2.雪原での出会い
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霊峰ギルガ。
見渡す限り白銀の世界。身を切るような寒さと共に、降り止むことを知らない雪が来訪者の体温を瞬く間に奪っていく。この地に住めるのは限られた動植物のみ。そこに道などなく、方角を違えれば最後、もう二度とその山から生きて出ることはできない。温暖な気候である火の月においても雪が消えることはなく、霊峰ギルガの山肌を見た者はいない。
そんな厳しい地を昴達は進んでいた。
「へっくしゅん!!」
タマモが今日何十回目かのくしゃみをする。昴が心配そうな顔でタマモに声をかけた。
「大丈夫か?」
「ふへー…ずず。大丈夫じゃないのじゃ」
タマモは毛皮のコートにうずまるようにして震えた声を出す。前を歩くニールもタマモを気遣うようにチラチラと見ていた。
昴達はニールの強行軍の成果もあり、一日で霊峰ギルガの麓までたどり着いた。そこで一晩明かし、次の日の朝にギルガに入ろうとしていたのだが、その時からタマモの様子はおかしかった。
キャンプのために焚いたたき火から片時も離れず、その身体をブルブルと震わせていた。ニールの見解では、おそらく狐人種は炎の扱いに長けており、その分暑さには強いが寒さにはめっぽう弱いのではないか、ということらしい。
まさかの事実に困り果てていた昴だったが、毛皮のコートを着れば大丈夫、と歯をガチガチ言わせながらタマモが主張したので、様子を見ながら登っていくことにしたのであった。
「うー…寒いのじゃ…寒すぎるのじゃ…」
タマモが鼻水をすすろうとするも、既に氷柱と化しているため上手くいかない。昴がため息を吐きながらそれを指ではじいた。
「これは…厳しそうかな」
「あぁ。正直この地にいるということはわかっていても氷霊種の詳しい場所はわからないからな。歩き回って探すつもりだったがタマモがこの様子だとそれは絶望的だろう」
ニールが気の毒そうにタマモに目をやる。ニールは少し地が厚い上着を羽織っているだけなのだが、【環境対応】のスキルにより、大抵の環境において問題なく行動することができる。
「だ、大丈夫なのじゃ!」
目深にかぶったフードの奥からタマモのくぐもった声が聞こえた。足を引っ張りたくないのか必死に問題ないことをアピールするタマモのフードの上に昴がポンと手を置く。
「別に責めてるわけじゃねーよ。人それぞれ得意不得意はあるんだ、無理することなんかねぇよ」
「スバルの言う通りだ。もし迷惑をかけるのが嫌なら、無理して体調を崩す方がよっぽど迷惑だ」
ニールが厳しいことを言うが、その声色は優しかった。タマモは一瞬悩み、立ち止まったが、すぐにまた歩き出す。
「もう少し頑張りたいのじゃ」
「…そっか」
一番前を歩き出したタマモの背中に二人が暖かな視線を送る。そのまま先に進もうと思ったが、タマモが突然足を止めた。
「どうした?」
昴が近寄るとタマモは鼻をスンスンと動かしてながら眉を寄せる。
「…血の匂いがするのじゃ」
「血の匂い?」
昴が眉をひそめながらニールに顔を向けると、ニールは首を横に振った。霊峰ギルガに入ってから【気配探知】のスキルを持つ二人は常にそれを発動してきた。今も当然発動しているのだが、特に生物の気配は感じない。
「それは近いのか?」
「うーん…雪が降っててよくわからぬな」
タマモがあっちこっち顔を向けながら匂いを探る。そしてある一方向でその動きを止めた。
「こっちじゃ!」
「…どうする?」
「霊峰ギルガに入ってからまだ何にも出会えてないんだ。氷霊種の手掛かりがつかめるかもしれないから、とりあえず気配を消して近づいてみればいいんではないか?」
「そうするか」
ニールの提案に昴も頷き、タマモの案内で血の匂いのする方へと進みだす。しばらく歩くとなにやら二体の魔物が争っているのが目に入ったので、三人はその場にしゃがみ込み様子を伺った。
「…俺の【気配探知】にはかからねぇな。ニールの方は?」
「俺も同じだ。おそらくこの雪山の地形のせいだろう」
「地形?」
「障害物がなさすぎる。こんな中で狩りをするには己の気配を完全に消すしかないだろう。それで【気配遮断】のスキルが自然と上達したんだ」
「なるほどね…」
昴は二匹の魔物に視線を戻した。どうやら一体が猛攻を仕掛け、もう一体がそれに耐えているようだ。
「…もう少し近づいてみるか」
昴がそう言うと二人は頷き、慎重に前進していった。すると争っている二体の魔物の姿がくっきりと見えてくる。
優勢だった方は白い毛におおわれた熊のような魔物で’グリズリーベア’によく似ているが一回り体躯が大きい。必死に耐えている方の魔物は白というよりは銀色の狼で、その身体からは所々血が流れていた。それを見たニールが驚きに目を見開く。
「どうした?」
「あれは’スノウベア’と’シルバーウルフ’なんだが…」
ニールが怪訝な表情を浮かべながら二体の魔物を観察していた。
「本来‘シルバーウルフ’の方が格上で、’スノウベア’を捕食する側のはずなんだが…」
「ぬ?でもやられそうなのは狼の方じゃぞ?」
「あぁ、そのようだな」
タマモが不思議そうな顔で目をやると、ニールは自分の顎に手を添え、考えをめぐらす。
「…だがこれは僥倖かもしれん」
「どういうことだ?」
「‘シルバーウルフ’は氷霊種と共生していると話を聞いたことがある」
「つーことはあいつを助ければ氷霊種まで案内してくれるかもしれないのか?」
「あの’シルバーウルフ’がこちらを敵だと認識しなければその可能性もあるな」
「可能性があるならやる価値はあるな」
「うちがやるのじゃ!!身体を動かせば寒くなるかもしれんからの!!」
タマモはそう言って勢いよく立ち上がると’スノウベア’に向かって突進した。突然の乱入者に二体とも同時にタマモの方を見る。タマモはそのままの勢いで’スノウベア’を殴り飛ばした。
昴とニールは素早くシルバーウルフに近づくと、二人に気が付いた’シルバーウルフ’がうなり声をあげてこちらを威嚇してくるが、血を流しすぎているのか足元がおぼつかない。
このままでは危険だと思い昴がそっと手を出すが、’シルバーウルフ’は牙を向け、警戒を解く気は一切ない。ニールも試してみるが結果は同じだった。
刻一刻と’シルバーウルフ’の体力が蝕まれていくのを見て、昴は意を決したように”アイテムボックス”からポーションを取り出すと’シルバーウルフ’に手を伸ばす。その腕に’シルバーウルフ’が噛みつくのも気に留めず、昴は’シルバーウルフ’にポーションをかけた。
‘シルバーウルフ’は傷の痛みが和らいだことに戸惑いを隠せない様子だったが、ゆっくりと昴の腕から自分の口を離す。そしてまだ警戒はしているものの、昴が傷薬を塗ろうとしても特に抵抗はしてこなかった。
「とりあえずこれで」
「いや…寒さに強い’シルバーウルフ’でもこう弱っていては命を落としかねない。洞窟でも見つけないとかなり危険な状態だぞ」
「そうだな。タマモ!!」
‘スノウベア’と戦っているタマモを呼ぶ。タマモの手には炎の爪はなく、【身体強化】も使っていなかった。ぴょんぴょんと周りを無駄に跳ねまわり、相手を翻弄している。その動きは’スノウベア’を倒すためではなく、完全に暖をとるために’スノウベア’を利用しているようであった。
「‘シルバーウルフ’がやばい!さっさと終わらせろ!!」
「む。せっかく身体が暖まってきたのじゃが…」
タマモは残念そうに身体に魔力を練る。そして’スノウベア’の攻撃を躱しながら、手を銃の形にし、相手の頭に向けた。
「お主は今日のご飯じゃからの、燃やし尽くすわけにはいかんのでな!”火炎の銃弾”!!」
タマモの指から発射された高速の炎弾は、’スノウベア’の頭だけを見事に打ち抜いた。そのまま純白の雪上を赤く染め上げる。
タマモが’スノウベア’を仕留めたのを確認すると昴は魔力を練った。
「"梟霧"」
昴の手から出てくる黒い霧が瞬く間に周囲に広がる。まるで障害物のない雪原を霧がズンズンと進んでいくと、少し腫れたところに洞穴のようなものを知覚した。
「見つけた。こっちだ」
昴は二人に声をかけ、嫌がる’シルバーウルフ’を無理やり抱きかかえると、そのまま走り出す。ニールも’スノウベア’の亡骸とタマモを担ぎ上げその後について行った。