13.助っ人
さおりはビルを相手にかなりの苦戦を強いられていた。【獣神化】により鼠の力を得たビルは、ウォックのように筋力が飛躍的に向上し積極的に戦闘を行うという感じではなかった。
筋力や体力といったステータスはほとんど変わらず、牙や爪といった新たな武器を得たわけでもない。前歯が異常に大きくなったがそれを戦闘に活かせるわけもなかった。
ならばなぜ苦戦しているのか、ビルは【獣神化】をすることで自身の敏捷を爆発的に上昇させるのが原因であった。ありていに言えば、とにかくすばしっこく動き回り敵に的を絞らせない。敵が攻め疲れて隙を見せたところで、二本のナイフを駆使して仕留めるというのがビルの基本戦術であった。
「くそぉー!!この鼠っち、ホントやっかい!!」
見事に敵の術中にはまっているさおりは苛立ちを募らせていた。近接格闘を得意としているさおりは異世界人の中でも自分の素早さには自信があったのだが、それはあくまで直線的な動き。ビルは縦横無尽に素早く動き回り、【見切り】のスキルを使用してもその動きを捉えることはできずにいた。
「どりゃ!!」
ビルのいたであろう場所を殴りつけるが、無情にも拳は空を切る。当の本人は少し離れたところからさおりの様子を覗っていた。
「こらぁー!!真面目に戦え!!殴らせろ!!」
「随分野蛮な女っていうか」
むきー!と顔を真っ赤にさせて地団太を踏んでいるさおりを見ながら、少し引き気味でもっているナイフを弄ぶ。
「卑怯だぞ!!正々堂々戦え!!」
さおりは片手を腰に添えながらビシッとビルを指さした。
「これが俺っちの戦い方だから別に卑怯じゃないっていうか。ちゃんと正々堂々戦ってるっていうか」
不満げに言うと、ビルは再びさおりの周りを動き回る。ビルの姿はかろうじて見えているのだが、拳をあてるには圧倒的に速度が足りなかった。さおりはめげずに攻撃を加えるが一向に当たる気配はなく、体力だけが無駄に消費されていく。
「だから鼠って大っ嫌い!!」
「それは鼠の風評被害っていうか」
「うっさい!!」
闇雲に放ったさおりの蹴りをいともたやすく躱し、ナイフを突き立てる。ビルの怖いところは素早さだけなので、ナイフによる攻撃は【身体強化】を施しているさおりに小さい切り傷を与えるだけであった。
「人族とは思えないほど身体が硬いっていうか」
後ろに下がりながら自分が与えた傷を見てビルは呆れたように呟く。安物のナイフではだめだと判断し、今使っていたナイフをしまうと、ビルは紫色をしたナイフを取り出した。
「このナイフは魔力をよく通すから切れ味が抜群っていうか。これならあんたにダメージを負わせられるっていうか」
「御託はいいからかかってきなさい!」
得体のしれない武器を前にしてもさおりに焦った様子はない。ビルは身体を屈め左右に動きながらさおりに近づき、勢いよくナイフを振り下ろした。さおりは【見切り】のスキルを最大限発揮し、寸でのところでそれを躱す。ビルはそのままの速度で後ろに回り込むと無防備なさおりの肩を斬りつけた。
「痛っ…この!」
肩から血が噴き出しているのを感じながら、さおりがその場で身をひねり回し蹴りを放つも、そこにはビルの姿はない。先程と同じように少し離れたところからこちらを観察していた。
「このナイフなら問題なく切れるっていうか」
肩を押さえながらこちらを睨んでくるさおりを気にも留めずにビルはナイフの切れ味に満足していた。これまで大したことない攻撃ばかりだっただけに、本格的にさおりは追い詰められていく。それでもまださおりの目は死んではいなかった。
「はぁぁぁ!!!」
拳に大量の魔力を注ぎ込むさおりを見てビルは訝しげな表情を浮かべる。ただでさえ攻撃が当たらないのに無駄に魔力を消費する行動をとるさおりの意図がビルにはわからなかった。
「どりゃぁぁ!!」
魔力が込められた拳を手加減抜きで地面に叩きつける。凄まじい音を立てて地面が砕け散り、さおりの周りに地面がせりあがり岩の壁が現れた。
「これで自由には動けないでしょ?」
勝ち誇ったような顔で言ったさおりに、ビルはピクリと眉を動かした。
「その程度の障害物なんて問題ないっていうか」
目を細めてナイフを構えると、岩の壁を縫うように移動し、さおりに接近する。
「あまり俺っちを舐めないで欲しいっていうか」
そのままナイフを突き出すとガードしているさおりの左腕に貫いた。さおりは痛みに顔を歪めながら、それでも自分の目論見がうまくいったことを確信する。
「なにっ!?」
驚いたのはビル。さおりはナイフが貫通している左腕でビルの胸ぐらを思いっきりつかんでいた。
「こ、れで…捕まえた!!」
ドクドクと血が流れているが、ビルを掴む力は絶対に緩めない。あぶら汗を流しながらビルを持ち上げると地面へと押し付け、魔力をこめながら右腕を振り上げた。
「やっと鼠っちのことを殴れるよ!!」
「やっやめ…!!」
戦闘開始してから初めて怯えた表情でさおりを見つめる。そんなビルにはお構いなしで右手を叩きつけようとした瞬間。
「さおりちゃんっ!!」
雫の声に反応したさおりが腕を止め、顔を上げると、棘のついた鉄球がものすごい勢いでこちらに飛んできていた。
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雫とウォック、ジンロの戦いは苛烈を極めていた。致命傷とも呼べる傷を受けながらも万全の状態以上に猛攻を仕掛けるウォック。ジンロは積極的には攻撃に参加しないもののウォックの少し後ろに控え、攻撃が途切れたところに手持ちのモーニングスターを振るい雫に反撃の隙を与えないでいた。
雫の方も【身体強化】と”聖なる祝福”を駆使して、なんとかウォックの攻撃を凌いでいたが表情にはかなりの疲労の色が見える。
「はぁ…はぁ…」
息を荒げながらもこちらの攻撃を必死に防ぐ雫に、ウォックは焦れる気持ちを隠せないでいた。
「おらぁ!!さっさと死んじまえや!!」
捨て身覚悟で放った右ストレートを雫は剣の腹で受けるが、勢いを殺せずそのまま後ろに吹き飛ばされてしまう。何とか受け身を取ろうとするもジンロが飛ばした鉄球が直撃し、王国から頂いた銀の鎧が粉々に砕け散った。
「鎧に守られたか」
忌々しそうに砕けた鎧に視線を送ると、ジンロは鎖でつながれた鉄球を頭上で回転させ始めた。吹き飛ばされながら頭を打ったのか、雫は額から流れる血をぬぐいながら剣を二人に向ける。
「流石は異世界の勇者様…二人相手でここまで苦戦するとは思わなかったぜ。おそれいったよ」
血の流し過ぎで朦朧とする意識の中、雫を称賛するようにウォックは告げた。
「…そう思うんならそこをどいて欲しいんだけど?」
軽口を叩く雫だったが、その実、内心はいっぱいいっぱいであった。そんな雫を見てウォックは豪快に笑い声をあげる。
「この期に及んでまだそんな口が利けるとはなぁ…だがこんなにゆっくり戦っていていいのか?」
「…なんのこと?」
「まさかお前ら人族が三手に別れているのに、魔族がここにしか来ないわけがないことはわかってんだろ?」
半笑いで言ったウォックの言葉に閉口する雫。ウォックから八獣星というワードを聞いてから雫の頭の中では予想していたことであり、それ故に”聖なる祝福”の出力を上げてまで、迅速にウォックを倒してしまおうとしていたのだ。他の者達のところに魔族が行っており、万が一仲間の誰かが…、その先を考えることは恐ろしくて雫にはできなかった。
とにかくここは落ち着かなければいけない。ウォックの安い挑発に乗らず、確実に相手を倒す。そのことだけに集中すればいい。
雫は大きく息を吐いて頭を切り替えると”聖なる祝福”をさらに高め二人を睨みつけた。ウォックはそれを見て感心したように笑う。
「…お前みたいな甘ちゃんは動揺すると思ったんだがな。作戦失敗だな」
そう言うと一瞬ジンロに視線を送ると地面に両手をついて突撃の構えを見せると、剣先をこちらの目に向けて構えている雫の下へ全速力で突っ込み拳を向けた。雫は冷静に拳に合わせて剣を振り下ろす。ガチィン!!と鉄同士がぶつかり合う音が響き渡き、鍔迫り合いの形になると剣越しにウォックが醜悪な笑みを浮かべる。
「だったら直接仲間を殺して心を折るしかねぇな」
「っ!?」
ウォックの後ろに控えていたジンロが振り回して力をためた鉄球を獲物目がけて投げ放つ。それは雫の方には向かわず、ビルを地面に抑えつけているさおりの方へと飛んでいった。
「さおりちゃんっ!!」
咄嗟に名前を呼ぶも、こちらを見たさおりは迫りくる鉄球を見て目を見開いている。鎧越しでもかなりの衝撃だった鉄球が、【格闘家】のため軽装備しかできないさおりが耐えきれるはずもない。その上鉄球はさおりの顔面目がけて飛ばされていた。脳裏に浮かぶのは頭から血を流し事切れるさおりの姿。雫の表情が絶望へと変わる。
ゴォォーン!!!
鐘をついたような音が戦場に鳴り響く。もうだめかと思われた瞬間、さおりの前に銀色の塊が現れ、鉄球からさおりを守った。雫だけでなく、ウォックもジンロも何が起こったのかわからないといった様子で茫然としている。
「………“火炎の散弾銃”」
誰もが状況を理解できていない中、魔族二人に炎の銃弾があめあられと降り注いだ。突然のことに驚きながらも咄嗟に腕で守りを固めながら、二人は雫から離れるように後ろへと下がる。鍔迫り合いの相手がいなくなり、倒れそうになるところを雫は剣を突き刺し何とか踏ん張った。そんな雫の隣にローブ姿の小柄な少女がふわりと降り立つ。ボブカットの髪形と幾度も言葉を交えたその可憐ながらも不愛想な顔を見て、雫はおもわず言葉を失った。
「………そんな情けない顔しない」
【賢者】のユニークスキルを持つ北原美冬が静かに闘志を燃やして戦場へと現れた。