6.騎士
昴と隼人と出会ったあの日から雫の日課は少しだけ変化した。
小学校では二人の周りにはいつも人がいるので、内気な雫は二人に話しかけることはなかった。それでも放課後は毎日のように三人で公園に集まることができるので雫は満足していた。
いつも最初は雫が持ってきた本を読み、その後は公園の遊具で盛り上がったり、学校であったことを話したりした。本の登場人物になりきって遊ぶことも多かった。
雫はいつもお姫様役であったのだが、昴と隼人はどちらが騎士役をやるかでいつも喧嘩をしており、雫はそれを見ながら楽しげに笑っていた。
今日もお気に入りの本をもって雫は公園へと足早にやって来る。二人が先に公園に来ていることもあるのだが、公園に誰もいないところを見ると、まだ二人はやってきていないようだ。雫は慣れた様子でブランコまで足を運び本を開き、二人が来るのを待つことにした。
しばらく黙って本に没頭していた雫であったが、本に影がかかり誰かが来たことに気がつく。やっと二人が来たと思った雫は嬉しそうに顔を上げた。しかし、目の前に立っていたのは見たことのない男の子が三人。身体の大きさから雫よりも上級生であろう三人は腕を組み、憮然とした表情で雫の前に立っていた。雫は怯えながら本を自分の胸に抱え込む。
「ここは俺たちの場所だぞ!」
先頭に立っている丸坊主の男の子が威張ったように雫に話しかける。
「そうだぞ!このブランコは俺たちのものだ!」
「そうだそうだ!」
前歯がない男の子と帽子をかぶった男の子が後ろに立ち、囃し立てる。
「公園はみんなのものだって先生が言ってたよ…?」
「うるせぇ!!」
弱弱しく身を縮こませながら反論するが、丸坊主の男の子は聞く耳を持たないといった様子。仕方なくブランコを降りて移動しようとする雫の腕を帽子をかぶった男の子がつかんだ。
「ちょっと待て!お前、何持ってるんだ?」
「けんちゃん!こいつなんか持ってるよ!」
前歯のない男の子が雫の持っている本に手を伸ばすが、雫は慌てて身をよじる。それを見た丸坊主の男の子がニヤリと笑みを浮かべた。
「おい!お前が持っているものをよこせ!」
「嫌っ!!」
雫は本を守るように後ろに回すと、三人を睨みつける。年下の女の子に睨まれたところで痛くもかゆくもない三人はニヤニヤと笑みを浮かべた。
「来ないでっ!!」
雫の拒絶など意に介さず、じりじりと近づいてくる三人。三人のボス的立場である丸坊主の男の子に注意を向けていると、いつの間にか後ろに回った帽子の男の子が雫から本を取り上げる。
「けんちゃん!とったよ!!」
「おう!もってこい!」
満足そうに笑う丸坊主の男の子は本を受け取ると興味深げにそれを眺めた。
「『おひめさまとないとさま』?なんだこれ?」
「返してっ!!」
雫は涙目になりながら叫ぶが、二人の男の子に身体を抑えられ丸坊主の男の近づけない。
「けっ!もっと面白いものかと思ったぜ!!」
雫が必死に守るものだから面白い本を期待していた丸坊主の男の子はつまらなさそうに本を地面に叩きつけた。
「あぁ…!!」
雫が悲しげな声を上げると、それを見た丸坊主の男の子が嗜虐的な笑みを浮かべる。
「こんなものこうしてやる!!」
そう言うと丸坊主の男の子は自分の足を上げると本の上へと持って行った。
「やめてっ!!」
声の限りに叫び声をあげるが、三人ともそんな雫の様子が楽しいのか笑い声をあげる。丸坊主の男の子はじらすように雫の方を見ていたが、本の方へ視線を移すと足を振り下ろした。雫は思わず目を瞑る。
「うぎゃっ!!」
「けんちゃん!!」
雫の耳に聞こえたのは間の抜けた悲鳴、そして慌てた様子で丸坊主の男の子の名前を呼ぶ声。それと同時に自分の身体が自由になるのを感じる。恐る恐る目を開けると雫の前には黒髪の男の子が立っていた。
「待たせたな!『ないとさま』の登場だぁ!!」
それは雫の一番好きなシーンで騎士がお姫様に送るセリフ。それを聞いた雫は待っていた人がやってきたことを知り、ホッとしたのかボロボロと涙をこぼし始めた。
「だ、誰だお前は!」
勢いよく背中を蹴られた丸坊主の男の子が昴を睨みつける。そんな三人を見ながら昴は不敵な笑みを浮かべた。
「雫をいじめるやつは僕が許さないぞ!!」
そう言うと昴は三人に向かって突進していった。
昴達と三人の男の子とのいざこざは途中で隼人が参戦してきたこともあってか辛くも勝利を収めることができた。半べそを掻きながら昴達に向かって「おぼえてろ~」と捨て台詞を吐いて逃げていく三人を見て嬉しそうに笑みを浮かべた。二人ともかなりボロボロであったがそんなことも気にせず、勝利の余韻に浸っていた。
昴が来てから終始涙を流していた雫は三人がいなくなるや否や二人に抱きつきわんわんと大声をあげて泣いた。そんな雫に二人とも戸惑っていたが、不器用ながらも一生懸命雫を慰め続けた。
雫の母親が来ることには何とか収まり、娘の目が真っ赤に晴れていることに驚いた母親が二人に事情を聞いた。二人の話を聞いた母親は優しい笑顔を向け「雫を守ってくれてありがとう」と二人の頭を撫でた。昴も隼人も照れ臭そうに俯いたが、その表情はまんざらでもなさそうであった。
そのまま二人に別れを告げ、母親に手を引かれながら雫は家に帰っていった。その胸には自分が、昴と隼人が必死に守ってくれた本が大事そうに握られていた。
他人にとっては他愛もないような、それでも幼き雫の心には深く刻まれた小さな事件は幕を閉じた。
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「……っち!雫っち!!」
さおりの声に雫は我に返った。振り向くとさおりと真菜が不安そうにこちらを見ている。
「ぼーっとしてたみたいだけど平気?」
「えっ、あっ、平気!」
気遣うように聞いてくる真菜に対して雫は笑顔を向けた。
「雫っちの合図をみんな待ってるよ?」
さおりがまだ心配そうに雫を見つめる。そんなさおりに頷き返すと、雫は目の前の魔物たちを見据えた。
最近、めっきり思い出すことがなくなっていた幼き日の思い出が唐突に蘇った理由は雫は痛いほどわかっている。
(お姫様を守るナイトか…さおりちゃんに言われて思わず思い出しちゃったな)
昴と隼人はいつも自分のことを守ってくれていた。それこそ絵本の世界の騎士のようにいつも雫の前に立ってくれる。そんな二人に雫は深い親愛を、そして憧憬を感じていた。
───悪いな。俺は騎士にはなれねーみたいだ
訓練場で昴が告げた言葉。久しぶりに自分をさらけ出すことができた日の昴の台詞。
それを言われたときは寂しさを感じつつも、あの日のことを覚えていてくれたことの嬉しさもあった。だから昴に言われた時も落ち込むことはなかった。それどころか今度は自分が昴の騎士になればいいと思っていた。
でもそんな昴はもういない。
雫は腰に差している銀の剣をゆっくりと引き抜くと頭上に掲げた。
「これより魔物との戦いを始めます!!」
張り上げた雫の声は後ろに控えている者の耳にはっきりと届いた。
「みんな!!死なないで!!」
雫の掛け声に呼応するようにサロビア平原に怒号が響き渡った。それを聞きながらここにいる皆を守るため、雫は騎士になる覚悟を決める。勢い良く地面を蹴る雫に続くように全員が魔物目がけて駆け出した。
ナイデル砦を巡る戦いの火ぶたが、今ここに切って落とされる。
「10.こぼれる本音」で昴君が雫に「騎士にならない」的な発言していたのはこのことだったんです!
決して昴君が気障ったらしい事を言いたかったのではありません(笑)
まぁ、気障なのには変わりないですが(´・ω・`) ショボーン