4.雫の演説
会議室内を沈黙が包み込む。
「………やるしかないよ」
その沈黙を破ったのはさおりであった。
「自分たちが生き残るためにはやるしかない。できなければあたし達に未来はない」
その声は不安や恐怖、そういった感情をすべて押し殺したようなものだった。
「…そうね。初めから私達に選択肢なんてないわね」
さおりの発言に賛同するように真菜が口を開く。
「やらなきゃやられる…単純明快だわ」
「…でもよ、そんな簡単な話じゃねぇだろ?」
きっぱり言い切った真菜の言葉を誠一が否定する。
「一万なんて魔物、どう考えたってこの人数で倒せるわけねぇぞ」
「俺も厳しいと思う」
「厳しいなんてもんじゃないわ!絶対に無理よ!!」
勝が濁した言葉を千里がしっかりと言いなおす。
「無理って諦めたらそれで解決するの?」
さおりに視線を向けられ千里は顔を険しくする。
「あんた昨日からやけにあたしに食って掛かるわね」
「そんなつもりはないよ」
「何が気に入らないの知らないけど…あんたみたいな能天気馬鹿にはわからない現実ってもんがあるのよ!」
「現実から目を背けているのは千里っちの方じゃない?」
「なによっ!?」
「ちょっと!千里!落ち着いてって!!」
さおりに襲いかかる勢いで立ち上がった千里を萌が必死に止める。さおりの方も迎え撃つかのようにスッと席を立った。真菜もさおりに手を出したらただじゃ置かないといった風に千里を睨みつける。
一触即発の異世界人たちを見ながらキッパはオロオロと狼狽え、ガイアスとフリントは難しい表情を浮かべる中、雫は一人黙って考えていた。
こんな時、今この場にいない自分の大切な人たちはなんて言うのだろうか。
───雑魚が何人束になってもボクの敵じゃない。
可愛い顔を台無しにするような無表情で美冬は言うだろう。
───大丈夫。なにが来たって雫は俺が守るよ。
憎たらしい程のイケメンスマイルで隼人は飄々と言うだろう。
───面倒くさいけどやるしかねーだろ。死にそうになったら逃げればいい。
心底面倒くさそうに、それでも何とかしてくれると思わせるように昴は言うだろう。
張り詰めた空気の中で雫は内心クスリと笑った。なんと頼もしい仲間たちであろうか。先程まで絶望に飲み込まれそうであった雫の心に力が湧きおこる。今ここにいるみんなに自分の中に芽生えた希望を、勇気を分けてあげたい。
不安なのはみんな同じだろう、当然恐怖もしている。強がっているかもしれないし挫けているかもしれない。そんなみんなに頼れる仲間からの力を伝えるには今のままではだめだ。
確固たる意思の元、雫がその場に立ち上がると、全員が雫の方に目を向けた。
「みんな聞いて欲しい」
雫は心の中で自分にかぶせている’優等生の雫’の仮面をとった。
「私は…あたしは、本当はみんなが思っているような人間じゃないの」
いつもと違う口調、いつもと違う雰囲気。でもこれがいつもの自分。
「上に立つような人間じゃないし、みんなのまとめ役を任された時も正直嫌だなって思ってた」
雫の変化に戸惑いを隠せない一同。しかしその言葉はしっかりと耳に入ってくる。
「みんなの言っていることは全部そうだなって思う…こんな怖いところさっさと逃げちゃいたいし、それでもやらなきゃダメだってこともわかってる」
雫はいつのまにか座っている千里とさおりに視線を向けた。
「だから渡辺さんのこともさおりちゃんのことも違うなんて否定できない。どっちも正しいと思っちゃうから…こんなんじゃまとめ役失格だね」
雫が自嘲の笑みを浮かべる。それはここにいる誰もが今まで見たことのないものであった。
「でも…それでもあたしは生徒会長で、今回の作戦のまとめ役なんだちゃんとしなきゃいけないって思ったんだ」
勇気をもらったのは大切な人たち。彼らはいつも自分に力をくれた。雫は全員に力強い視線を送る。
「あたしはみんなと元の世界に帰りたい!ここにいるみんな!城にいるクラスメート!今は任務でいない人たちも含めてみんなで生きて帰りたい!!」
さおりを見ると大きく頷き返してくれた。
「だからみんなの力を貸して欲しい!この苦境を乗り切るためにみんなの心を一つにして欲しい!みんなが力を合わせれば魔物なんて何体来ようと大丈夫って信じてる!あたし達は異世界の勇者なんだよ?あたしがみんなを守る!みんながみんなを守る!危なくなったら逃げちゃえばいい!!」
大切な人たちの言葉に思いを乗せる。それが届いたのか、さっきまでしょぼくれた顔をしていた者たちに力が宿る。
「あたしの言っていることが夢物語かもしれないことはわかってる!でも今回は…その夢物語に付き合うと思ってあたしと一緒に戦ってください!!」
雫は机にぶつかるかと思うほど頭を下げる。自分の言いたいことは全て言った。もしこれで誰もついてこなければ一人でも戦いきる覚悟もできている。
「雫っち」
声をかけられた雫が頭を上げるとそこには真面目な顔をしたさおりが立っていた。
「あたしの頬をひっぱたいて!!」
「えっ?」
予想外の発言に戸惑う雫。しかしさおりの表情は真剣そのもの。
「私は感情の赴くままに発言をして場を混乱させた…だから一発ぶんなぐって!!」
「で、でも…」
「お願い!!」
さおりの目を見て雫は断れないことを悟る。雫は一つ息をつくとさおりの頬を思いっきりひっぱたいた。あまりの威力にさおりはそのまま後ろに倒れこむ。
「さ、さおりちゃん!大丈夫?」
雫が駆け寄るとさおりは涙目になりながらもどこか吹っ切れたような笑顔を浮かべた。
「っつー!!雫っち手加減なしだね!気合入ったよ!!」
さおりは勢い良く立ち上がると、一連の出来事を茫然と見ていたクラスメートたちの方に目を向けた。
「みんな!!我らが会長がここまで言ったんだ!!これで逃げるってんなら男じゃないよね!加藤!古川!」
「…レアな会長見ちまったし、頑張らないわけにはいかねぇわな」
「当然だ」
誠一はからかうような笑みを浮かべながら雫を眺め、勝はフンと鼻息を荒くした。
「千里っちも今回は水に流してお互い頑張るよ!!」
「わかってるわよ!協力すればいいんでしょ!?」
「あ、あたしも頑張って足を引っ張らないようにするよ!」
雫の本当の姿を見て調子を狂わされた千里はプイッと顔を背けている隣で、萌がやる気に満ち溢れた顔で両手をグッと身体の前に構えた。それを見てさおりは満足そうに頷く。
「まさかあなたの本性がそんなだったとはね…何か隠しているとは思っていたけど」
ニヤニヤしながら言ってくる真菜に雫は顔を赤らめた。
「ご、ごめんね。色々あって…真菜ちゃん達には…」
「真菜」
「えっ?」
「真菜でいいわ。私も雫って呼ぶから」
一瞬キョトンとした雫であったがすぐに笑顔で頷く。それと同時になぜだか涙があふれてきた。真菜はその涙が今まで雫が背負ってきた重荷と捉え、優しく微笑みかける。
異世界人たちの問題であったがゆえそれまで口を挟まなかったガイアスが静かに口を開いた。
「それでは話がまとまったところでシズク殿、作戦会議の続きといこうか」
「はい!」
雫は元気よく返事をすると涙をぬぐった。
「前田君が行方不明だけど作戦に変更はないわ!砦を起点にして三方に別れます!まず砦から左の方は渡辺さんと上田さん、あとはガイアスさんとフリントさんにお願いします!」
「仕方ないわね」
「頑張ります!」
「指揮はガイアスさんにお願いしてもいいですか?」
雫がガイアスの方を向くと、ガイアスはうむ、と力強くうなずいた。
「次に右手は加藤君と古川君!男の子なんだから期待してるよ!指揮は加藤君頼むよ!」
「なーんかそんな風に会長に言われると変な気分になるな…まぁ悪くないけど」
「こっちはまかせてくれ」
今までの雫の態度に慣れている誠一はなんとなくしっくりきていないながらも了解の意味をこめて右手を軽く上げる。
「最後、中央はあたしとさおりちゃん、それと真菜!ここは一番敵が来るかもしれないから覚悟しておいて!」
「おっす!全力で暴れちゃうよ!」
「適度に頑張るわ」
身体中からやる気が満ち溢れているさおりに対し、普段通り落ち着いている真菜。しかしその瞳には頼もしい光があった。
「あたしたちの配置は以上だけど、騎士団の配分はそちらに任せていいですか?」
「敵の戦力を見ながら臨機応変に私とフリントが指示を与えていく」
「そこはまかせてよ」
「ありがとうございます!」
静かに闘志を滾らせているガイアスと、柔和に笑っているフリントにお礼を言った雫は一呼吸おいて全員の顔を見つめる。
「最後にこれだけは言っておきます」
雫はもう二度とかぶることはないであろう仮面を最後にもう一度だけかぶる。きりっとした表情を浮かべ背筋を正し皆を見据えた。
「誰一人死ぬことは許さない!生きてアレクサンドリア城に帰るぞ!!」
「当然!あたしも本気出しちゃうよ!」
「せいぜい日頃の鬱憤を晴らさせてもらうわ」
「ふんっ!やってやろうじゃない!」
「なんか行ける気がするよ!」
「やっぱそっちのが会長らしいな。だるいけどやってみるか!」
「全員蹴散らす!!」
雫の言葉に思い思いに応えたクラスメートたちは迫りくる魔物との戦いに闘志を漲らせていった。