5.エンカウント
ニールの言葉に昴は少し驚きながら集団に目を向けた。魔族を見るのは初めてであったが、遠目から見た感じそこまで人族と差がある様には見えなかった。【気配探知】で捉えた人数よりも多く、六十人くらいはいそうだ。
「あれが魔族か…」
「魔族…」
隣でタマモが静かに呟く。タマモの金眼は魔族と亜人族との混血を示す証拠。心中穏やかではないだろう。
「もう少し近づいて見るか?」
ニールが昴に問いかけると、少し迷ってから頷いた。
「そうだな…ここからは匍匐前進で行こう」
「ホフクゼンシン?」
「なんだ?タマモ知らないのか?」
タマモはニールの顔を見るもニールも首を左右に振り知らない様子。異世界には匍匐前進の文化はないらしい。【気配探知】や【気配遮断】というスキルがあるのだから必要のない技術なのだろう。
「よく見てろ。これが匍匐前進だ」
昴は腕や足を使いながらずりずりと腹ばいに進んで行く。それを二人がなんとも言えない表情で見ていた。
「なんか虫みたいじゃ…」
「あまり真似したくない姿ではあるな」
「うるせぇ!これの方が見つかりにくいんだよ!さっさと付いて来い!」
二人は渋々昴と同じ格好になり、後についてきた。魔族達の近くに少し山なりに雪が積もっているところがあったため、そこまで移動する。ここまでくると相手の姿がくっきりと見ることができた。
「そこまで人族と変わらないように見えるがな」
「いや、あれは魔族だな。額を見てみろ」
ニールが一人の魔族を指差した。その男の額からは突起物が出ている。
「おぉ角が生えているのじゃ!」
「でも生えてない奴もいるよな。あれも魔族なのか?」
たしかにニールの言う通り角を生やした奴が結構いるが、中には生やしていない奴もいる。そいつらは少し顔色の悪い人族にしか見えなかった。
「魔族は生まれた時の姿が一番人族とかけ離れているな。そしてレベルが上がるごとにどんどん人族に近い容姿になっていく。七帝将などは人族と遜色がない」
「七帝将?」
聞きなれない言葉に昴は眉をひそめた。
「魔族達を束ねる者達だ。パッと見た感じだとここにはいないようだな…'シルバーウルフ'を退けたとなると一人はいると思ったが…」
ニールは辺りを注意深く見守るもそれらしい者の姿はない。
「角が生えている半人前は俺たちの敵ではない。まぁ、見たところ角がない奴らも大した事はなさそうだがな」
「って言っても氷霊種がいないんじゃここにきた意味はねぇな。あの中にはいないんだろ?」
「あぁ、あそこにいるのは全て魔族だな。この暗色の気配は奴らのもので間違いない」
昴も【気配探知】を通じて暗い気配を感じていた。この気配は以前どこかで感じたような気もする。
「よくわからんが、あれは敵なのか?敵じゃないのか?」
タマモが早くも戦いたくてウズウズし始めたので昴がそれを止める。
「こんなところで魔族となんか争ってらんねぇよ。確実に面倒くせぇ事になる。氷霊種を捕らえているとかなら話は別だが、そんな様子でもなさそうだしな」
「氷霊種の情報を持っているかもしれないがな。ここで一戦やらかして目をつけられたら確かに面倒なことになる。ここは魔族領にかなり近い場所にあるからな。それなら奴らは無視してこの辺を探し回る方がいいだろう」
「そういうことだ!とりあえずここからこっそり遠ざかるぞ」
「了解なの…じゃ…はっ…はっ」
ブェックションッ!!
この時、昴の脳裏によぎったのは「イヤにおっさん臭いくしゃみだな、おい」だった。今日はここに来るまで一度もくしゃみをしていなかったと言うのに。二人は脱力したかのようにため息を吐いた。
「む?何奴だっ!?」
怪しげなその声を聞きつけた魔族が昴達の元へとやって来る。諦めて両手を上に上げながら前に出ると昴は作り笑いを浮かべた。
「いやー俺たちは怪しいものじゃないっすよ」
二人は無言で昴に従う。タマモは小声で「すまんのじゃ…」としょぼんとしながら呟くと、ニールがその頭に優しく手を乗せた。
「…お前らこんなところで何をしている?」
魔族の男が明らかに不審者を見る目を向け、腰の刀を抜刀した。昴はそれを見てわざとらしく慌てる演技をする。
「お、俺たちはこの山に住む精霊さんと取引をする商人でして!本当になんでもないんすよ!」
両手を前でブンブン振りながら怪しくないことをアピール。そうこうしているうちにどんどん他の魔族達が近づいてきた。
「商人?荷物を持っていないようだが?」
魔族の男が訝しげな表情を浮かべると、昴が胡散臭い笑顔で答える。
「えぇ!実は俺は"アイテムボックス"のスキル持ちでして」
ほら、と言って昴は"アイテムボックス"からポーションを取り出した。他にも肉や寝袋などをどんどん出したり戻したりする。
「なるほど…確かに"アイテムボックス"のスキル持ちだな。それだけで商人と判断するわけにはいかないが…」
魔族の男はちらりと昴の後ろを見た。
「後ろの二人もそうなのか?」
「俺はしがない商人なんで。こんな危険な山ん中に来るには護衛が必要なんすよ」
「そうなのか?」
魔族の男に目を向けられたニールが頷く。
「あぁ。こいつはとんでもなく弱くて頼りにならないからな。不本意ではあるが俺たちが護衛してやっている」
ニールの言葉にニコニコ顔の昴の眉がピクリと動いたが魔族の男は気がつかなかった。
「なるほどな…そっちのちっこいのもか?」
「の、のじゃ!」
それまで俯いていたタマモが慌てて顔を上げて答えた。そのタマモの目を見て魔族の男は怪訝な表情を浮かべる。
「お前…金眼か?」
その言葉にタマモは慌てて顔を伏せたが、魔族の男は目を細めてタマモを見つめる。昴は表情こそ変えていないが内心では相当焦っていた。
「おい女!お前は何者だ!?」
「あ、あの女は俺の護衛でして」
「貴様に聞いていない!そこの出来損ないに聞いているんだ!!」
「…出来損ない?」
それまでへらへらと浮かんでいた昴の笑顔が凍りつく。
「あぁ、そうだ!金眼は出来損ないの証拠!!魔族こそ最高の血統にも関わらず違う種族の血を入れるとは…その行い万死に値する!!汚らしい獣めが!!お前は存在するだけで罪なのだ!!この俺が処刑してやる!!」
「……………」
「そんなんだからこんな下等な人族なんぞに使われているのだ!お前らも生きてここから帰れると思うなよ!?人族は魔族の敵!お前らの身体はぐちゃぐちゃに引き裂いて頭だけは見せしめとして人族の街に送り届けてやる!!そこの出来損ないと一緒に…」
魔族の言葉を聞いたニールが怒りのあまり'ファブニール'で目の前の男を貫こうとしたが、それより先に身体が動いた奴がいた。
「なぁ…よく聞こえなかったんだが…出来損ないがなんだって?」
「あ…がっ…」
昴の右手が魔族の男の顔にめり込む。昴に全力で顔を掴まれた魔族の男は口を一切動かす事が出来ない。そんな男を虫けらを見るような目で昴は見つめていた。
「き、貴様っ!!」
周りにいた魔族が昴に捕まった男を助けようと近づいて来るがニールが前に立ち射殺すような視線と共に【威圧】を放つ。それだけで近づいてくる男達の足は止まった。
「覚えておけよ、クソ魔族ども。口はわざわいの元って言うんだよ」
「ぐあ!?……がっ……」
昴がさらに力を込めると、魔族の男は口からブクブクと泡を吐きながら白目を剥いた。昴はその男を面倒くさそうに放り投げるとタマモに目を向ける。
「タマモ、大丈夫か?」
「大丈夫じゃ」
その目は肉食獣のようにギラギラと輝いていた。手にはすでに炎爪が携わっている。
「本当に出来損ないかどうかその身にきっちり教えてやらねばならぬの」
タマモが不敵な笑みを浮かべた。タマモが今言われたことを気にしているのではないか、と心配していた昴はとりあえずホッと胸をなでおろした。
「き、貴様ら!我ら魔族に楯突けばどうなるかわかっているのか!?」
「お前ら三人など一瞬であの世行きだぞ!?」
「俺の【威圧】にあてられて近づけない奴らがよく吠える」
ニールがバカにしたように鼻を鳴らす。表情は普段と変わらないが、その実タマモに対する暴言により、はらわたが煮え売り返っていた。
「さて魔族のみなさん」
昴が先ほどの作り笑いを浮かべながらゆっくりと前に出る。その手にはいつの間にか二本の黒刀が握られていた。その不気味な雰囲気に魔族達は思わず後ずさる。
「俺は君達と戦う事が不本意で仕方ない。なぜなら君達と争う事で魔族に目をつけられると後々大変だからだ」
そんな魔族達などお構いなしにどんどんと距離を詰めると、まるで演説するように魔族達に語り聞かせる。
「だからここはある作戦を実行しようと思う。ニール、タマモ」
昴の顔から作り笑いが消え、悪魔のような笑みが浮かんだ。
「皆殺しだ」
「当然だ」
「了解なのじゃ!」
昴達は狼狽している魔族の集団に真正面から突っ込んでいった。