7.戦闘開始
雫は走りながら自身に【身体強化】を施し、さらに【聖騎士】のスキルが持つ【聖鎧】も発動させた。このスキルは身体の表面に薄い膜のようなシールドを常時展開し、直接攻撃や魔法から雫の身を守ってくれるスキルである。スキルにより強化された雫は更にスピード上げ、魔物へと向かっていった。
雫達が担当する中央にはランクDモンスターの’ホワイトウルフ’の群れが集中しており、見渡す限り狼でその数を数える気も起きないほどである。
「はぁぁぁ!!」
気合を入れて銀の剣を一閃、’ホワイトウルフ’の頭を落とす。そのまま群れの中へと突進し、次々と’ホワイトウルフ’を倒していった。
「雫っち気合入ってるね!!あたしも負けてられないよ!!」
雫の後ろについていたさおりが愛用の鉄でできたグローブを装着した手を合わせ、自身の身体に魔力を巡らせる。そしてさおりの持つユニークスキル【格闘家】のスキルが内包する【魔力格闘】を発動させた。
「吹き飛べっ!!」
魔力をこめた拳を打ち付けると、殴られた’ホワイトウルフ’だけでなく、その周囲のものまでまとめて吹き飛ばした。【魔力格闘】のスキルによって攻撃の範囲が格段に広がり、威力に関しても’ホワイトウルフ’を瞬殺できるほどに高められている。
ド派手に’ホワイトウルフ’達を蹴散らしていく雫やさおりとは違い、真菜は自分から攻撃することはなく、襲いかかってきた相手を危なげなく仕留めていった。手に持たれているのは鉄扇。【風属性魔法】が得意な真菜と相性がよく、ユニークスキルが【踊り子】である真菜はあまり重い武器を使いこなすことができず、自分の戦闘のスタイルに一番合っていたのが鉄扇であった。
牙を向けて突っ込んでくる’ホワイトウルフ’を閉じられた鉄扇で円く裁き、そのまま喉元つき確実に息の根を止める。それは元の世界で道場の跡取りであった真菜が、その身に覚えこませた合気道の動きをそのものであった。
「二人とも!あまり飛ばしすぎないように!」
自分の周りにいる’ホワイトウルフ’を警戒しながら、前方で大虐殺を行っている雫とさおりに声をかける。その瞬間爆発が起きたように大量の’ホワイトウルフ’が空中に舞い上がった。
「大丈夫!なんか今日は調子がいいから!!」
さおりが地面に手をつき、その場で回転しながら放った回転蹴りにより空へと飛ばされた’ホワイトウルフ’があられのように降ってくる。
「“聖なる大極剣”!!」
まばゆい光が戦場を照らし、次の瞬間には雫の剣から光の刃が天高く伸びていた。それをそのまま振り下ろす。【聖属性魔法】によって作られた刃の軌道にいたものは例外なく両断された。雫は一つ息を吐くと大きな声で真菜に答える。
「あたしも長期戦を考慮してセーブしてるから大丈夫だよっ!!」
「…セーブしてあの威力だなんて、本当に頼りになる生徒会長だわ」
真菜は雫の力を目の当たりにして驚き半分呆れ半分といった表情を浮かべた。前の二人は大丈夫だろうとチラリと後ろに目を向けると、騎士たちも奮戦しておりまだ誰も危機的状況に陥っていないことに安堵する。
「とはいってもまだ始まったばかりだから気を抜かないようにしないと」
自分を戒めるように呟くと、’ホワイトウルフ’を倒しながら前を進むさおりと雫を追いかけた。
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右から攻め込む誠一達の前にはランクFモンスター'イビルラット'とランクEモンスター'ダークラビット'がこれでもかというくらい大量に控えていた。それを見た誠一が嫌悪感に顔を歪める。
「なんつーかこんだけうじゃうじゃいると見た目とか関係なく気持ち悪いな。この感覚は虫以外で初めて抱いた」
「こいつらも虫けらと一緒」
勝は生意気にも牙を突き立てて来る'ダークラビット'に自慢のバトルアックスを振り下ろす。異世界人の中でも筋力のステータスが突出している勝が持つバトルアックスの重さは優に百キロを超えていた。それをなんの苦もなく振り回し、無駄に肥えたネズミどもを蹴散らして行く。
「あいにく俺はお前みたいな雑魚を殲滅するような力はないからな。骨が折れるって話」
誠一は豪快になぎ倒して行く勝が取りこぼした魔物に的確にナイフを入れていく。【盗賊】のユニークスキルを持つ誠一は【気配察知】と【気配探知】の上位互換のスキルである【気配網羅】を持っており、気配を探るという点においては他の追随を許さなかった。誠一はそのスキルを活用し、後ろで戦っている騎士団達の負担にならない程度に魔物を間引いて行く。
ランクの低い魔物の大群を前に誠一は腹立たしそうに舌打ちをした。
「前田健司がいればこういう雑魚とは戦わずに済んだっつーのに!!」
誠一は昨日の夜に姿を消した友に向けて恨み言を吐き出す。それを聞いた勝が眉を落としながら呟いた。
「前田…どこに行ったんだろう」
「知らねーよ!!」
八つ当たり気味の誠一を見て、これ以上は藪蛇だと判断した勝は黙々と目の前にいる魔物を狩る作業に戻った。誠一も愚痴ったところでどうしょうもないと冷静になり、一旦戦場を見渡す。
「とりあえずこういうのは雑魚が先に来て後から手ごわいのが来るって相場が決まってるから、ガソリン残しとけよ」
「こんな奴ら、敵の数にも入らない」
言葉通り全く意に介さずに勝は魔物を倒して行く。すでに百匹以上の相手を倒しているのに疲労の色どころか、汗ひとつかいていなかった。
「ならいいけど…あのスキルはまだ使うなよ?」
「わかってる。加藤のタイミングで使う」
念のため誠一が忠告すると、'ダークラビット'の身体を真っ二つにしながら勝は頷いた。それを見た誠一は前線を勝に任せると、後ろに下がり騎士団に声をかける。
「とりあえず今のところは脅威になる魔物は出てないけど、いつ来るかわからないから無駄な戦闘は避けるように。こいつら程度なら一々全滅させなくても砦に被害は出ないでしょ」
そう言いながら自分の方に飛びかかって来たツノが生えた黒いウサギの喉元をナイフで一閃する。
「とにかく今は体力温存で。いざって時に対応できるように魔力も極力使わないように」
「「「はいっ!!」」」
前で修羅のごとく魔物をなぎ倒す勝に畏怖の眼差しを向けながら騎士団は応えた。そして前で指揮を執る誠一にも同様の視線を向ける。そんな様子を見て誠一は頭をぽりぽりとかいてから騎士団達から視線を外すと人知れずため息をついた。
「こういうのは俺の仕事じゃないんだけどな」
普段であれば誠一の考えを聞き、前に立ってみんなに伝えるのは隆人の役目であった。しかし今隆人はこの場にいない。苦虫を噛み潰したような表情を浮かべると誠一は頭を切り替え、前で戦う勝の元へと戻っていった
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「もうっ!!なんなのよ!!」
文句を言いながらも千里は弓矢を射るその手を止めない。放たれた全ての矢は寸分違わず空を飛ぶ気味の悪い鳥達をボトリボトリと落としていく。
「このキショい鳥はなにっ!?なんで頭だけ羽毛が無くてつんつるりんなのよっ!?」
「それが'スキンヘッドホーク'の特徴だからね」
「これだからハゲは嫌いなのよっ!!」
落ち着き払った声で萌が千里に告げると、心底嫌そうな顔をしながら次々と射抜いていく。
【狩人】のユニークスキルを持つ千里は【射術】のスキルを持っている上、【魔矢生成】スキルにより魔力が尽きない限り、無尽蔵に矢を生み出すことが可能である。ナイデル砦から向かって左側のこの地域には他とは異なり、上空から襲いかかって来るランクDモンスター'スキンヘッドホーク'が無数に存在していた。
剣や槍では分が悪く、魔法による殲滅も考えたが、後に控える高ランクモンスターを視野に入れ、空の魔物は千里が一手に引き受けている。文句を言いながらもその働きは目覚しいものがあり、萌から"速度強化"と"筋力強化"のバフをかけてもらった騎士団達は地上の魔物に専念することができた。
上空にいる魔物に一心不乱で矢を放つ千里の側に微笑を携えたフリントが魔物を蹴散らしながらスッと近づく。
「流石はチサトさんだね。さながら戦場の美姫といったところかな?」
「まぁフリント様…美姫だなんて…」
顔を赤く染め上げ、熱っぽい視線をフリントに向けるが、矢をつがえるその手は淀みなく動いている。ガイアスはそんなチサトを見て呆れ半分、感心半分の心境で苦笑いを浮かべた。そして表情を引き締めると、周りの騎士団に対し、大声で指示を飛ばす。
「チサト殿が空を制している今が好機!!モエ殿の加護があるうちに地上の魔物を一掃し、後ろで胡座をかいている魔族どもを引きずり出すぞ!!」
ガイアスの声に呼応するように魔物への攻撃を激しくする騎士団達。ガイアスは自身の十文字槍を構え、自ら先頭に立ち魔物を屠っていく。フリントも笑みを浮かべながらその後に続いて行った。
三者三様の戦場、戦いはまだ始まったばかり。