9.ワンコロ
昴がユミラティスと話している頃、ニール達は'シルバーウルフ'の襲撃を受けていた。
昴の目的は氷霊種に会うことであると理解しているニールは、共生関係にある'シルバーウルフ'に対して手を出すことはなく、防戦一方で立ちまわっていた。タマモにもそれを伝えており、相手を傷つけないように攻撃を躱すことに徹している。しかし'シルバーウルフ'の攻撃を受けているのは二人だけではなかった。
「グルァァァァ!!」
一匹の'シルバーウルフ'がニールに牙を立てながら襲いかかってくる。それを横から別の'シルバーウルフ'が体当たりして防ぐと、その'シルバーウルフ'がニール達を守るように立ちはだかった。その身体には見慣れた包帯が巻かれている。
「流石ワンコロなのじゃ!」
タマモは守ってくれた'シルバーウルフ'に笑顔を向けた。
「…お前はこっちについてもいいのか?」
「ガフッ!」
ニールが少し心配そうに問いかけると、当然だ、言わんばかりにワンコロが一鳴きする。そんなワンコロに対して他の'シルバーウルフ'はウーっと低く唸り声をあげた。
「アオーン!!」
先頭に立つ一匹が大きな鳴き声をあげると、後ろに控えていた二十匹ほどの'シルバーウルフ'が一斉に飛び掛かってくる。ニールはまだしもタマモですら【身体強化】を使ってなんとか避けられている状態なのに、力量が相手と同じであるワンコロは全てを躱すことなど無理に等しい。
せっかく昴の傷薬によって治りかけていた傷が同じ'シルバーウルフ'の攻撃により、どんどんと広がっていく。
「ワンッワオン!!」
それを見たリーダー格の'シルバーウルフ'が仲間達に指示を出す。それを聞いた'シルバーウルフ'達がニールとタマモの二人は無視して、ワンコロに攻撃を集中し始めた。ワンコロは耐えてはいるが、その身体を赤く染め上げ、必死に向かってくる相手に爪を立てる。
それでも数の暴力には敵わず、威嚇することしか出来なくなったワンコロのもとに白い閃光が駆けつけた。そのままワンコロの首元を掴むと後方に投げる。そこにはタマモが待機しており、しっかりとワンコロの身体をキャッチした。
「お前ら…仮にも仲間だろ?よくそこまで容赦なく出来たものだ」
ニールの瞳に宿るのは怒りの炎。同じ'シルバーウルフ'に対して多勢で襲いかかるそのやり方への憤り。確かに野生の狼は集団で獲物に襲いかかるが、仲間だった相手に対しても同じやり方をすることがニールには気に入らなかった。'シルバーウルフ'達は突然現れたニールに対して威嚇の意を込めて吠えまくる。
「黙れ。犬どもが」
その言葉と共に、怒りを【威圧】に乗せて'シルバーウルフ'達に放つ。圧倒的強者からの【威圧】を受け、後ずさりをする者、震え出す者、中には尻尾を巻いて逃げ出す者までいた。
「初めからそうしとけばよかったのじゃ」
【威圧】を発しているニールに遠慮なく近づくタマモだったが、その腕に抱かれているワンコロは身体をブルブルと震わせ、尻尾が股の間に入っていた。それを見たニールがゆっくりと【威圧】を解く。
「氷霊種と仲がいい'シルバーウルフ'達を怖がらせたくなかった。…それにここまで効果があるとも思わなかったが」
ニールが辺りを見回すと、まだ戦意があるやつはいなさそうであった。
「とりあえずまた襲いかかって来られる前にここから移動するぞ」
「うむ!スバルを探さねばならんからの!!」
「あぁ…あいつがそう簡単に死ぬはずないが、あの氷霊種の事は気になる」
「そうじゃの!ワンコロはどうする?」
タマモは自分の腕の中にいるワンコロに声をかけた。しかしワンコロは身体をブルブル震えさせるだけでなんの反応も示さない。タマモはそれを見て首を傾げた。
「もう【威圧】は放っていないというのにのぉ…」
ニールも不思議そうにワンコロを見ていたが、その瞬間背中にゾクッと悪寒が走り反射的に振り返える。
そこには'シルバーウルフ'達が頭を垂れながら後ろに下がり、それで出来た道を悠然と闊歩している雪のように白い大きな狼の姿があった。
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・
「あーもう…この子達しつこいわね!!」
ユミラティスは逃げながら後ろに向かって拳大の氷を放つ。
「【無詠唱】で魔法使えるのな!」
昴も横を走りながら闇雲に"飛燕"を撃ちまくる。
「えぇ、そうよ。尊敬した?」
凛とした表情で聞いてくるが、全力で走っている時にそれをやられても魅力は半減である。
「尊敬したからあいつら何とかしてくれ!」
「それは無理ね」
昴が後ろに向かって親指を指すが、ユミラティスは即座に首を横に振った。昴はため息を吐きながらチラリと後ろに目をやる。そこには何百匹という白い蜂の大群が押し寄せてきていた。
「'スノービー'のお尻の針には神経毒があるから刺されたら瞬時に夢の世界よ」
「それでそのまま永眠ってか!?笑えねぇぞ!!」
二人が'スノービー'から逃げている理由は二つ。一つは【氷属性魔法】に耐性があるという事。ユミラティスの使う【氷属性魔法】では倒すことはおろか足止めするのもままならない様子であった。
二つ目はターゲットが小さすぎる上、数が多い事。昴が攻撃すれば何匹かは倒せるだろうが、それでも複数を相手にすることをあまり得意としていない昴では一匹も漏らさずに倒すということは不可能である。見逃しがあればそれこそ命取りとなってしまう。
「倒せなくとも相手の動きを封じるやつ、なんかないのか!?」
「っ!?それなら…」
ユミラティスが走りながら魔力を練る。そして魔力が溜まりきると、振り返り両手を前にかざした。
「"顕現せし氷の壁"!!」
ユミラティスと'スノービー'を分かつように巨大な氷の壁が出現する。かなりの強度がありそうでこれなら'スノービー'達もこちらを追うことはできないだろう。
「なんだよ。こんなことができんなら最初からしておけっての」
「助けてもらってそれはないんじゃないの?ほら、何か言うことは?」
「はいはい、ありがとうございますっと」
「よろしい」
昴が素直にお礼を言うとユミラティスは満足そうに頷いた。
「さて、早いとこあいつらのとこ行こうぜ」
「そうね、少し時間がとられてしまったから急ぎましょ。…ん?」
ユミラティスは怪訝な表情を浮かべ、自分の耳に手を添えた。
ブーーーン。
「…ねぇ?」
ユミラティスが引きつった表情で昴の顔を見る。その顔は黒板を爪で引っ掻いた音を聞いた時のように歪んでいた。
「あぁ…聞こえるな」
氷の壁に目をやるもちょっとやそっとで壊れるような硬さではない。左右に見渡すも'スノービー'の姿はない。
「まさか…!?」
二人が同時に上を見る。そしてそれと同時に走り出した。
「なんで箱型にして閉じ込めなかったんだよ!?」
「しょうがないでしょ!壁を作る魔法なんだから!箱型であんな大群の’スノービー’を閉じ込めておける大きさなんて一瞬じゃ無理よ!」
ユミラティスが作った壁の上から無数の'スノービー'が飛び出してきている。それを横目で見た昴が思わず舌打ちをした。
「タマモがいれば範囲魔法で一気に殲滅できるんだが!」
「何であなたは極大範囲魔法が使えないのよっ!?」
「俺はタイマンで戦うのが好きなんだよっ!!あんたこそ【氷属性魔法】以外使えないのかよっ!?」
「私たちが氷霊種と呼ばれる所以を考えなさい!!【水属性魔法】は使えるけど、あの子達全員を一気に始末する魔法なんて無理よ!!」
「使えねぇな!!」
「あなたに言われたくないわ!!」
ギャーギャーと言い合いながら二人仲良く(?)'スノービー'の大群から逃げる。この時、昴は心の底からタマモに会いたいと思った。