17.勇者式作戦会議
雫と浩介は謁見の間から出るとすぐに他の同級生を呼び出した。いつもは食堂で話すことが多いのだが、今回はいつも座学をやっている会議室で作戦会議を行うこととした。
集まったのは昴、隼人、そして『龍神の谷』へと赴いている美冬達四人を除いた異世界にやってきた十六人。そして騎士団の代表としてガイアスとフリントが来ている。
【薬師】のスキルを持つ丸メガネの小川咲が自身で調合したハーブティーを集まったみんなに配る。浩介は咲にお礼を言いながら謁見の間でされた話を簡単にまとめて伝えた。魔族が来ているという話を噂で聞いていたクラスメートたちは特に驚いた様子はない。
「というわけで砦に向かうグループと城を守るグループに分けるんだけど…」
「あたいは当然砦の方に行くぜ!魔族の奴らと戦ってみたい!」
浩介が何か言う前に脳筋女の月島葵が興奮した面持ちで告げる。
「お、お姉さまがいくならひとみも…」
葵を崇拝している仲田ひとみが最後の方はしりすぼみになりながら恐る恐る手を挙げた。しかしその顔は城から離れたくないと雄弁に語られている。
「残念だけどもう会長と二人でチームは分けているんだ」
「なんだよ。そうならそうと早く言えよ」
「そ、そうですよ」
葵はつまらなさそうに言うが、ひとみはどことなくほっとした様子であった。
「勝手に決めちゃってまずかったですか?」
浩介が後ろで立っているガイアスとフリントに目を向けると、ガイアスは首を横に振った。
「今回の作戦は異世界人である君達が中心となるものだ。我々は君達の決定に従う」
「そういうわけだから僕たちのことは気にしないでいいよ」
温和な笑みを浮かべるフリントを見て、いつも通りにメイクが濃い渡辺千里が感嘆の息を漏らした。
「それじゃ砦組の人たちを発表するよ」
浩介は木板に向かい、砦に向かう者たちを書き連ねる。
書かれた名前は雫を筆頭に、快活少女の石川さおり、さおりの親友である毒舌な望月真菜、そして千里とそのお目付役の苦労人上田萌。そして男は玄田隆人とそのお付きである三人、悪知恵の働く加藤誠一、お頭の足りない古川勝、そしてお調子者の前田健司であった。それを見た瞬間抗議の声が上がる。
「なんであたしが入ってるのよ!?」
「なんであたいが入ってないんだよ!?」
ほぼ同時に立ち上がり、真逆のことを言った千里と葵が一瞬顔を見合わせ、すぐに顔を背ける。
「この分配が一番バランスがいいと思ったんだ」
「ざっけんな!あたいも戦いに参加させろ!!」
「そうよ!!戦いたい奴に行かせればいいじゃない!!」
「お、お二人とも落ち着いて…!」
咲がなだめようとするも二人から睨まれすごすごと下がっていった。
「この人選には理由がある。もし文句があるならそれを聞いてからにしてくれないか?」
少し苛立っている様子で浩介が言うと、二人は渋々自分の席につく。
「ありがとう。まずは月島さんなんだけど、城の防衛において第一線に立って欲しいんだ」
「あん?だって敵は砦に来んだろ?」
意味がわからない、と言った様子で顔をしかめる葵に浩介は笑顔で説明する。
「今回の魔族の進行、砦の方は囮で本体は直接城を叩く可能性があるらしいんだ。その時に的に怯むことなく立ち向かえる月島さんには是非城を守ってほしい」
「…それは激しい戦いなのか?」
「場合によっては砦の戦いよりも厳しいものになるね。月島さんにはきついかな?」
浩介の挑発的な発言に、葵は獰猛な笑みを浮かべた。
「冗談!!その面白そうな役目は他の奴にはゆずらねぇ!!」
葵の反応に満足した浩介は次に千里の方に向き直る。
「な、なによ!!あたしは脳みそ筋肉女みたいに言いくるめられたりなんかしないんだから」
「…渡辺さんの人選だけは僕たちじゃなくてフリントさんから意見をもらったことなんだ」
「…えっ?」
千里は頬を染め上げながらフリントの方を振り向くと、フリントが笑顔で手を振っていた。
「僕がどうしてもチサトさんと一緒に戦いたくてわがままを言ってしまってね。迷惑だったかな?」
「そんなことありません!フリント様と一緒ならどこにでも行けますわ!」
「…簡単に言いくるめられてるじゃない」
瞳をハートにしている千里の横で萌が頭を抱えていた。フリントは気づかれないように浩介にウインクすると、浩介は軽く頭を下げた。千里が駄々をこねると予測済みであった浩介はあらかじめ千里のお気に入りであるフリントに根回しをしていたのだ。
「さて他に意見がある人はいるかな?」
浩介が見回すと誠一が気怠そうに口を開いた。
「お前は砦にはいかねぇんだな」
「僕も本当は砦に行って戦いたいんだけどね。僕か会長のどちらか一方は城に残るように言われ、会長が行くことになったんだ」
浩介が横目で雫を見ると、黙ったまま成り行きを見守っていた。
「なるほどな…やっぱ珍しいユニークスキル持ちは大事にしたいってわけか」
「…どういう意味だ?」
誠一の言葉を聞いて、浩介は目を細める。
「別に。深い意味はねぇよ」
それだけ言うと誠一は興味を失ったかのように浩介から視線を外した。浩介は何も言わなかったが鋭い視線を誠一に向けている。
「あの…」
恐る恐る手を挙げたのは名実ともに聖女である北村香織だった。
「北村さん、どうしたの?」
浩介が女性向けのスマイルを香織に向ける。
「私は【光属性魔法】が使えるから砦に行ってケガ人の傷を治したほうがいいと思うんだけど…」
「北村さんには城の周りに結界魔法を張ってほしいんだ。北村さんの聖なる結界はそれだけで魔族の侵入を阻むことができるからね」
「…でも」
「これを決めたのは会長なんだ」
香織は少し驚いた様子で雫の方を見た。
「香織は城にいた方がいい。城から砦まではそこまで距離はない。だから砦で負傷したものは城へと戻り香織の治癒を受けることができるが、香織が砦に出て万が一負傷してしまった場合、回復の軸を失うことになってしまう」
「…雫がそう言うなら」
淡々と説明する雫を見て香織は納得する他なかった。色々と理由を述べているが、雫の本音は戦闘のスキルが多くない香織には前線に立って欲しくないというだけであった。
「他に質問はあるかな?なければ───」
「くだらねぇ」
静かに、しかしはっきり告げられた言葉は部屋にいる全員の耳に届いた。全員の視線がその発言をした玄田隆人に向く。
「何か言ったか?」
「くだらねぇって言ったんだ。俺は俺のやりたいようにやる」
隆人は立ち上がるとそのまま扉の方へと向かった。
「待て」
浩介が【威圧】を放ちながら隆人を呼び止める。隆人は足を止めるが浩介の方に顔は向けない。
「玄田一人のわがままで会議をめちゃくちゃにされたら困るんだよ」
浩介の本気の【威圧】も隆人にはなんの影響も与えない。
「お前がなんて言おうと俺はここから動かない。魔族だかなんだかしらねぇけど、勝手にやってくれ」
吐き捨てるように言うとそのまま扉を開け外に出て行く。浩介は【威圧】を解くと深いため息をついた。
「…彼は頭数に入れない方がよさそうだ」
フリントが告げると、浩介はコクリと頷いた。
「玄田…」
勝が心配そうに呟いた。誠一も顔を歪めている。
「……………」
しかし健司だけは隆人が出て行った扉を無表情でじっと見つめているだけだった。
「話の腰が折れたな。これから砦組の作戦会議に入る」
浩介は簡単な砦の絵を描いた。
「まず今日の夜までに砦組は砦に行ってそこで一夜を過ごしてもらう」
浩介は砦の絵から三本の矢印を伸ばした。
「そして魔族の迎撃は三部隊に分かれて行う」
真ん中の矢印に雫の名前を書く。
「まずは真正面からくる魔族を迎え撃つ部隊は会長と石川さん、そして望月さんにお願いするよ。ここは一番攻撃が激しいことが予想されるから戦闘向きな人を選んだ。石川さん望月さん、いいかな?」
「……………」
浩介がさおりと真菜に問いかけるも、さおりは心ここに在らずと言った様子。
「さおり」
「えっ?あ、うん!魔族でしょ!許せないよね!」
真菜に声をかけられて慌てて笑顔を取り繕う。
「そう言う話じゃないわ。砦での話」
「砦?」
初めて聞いた様子のさおりを見て、真菜は軽く息をつくと浩介の方を見た。
「ごめんなさい。さおりには後で説明しておくから私たちは大丈夫よ」
「あ、あぁ。よろしくね、望月さん」
引きつったような笑顔を浮かべる浩介を無視して真菜は親友の様子を見る。優吾達が行ってしまってからさおりはずっとこんな調子であった。
「それじゃ気を取り直して…」
浩介は右側の矢印に誠一の名前を書いた。
「本当は玄田に取りまとめを頼もうと思ったのだが…加藤、頼めるか?」
浩介に指名され誠一は面倒臭そうに頷いた。
「玄ちゃんがあんな感じだから仕方ねぇだろ。こっちは三人でやるよ」
「まかせたぞ」
浩介は最後の矢印に騎士団の文字を書いた。
「こちら側はガイアスさんに指揮権を任せます。渡辺さんと上田さんは騎士団の一員として動いてね」
「フリント様と一緒ならなんでもいいわ」
「よ、よろしくおねがいします」
フリント以外どうでもいいと行った感じの千里とは異なり、萌は立ち上がるとガイアスとフリントに頭を下げた。
「西側の方は我々に任せてくれ」
ガイアスが力強い言葉と主に頷いた。浩介と雫もガイアスに頭を下げる。
「細かい作戦は実際に戦いが始まらないとなんとも言えないから、その時はそれぞれのリーダーの意見をしっかりと聞いてくれ。他に質問はあるかい?」
浩介が部屋を見渡すも、手をあげるものは誰もいなかった。
「じゃあ砦組は急いで支度をして城の入り口で集合ってことで一旦解散だね」
浩介の言葉を聞いたクラスメートたちは次々と会議室から出て行く。浩介は最後に出て行こうと思っていると不安そうな表情を浮かべた咲が近づいてきた。
「どうしたんだい?」
「あの…覚悟はしていたんですけど…いざ魔族たちがくると思うとなんだか怖くて…」
「そんなに怖がらなくても平気さ。僕達もこの世界に来てから大分強くなったからね。もうすぐレベルも三百を超えそうだし、魔族が来ても十分戦えるよ!」
「天海君はそうですね。強くて、リーダーシップもあって、冷静で…でも私は全然ダメなんです」
自嘲するように笑いながらコツンと自分の頭を叩く咲。浩介はその震える肩に優しく手を置いた。
「大丈夫だよ」
白い歯をキラリと輝かせながら浩介は笑った。
「この国も小川さんも僕が守るから」
「天海君…」
咲はうっとりとした視線を浩介に向ける。その瞳は千里がフリントに向けるようにハート形になっていた。