9.狩られる者
先陣を切って獅子奮迅の働きを見せるガイアスを見て、萌は震える身体を抑えながら迫りくる魔物相手にメイスを振るう。相手にしているのはランクDモンスターの’ワイルドドッグ’。灰色の身体は一メートルほどであるが、異常に発達した牙で獲物を噛み殺す魔物である。
「えいっ!!このっ!!」
これでも千里についてギルドの依頼をこなしてきている萌の【身体強化】を施したメイスを喰らえば’ワイルドドッグ’程度であればひとたまりもない。それは萌自身もわかっているのだが、飛び散る血や手に残る感触への嫌悪感はいまだに消すことはできない。
「ふぅ…」
体力的な疲れはない。ただこんなにも大量の魔物を相手にしたことなかった萌は精神的にかなりの疲労感に襲われていた。そんな萌のことなどお構いなしで三匹の’ワイルドドッグ’は襲い掛かってくる。萌が慌てて迎撃の姿勢を取ろうとした時、’ワイルドドッグ’達の額に青白く発行する矢が突き刺さった。萌はほっと息を吐くと近づいてくる友人に笑いかける。
「千里、ありがとう」
「気を抜いている暇なんてないわよ」
千里は更に矢を放ち、こちらを向いている萌を後ろから襲おうとしていた’ワイルドドッグ’を始末した。萌は眉を落としながらため息を吐く。
「いつもみんなをサポートする役目だったから…直接自分で戦うっていうのが苦手なんだよ…」
「そうも言ってられないでしょ!弱音を吐いている暇があったら一匹でも多く魔物を倒しなさい!」
「うん…そうだね」
萌は顔を俯かせる。千里の言っていることは正しい、正しいのはわかるがわかったからといってすぐに行動、というわけにはいかない。じれったい態度の親友に苛立ちを覚えながら千里は萌を置いて先に進んでいく、が途中で足を止めると少しだけ顔を萌に向けた。
「…サポート、期待しているから早く来なさい」
「…うん!!」
足早に先を行く千里を、萌は笑顔で追いかけていく。
萌と千里はまだ砦にかなり近いところにいた。前を戦う騎士団のステータスの底上げを担っている萌と遠距離から空を飛んでいる魔物を狙撃している千里は前線に出る必要はなく、ガイアスからもできるだけ前には出ないように言われていた。
それでも騎士達が魔物を一匹残らず討伐することなどできず、萌の仕事はうち漏らした魔物を倒すことと傷つき、後ろに下がってきた騎士団の人を治癒することであった。
誰か怪我人はいないかと周囲の見回していると、隣で’スキンヘッドホーク’を射っていた千里が突然黄色い声を上げる。
「きゃー!!ねぇ見て見てっ!!」
萌の肩をバシバシ叩きながら千里が指をさす。萌がそちらに目を向けるとフリントが魔物の攻撃を華麗に躱しながら自慢の愛剣で次々と’ワイルドドッグ’を倒していた。
「かっこいい!!やっぱフリント様は最高だわ!!」
千里は自分の役目も忘れてフリントの戦いに魅入っていた。いつもはそんな千里に呆れてしまう萌だったが今回ばかりは千里、同様フリントの舞とも思える戦い方に目を奪われた。
そんなフリント目がけて上空から炎弾が飛んでくる。フリントは咄嗟に横に飛んで間一髪というところで炎弾を避け上を見ると、’スキンヘッドホーク’なんて目じゃないほどの大きな怪鳥が悠々と空を飛んでいた。
その魔物は’ジャイアントスパロー’。この赤紫色の魔物は、空を飛びながら獲物を探し、見つけると得意の【火属性魔法】により仕留める。魔法には注意が必要だが、戦闘力はそれほどあるわけではなく、ランクDほどの強さしかないのだが、常に飛行しているため、討伐のしづらさからランクCに該当する魔物である。その正確無比な獲物の狩り方から冒険者の間では’空の狩人’と呼ばれ恐れられていた。
「ど、どうしよう!!’ジャイアントスパロー’があんなにっ!?」
巨大な鳥が十羽近く空を旋回している。突然現れた高ランクモンスターに萌は狼狽えながら千里に話しかけるが千里の反応な一切ない。
「ち、千里…?」
千里がワナワナと身体を震わしているのに気がつき千里に恐る恐る萌が声をかける。千里は目をカッと開き勢いよく顔を上げた。
「あのキショ鳥…フリント様に向かって魔法なんて…許さないぃぃぃ!!!」
千里は怒りに任せて魔力を練ると、そのまま魔法を詠唱した。
「“空の散歩”!!」
周りに風が巻き起こり、千里の身体をふわりと浮かす。この魔法は飛行を可能にするものなのだが、【風属性魔法】の中でも扱いが難しく、浮くことはできても飛ぶことができる者は一握りといってもいい程である。だが千里には【風属性魔法】の天性の才能があるらしく、異世界人のなかでただ一人、短い時間ではあるが自由自在に飛行をすることができた。
千里はキッ、と’ジャイアントスパロー’を睨みつけると凄まじい速度で上空へと舞い上がった。飛び上がりながら魔力で矢を作成し、弓につがえる。
「鳥の分際で生意気なのよっ!!喰らいなさい!!」
’ジャイアントスパロー’と同じ高度まで来ると引き絞った弦を一気に解き放つ。同時に放たれた矢は五本、一直線に’ジャイアントスパロー’目がけて飛んでいった。想定していなかった場所からの不意打ちを喰らい、翼に矢を受けた三羽の’ジャイアントスパロー’が地上へと落ちていく。そんな相手は無視して自分の存在に気づいた残りの六羽の’ジャイアントスパロー’に向けて連続で矢を放った。
「クェェェェ!!」
’ジャイアントスパロー’が吐き出した炎が千里の矢を焼き落す。その後ろから違う’ジャイアントスパロー’が千里に向かって突進してくる目に入り、千里は風を操作しながら器用に躱し、下を通過した瞬間そいつに向かって矢を放った。
「グ、グェェ…」
背中にまともに矢を受け、苦しそうな声を上げながら落ちていく’ジャイアントスパロー’を横目で見ながら次の相手へと向かっていく。この短い間に四羽もやられ、流石のジャイアントスパロー’達も千里に対する警戒を高めた。
飛行時間の限界が近づくのを感じた千里は残りの’ジャイアントスパロー’を下へとおびき寄せるため、挑発するように周りを飛んだあと、徐々に高度を下げていく。そんな千里の思惑には気がつかないまま五羽の’ジャイアントスパロー’達は躍起になって千里を追いかけた。
時々飛んでくる炎弾を躱しながら地上付近まで近づくと、そこには笑みを携えたフリントが立っていた。
「あっフリント様~!!」
千里はだらしない表情を浮かべながらフリントの少し上を通過する。それを見送ったフリントは同じように飛んでくる’ジャイアントスパロー’まで跳び上がり、すれ違う瞬間、剣を振るい、ジャイアントスパロー’の羽を斬り落とした。
それを確認しながら“空の散歩”の魔法を解除する。飛行可能な時間を超えて飛び回ったため、千里は地上に降り立つと目の前がぐらりと揺れ、その場に膝をついた。そんな千里に対し、唯一フリントとガイアスの攻撃を切り抜けた’ジャイアントスパロー’が特大の炎弾を放つ。なんとか魔法で迎撃しようとするも、無理をしたせいか、今の千里は上手く魔力を練ることができなかった。
「“隔絶せし聖なる壁”!!」
炎弾が直撃する瞬間、千里の前に透明な壁が現れる。渾身の力で放った’ジャイアントスパロー’の炎弾はその壁を壊すことができず、敵を焼き払うこともできず無情にも消えていった。
「千里っ!!大丈夫っ!?」
駆け寄ってくる萌に千里は笑顔を向ける。
「ありがとう。萌の割にはよくやってくれたわ」
「えへへ…そうかな?」
千里に褒められ、萌は照れたように頭を掻いた。
「そうだ!’ジャイアントスパロー’は!?」
千里を攻撃した最後の’ジャイアントスパロー’のことを思い出した萌が慌ててそちらに顔を向けると、地上に落ちた’ジャイアントスパロー’の背中から自分の剣を引き抜いてるフリントの姿があった。
「よかったぁ…フリントさんが倒してくれた」
「えぇ!?」
それまで弱っていた千里であったが、萌の言葉を聞くや否や立ち上がり、’ジャイアントスパロー’の方を向くと、そのまま走り出した。
「あっ!!千里!!待ってよ!!」
慌てて追いかけてくる萌には目もくれず、一直線にフリントのところまで駆け寄ると千里は身体をもじもじさせながら話しかける。
「フリント様~ありがとうございますぅ!!」
上目づかいの千里を見て、フリントはいつもと変わらぬイケメンスマイルを向ける。
「いやいやお礼を言うのは僕の方だよ。飛んでいる敵は厄介だからね。チサトさんが倒してくれて助かったよ」
「そんな…当然のことをしただけです!」
顔を赤らめながら照れる千里にフリントは白い歯を見せて笑った。
「それにしても飛んでいるチサトさんは美しかったね。さっきは美姫と言ったけど妖精の方が正しかったかな?」
「もう…フリント様ったら…お上手なんですから~」
戦場に似つかわしくない甘ったるい雰囲気が二人を包み込む。そんな二人を萌は、砂糖を一袋そのまま飲み込んだような顔で見つめていた。