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異世界召喚されたらなぜかステータスが呪われていた  作者: からすけ
サロビア平原の戦い
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2.ナイデル砦

 異世界の勇者たちとガイアス率いる騎士団百五十名がナイデル砦に着いたのは日が落ちたころのことだった。普段はまったくといっていいほど緊張感のないナイデル砦だが、今は未曽有の異常事態に砦内部にいる全員が深刻な表情を浮かべている。

 霧崎雫達が砦に入ると鉄の鎧を身にまとった男が頭を下げた。体つきは丸っこく、お腹はゴムまりのようにパンパンであったが、その顔はげっそりと疲れ切っており、一切の覇気を感じさせない。


「ガイアス騎士団長、フリント副騎士団長、ご無沙汰であります。そして異世界の勇者の方々、初めましてであります。自分はナイデル砦の隊長をしておりますキッパと申します」


「初めまして。私はナイデル砦において異世界人たちのまとめ役である霧崎雫と申します」


 キッパの挨拶に雫は丁寧に返事をした。まとめ役と言ったところで渡辺千里が気に入らなさそうに鼻をフンっと鳴らしたが、友人の上田萌に脇腹を小突かれそれ以上は何も言わなかった。


「とにかく来ていただいて助かりました。自分だけではどうしていいのかわからなかったであります…」


 キッパは明らかに鍛錬不足であろう身体をブルブル震わせながらハンカチで必死に額から流れる汗を拭いている。そんなキッパの様子を見て、雫は何気なく辺りを見回した。誰もかれも騎士団の鎧を身にまとっているだけのでくの坊。日々厳しい訓練を行っている王都の騎士たちとは比べようもない程の質。


(なるほど、’流刑地’か…的は射ているわね)


 雫は内心で納得する。ここに来るまでの道中、ガイアスからナイデル砦の騎士たちの話は聞いており、彼らが戦力にはならないとはっきり言われていた。腐っても騎士団、ただでさえ人手不足であるため猫の手でも借りたいと思っていたのだが、彼らは猫にもなりえないほどおそまつであった。


「状況を説明してくれ」


 ガイアスの鋭い視線にキッパはヒッ、と身をすくませ、持っているハンカチを落とした。


「は、はいであります!サロビア平原からたくさんの魔物が襲来しているであります!!」


「たくさんとはどれくらいだ?」


「えーっと…数え切れないほどであります」


「魔物の種類は?」


「色んな種類がいるとのことであります」


「……………」


 ガイアスが額に手を当て、首を振る。後ろでフリントが呆れたようにため息をついた。それをみたキッパは自分の何が悪かったかがわからずおろおろしている。


「キッパ隊長、今見張り台に誰か立たせているんじゃないのかい?」


「は、はい!」


 フリントに声をかけられ、キッパが元気よく返事をした。


「それならその見張りをしている人から話を聞きたいから連れてきてくれないかな?」


「あっなるほど!それじゃ早速自分も一緒に見張りをしてくるであります!!」


 キッパは納得したというように手を叩く。


「えっ?いや、君が見張りをするんじゃなくて……」


 見張りを呼んでくるだけでいい、とフリントが言い終わる前にキッパは脱兎のごとく見張り台へと上がっていった。


「……ありゃだめだ。てんで話にならない」


 加藤誠一が可哀想なものを見るようにキッパの背中を見て言った。そして隣に立つ古川勝を親指で指す。


「口数が増えたこいつと変わらねぇよ」


「む……加藤、失礼だぞ」


 勝がむっとした表情を見せるが、誠一は無視してガイアスに話しかける。


「団長さんよ。どうすんのさ?」


「うーむ…想像はしていたが…とりあえず私とフリントで砦の戦力を把握しよう」


「了解です。まぁ高が知れているとは思うけどね」


「……そう言うな。行くぞ」


 砦の武器庫へと向かったガイアスの後を、フリントは苦笑を浮かべながらついて行った。


「使えそうな武器があってもなぁ……どうせこいつらは砦でお留守番だしな」


 つまらないものを見るような視線で誠一は砦の騎士たちを一瞥した。


「ちょっと加藤!なんであんたが勝手に決めるのよ!」


 しれっとした態度の誠一に千里が噛みつく。ただでさえ行きたくもい魔族との戦闘に駆り出されて機嫌が悪いのに、砦の現状を見て我慢の限界と言った様子である。


「どいつもこいつも豚みたいに太っちゃって情けない!少しはフリント様を見習えっていうのよ!!」


 千里にギロリと睨まれた砦の騎士たちは蛇に睨まれた蛙の如く身を竦ませた。


「こんなやつらでも弾避けぐらいにはなるんだから先陣きらせなさいよ!!」


「千里、それは言い過ぎだよ」


「言いすぎじゃないわよ!だいたい市民を守るのが騎士でしょ!?なんで守られる側の私たちが戦場に赴いて、こいつらが安全地帯にいるわけ!?」


「あたし達は市民じゃないけどね」


「うっさい!!」


 萌の言葉も聞く耳もたず、といった様子の千里に誠一が話しかける。


「渡辺、こいつらを戦場に出すと確実に足を引っ張る。そうすりゃこいつらを守りながら戦闘になっちまう」


「なによ!!こんな奴らほっとけばいいじゃない!!」


「俺やお前はそれができるだろうが、放っておけないやつもいる」


 誠一は雫の方に視線を向けた。千里は露骨に嫌そうな表情を浮かべる。


「守りたい奴は勝手に守らせればいいじゃない!」


「そうなるとこっちの戦力は大幅ダウンだ。霧崎はここにいる誰よりも強い」


「そうだよ…霧崎さんの負担になるようなことはやめた方がいいと思うよ」


 萌はチラチラ雫を見ながら誠一の意見に賛同する。


「なんでよ!使えないやつは使えないなりに役目を与えるのがこの国のやり方でしょ!?あたしたちの中でもそういうやつらが危険な旅に行かされたんだし、こいつらだって同じように危険な役目を負うべきだわ!」


 それまで黙っていた石川さおりがその発言を聞き、眉毛をピクリと動かすとスッと千里の前に出た。


「千里っち、いい加減にしなよ」


「な、なによ!?」


 普段の明るさからは想像もできないほどの真剣な表情を浮かべるさおりに千里は一瞬怯んだ。


「千里っちの感情任せのわがままに付き合っていられる状況じゃないんだよ?」


「っ!?」


 千里が大きく目を見開くがさおりは気にせず淡々と告げる。


「今回は一歩間違えれば私たちは死ぬかもしれない。それなら少しでもその危険を減らすように最善の陣形で挑む方がいいに決まってるよ」


「そ、そんなの私だってわかってるわよ!」


「それなら雫っちには後ろを気にせず戦ってもらう方がいいのはわかるでしょ?」


「ぐっ…」


 千里は悔しそうに唇を噛む。


「どいつもこいつも霧崎、霧崎って」


「それは当然でしょ。千里っちは雫っちと同じくらいの活躍ができると思っているの?」


「なっ……!?」


「さおり。言い過ぎ」


 さおりの後ろに立っていた望月真菜がさおりを静かにたしなめる。さおりは聞こえるか聞こえないかの小さな声で千里に謝った。


「とにかくこれだけは言える」


「な、なによ?」


「襲われている人たちを放っておけないのは雫っちだけじゃないから」


 そう言い放つとさおりは千里から視線をそらした。千里は怒りに身を震わせている。


「本当偽善者ばっかり…!!ばっかみたい!!」


「ちょ、ちょっと!!千里!!」


 千里はさおりを人睨みすると肩を怒らせながら砦の奥の方に歩いていった。そんな千里を放っておくこともできず、萌がその後を追っていく。それを見ながらさおりは大きく息をついた。


「珍しいな……石川があそこまで言うなんて」


 雫が少し驚いたようにさおりに声をかける。するとさおりは自嘲じみた表情を浮かべながら自分の頭をガシガシ掻いた。


「いやー……やっちまったねぇ……ものすっごい自己嫌悪」


「言っていたことは間違ってないけど、今言うことじゃないわね」


 真菜がぴしゃりと言い放つが、その声色は少し優しかった。


「……やはり青木達が気になるか?」


遠慮がちに雫に言われ、頭をかいていた手がピタリと止まる。


「……こっちも大変な状況だっていうのはわかっているんだけどね……どうにも気になっちゃって」


 さおりは苦笑いを浮かべる。


「青木は馬鹿だけど、生命力は半端ないから大丈夫!あたしは自分のことに集中しよう!って思ってたんだけど……千里っちが青木達は使えないやつら発言をしたからつい、ね……」


「さおり……」


 真菜が心配そうにさおりを見つめると、彼女は笑顔を浮かべた。


「もう心配しなくても大丈夫だよ!千里っちに言いたいこと言ったらなんかすっきりしちゃったし!千里っちには悪いけどすっごいストレス発散になったよ!」


「……そうか」


 少し強がっているのはわかったが、雫はそれ以上何も言わずに微笑を浮かべ頷いた。真菜も優しくさおりの頭をポンポンと撫でる。


「あー……なんかいい感じで話はまとまったみたいだが、これからどうするよ?」


 少し気まずそうに誠一が雫達に声をかけてきた。


「そうだな。今日はもう遅いから各自砦で身体を休めよう」


「了解。作戦会議は早朝って感じでいいのかな?」


「それでいいだろう。聞いた話では攻めてくるのは明日らしいからできれば今日の内にしておきたかったんだが……」


「そうも言ってられんだろ」


 雫が神妙な顔で頷く。


「まぁ戦いが始まっちまったらいつ休めるかわからねぇからな。休めるときに休んでおくか。前田、古川、行こうぜ」


「む……わかった」


「…………」


 誠一の声に勝は返事をしたのだが、前田健司は俯いたまま何の反応も示さなかった。


「前田?」


 誠一が訝しげな表情で見ると、健司は無表情のままゆっくりと顔を上げた。


「少し気になることがあるから、二人は先に休んでいていいよ」


「気になること?」


 誠一が内容を聞こうとするも、無視して健司は砦の外へと向かった。


「……変なやつ」


「前田のやつ、玄田と同じで最近おかしい」


 勝の言葉を聞いて誠一は去っていく健司の背中を見つめた。


「……ここで考えても仕方ない。とにかく今日は寝ようぜ」


「そうだな」


 そう言うと誠一は勝を引き連れ、その辺にいる騎士に仮眠室の部屋を聞いて歩いていった。


「私達はどうする?」


 残されたさおりが真菜と雫の方に顔を向ける。


「そうね……現段階で私たちができることは何もないと思うけど、霧崎さんどうかしら?」


「……私は少しガイアスさんと話をしようと思うから、二人は先に休んでいていいぞ」


 真菜とさおりは一瞬顔を見合わせるとほとんど同時に答えた。


「付き合うわ」


「あたしも一緒に聞くよ!」


 雫は目を丸くしたが、雫一人に負担はかけまいとする二人の優しさを感じ、自然と口角が上がった。


「……なら一緒に行こう」


 二人は頷くと、雫に続いて武器庫にいるガイアスのもとへと向かった。


-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・


 月明かりさえ届かない闇の中、一人の男が何かを待つように岩に座していた。座っている岩もさることながら、その男の身体はあまりにも巨大。短い金髪を逆立て、威圧感をあたりにまき散らしながら、筋骨隆々な腕を膝に乗せ、指を組み、その上に顎を乗せ目を閉じている。


「……来たか」


 ‘獣将’オセはゆっくりと目を開き、顔を上げた。気配がした方に顔を向けると、そこには二頭を持つ巨大な犬とその上にまたがるローブ姿の男が目に入った。その犬はオセが()()()のために送り出したランクAモンスターである’オルトロス’。漆黒の身体は闇に溶け、隠密活動に適した魔物である。


「まさか本当に来るとはな」


 ‘オルトロス’から降りるローブの男を見ながらオセは半ば呆れたように言った。


「お前も人族なんだろ?なんでまた裏切ろうって思ったんだ?」


「……そこまで話す義理はない」


 オセの巨体を前にしてもローブの男に怯んだ様子はない。オセはつまらなさそうに舌打ちをした。


「愛想がねぇ奴だな」


「慣れあうつもりはない」


 はっきりと言い放つローブの男に、オセはくっくっくと笑い声をあげた。


「そりゃいい。オレも人族と仲良しこよしなんてまっぴらごめんだ」


「目的が同じだから協力するだけだ」


「そうだな。で?お前さんの望みは王都の壊滅ってことでいいのか」


「あぁ」


 ローブの男が静かに頷く。それを聞いたオセがニヤリと笑みを浮かべた。


「ならいい。オレ達は協力関係だ」


 オセはローブの男の前にスッと手を伸ばした。


「慣れあうつもりはねぇが…名前ぐらい聞いてもいいだろ」


 ローブの男は少し戸惑ったようだが、オセの手を握り返すと静かに口を開いた。


「俺の名前は前田、前田健司だ」

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新連載、完結しました!(笑)『イケメンなあいつの陰に隠れ続けた俺が本当の幸せを掴み取るまで』もよろしくお願いいたします!!
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