15.雫の頼み
突如として現れた美冬に驚いていた雫だったが、地面から剣を引き抜くと、笑みを浮かべて美冬の隣に立った。
「美冬にしては派手な登場ね」
「………ヒロインは颯爽と空から現れる」
「それはヒーローだと思うけどね。でも、助かったわ。ありがとう」
「………ん」
雫の言葉にかすかに頷く美冬。雫が素の状態で話しかけてくることには何も言わない。
「いってぇな!!おい、卓也!!ちっとは手加減しやがれ!!」
後ろを振り向くと鼻血を垂らしながら優吾が卓也を睨みつけていた。文句を言われた卓也はごめんごめん、と気のない謝罪をしながら亘と共に優吾の下へと駆け寄る。
「あっ、石川っ!大丈夫…」
自分がさおりを助けようとしていた事を思い出し、そっちに向き直った瞬間、さおりが優吾に抱きついてきた。
「青木っ!無事だったんだね!!」
「お、おう」
石像のように固まった優吾が声を上擦らせながら答える。さおりは顔を上げると近くにいる亘と卓也にも声をかけた。
「中村君も斎藤君も帰ってきてくれてよかったよ」
「なんとか無事に帰ってきました」
「心配かけてごめんね」
ニヤニヤと笑みを浮かべてこちらを見ている二人を不思議に思っていたさおりだったが、自分が優吾に抱きついていることに気がつくと顔を真っ赤にして優吾を突き飛ばした。
「うぎゃ!!」
受け身も取れずに倒れた優吾をさおりが慌てて手を差し伸べる。立ち上がりながら優吾はにやけ面を浮かべている二人に恨みがましい視線を送った。
「………三人とも遊んでる場合じゃない」
美冬に言われ、真剣な顔になった三人は前に立つ相手に目をやる。隙をついて逃げ出したビルもウォックとジンロの場所へと下がっていた。
「霧崎、こいつらは?」
「…魔族だよ。あたしたちが戦っている相手」
優吾たちにとっていつもとは違う口調でしゃべる雫を見て、事前に昴から話を聞いていた三人は特に驚くこともない。
「魔族…」
初めて見る魔族に卓也はゴクリとつばを飲み込み、亘は興味深そうに眺めた。ウォック達はやってきた四人を注意深く観察するだけで攻撃を仕掛けてくる素振りはない。
「美冬…」
身体全身に魔力を滾らせ臨戦態勢に入っている美冬に雫が静かに声をかける。美冬は雫に視線を向け、その表情を見た瞬間、呆れたようにため息を吐いた。
「なによ、そのため息は」
「………相変わらずバカ」
微妙な表情を浮かべる雫に美冬は辛辣な言葉を投げかける。昨日今日の仲ではないたま表情を見ればなんとなく考えていることがわかる、わかってしまう。
「………いけるの?」
射貫くような美冬の視線から一切目をそらさずに雫は頷いた。もう一度大きくため息を吐くと美冬は後ろの三人に声をかける。
「………卓也と亘は加藤達の方へ。僕は騎士団団長の方へ向かう」
「えっ?」
美冬の指示に戸惑う卓也。
「バラバラになるんですか?」
「………雫が他を助けて欲しいって」
亘が眉をひそめながら問いかけると、美冬が雫に視線を向けながら答える。実際に言われたわけではないが、さきほど美冬に言おうとしたことはまさにそれだった。
亘と卓也は一瞬だけ目を合わせると同時に頷き、誠一たちが戦う方へと走り出した。
「………優吾」
そんな二人を見送っていた優吾に美冬が声をかける。
「………優吾はここに残って二人を守って」
「っ!?まかされた!!」
優吾の気持ちを慮ってこの場を託す美冬の気遣いに、優吾は心の中で感謝しながら元気よく答えた。それを確認した美冬はこの場を去ろうとする。
「美冬」
前に立つ魔族から目を離さずに雫が美冬に声をかけた。美冬は少しだけ雫に顔を向ける。
「死なないで」
目は合わせてこないが、気持ちは痛いほど伝わってきた。美冬は微かに頷くと、【身体強化】を施し、亘たちとは逆方面へと走って行く。
美冬達三人が戦線を離脱し、他のところへ救援に行くのをウォックたちは黙って見過ごしていた。
「…見逃してくれるなんてずいぶん親切だね」
警戒しながら雫が言うと、ウォックがニヤリと笑みを浮かべた。
「なーに…流石にあの人数の異世界の勇者を相手にするのは、こちらも骨が折れると思っていたところだ。いなくなってくれて助かったぜ」
「こっちはさっきよりも一人増えているけど」
ウォックが優吾の方に視線を送る。
「はっ!ひょろっちぃのが一人増えたところで何の問題もねぇよ!!」
「なんだとっ!!盾で殴るぞこら!!」
馬鹿にしたようなウォックの物言いに優吾は盾で身を隠しながら威嚇をする。正直な話、雫と戦ってボロボロとはいえ、優吾はウォックに勝てる気が全くしなかった。
「そこにいる鼠っちをあたしと青木で倒しちゃえばもうそっちに勝ち目はなくなるよ!」
さおりに言われビルはビクッと肩を震わす。先程の戦い、ジンロの助けがなければ確実に自分はやられていた。
「確かに…この状況は俺たちにとってあまりいい状況じゃねぇな…さっきと同じならな」
なぁ?とウォックが目を向けるとジンロがゆっくりと頷いた。
「どうやら間に合ったようだ」
ジンロの言葉を受け、ウォックが余裕の笑みを浮かべる。
「俺たちの頭はなぁ…【魔物生成】と【魔物従属】っていう二つのスキルが使えるんだ」
唐突にウォックが話し始める。
【魔物従属】のスキルは知っていた。異世界の仲間である【魔物使い】のユニークスキルをもつ前田健司が同様のスキルを所持していた。自分と同等以下の魔物であれば、契約魔法によりその行動を掌握することができる。【魔物生成】のスキルは聞いたことないが、おそらく魔物を作り出すことができるスキルであろう。
なぜいきなりこのような話を始めたのかわからない雫達は訝しげな表情でこちらを見るが、気にせずウォックは話を続ける。
「頭は【魔物生成】には長けているんだがなぁ…【魔物従属】の方はどうも苦手で、高ランクの魔物を生み出したところで操れる数はそう多くないんだな、これが」
雫は先ほどさおりが倒した’サーベルタイガー’を思い出す。数にして八体、もっと大量の’サーベルタイガー’が襲い掛かってきていれば、雫達異世界の勇者はともかく、今後ろで戦っている騎士たちに尋常な被害をもたらしていたであろう。
「だがな、’協力者’のおかげでその辺がうまい具合にまわっちまったんだな」
「‘協力者’…?」
勝ち誇った表情を浮かべるウォックの言葉が引っかかり、雫がスッと目を細める。
「あぁ、’協力者’か?それはお前たちの───」
「しゃべりすぎだ、馬鹿」
「いってぇ!!」
口の軽いウォックにジンロが鉄球をぶつける。鉄球に恨みのこもった視線を送り、頭をさすりながらウォックは渋々謝った。
「まぁ何が言いたいかっていうと」
気を取り直してウォックは雫達に向き直る。その後ろから何かが近づいてくるのを感じた三人は目を凝らし近づいてきたものの正体を見て思わず絶句する。
「お前らは死ぬってことだ」
そこには数十匹の高ランクモンスターの姿があった。