそんな顔を見たことがなかった昴は面白そうに口笛を吹いた。
「望月もそんな顔ができるんだなーへー」
「早く降ろせっ!」
一刻も早くお姫様抱っこから逃れたいがために真菜は口調を荒くした。昴はニヤニヤと笑みを浮かべながらそんな真菜を観察する。
「降ろしてもいいんだけど……あいつと俺が戦っている時、大人しくしてるって約束できるか?」
「なっ……!?」
「返事は?」
勝ち誇った表情の昴に対して、苦虫を噛み潰したような表情の真菜。
「…………わかったわよ」
「えっなに?聞こえない」
「わかったって言ってるのっ!あんたが殺されそうになっても一切手を出さないからっ!」
「いい子だ」
昴は満足そうな表情を浮かべ、ゆっくりと真菜を降ろした。真菜は昴を睨み付けると不機嫌そうに後ろへと下がっていく。
「待たせたな」
「どちらが先に死ぬか決まったか?」
「あぁ。じゃあさっさとおっぱじめようか」
コンビニ行ってくる、くらいの気軽さで昴が言うとウィスキはスピアを構えて猛然と突っ込んできた。
ウィスキは経験、実力共に魔族の中でも高いレベルに至っている。そのため目の前に現れた昴が只者ではないことをしっかりと肌で感じとっていた。その証拠に、繰り出される突きは真菜と戦っている時とはまるで別物であり、昴相手に初めから全力を出している。
真菜はそれを見て内心歯噛みをする。ウィスキは自分相手に全く力を出していなかった、その事実が悔しくてたまらなかった。
しかし、それ以上に驚きの感情が先行する。真菜ですら見切るのが困難であるウィスキの猛攻を昴は表情一つ変えずに最低限の動きだけでそれを躱していく。城の訓練場の端っこでいつまでも木刀で素振りをしていた男が、だ。
「なぁ……その程度か?」
スピアを避けながら面倒臭そうに昴が尋ねると、ウィスキが目を見開いた。ギリっと奥歯を噛み締めながら、更に魔力を高め、攻撃速度を上げていく。
「期待はずれだな」
昴は雪山で戦った魔族よりも大きな力を感じたウィスキに少しだけワクワクしていた。しかし、蓋を開けてみれば単調な上に力任せに武器を振っているだけ。これならばニールとじゃれあっていた方がいくらかマシだった。
「お、おのれぇぇぇぇぇ!!」
自分の攻撃が当たらないことに焦燥と恐怖を感じながら、それでもスピアを突き続ける。昴はがっかりした様子で’鴉’を呼び出すとウィスキのスピアを真っ二つに斬った。
「えっ!?」
「なっ!?」
いとも容易く行われた人間離れした行為に真菜もウィスキも大きく目を見開く。昴はそのままウィスキとの距離を詰めると、ウィスキの身体を袈裟切りにした。
「ま、さか……」
自分の身体からとめどなく血が流れ出ていくのを見て愕然としているウィスキ。昴はそんなウィスキを何も言わずに見つめていた。
「み、ごと……」
ウィスキは昴に目を向け称賛の言葉を投げかけると、そのまま地面に倒れ伏す。
「嘘……でしょ……?」
目の前で起こった出来事が真菜には未だに信じられなかった。自分が苦戦した相手を武器もろくに使えなかった男が倒した、しかも歯牙にも掛けないほど圧倒的に。
昴はしばらくウィスキを見ていたが急にハッと何かを思い出したような顔をした。
「望月!!」
いきなり昴に呼びかけられ、真菜は身体をビクッと震わせる。昴の表情は戦っている時よりも真剣なものであった。
「お前に渡したいものがあったんだ!受け取ってくれ!!」
そう言うと昴は”アイテムボックス”から何かを取り出し真菜に投げ渡す。あんなにも真剣な表情、しかもこのタイミングで渡すなど、よほどのものに違いない。真菜はしっかりとキャッチすると恐る恐る渡されたものに目を向ける。
それは一目見ただけでは何かわからなかった。紐や布があり、薄いピンク色のレースもついているところから服であることは想像できる。真菜がゆっくりと広げてみるとその瞬間表情が凍りついた。
「俺の知り合いにもらったんだ。使うべき人に渡してくれって」
踊り子の衣装。しかもかなり露出度が高い。
それは『龍神の谷』でサクヤから受け取ったものであった。雫から真菜のユニークスキルが【踊り子】であると聞いたとき一瞬龍神の巫女の服が頭をよぎったのだが、話したことないような男から踊り子の衣装はないと思い、すぐに頭の中から消した。しかし、実際に真菜に会っって話した昴は、意外とからかいがいのある一面を見てしまい、渡さないではいられなくなったのだった。
真菜が壊れかけの機械のようにゆっくりと顔を上げ、一切の感情をなくした顔で見ると、昴は満面の笑顔をこちらに向けていた。
「…………あの男、いつか必ず殺す」
真菜は踊り子の服を握りつぶしながら静かに呟く。【軽装強化】のスキルを使わない、という決意に続き、新たな殺……決意が芽生えた瞬間であった。