21.同室、『龍神の谷』を後にする
話のネタに行き詰まってきたので次から週一投稿になります(>_<)
読んでくださっている方々、本当申し訳ありません!
「これでもう大丈夫だと思いますよ」
「おぉ、ありがとう!雨漏りに困っていたんだよ!!」
竜人種の男性が中村亘に頭を下げると、亘は首を横に振った。
「お礼なんて大丈夫です。ここに置いてもらってお世話になっているのはこちらなんですから」
亘が竜人種の男に笑顔を向けた。
『龍神の谷』に訪れ、谷の長であるライゼンに無事出会うことができ、過労で倒れてしまった美冬の体調が良くなるまで暇を持て余していた亘は谷の中を気ままに散策していた。谷の人たちはそんな亘を見て、昴の影響もあってか敵意のある眼差しこそ向けないものの、積極的には関わろうとしなかった。
そんななか亘はある家を見て【創作家】のユニークスキルが内包する【建築物作成】のスキルにより、柱にガタが来ていることに気づき、その家の主に声をかけた。家の主ははじめは胡散臭そうなものを見る目で亘を見ていたが、亘が必死の剣幕で家が崩れ落ちてしまう可能性を指摘すると、最後には折れて亘にリフォームを託してくれた。
そこからは同じく暇をしていた青木優吾を捕まえて、近くの森から木を持ってくるように依頼し、電光石火の早業で木の柱を取り換え、さらに無駄なスペースなどを廃し、日当たりなどを考慮した住み心地のいい家に改良した。その家の主は大喜びで亘の手をブンブン握って感謝をし、それを見ていた『龍神の谷』の住人たちはぜひ自分の家も手直ししてくれ、と依頼をするようになった。そのため谷では空前絶後のリフォームブームが訪れている。
今、亘が行っていたのは屋根の修復作業であった。長年使われているとのことで所々ボロが来ており、雨漏りがひどいということだった。屋根を直すとともに、物置として使える簡易的な屋根裏部屋を作ると、竜人種の男は大喜びで両手に抱えられないほどの肉や果実などを亘に渡した。断っても無駄なのは何回かリフォームを行った時に学習したので亘はありがたく頂戴すると、笑顔で手を振っている竜人種の男に頭を下げて歩き出した。
リフォームを依頼されていたのがさっきの家で最後だったので、面倒を見てもらっている竜人種の元巫女であるサクヤの家に戻ると、キッチンではサクヤの母であるミントが竜人種の奥様方数名の前で料理を披露しており、それを斎藤卓也が見ながら何かを書いていた。
「卓也君、調子はどうですか?」
「あぁ!亘君、お疲れ様!こっちもあと少しで終わるよ!」
卓也はいったん書くのをやめ、亘の方に顔を向けて笑うとまたすぐに書くのを再開した。
卓也は『龍神の谷』の人たちのために働いている亘を見て、自分は何かできないかと考えた結果、【司書】スキルの中にある【執筆】を使っていろいろなレシピを書くことを思いついた。
今まであまり書くという文化が発達しておらず、『龍神の谷』では狩りの仕方や食用の植物などは口で伝えることしかなかった。それだと一回一回知っている人に聞きにいかなければならなくなり、それを怠ると誤って毒性の山菜などを口にする危険性もある。そのため卓也は守備隊の人と一緒に狩りに赴いて近隣の魔物の生態をまとめ、食べられる木の実や果実を記した本を作成し、谷の人たちに配った。それは亘のリフォーム同様、谷の住人達に大いに喜ばれた。
今は谷の奥様方たっての希望で、料理のうまいミントの手料理のレシピを作成している最中であった。
「いいよなー…亘と卓也はみんなに役に立つスキルでさー」
亘が声のした方を見ると、優吾が不貞腐れた顔でソファから二人を見ている。
「タダ飯喰らいの優吾君はここでダラダラですか」
「グサッ!お前の言葉は胸に刺さるわ!」
「そ、そんなことないですよ!ユウゴさんはさっきまで私と一緒に食材や服の材料をとってきてくれましたから!」
亘が冗談半分に辛辣な言葉を浴びせると、優吾はオーバーリアクションで自分の胸に手を当てながら沈んでいった。横に座っていたサクヤが慌てて優吾のフォローをする。
「まぁでも卓也君のことを羨ましく思う気持ちはわかりますね」
「はっ?なんでお前が羨ましがるの?」
ソファから起き上がり、不思議そうな顔で見ると、亘はキリっとした表情を浮かべ眼鏡を直した。
「あんなにきれいな女性の方々に囲まれて憎…羨ましい限りです」
「お前は本当にむっつりだな!」
キレのある優吾の突っ込みに亘は澄まし顔で応える。それを見てサクヤはくすくすと笑った。
そうこうしているうちにレシピを作り上げた卓也がこちらにやってきた。レシピを受け取った奥様方は卓也にお礼を言って自分の家に帰っていく。
「ふぅ…ちょっと疲れたよ」
「お疲れ様です、卓也君」
「その呼び方やめて!?」
はぁ、と息をつくと卓也は疲れた様子で優吾の向かいに座る。亘もその隣に座ると、ミントが紅茶とクッキーをテーブルに置いた。
「はい、三人ともご苦労様。みんなあなたたちに感謝していたわよ」
「本当ですか!?俺はなんて言われていました?」
優吾が目を輝かせてミントを見ると、ミントは柔らかく微笑む。
「ワタル君のおかげでみんな住みやすくなったって言ってたわ~」
「え…俺は…」
「タクヤ君の食べられるものを書いた本は本当に助かるのよ~」
「あの…」
「三人ともずっとここに住んでもらいたいわ!」
「……………」
優吾ががっくりと肩を落とすと、サクヤは優しく優吾の肩をポンポンと叩いた。
「私達もそうしたいのは山々なんですが、一応ここには任務できていますから」
亘が紅茶をすすりながら答えると、卓也が横で頷く。
「そうだね。美冬さんの体調が治ったら一度アレクサンドリアに帰らないとね」
「………ボクならもう平気」
全員が驚いたように声のする方へと顔を向けると、そこには寝間着姿ではなく、旅の支度を整えた美冬が立っていた。
「姉さん!もう身体は大丈夫なのか?」
「………たくさん寝たし、栄養つくものも食べさせてもらった」
美冬はトコトコとミントの前まで歩くとぺこりと頭を下げた。
「………本当にお世話になりました」
「いいのよ。ミフユちゃんが元気になってよかったわ」
ミントが美冬の頭を優しくなでると、普段は一切変わらない美冬の顔が少しほころんだ。
「………サクヤもありがとう。看病、助かった」
「気にしないでください!看病してるときに色々話聞けて楽しかったです」
「へぇ…美冬さんはどんな話をしたの?」
卓也が興味本位で尋ねる。
「………聞きたい?」
「それは…興味あるよね?」
卓也が二人に視線を向けると、二人とも頷いた。それをみた美冬が意地の悪い笑みをかベる。
「………三人が’ゴブリン’に捕まって素っ裸に」
「「「すいません。聞きたくないです」」」
三人が同時に美冬に対して頭を下げる。美冬はふふん、無い胸を反らしてサクヤにウインクをした。
「そうなるともう行ってしまうのよね」
「そうですね。なるべく早く王国に報告しなければいけないので」
「昴の野郎にこっちは任せたって言われちゃったしな」
「うん。他の同級生…っていうか霧崎さんの事が心配だしね」
三人の答えを聞いてミントとサクヤは残念そうな表情を浮かべた。
「とても残念だけど引き留めるわけにはいかないわね。あの人には私が言っておくからミフユちゃんたちは気にせずアレクサンドリアに帰ってね」
「………ありがとうございます」
美冬がミントに頭を下げ、サクヤの方を見ると、今にも泣きそうな顔であった。
「………そんな悲しい顔しないで。もう二度と会えないってわけじゃないんだから」
美冬の言葉を聞いたサクヤは一瞬呆気にとられた表情を浮かべたが、すぐにクスリと笑った。
「………どうしたの?」
「いえ…ミフユさんのそのセリフ、スバルさんもまるっきり同じこと言っていたので」
「………あっちがパクリ」
「美冬さん。先に言っている昴君の方がパクリというのは無理があるかと。照れ隠しもほどほどに…」
亘の鳩尾に美冬の容赦ない肘鉄が突き刺さり、思わず悶絶する。それを無視して美冬は再度二人にお礼を言い、玄関へと向かった。
「本当にお世話になりました」
「ミントさん!またうまい飯食いに来てもいいっすか?」
「えぇ。いつでも来てね」
「あ…りがと…うございま…した」
卓也は礼儀正しく頭を下げ、優吾は軽い調子で手を上げる。亘は虫の息でお礼を言って美冬の後を追った。
玄関まで見送りに来てくれた二人。ミントは微笑を浮かべながら、サクヤはうっすらと目に涙をためて笑顔で手を振った。四人は二人に別れを告げて家を後にすると、『龍神の谷』の門へと向かう。
途中何人もの竜人種の人たちに声をかけられ、そのたびに三人は笑顔で今日発つことを告げると、みな一様に別れを惜しんでくれた。それを見た美冬は少し嬉しそうな様子。
「ん?姉さん、なんで嬉しそうなん?」
「………弟分たちが慕われているのが嬉しい」
「…やっぱり僕達弟分なんだね」
今更な事実を卓也が再認識すると、『龍神の谷』の門へと辿り着いた。優吾を見た門番の男が気さくに声をかける。
「お、また狩りに出かけるのか?」
「いんや、姉さんの体調がよくなったから王国に帰ることになったんだ」
「それは…また急だな」
「まぁな。でもまっまた来るからそん時はよろしく!」
優吾が拳を向けると、門番の男は笑いながら自分の拳をぶつけた。
「今度来た時もまた面白い話を聞かせてくれ」
「あぁ!とびっきりの用意しとくからよ!」
「期待しておく」
門番の男はそう言うと、門の横に括り付けられていた’グリフォン’を引っ張ってきた。『龍神の谷』に滞在許可が下りた時に、三人は森に隠していた’グリフォン’を門番へと預けていた。
優吾はお礼を言いながら受け取り、手綱を美冬に渡すと、自分は’グリフォン’の鞍にまたがった。亘と卓也もそれに倣う。
美冬は一度’グリフォン’の頭を撫でると、手綱を持ったまま一番前に乗った。そしてそのまま手綱を引き’グリフォン’を走らせ、大空へと舞い上がる。
「…いい場所だったな」
優吾の呟きに二人は頷いた。
「是非また来たいですね」
「そうだね…色々落ち着いたらまた来よう」
三人はもう一度『龍神の谷』の方へと顔を向ける。魔法がかかっているためもう谷の存在を確認することはできないが、それでも谷があるであろう場所をじっと見つめ続けた。
四人が『龍神の谷』を後にしたのは王国と魔族がぶつかる前日。その事実を四人はまだ知らない。