10.魔力砲
相変わらず絶好調の二人の背中を見ながら真菜は戦況を把握する。雫とさおりのおかげで’ホワイトウルフ’の数は確実に減ってきており、騎士団の方にも大きな被害は出ていない。優勢であることには違いなかったが真菜の中である違和感が芽生え始めていた。
襲い掛かってくる’ホワイトウルフ’を押しのけ、真菜は雫の下へと駆け寄る。
「ちょっと気になることがあるんだけど」
「真菜、どうしたの?」
一振りで数匹の魔物を倒しながら雫が不思議そうな表情を浮かべながら真菜を見た。
「魔物の動き、おかしいと思わない?」
「動き?」
真菜に言われ、雫は目の前でうなり声をあげている’ホワイトウルフ’に目を向ける。奴らは片時も目を離さずにこちらに威嚇をしていた。その目には一切の迷いはない。
「…特におかしいところはないと思うけど」
警戒しながら雫がそう答えると、真菜は首を横に振った。
「なんでこいつら逃げないの?」
「っ!?た、確かに!!」
通常’ホワイトウルフ’は警戒心が高く、相手の強さに敏感な魔物であった。’ゴブリン’のようにむやみやたらに襲いかかってくることはなく、自分の力量をしっかり理解しているので勝てない相手と判断すれば迷いなく逃走を選択する。もうすでに百匹以上の仲間がやられているというのに、そんな素振りは一切なかった。
「ということは…」
「この魔物達は操られている可能性が高いわね」
飛び掛かってきた狼を難なく躱しながら真菜が涼しげな表情で雫を見つめる。
「だから私に少し自由行動させてほしいんだけど?」
雫は少し驚いた表情を浮かべ、すぐに眉を顰めて真菜の顔を見た。
「………それはダメって言ったらやめるの?」
「それは…答えるまでもないと思うけど?」
不敵な笑みを浮かべる真菜を見て、雫は諦めたように肩を竦めた。
「…危ないと思ったらすぐに戻ってきてね」
「指揮官のご命令とあれば」
軽い口調で答えると、真菜は流れるように魔物の間を縫っていき、あっという間に姿が見えなくなった。雫が何も言わずにその背中を見送っているといつの間にか隣に来ていたさおりが雫に声をかける。
「真菜はどこに行ったの?」
「魔物達を操っている首謀者を倒しに行ったよ」
「首謀者?」
首をかしげるさおりに雫は首を縦に振ってこたえる。
「‘ホワイトウルフ’達がこんなにやられているのに逃げないのは誰かが操っているから、その操っている人を倒せば魔物の猛攻を止められるって真菜は考えたんだよ」
「なるほど!流石は真菜!あたしは全然気づかなかった」
さおりは’ホワイトウルフ’を蹴り飛ばしながら納得したようにうんうんと頷いた。
「じゃあ、あたしたちは真菜がスムーズに悪の親玉まで行けるように魔物たちの注意をひきつけておかないとね!…新手も来ているようだし」
「…そうだね」
’ホワイトウルフ’に突き刺した剣を引き抜きながら、雫が剣を前に構える。その視線の先には’ホワイトウルフ’に紛れながらランクBモンスターである’サーベルタイガー’の姿があった。その数は三体。’サーベルタイガー’の危険度からいっても後ろの騎士団の方には行かせるわけにはいかない。
「先に行かせてもらうよ!」
自身ができる最大限の【身体強化】を身体に施したさおりが’サーベルタイガー’に突っ込んでいく。’サーベルタイガー’は威嚇するように雄たけびを上げ、やってくるさおりに合わせるように前足を振り下ろした。
「甘いよ!」
【見切り】のスキルにより、自分に襲いかかる前足を紙一重で躱し懐に入ると、魔力の込めた上段蹴りを魔物のお腹目がけて放つ。
吹き飛んだ’サーベルタイガー’には目もくれず、すぐにもう一匹の方に目を向けるとそのまま地面を蹴り、拳を突き付けた。
’サーベルタイガー’は後方へと一回転しながら跳び上がり、さおりの攻撃をひらりと躱した。着地をしながら反撃をしようとした’サーベルタイガー’だったが、さおりの姿を見失い、キョロキョロと辺りを見回す。
「こっちだよっ!!」
攻撃を躱された瞬間に移動していたさおりが’サーベルタイガー’の身体の下で笑みを浮かべる。両手を地面に両足で上空へと蹴り上げると、自分その場で跳び上がった。そして’、サーベルタイガー’よりも上まで移動すると、濃密な魔力をためた右ストレートを相手に向かって叩きつける。
「いっけぇぇぇぇ!!!”全力さおりちゃんボンバー”!!!!」
’サーベルタイガー’はそのまま地面へと叩きつけられ、近くにいた’ホワイトウルフ’をあちこちに吹き飛ばしながら巨大な亀裂を地面に走らせた。
さおりは一息つきながら地面に降り立つと、その隙を狙っていた最後の’サーベルタイガー’がさおり目がけて飛び掛かる。
「やばっ!」
油断していたさおりが慌てたように両手を身体の前に構え防御の姿勢を取った。
「はぁぁぁ!!」
一直線にさおりに向かっている’サーベルタイガー’を雫が横から斬りかかった。流石にランクBモンスター、雫の一閃を受け身体から血を吹き出しながらも体勢を立て直し、二人を睨みつける。
「さおりちゃん!油断しないで!!」
「めんごめんご!!雫っちサンキュー!」
雫が油断なく’サーベルタイガー’を見ながら注意すると、さおりは舌をペロッと出して頭を掻いた。
「それにしても…」
「うん。やっぱりランクBは伊達じゃないね」
最初に雫に叩きつけられた’サーベルタイガー’も地面に叩きつけられた方もむくりと体を起こしてこちらを見据える。ダメージは与えられているものの致命傷には至っていない様子。さらに最悪なことに奥から五体の’サーベルタイガー’が走ってくるのが目に入った。
「こうなったら…」
雫が剣を両手で構え魔力を練ろうとするのをさおりが手を挙げて制止する。
「さおりちゃん?」
「雫っち…まだ魔族との戦いもあることだし、ここはあたしに任せてよ」
「でも…」
雫は何か言おうとしたがさおりの顔を見てその口をそっと閉じる。そして’サーベルタイガー’に視線を戻すと、静かに剣を構えた。
「どれくらい必要かな?」
「三十秒!!」
「わかった!!」
雫はさおりの方を見ずに返事をすると’サーベルタイガー’に向かっていった。雫がうまく’サーベルタイガー’の気を引いてくれていることに感謝しながら、足を開き、両手を交差させ身体に魔力を滾らせていく。
雫は八体もの’サーベルタイガー’を相手に華麗に立ち回っていた。三体は負傷しており、動きが鈍いのを差し引いても、その猛攻は尋常なものではない。雫は迫りくる牙や爪を紙一重で躱しながらさおりの合図を待った。
「雫っち!!」
「っ!!」
さおりの声に反応し思いっきり地面を蹴って’サーベルタイガー’から距離をとる。雫が自分の射程からいなくなったのを確認したさおりは両腕を後ろに引いた。
「これでもくらえ!!”さおりちゃんファイナルバズーカ”!!!!!」
両拳を前へと突き出す。その拳から波動砲のような魔力の奔流が吹き出した。直線状にいる’ホワイトウルフ’を巻き込みながら’サーベルタイガー’達を飲み込んでいく。
「はぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
さおりは更に魔力を高め、出力を上げていく。魔法が苦手なさおりが持つ唯一にして最強の遠距離攻撃。極太の魔力砲が消えると、そこには白目をむいて泡を吹き出して倒れている’サーベルタイガー’達の姿があった。
ゆっくりと地面に倒れるさおりの下へ雫が急いで駆け寄る。
「さおりちゃん!!」
「はぁ…はぁ…大…丈夫」
汗を流しながら息を荒げるさおりに雫は”アイテムボックス”から取り出した魔力ポーションを取り出しゆっくりと飲ませた。飲み終えたさおりは落ち着いたように息を吐くと雫に笑顔を向けた。
「あたしもなかなかやるでしょ?」
「もう…無理しすぎだよ。でもこれで大分に楽になった!ありがとう!!」
さおりに労いの言葉をかけつつ、雫がさおりに笑顔を向けた。すると突然豪快に手を叩く音が聞こえ、二人が同時にそちらに目を向ける。
「いやぁこりゃいい!!これが人族の友情というものか!!」
そこには雫達に拍手をしている男とその後ろに更に二人の男が立っていた。
「そういうのを見せられると」
見た目は人族と遜色ないが、その男たちから発せられる禍々しい魔力がそうではないと告げている。
「ぶち壊してやりたくなる」
ニヤリと嫌らしい笑みを向ける男を見て、二人は自分たちの前に魔族が現れたことを確信した。