20.空を統べし者
「………”岩石の霰”」
美冬が上空へ向け放った岩のつぶては虚しく空を切る。そんな美冬を見て、両腕が翼の魔族がその上を自由自在に旋回しながら、馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「そーんなどんくさい魔法がこのあたくしに当たるわけないじゃなーい!」
「………うるさい鳥め」
もう一度空を飛んでいる魔族に魔法を放とうとするも、狐の耳を生やした魔族に阻止される。魔法が主力である美冬は当然接近戦が不得手であり、狐の魔族の爪による素早い連続攻撃を杖で防ぐのが精一杯であった。
そんな美冬の隙をついて上空にいる鳥の魔族が、嫌らしい笑みを浮かべながらボウガンの矢を放つ。その矢が美冬の肩に刺さり、怯んだところで狐の魔族が止めを刺そうとするも、【無詠唱】で【風属性魔法】を唱え、何とか距離をとった。
「ちょっとー!!ちゃんと押さえておきなさいよね!!」
地上に降りてきた鳥の魔族が不満げな表情で文句を言う。女性のような言葉遣いをしているが、鍛え抜かれた肉体に青髭、タイツのようなズボンから浮き出る股間のふくらみからしてこの魔族はまごうことなき男であった。そんな鳥の魔族の方を一瞥しただけで狐の魔族は答えようとしない。
「ランデ!!聞いてるのっ!!」
「………」
ランデと呼ばれた細身の男が何も言わずにうっとおしそうに舌打ちをする。
「キーッ!!舌打ちなんてあんまりじゃない!!サイテー!あんたサイテーよ」
「シドールうるさい」
「うるさいですってぇぇぇ!!」
「………"激しい水流の螺旋"」
自分達に向かってきた水の竜巻を二人とも事も無げに躱すと、シドールは再び上空へと飛び上がる。
「いいわ!!あの小娘をぶち殺したらあんたとの決着もつけてやるんだからっ!!」
「望むところ」
ランデは地面に手を付けると静かに臨戦態勢に入った。
美冬が戦っているのは八獣星の二人、’怪鳥’のシドールと’静狐’のランデであった。なぜ、美冬一人で魔族二人を相手にしているのか。
美冬がこの場に助太刀に入ったときには、高ランクの魔物が暴れまくり、魔族二人によって千里が重傷を負っていた。萌が身体を張って守っていたため命に係わるほどの怪我ではなかったが、それでも意識を失い、戦闘に参加できる状態ではなかった。
駆けつけた美冬は一瞬で状況を判断し、迫りくる魔物達をガイアスとフリントに任せ、萌には治療に専念するように指示を出した。そして自分はこの場で一番厄介であろうシドールとランデの相手を務めることにしたのだった。
美冬は肩に刺さった矢を抜きながら【水属性魔法】で応急処置を施す。通常回復魔法は【聖属性魔法】の専売特許であるうえに、補助魔法よりも攻撃魔法の方が得意な美冬では痛みを和らげるのが精いっぱいであった。
「今度はしっかりと押さえておきなさいよね!!そしたらあたくしが一発で仕留めてやるわっ!!」
片方の腕で羽ばたきながら、もう片方の手で器用に狙いを定める。ランデは何の反応もしないまま四本の手足で思いっきり地面を蹴った。
「………"突き出る岩壁"」
美冬の目の前に大きな岩の壁が出現した。一直線に美冬のもとに駆けていたランデは突然現れた障害にぶつかりそうになりながらも咄嗟に跳び上がり、岩の壁を飛び越えようとする。しかし飛び越えた先には杖を構えた美冬が待っていた。
「………"火炎の───"」
【火属性魔法】を放とうとするも、シドールの手により中断を余儀なくされる。あめあられと降り注ぐ矢から転がるように逃げながら美冬は身体に魔力を巡らせた。
「………"風の甲羅"」
咄嗟に唱えた風の防護壁が数多の矢から美冬の身体を守る。
「なに油断してるのよっ!!危うく魔法を喰らうところじゃない!!あの小娘の魔法の腕は本物よ!!」
上空で狙いもそこそこにボウガンを撃ちまくりながらシドールが喚き散らした。ランデは再び舌打ちすると、今度は警戒しながら美冬へと近づいていく。美冬はランデを迎え撃とうとするが、シドールからの激しい攻撃から意識をそらすことができない。
薄笑いを浮かべながらボウガンを連射するシドールのもとに一本の矢が飛来する。矢を受ける直前で身を翻し、矢が飛んできた方に目を向けると、そこには萌に支えられながら弓を構えた千里の姿があった。
「あの女ぁぁぁぁ!!あれだけ痛めつけてやったっていうのに!!」
邪魔されたことに怒り心頭になるシドール。一方美冬はボウガンの矢が止んだことで、ランデの攻撃を杖で受けることができ、吹き飛ばされながらも致命傷を避けることができた。
「あ…たしが…あんなちびに助けて…もらうなんて…ありえない!!」
なんとか意識を保つ事が出来ている状態の千里であったが、嫌っている美冬に借りを作るのだけはどうしても嫌だった。隣で心配そうに見ている萌の事を無視して、もう一度シドールに狙いを定める。
そんな千里を見てランデは先に倒すべき相手を見定め、千里達に向かって突進していった。
「………あのバカギャルが」
美冬は微かに顔を歪めると、【身体強化】を限界まで高め、千里のもとへと向かう。ランデが迫ってくるのが目に入った千里は巻き添えにならないよう、萌の身体を思い切り突き飛ばした。
「きゃっ!?」
千里に押されると思っていなかった萌は受け身も取れずにそのままゴロゴロと転がっていく。ランデは突き飛ばされた萌には目もくれず、最短距離で千里を目指した。それでもランデよりも近くにいた美冬の方が先に千里のところへたどり着く。
「っ!?あんた…!?」
「………攻撃に備えて」
驚いたように目を見開く千里の方には一切目を向けず、美冬は前に杖を構えた。すぐ目の前にランデが来ているので魔法を唱える時間はない。千里を庇うように前に立つ美冬もろとも切り裂こうとランデは両手を振りかぶった。
「死ね」
短く、しかし端的に告げるとランデは容赦なくその鋭利な爪を振るった。確実に殺った、そう確信したのも束の間、ランデの両腕が空を切る。
「やれやれ、何とか間に合ったようだな」
忽然と姿を消した二人に動揺を隠せない様子のランデだったが、後ろから聞こえた声に慌てて振り返った。そこにはランデが切り殺そうとした二人を両脇に抱えた銀髪の眉目秀麗な男の姿がある。
「………もっとましな助け方はできなかったの?」
抱えられているのが気に入らないのか、美冬が不機嫌そうに言うとニールは肩を竦めた。
「そう言うな。結構ギリギリだったんだ」
ニールが美冬と千里をゆっくりと降ろす。千里は自分を助けてくれたニールを、顔を赤くしながらポーっと見つめていた。
ランデは、ただものではない雰囲気をニールから感じ取り、先に倒れている萌に止めをさそうと、そちらに目を向ける。
バチッ!!
電気がはじける音と共にランデの目の前から倒れていたはずの萌が消えた。訝しげな表情でニールの方に視線を向けると、そこには先程同様、萌を抱えているニールの姿がある。
「この少女も仲間か?」
「………一応」
「あ、ありがとうございます…」
優しく降ろされた萌はイケメン相手にドギマギしながら頭を下げる。
「あ、あの!!」
それまでニールを見つめ続けていた千里が我を取り戻し、上擦った声でニールに話しかけた。ニールが千里に目を向けると、なにやら身体をもじもじさせながらチラチラと上目遣いでこちらを見てくる。
「えっと…あなた様は一体…?」
「説明している時間はなさそうだ。詳しいことはミフユに聞いてくれ」
自分を助けてくれたハンサムな王子様が、自分の嫌いな相手を名前で呼ぶのを聞いて千里の眉がピクリと動く。そんなことは気にせず、ニールは美冬に説明を促した。
「説明を」
「………前と上にいる鳥と狐が魔族で僕達の敵。あそこで魔物と戦っているのが一応僕達の味方」
「なるほど……倒していいってことか」
ニールが愛槍の’ファブニール’を取り出しながらランデに目をやる。その瞬間ランデは全身が震えあがり、本能的にニールに襲いかかった。
「殺す殺す殺す!!」
今まで囁くような小声でしかしゃべらなかったランデが狂ったように叫びながら爪を振り回す。それは小動物が強者に睨まれ、恐怖のあまりにパニックを起こした様子に酷似していた。
ニールは’ファブニール’を握りながらも使うことなく、身体を逸らすだけですべての攻撃をいともたやすく躱していく。
「タマモに比べて動きは遅いし、力もない。その上……」
「うわぁぁぁぁぁ!!!」
「可愛げもないな」
ニールは呆れたように言うと、必死に爪で攻撃するランデをあざ笑うかのように槍で串刺しにした。
「ぐふっ…」
「“紫電”」
一切の慈悲もなく魔法を唱えると、槍から発生した雷によりランデは消し炭になる。あまりにあっけない幕引きに千里と萌は唖然としていた。
「な、なんなのよあいつ…」
上空から一部始終を見ていたシドールもニールの強さに愕然としていた。翼で持つボウガンがカタカタと震えて上手く狙いが定まらない。
「大丈夫……いくら奴でも空中にいる相手に攻撃なんてできないはず……」
動揺する気持ちを落ち着かせるため自分に言い聞かす。身体の震えを無理やり抑えると、先ほど美冬にしたようにボウガンを乱射し始めた。
飛んでくる矢をつまらなさそうにはじき返しながら、時折槍から雷の光線を放ちシドールを狙うが、飛び回っているシドールには当たらない。ボウガンで攻撃しながらニールの雷を避け続けているうちにシドールは次第に自信を取り戻し始めた。
「は、はは…はははは!やっぱりあたくしは空にいれば無敵だわ!!あの化物もあたくしに傷一つつけることなんてできはしないんだからっ!!」
狂ったように笑うシドールの言葉を聞いてニールが眉を顰める。矢を弾き返しながら魔力を高め、少し後ろにいる美冬に話しかけた。
「少し離れておけ」
「………なにするの?」
「あの鳥に空中戦というものがどういうものなのか叩き込んでやる」
美冬は小さく頷くと、固まっている千里と萌を促してニールから距離をとった。それを確認したニールが竜人種特有のスキルを発動する。
「“竜神化”」
小声で呟くと、ニールの身体が白銀の鱗に包まれ、背中から美しい翼が生み出される。その様子を千里や萌だけでなく、美冬も驚愕の面持ちで眺めていた。
「その姿……まさか竜人種!?」
シドールが事実に気づいた時には、鋼などとは比べられないほどの硬度を誇る身体で矢をはじきながら、猛スピードでこちらに向かって来る。
「りゅ、竜人種なんて聞いてないわよっ!!勝てるわけないじゃない!!」
シドールは攻撃を放棄して、ニールに背を向けて全速力で逃げ出したが、数秒とたたないうちに稲光と共に槍を構えたニールが目の前に現れた。
「敵を前にして尻尾を撒いて逃げ出すとは……空では無敵が聞いて呆れる」
「あっあっ……」
慌ててボウガンを構えるも照準が一切定まらない。ニールはゆっくりと槍を引いていく。
「“雷光一閃”」
目にもとまらぬ速さで繰り出された槍がシドールの胸に突き刺さり、そのまま地上へと落ちていった。そんなシドールにニールはくだらないものを見るような視線を向ける。
「空で竜人種に勝てると思うな」
そう言い放つと、昴のもとへと向かうべく、身を翻し美冬たちのいるところへと戻っていった。




