16.呪いのスキル
「ここならいいだろ」
昴がジェムルについて行くと小さな平原に出た。何故こんな場所に来たのか、そんな疑問が顔に出ていたのか、ジェムルから都合がいいからと要領を得ない答えが返って来た。
「さて、スバル君。君の貴重な時間を無駄にしてもいけないからさっそく始めよう。君は呪いをなんだと思っているのかね?」
「呪いは呪いだろ」
もったいぶった口調のジェムルに昴は眉を顰めながら答える。
「ちょっと聞き方が悪かったな。では何が呪われてると思ってる?」
「何がって…自分がだろ」
質問の意図が見えない昴にジェムルがニヤリと笑みを浮かべながら首を横に振った。
「その認識が間違い。確かに人を呪いにかけるって事はあるけど、それは状態異常であってスキルにはならない」
ジェムルの言っていることは理解できる。城でも【闇属性魔法】は呪いは強力で、打ち破るには高い魔力耐性が必要だという話は聞いていた。だがジェムルは昴自身は呪われていないと告げる。しばらく考えてみたが答えは出なかった。
「じゃあ一体何が呪われてるっていうんだよ」
若干投げやりに聞いた昴にジェムルは人差し指を一本立てた。
「呪われてるのは武器だ。スキルはその呪われた武器を持っているっていうことを示しているに過ぎない」
ジェムルの答えを聞いても要領の得ない昴。
「武器って言われても…俺は何にも持ってないぞ?」
「それはその武器を制御することができていないからだな。しっかりと制御をさせるとこんな風に取り出せる」
ジェムルがおもむろに手を前に出すと、今まで何もなかった手の中に不意に何か握られる。現れたのは二メートルはあろうかと思われる長刀。刃は反り返り、歯こぼれ一つないその刀身は禍々しい気配を漂わせていた。
「これが俺の武器、'村正'だ。能力の説明ができないのはあしからず」
そう言うと出てきた時と同様に一瞬で村正が消える。その様子を驚きの表情で見ていた昴がジェムルに尋ねた。
「今のは…俺にもそれができるってことなのか?」
「お前の努力次第だが、兎にも角にも武器に己を主人と認めさせない限り、呪いのデメリットしかお前は受けられない」
「デメリット?」
「あぁ、そうだ。呪いの武器っつーのは性能がなかなかに規格外でな。その反動でデメリットがつきものなんだ。お前も何か違和感を感じたことがあったんじゃないか?普通のやつはできるのに自分ができないとか」
昴には心当たりがあった。ステータスプレートに書かれていたステータスダウンが一番顕著である。他には魔法が一切使えないこと、そして武器を使うことができないこともおそらくそうであろうと昴は思った。
「まーそういうこった。このままだとスキルの恩恵を受けることなくお前は死ぬ。ってことで俺が武器の従わせ方を教えてやる」
ジェムルの提案は昴にとってまさに渡りに船だった。それだけにそんな提案をしてくれるジェムルに疑問を感じる。
「なんでそこまでしてくれるんだ?」
「ん?」
遠回しに聞いても意味はない、と昴はストレートにジェムルに問いかけた。
「俺たちはさっきそこで会っただけのいわば他人だ。そこまで親切にしてくれる理由はないと思うが」
昴が率直な感想を述べると、それまで淡々と話していたジェムルが困ったような顔をした。
「理由ねぇ…あるっちゃあるんだが…まぁ見ず知らずの俺が教えてやるって言ってもはいそうですかとはならねーよな…」
「そういうことだな。無償で親切をしてくれる仲になった、ってわけでもないしな」
ジェムルはうーん、とうなりながら自分のこめかみをトントンと叩く。
「なんていうか…似てるんだよな」
「似てる?」
「あぁ、俺とお前が似た者同士っていうか同族の匂いを感じんだよ。だからなんとなくほっとけないっつーか…」
はっきりしない物言いだったがなんとなく昴は理解できた。なぜかは昴にも説明はできないが、実際それは昴も同じように感じていた。
「呪いスキル持ちってのもなんとなくシンパシーを感じるし、それに呪いスキルはユニークスキル以上に希少なスキルだからさ…」
ジェムルはにやりと笑った。
「そんな激レアなスキル、使いこなせないなんて損だろ?」
あぁ…こういうところだ。自分にそっくりな言い方をするジェムルに昴もにやりと笑い返す。
「やっとそういう顔したな。いつまでも難しい顔してっからそういう顔しかできないんだと思ってたぜ」
「うるせぇ。こちとら色々死にかけたりして心に余裕がなかったんだよ」
ニヤニヤとこちらを見てくるジェムルにうんざりしながらも、気持ちを切り替え真剣な表情をする。
「ジェムル、武器の従え方を教えてくれ」
「いいのかこんな胡散臭そうなやつを信頼しても」
「あぁ、胡散臭くておせっかいなジェムルを信じるよ」
「…おせっかいかどうかなんてわからねーだろ?」
昴の言葉を聞いてジェムルが顔を顰めた。
「こんなことしてくれる奴がおせっかいじゃないなんて言えないだろ。それに…俺がそうだからな」
昴が、似てるんだろ?という視線を送ると、ジェムルは頭を掻きながらため息をついた。
「たくっ…ちょっとは元気になったかと思えば…あーもういい!とにかく武器の従え方を教えてやるよ!…お前'グリズリーベア'を倒した時のことを覚えているか?」
「あぁ、覚えてるよ」
「どんな感覚だった?」
ジェムルに言われあの時のことを思い出す。'グリズリーベア'に殺されかけた自分に誰かが話しかけてきた。
「…誰かが俺の頭に直接語り掛けてきたと思ったら、そのまま俺の身体が勝手に動き始めた」
「あれはな、武器に身体を乗っ取られた状態だ」
「身体を乗っ取られる?」
信じられないといった様子の昴にジェムルはそうだ、と首を縦に振る。
「あん時はお前が死にそうだったからな。そんな弱ったお前を見て、これはチャンスとばかりに乗っ取ろうとしたんだろうな。乗っ取られている間、なんていうか声が聞こえてこなかったか」
「…あぁ。俺の頭の中で暗い言葉、つーか黒い言葉かな?ずっと囁かれ続けた」
「そうやってお前の精神を折ることでお前の身体を完全に乗っ取ろうとしてたんだ。前回は手遅れになる前に俺がスバルを気絶させたから乗っ取られずに済んだが、また同じような状況になったときに今度はそう上手くはいかないかもしれない」
ジェムルの真剣な表情を見て昴は思わず息をのむ。
「いいか?お前の中にある武器はいつでもお前の身体を狙っている。だからお前は自分から武器のもとへ赴き、そいつを打ち倒せ。それが武器を従わせる唯一の方法だ」
「武器のもとへ赴く?」
「あぁそうだ。スキルっていうのは自分の身体に刻まれているんだ。記憶とおんなじだ。頭の中でスキルのことを考え続けろ。そうすれば自ずと道が開かれるはずだ」
スキルと向き合う、そう考えるだけで昴は胃に穴が開いたような気分になった。'グリズリーベア'との戦いを思い出しても、うまくやれる自信が全くといってていいほどない。そんな昴の不安を察したのか、ジェムルが優しげに笑いかけた。
「大丈夫。俺がいるんだ。やばかったらなんとかしてやるよ」
ジェムルは‘村正’を呼び出し、俺に任せろと言わんばかりに自分の胸をたたいた。昴はそんなジェムルの仕草を見て救われたような気持ちを抱きながらしっかりと頷き返し、ゆっくりと目を瞑る。
(呪いさんよ、ちょっと面貸してくれよ)
考えるのはスキルのことのみ。それ以外の一切を頭から切り離し、昴の意識はスキルに集中していった。
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目を開くと昴は光のない暗闇の世界にいた。前も後ろも、正確にはどちらが前かもわからないが、見渡しても何もない。それでも自分の体だけははっきりと見えていた。昴はその空間をとりあえず歩き始めたが、行けども行けども景色は変わらず、進んでいるかもわからなくなってくる。
「意気地なしが何の用だ」
自分以外誰もいないと思っていた昴に突然声がかけられる。声のする方へ振り返ると、そこには見慣れた人物が立っていた。
「鏡を見てるみたいで変な感じだな」
そこに立っていたのはまごうことなき楠木昴。その身体には黒い靄をまとっており、口の端をゆがめて薄笑いを浮かべながらこちらを見ていた。
「ここへは何をしに?」
「決まってんだろ。お前をぶっ倒しに来たんだよ」
「俺を倒しに?」
黒い昴は笑い声をあげる。そんな様子を昴は黙って見つめた。
「それは無理だな。心が弱いお前には不可能だ」
「そんなのやってみなきゃわからねーよ」
「いやわかる。いつまでも逃げ続けているお前に俺は倒せない」
黒い昴は手をあげるとぱちんっと指を鳴らす。すると昴の背後に大きなスクリーンが現れた。
「これを見ればお前がいかにダメな存在かわかる」
黒い昴の言葉とともに、スクリーンに映像が流れ始めた。




