15.調査隊、相まみえる
アレクサンドリアの大臣、カイルの命令で派遣された調査隊が魔物大暴走の発生源と思われる魔族領とアレクサンドリア領の境目である北東の山、コルン山に到着した。調査隊の人数は五名、アレクサンドリアが誇る諜報部隊の中でも比較的若い連中で編成された隊である。若いといっても騎士団と同等以上の訓練を受け、試験を突破した猛者達であるのだが、その足を持ってもコルン山に到着するには一日以上の時間を要した。
コルン山は肌で感じるほど瘴気に満ち溢れていた。ここに来るまでの道中、幾度となく魔物に襲われたことを鑑みるとこの山から魔物が大量に発生しているのは明白である。
「…気を引き締めろ。ここはもうアレクサンドリア領ではない。絶対に【気配遮断】を解くんじゃないぞ」
「「「「はい」」」」
コルン山の麓に立ったところで調査隊のリーダーである壮年の男が部下達に声をかける。それなりに場数を踏んでいるリーダーの男はこの山を見た瞬間にただならぬ雰囲気を感じてた。
息を潜め、木の陰に隠れながら慎重に山の中を進んで行く。それまでも数多くの魔物を見てきたが、山に入ってから明らかに魔物の数が増えていた。魔物大量発生の原因を探るため、山での戦闘は絶対に避けなければならない調査隊は針に糸を通すような繊細な動きで移動して行く。
「…すごい数ですね」
リーダーの男の後ろに控えている若い男が小声で話しかけた。
「あぁ…【気配探知】を使ってみろ。嫌な気分になるぞ」
顔を顰めながらリーダーの男が言うので、試しにスキルを発動してみると、気配が多すぎて何が何やらわからなかった。
「とにかく先に進んでみるしかない」
リーダーの男は集中力を高め先へと進んで行く。調査隊の若い男はその言葉に頷き、男の後を追った。
進行速度はお世辞にも速いとは言えない。むしろ四方八方に存在する魔物から身を隠しながら進んでいるため、かなり時間をかけて一歩ずつ山を登って行った。
なんとか山の頂に近いところまで来たところでリーダーの男がさっと腕を上にあげる。それを見た調査隊員達はピタッと足を止めた。
リーダーの男は口に指を当て声を出さないように指示すると静かに前を指差す。調査隊員達が恐る恐る指の先へと目を向けると、そこには魔物とは異なる集団がいるのが目に入った。
その集団の人数は十人、容姿は人族のそれとほとんど変わらなかった。ほとんど変わらないというのは、その集団の中には明らかに皮膚の色が人族の者ではないものが何人も混じっているからである。
(やはり魔族の仕業であったか…)
リーダーの男は内心舌打ちをする。カイルから命令を受けた時、魔族の仕業であることは匂わされたがその可能性は低いと言われていたため、若い連中の教育を兼ねて調査隊のメンバーを選出したのだった。しかし経験の浅い調査隊員には魔族に関連する情報の調査は危険すぎると思えた。
(ここは引くか…?)
リーダーの男は瞬時に頭を回転させる。魔物大暴走の原因が魔族であることはわかったのでここで帰還を選択することもできる。しかし魔族の目的は判明していない現況、ここで調査を続けることで相手の狙いがわかり、対策が取りやすくなる可能性は十分にあった。
(奴らがこちらに気づいている素振りはない…)
魔族の集団の中でこちらに目を向ける者は誰一人としていなかった。諜報のプロフェッショナルと呼ばれる彼らの気配を察するのはいかに魔族といえど至難の業である。部下達の【気配遮断】のスキルも完璧であることも後押しして、リーダーの男は任務を続行することを決める。
魔族達は傲岸不遜な様子で岩に座っている金髪の魔族の男の前で直立不動の姿勢で立っていた。金髪の男は他の魔族とは一線を画するほどの圧倒的な存在感を放っている。
体格は一回り、いや二回りくらい大きく、大木ですら易々薙ぎ倒せそうなほど筋骨隆々な腕を膝の上に乗せ、つまらなさそうな表情を浮かべていた。魔族の男達は全員身じろぎ一つせず、その男の方に顔を向けている。
リーダーの男は相手の一挙手一投足を見逃すまいと目を細めると、森の中から一人の男が金髪の男に駆け寄って来た。
「ベリアル様からの使いになります」
魔族の男が跪くと金髪の男は顎を前に出し、話すように促す。
「『例の物を回収した』。これだけ伝えろと」
「…いよいよか」
金髪の男がニヤリと笑うとその場で立ち上がった。
「おいお前ら!やっと退屈な日々からおさらばだ!!」
獰猛な笑みを浮かべ、前に並ぶ魔族達の顔を見渡す。その顔には昂ぶる感情を抑えきれないと言った様子であった。
「オレの【魔物作成】によって攻めるに十分な量の魔物も用意することができた!!当然お前らの戦闘準備はできてるよな?」
金髪の男の言葉に威勢よく応える魔族達。
「よっしゃ!!’獣将’オセが率いる獣王軍の力、アレクサンドリアに思い知らせてやれ!!」
「「「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」
‘獣将’オセに発破をかけられ、魔族達は熱烈な雄叫びをあげる。その光景を見た調査隊のリーダーはゴクリと唾を飲んだ。
(まずい…早く女王陛下にこのことを知らせなければ…!!)
リーダーの男は呆気にとられている調査隊員達方に振り返り、撤退の指示を出そうとする。
「その前に…」
オセが野獣のような眼光を調査隊に向ける。背筋に冷たいものが走ったリーダーの男は慌ててオセの方に目を向けたが、さっきまでいたはずのオセの姿が消えていた。
「お前達には人柱になってもらうかな?」
声がしたのは自分たちの後ろ。調査隊の者達は全身から汗が吹き出し、誰一人声のする方へと顔を向けることはできない。
「安心しろ。殺しはしない。お前達にはここで起きたことをちゃんと国に知らせてもらわなければならないからな」
好戦的に笑うオセの声を聞いて、リーダーの男はさっさと退却しとけばよかったと心の中で激しく後悔したが後の祭りであった。
−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・
調査隊がアレクサンドリア城に帰って来たのは、調査をするように命令を受けてから五日後の朝のことであった。全員が命に別状はないもののかなりの傷を負っており、それを見た門番の男が慌てて教会の神官を呼びに行こうとしたのだが、リーダーの男が門番の腕を掴みそれを阻止する。
「我々の身体よりも…早急にお伝えしなければならにことが…女王…陛下に…魔族が………」
息も絶え絶えで門番の男に伝えると、そのまま地面に倒れこむ。門番の男は少し悩んだ後、同僚に神官に声をかけて来るように頼み、気絶した男を抱えて急いで城へと向かった。