11.ユミラティスの提案
「スバルー!!」
タマモは昴を見ると、ワンコロを抱えながら嬉しそうに駆け寄った。しかし直前で足を止める。
「…なんか怒ってるかの?」
口をへの字に曲げ、腕を組みながらしかめっつらで立っている昴を見て、タマモはおずおずと問いかける。
「………こいつに聞いてくれ」
「あら?命の恩人をこいつ呼ばわり?」
「囮にしただろうがっ!?」
昴が憤然とすると、ユミラの傍らに月狼が舞い降り、昴に対して威嚇する。
「なんだよ、やんのか?今ならその喧嘩買うぞ?」
チンピラ宜しく、と言った感じで月狼に因縁をつける昴を無視して、ユミラティスは優しく月狼に手を伸ばし、その頭を撫でた。
「ごめんなさいね、ルナ。この子たちは私の友達だから私のことは守らなくて平気よ」
「けっ、誰が友達だよ」
「…この子だけは噛みついていいわ」
ユミラティスの言葉を理解した月狼のルナはおもむろに昴の頭を噛みつこうとするが昴は素早く身を躱す。
「とにかく今は狼達の力は必要なさそうなの。心配してくれてありがとう」
ユミラティスのもとに集まってきた’シルバーウルフ’に優しく告げる。タマモの腕の中にいたワンコロもユミラティスの方へと飛び出していった。中には傷を負っているものもいたので、彼女が【水属性魔法】によりその傷を癒す。
「とりあえず状況を説明しろ」
「うちも気になるのじゃ!」
【竜神化】を解いたニールがタマモの側までやってきて尋ねた。昴はいまだにルナと睨みあっていたが、声をかけられニールの方に顔を向ける。
「ん?あぁ、とりあえずユミラティス、こいつをどうにかしろ」
「ルナ。昴のことは放っておいて話を聞かせてくれるかしら?」
ユミラティスがそう言うとルナは大人しくユミラティスの側により、頭をゆっくりと寄せると、ユミラティスはそこに自分の額を添えた。そうすることで氷霊種は共存関係にある狼と意思疎通を図ることができる。その間に昴はニールとタマモの状況を確認する。
「それで?雪崩に巻き込まれた後はどうなったんだ?」
「あの雪崩は…まぁあいつの仕業なんだがそれは置いといて、その後ユミラティスの力でお前達の側に’シルバーウルフ’達がいることがわかったんだ」
「奴らは気配を発してはいなかったはずだが?」
ニールがチラリと’シルバーウルフ’達に目をやる。霊峰ギルガに住む中でも高ランクの魔物である’シルバーウルフ’の【気配遮断】は完璧であった。
「ユミラティスはお前が静電気を操れるのと同じように、雪を操ることができる。この霊峰ギルガは雪で覆われているから、そこに触れればどこにいてもお見通しってわけだ」
「なるほどな…」
「ふむふむ。ところでユミなんとかってだれじゃ?」
「あぁ、わりぃ。言ってなかったな。俺らが氷の中から出した氷霊種がユミラティスだ」
昴が目を瞑ってルナと頭を合わせているユミラティスを指さした。タマモが納得したように頷く。
「それでお前達と’シルバーウルフ’がぶつかり合わないように急いで二人のもとに行こうとしたんだが…厄介なやつらがあらわれてな」
「厄介なやつ?お前がいるのにか?」
「そんな奴がこの雪山におるのか!?」
二人が目を丸くしながら昴に問いかける。
「あー…なんていうか相性が悪くてな。’スノービー’っていう蜂の魔物なんだが、一体一体が小さいうえに集団で襲ってきやがって…」
「そういうのはタマモの専売特許だな」
「うむ!うちの魔法でばばーん、じゃ!!」
タマモが得意げに胸を逸らした。
「その’スノービー’は倒すのにてこずったってことか?」
ニールがそう聞くと、昴は苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべる。
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昴とユミラティスは後ろも見ずに’スノービー’から逃げていた。ブーンと言う音が後ろから迫ってきているのをヒシヒシと背中で感じている。
「あいつらを氷で固めることとかできねぇのか!?」
昴が必死の形相で尋ねる。ユミラティスは走りながら顎に手を添えて思考を巡らせた。
「…できなくはないけど、ちょっと危険よ。それでもいいの?」
「背に腹はかえらんねぇだろ!それで?どうすんだ!?」
あの蜂どもを追い払えるなら何でもいい、そういわんばかりに昴がユミラティスを急かす。
「なら…」
突然ユミラティスは昴のお腹を蹴り飛ばした。なんの準備もしていなかった昴はまともにそれをくらい後方へと飛んでいく。後方にいるのは、’スノービー’の群れ。
「なっ!?」
後ろに吹き飛ばされ、昴は驚愕に目を見開きながらユミラティスを見ると、手を振り笑顔で見送っていた。
「ごめんなさいね。その子たちを凍らせるには集中しなきゃならないの。スバルはなんとかその子たちの気を引いて一ヶ所に集めてね」
「おまっ…やる前に言え!!!」
昴の叫びを聞いても、ユミラティスはどこ吹く風で魔力を練り始める。結局、何の気構えもなしに、昴は’スノービー’の集団の中へと飛び込んでいった。
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「というわけだ」
「なるほどな…それでお前はあんなに不機嫌そうだったのか」
呆れたような表情を浮かべるニールの隣でタマモが目を輝かせていた。
「すごいのじゃ!!昴が苦戦する魔物を凍らせてしまうとはの!!えーっと…ユミ…ユミ…」
「ユミラティスな。あと感心するところじゃねぇから」
「ユミラ姉!!」
両手に握り拳を作って尻尾をフリフリしているタマモを見て、昴はため息をついた。
「とにかく俺たちの方はそんなところだ。二人の方はどうなんだ?」
「スバル達が雪崩に巻き込まれたからそれを探しに山を下っていたんだ。そしたら突然’シルバーウルフ’達に襲われてな。一応傷つけたらまずいと思って適当にやり過ごしてたら月狼がやってきた、というわけだ」
ニールが簡潔に起こった事を説明する。
「じゃあギリギリ間に合ったのか?」
「まぁ、そういうことだ。いろいろあったが当初の目的であった氷霊種と会うことはできたんだ。とりあえずは順調といったところか」
「順調ねぇ…あいつは信用できそうにないけどな」
「人聞きの悪いこと言わないでくれるかしら?」
三人が振り向くとそこには微笑を携えたユミラティスが立っていた。
「ユミラ姉!!」
タマモが元気よく駆けよりユミラティスに尊敬のまなざしを向ける。少し面食らった様子のユミラティスであったが、すぐに優しそうな笑みを浮かべた。
「あらあら…こんにちは、元気な狐人種のお嬢さん。お名前はなんていうのかしら?」
「タマモじゃ!!ユミラ姉よろしくの!!」
「うふふ、よろしく。スバルと違ってかわいい子ね」
「余計なお世話だ」
「それでそちらは?」
ユミラティスがチラリとニールに視線を向ける。タマモとは違いニールは一切表情を変えなかった。
「俺はニール。『龍神の谷』出身の竜人種だ」
「…竜人種の方がなぜ他の種族の子たちと旅を?」
「一身上の理由だ」
それ以上言うつもりはないといった様子でニールはぴしゃりと言い放った。ユミラティスは特に気にせず、といった感じでニールに笑顔を向ける。
「そう。あなたも変わった方なのね」
「……………」
「それにとても強いみたい。ルナがあそこまで言うなんてよっぽどだわ」
ユミラティスに言われニールが視線を向けると、ルナはワフッ!と一つ吠えた。それは敵対するというよりもニールの力を認め讃えているようであった。
「さて…少し落ち着いてきたところでお話でもしましょうか?」
「…それは色々説明してくれるってことか?」
昴が怪訝そうな顔で尋ねるとユミラティスが笑いながら頷く。
「えぇ。あなた達は氷霊種に用があってきたんでしょう?なら話をしないとどうすることもできないんじゃなくて?」
「…そうだな」
ユミラティスの言うことは尤もであった。どこまで話すかは置いておいてとにかく話を聞いてみなければ何も始まらない。
「まず聞きたいことは二つだな。他の氷霊種はどこにいるのか?それとユミラティスを守るように魔族がいたけどあれは何なのか?」
昴の問いかけにユミラティスが難しそうな表情を浮かべる。
「…今の質問だけど中々答えにくい質問ね。私は氷の中にいたから何が起こったのかは全く把握できていないわ」
「そりゃそうだな」
「…ただルナから聞いた話だと、魔族達が集団でこの山にやってきて氷霊種と戦闘になったのは事実ね。その戦いに氷霊種達が敗れて…その後のことはわからないみたい」
「その'月狼'がいて負けたのか?」
ニールが目を細めてユミラティスを見た。実際刃を交えたニールにはわかる。ルナはそこら辺の魔族ならば一蹴できるほどの実力を有している。
ニールに言われ、ユミラティスがルナに目を向けると、ルナは俯き加減で首を横に振った。
「…魔物除けの結界が張られていたらしいわ。戦いに参加できた'シルバーウルフ'は元々結界の内側にいた子達だけみたい。その子達も頑張ったけど、結局魔族達には敵わなかったというところね」
包帯を巻いたワンコロが申し訳なさそうに吠える。そんなワンコロの頭をユミラティスは微笑みながら優しく撫でた。
「なるほどな。他の氷霊種の行方は不明。魔族が何らかの理由で攻めてきたからあんなところにたくさんいたってのはわかった。じゃあ根本的な疑問を…」
昴が真剣な表情でユミラティスに向き直る。
「なんでユミラティスは封印されていたんだ?」
ユミラティスが何も言わずに昴を見つめた。ユミラティスが封印されていた氷はタマモの封印程ではないにしろ、かなり強固なものであった。それをあろうことか仲間に対して使ったとなれば考えられる理由は二つ。守るためか、はたまた魔王が封印されたのと同じ理由か。
ユミラティスはゆっくりと息を吐くと肩を竦めて首を左右に振る。
「そればっかりは私にはわからないわ。気がついたら封印されていたのだから」
昴は答えるユミラティスの仕草を注視していた。だがこれといって不自然な様子はなく、嘘をついているようには見えない。
「…他に聞きたいことはあるかしら?」
ユミラティスの問いかけに昴は黙って顎をなぞった。そんな昴にニールが怪訝な表情を向ける。
「どうした?」
「ん?あぁ…」
昴はあらためてユミラティスに目をやる。彼女は笑っているばかりで何を考えているのか読み取ることができない。本当に信用して話してしまっていいのか、昴はまだ決めかねていた。
「悩むことはないだろ。聞かなければ話が進まん」
そんな昴の心内を読み取ったかのようにニールが昴に告げる。
「そうじゃそうじゃ!ユミラ姉は多分悪い人ではないのじゃ!!」
「…そう思うか?」
「うむ!!うちの勘じゃがの!!」
タマモには【第六感】のスキルがあるので、その直感は信頼できる。タマモの自信満々の言葉を聞いて、昴はユミラティスに向き直った。
「聞きたいことはさっきので大体終わりだ。本題はここに来た目的。俺達…っていうよりは俺の目的はある魔法のことを調べること」
「それは前に聞いたわね」
「そして霊峰ギルガに来て氷霊種に会いに来た目的は二つ」
昴がユミラティスの前に指を二本立てる。
「一つはその魔法を氷霊種が知っていれば直接聞くこと。もう一つはもし知らなければ同じ精霊族である森霊種の居場所を教えてもらうこと」
「…その魔法が何のか聞かなければ何とも言えないわね」
「転移魔法だ」
昴の言葉を聞いたユミラティスは目を細める。口に手を添えて昴の真意を吟味しているようだった。
「その魔法を知りたい理由は…聞いても仕方なさそうね」
昴の表情を見てユミラティスが意味ありげな笑みを浮かべる。昴は無言をもって答えとした。
「なるほどね…」
ユミラティスは再び黙り込むと自分の世界に入り込む。
「…一つ提案があるのだけど?」
しばらく考えを巡らせていたユミラティスが静かに口を開いた。
「提案?」
昴が眉をひそめながら聞くと、ユミラティスは笑顔で頷いた。
「私にはある目的があるんだけど…そのためのお願いを聞いてくれたらスバルの知りたい情報について知っていることを話すわ」
「…なるほど。それでお願いってのはなんだ?」
昴の言葉を聞いて含みのある笑いを浮かべ、たっぷり間をあけてから楽し気に告げた。
「私もあなた達の旅に同行させて」