14.予想外の再開
ユミラティスのおかげで無事(?)に霊峰ギルガを下山することが出来た一行であったが、ニールと昴が完全にグロッキー状態になっていた。今は麓の岩に腰掛け休んでいる。
「あの程度の速度でまいっちゃうなんて情けないわよ」
「楽しかったと思うのにのぉ…」
ユミラティスはあきれた表情を浮かべ、タマモは心底不思議そうにダウンしている二人を眺めた。
「…普通はあんな速度で山を下らん」
「…俺は絶叫系の乗り物は得意じゃないんだ」
腐った米のような顔色で二人はボソボソと答える。
「あなたたち自身もっと速く動けるじゃない?」
「…自分で動くのと、誰かに動かされるのとではわけが違う」
「…右に同じく」
それだけ言うと二人は顔を俯かせたまま動かなくなった。そんな二人を見てユミラティスは頭に手を添え首を振る。
「これじゃ使い物にならないわね。日も暮れたことだし、今日はここで野宿にしましょうか」
「うむ!うちが二人に力のつくものを何か狩ってくるのじゃ!!」
そう言うとタマモは意気揚々と森の中へと獲物を探しに行った。昴が顔を下に向けたまま”アイテムボックス”からテントを取り出し、無言でユミラティスに渡す。
「…はいはい。私が建てておくからあなた達はしっかり休みなさい」
ユミラティスがため息をつきながらテントを受け取ると、昴は感謝と謝罪の意をこめて両手を合わせた。
しばらく休んだおかけで大分顔色が戻ってきた昴は顔を上げ辺りを見回した。『龍神の谷』から霊峰ギルガに入ったときは、山に来るまで雪を見ることはなかったが、こちらの方面は山を下りても、一面の雪景色が広がっている。
「…どう思う?」
ニールも体調が戻ってきたらしく、真面目なトーンで昴に話しかけてきた。少ない言葉だったがその目はテントを張っているユミラティスに向けられており、なんとなく言いたいことは伝わってくる。
「なんとも言えないな」
「…俺たちに隠していることが多すぎる」
「それは俺たちも同じだろ?」
「まぁそうだが…」
昴が呪いのスキル持ち異世界人であること、タマモが五百年間封印されていた魔族との混血児であること、…混血児であることはタマモの金眼を見て感づいていると思うが。
「今のところは敵意や悪意を感じない。もしそれを向けられたところで俺たち二人ならなんとでも出来る」
「……………」
「それにタマモが懐いている所を見るとヤバイ奴ってわけでもなさそうだろ?あいつの【第六感】のスキルは強力だ」
「…確かにそうだな」
ニールが納得したように頷く。
「もう少し様子を見てみてもいいだろ?森霊種の居場所を知るにはあいつの力が必要だ」
「…お前の判断に任せる。ただ疑わしいと思ったときには───」
「ちょっとあなたたち!動けるようになったのならこっちに来て手伝いなさい」
ニールが何かを言いかけたとき、不機嫌そうな声が聞こえた。そちらに目を向けると不満そうな表情でユミラティスがこちらにジト目を向けている。
「…とりあえず今はテントを張らないとならないようだ」
「だな」
二人は立ち上がるとテント作成を手伝い始めた。
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なんとか男性用と女性用のテントを完成させることが出来た昴たちはタマモの帰りを待っていた。
「タマモの奴遅いなぁ…」
早く焚き火に火が欲しい昴が呟いた。隣で武器を研いでいたニールが’ファブニール’をしまう。
「このあたりにタマモちゃんが苦戦するような魔物はいないと思うのだけど…」
ユミラティスは少し心配そうな表情を浮かべた。試しに【気配探知】のスキルを使用したニールが急にその場で立ち上がった。
「どうした?」
昴が訝しげな視線を向けると、ニールは顔をしかめた。
「【気配探知】を使ってみろ」
ニールに言われたとおり【気配探知】のスキルを発動すると、少し離れたところにタマモの気配を感じた。しかしタマモの近くに別の気配を感じ、思わず舌打ちをする。
「囲まれてんな。この気配だと相手は」
「人族だろうな。どうする?」
ニールが昴の判断を仰ぐ。気配から察するに人数は三十人くらいでタマモ一人でどうとでもなる相手だが、相手によっては面倒くさいことになりかねない。
「一般市民とかだったら面倒だ。様子を見に行こう」
「そうね。これから町に行こうと思っているのに、そこの町の人たちと揉め事なんて起こしたら情報収集どころじゃないわ」
ユミラティスの言葉に頷き、昴はタマモのいる方角へと駆け出した。
タマモがいる場所はそれほど遠くなく、近づくにつれなにやら言い争う声が聞こえた。
「死にたくなかったら有り金全部出しやがれ!」
「だーかーらーうちはお金なんて持ってないのじゃ!!」
「じゃあ持ち物全部置いてけ!!」
「持ち物もスバルに全部預けているのじゃ!!」
会話の内容を聞いて昴はほっと息をつく。どうやらただの山賊らしい。排除してもとくに問題なさそうだ。
「何やってんだタマモ?」
「あっスバル!こいつらしつこいんじゃ!!」
タマモは唇をとんがらせながら昴に文句を言った。昴達が駆けつけると、山賊たちは一瞬ギョッとした表情を浮かべたが、ユミラティスを見たとたんその場にいる奴らが下卑た笑みを浮かべ始める。おそらく親分であろう、先頭に立つ髭を汚らしく生やした男が昴に声をかけた。
「よー兄ちゃん。こいつの知り合いか?」
「まぁ…保護者みたいなもんだ」
昴が面倒くさそうに答えながら相手の人数を把握する。おおよそ三十人ほど、【気配探知】で感じた気配と相違ないということは大した相手はいないということだ。
「…お前ら、最近噂の山賊狩りか?」
「山賊狩り?」
身に覚えがない昴が訝しげな表情をすると、山賊の親分は明らかに安堵の笑みを漏らした。
「あぁ、違うんならいいんだ…それにちょうどよかった。こいつと話してても埒が明かなくてな」
「そうなのか。で?何を話していたんだ?」
「お前らが持っている有り金と持ち物を置いて行け。ここを通るには通行料が必要なんだよ」
「通行料?関所には見えないが」
ニールが鼻で笑いながら山賊たちを見やる。山賊の親分は髭を弄りながらニタニタと笑いながらユミラティスを指差した。
「あとそこの別嬪の姉ちゃんも置いていけ。それで命だけは見逃してやろう」
「あら。あなたに別嬪って言われても嬉しくないわね」
ユミラティスが冷たい視線を向ける。そんな視線を向けられても山賊たちの嫌らしい笑みは消えなかった。大方、ユミラティスのことでいろいろと妄想しているのだろう。昴はあきれたようにため息を吐いた。
「もうそういうのはいいからさ」
「…なに?」
昴が心底どうでもよさそうな口調で告げると、山賊の親分の眉が釣りあがった。
「おたくら山賊だろ?だったら欲しいものは力ずくで奪ってみろよ」
昴の発言にいきり立つ山賊たち。山賊の親分は手を上げてそれを止めた。
「いい度胸だ。死んで後悔するなよ」
「そっくりそのままお返しするぜ」
山賊の親分は怒りの表情を浮かべると、上げた手を振り下ろした。
「てめぇらやっちまえ!!女は殺すなよ!!」
「うぉぉぉぉぉぉ!!!」
「死ねぇぇぇぇぇぇ!!!」
それを合図に一斉に襲い掛かってくる山賊たち。それを見たニールがゆっくりと前に出た。
「俺がやろう。十分だ」
そう言うと’ファブニール’を取り出し、目にも留まらぬ連続突きによって襲い掛かってきた山賊全ての命を瞬時に刈り取った。
「お見事」
ユミラティスが小さく手を叩く。山賊たちは何が起こったのかわからないと言った表情であったが一瞬のうちに仲間が二十人以上やられたことだけは理解した。
「なっ…なっ…!!」
あまりの事に度肝を抜かれた山賊の親分はショックで言葉を発することは出来ない。ニールは’ファブニール’についた血を振り払い、つまらなそうに前へと進む。まるで蛇ににらまれた蛙のように、山賊たちは身動きをとることが出来ない。
と、そのとき一番後ろに控えていたフード付きのマントを目深にかぶった男が前に飛び出した。ニールはその男に銀槍を突き出すも、腰に刺した刀身の長い細剣で器用にいなし、ニールの横をいともた易くすり抜けていく。
ニールは驚きに目を見開きながら振り返ると、マントの男は一直線に昴のもとへ駆け寄り、細剣を振り降ろした。昴が間一髪で’鴉’を呼び出し、それを受け止める。
「し、新入り!?」
驚いているのはニールだけではなかった。突然の動きに山賊たちも口をぽかんと開けてマントの男を見ている。タマモとユミラティスも距離をとり、魔力を練り始めた。
「手を出すな!!」
昴は三人に大声を上げると、’鴉’で細剣を弾き飛ばし、そのまま攻撃にうつる。マントの男は昴の双刀を細剣一本で軽く受け流した。
ニールが二人の戦いを見ながら目を細める。命の取り合いというよりはお互いの技量を確認するようなそんな感じだった。
何十合か打ち合ったところで鍔迫り合いの形になる。昴はマントで隠れた顔を見つめながら不敵な笑みを浮かべた。
「…まさかこんなところで会うことになるとはな」
昴の呟きを聞いたマントの男はニヤリと笑うと、昴から距離をとる。そして細剣をクルリと華麗に回転させるとそのまま腰へと戻した。
「久しぶりだね、昴」
そう言うと自分のマントを掴み、勢いよく宙へと放り投げる。
そこには微笑を携えた高橋隼人の姿があった。