43.二人目の仲間
昴とタマモはミント達に別れを告げるため、優吾達と共に家に戻ってきていた。
「そう…もう行ってしまうのね」
ミントが残念そうに眉を下げる。隣でサクヤが泣きそうな顔でこちらを見ていた。
「色々お世話になりました。…こいつらはまだしばらく迷惑かけると思うんで宜しくお願いします」
「ミントのご飯はとてもおいしかったのじゃ!!また食べに来るからの!!」
「あらあら、そう言ってもらえると嬉しいわね。昴君もタマモちゃんもいつでも家にいらっしゃいな。…あ、そうそう」
ミントが思い出したように付け加える。
「うちのをよろしくね」
一瞬キョトンとした昴だったが、すぐに曖昧な笑みを浮かべた。
「あいつ次第ですが…わかりました」
ミントはその答えに満足したのか笑顔で頷く。
「……………」
サクヤはミントと昴の会話には一切参加することなく、俯いたまま何も言わない。その身体は何かを耐えるように小刻みに震えていた。
「サクヤ…」
昴が困ったような表情でサクヤに話しかける。タマモも寂しそうにサクヤを見つめていた。
「スバルさん…タマモさん…」
お礼を言いたいのにこれ以上言葉が出てこない。涙が落ちるのを懸命にこらえているサクヤの頭に昴は優しく手を乗せる。
「サクヤ。もう会えないってわけじゃないんだ。そんな悲しそうな顔するな」
その言葉を聞いたらもう限界だった。
「スバルさん!タマモさん!!うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」
二人に抱きつき赤子のように鳴き声を上げる。昴が肩を竦め笑いながらタマモを見ると、タマモがサクヤの背中をそっとさすった。
「サクヤ!またくるのじゃ!!今度はもっといっぱい面白い話を持ってくるから楽しみにしていて欲しいのじゃ!!」
「本当に…本当にありがとうございました!!お二人に助けてもらったことは絶対忘れません!!」
サクヤは二人を抱きしめる手に力を込める。それはサクヤの熱い思いが伝わってくるようで、昴はそっと目を閉じ、タマモは少し目を潤ませながら笑みを浮かべた。
しばらくそうして泣いていたサクヤだったが、嗚咽を漏らしながら離れると「少し待っていてください」とリビングから出ていく。二人がどうしたのだろうと顔を見合わせているとサクヤが龍神の巫女の衣装を持って戻ってきた。
「スバルさん、これをもらってください」
「え?…俺はそういう趣味はないぞ?」
「き、着るためじゃないです!!」
サクヤが顔を真っ赤にさせブンブンと首を横に振った。ふぅ、と一つ息をつくとサクヤは真面目な顔を向ける。
「私は巫女が嫌いでした」
衝撃的な発言に二人は目を丸くする。そんな二人を見てサクヤがクスリと笑った。
「驚きですよね?でも本当の事なんです」
「まぁ…そりゃ驚くだろう」
「のじゃ…」
二人は困惑した表情で顔を見合わせる。それを見たサクヤが悪戯が成功したみたいなおちゃめな笑顔を見せたのだが、すぐにその表情は寂しさを感じているものになった。
「私の前に巫女をやっていた人と私はすごい仲が良かったんです。いつも優しそうな笑顔を浮かべて私のくだらない話に付き合ってくれて…大好きでした。本当のお姉ちゃんのように慕っていました」
サクヤが昔を思い出しながら目を伏せる。
「でも…そんな優しい人でも命を捧げなければいけないのが巫女なんです。私はそれが嫌で嫌で…こんなバカみたいな風習を終わらせたくて巫女になりました」
それは今まで誰にも言わなかったサクヤの本音。二人は黙ってサクヤの話を聞いている。ミントは知っていたのだろう。少し微笑みながら目を瞑り、サクヤの言葉に耳を傾けていた。
「でも私にはどうすることもできませんでした。それを終わらせてくれたのはお二人なんです」
サクヤが二人を見つめる。そして手に持っている巫女の衣装を昴に差し出した。
「もう二度とこの衣装が必要にならないようにスバルさんが持っていてください!そして必要としている人に渡してください」
最後は冗談っぽく言ってサクヤがウインクをする。
「…必要とする奴なんかいないだろうけどな」
昴が苦笑いを浮かべながらそれを受け取った。
「もしこれがまた必要な事が起こったら…また私のことを助けに来てください」
サクヤがまっすぐに昴を見つめる。昴はその目をしっかりと見ながらサクヤに笑顔を向けた。
「まかせろ。タマモと一緒に飛んできてやる」
「うむ!約束なのじゃ!!」
サクヤが嬉しそうに笑った。昴も笑顔で応えたが、なんとなく視線を感じて昴が振り返ると三人が何か言いたそうに昴を睨んでいる。
「…なんだよ?」
「こんなかわいい子にあんな笑顔向けられやがって!!!」
優吾の目に嫉妬の炎が燃え上がる。亘に至っては今すぐに昴をこの世から滅したい衝動に駆られているようだった。
「か、かわいいだなんて…」
優吾の言葉を聞いたサクヤが頬に両手に添えてぽっと顔を赤くする。
「優吾君ではありませんが…端的に言って死ねばいいと思います」
「僕も可愛い子にちやほやされたいよ」
「む?卓也はちやほやされたいのか?ここに絶世の美少女がおるではないか!!」
「ごめん、何を言ってるかわからないよ」
タマモはピクッと眉を動かすと、目で追えない速度で卓也のお腹に拳を叩きつけた。卓也はお腹を抱え蹲り、その場で悶絶する。
「つーわけで俺は行くから王国の方は任せたぞ」
卓也を無視して昴は優吾と亘に顔を向けた。
「おう!こっちはまかせとけ」
「美冬のこともな。あいつ無理するから」
「わかってますよ。そういう場面を何度も見てますから。…最後に会っていかないんですか?」
「うーん…」
昴は美冬が寝ている部屋に目を向けた。
「いいわ。あいつも多分望んでないだろうしな」
「そうですか…わかりました」
亘はあえて追求せず、ゆっくりと頷いた。
「それと…」
昴は何かを言いかけて言葉を切る。優吾達に告げるかどうか少し悩んでいるようだった。
「…大丈夫だよ」
卓也がお腹をさすりながら立ち上がった。伊達に美冬の訓練に耐えてるわけじゃないようだ。
「霧崎さんのこともちゃんと力になるから。…どこまでやれるかわからないけど」
「…サンキュー」
そう言うと昴は握り拳を前に突き出した。三人とも笑いながら昴の拳に自分の拳を打ち付ける。
「じゃあ…またな」
「あぁ!昴もタマモも死ぬんじゃなねーぞ!!」
「うちよりユウゴ達の方が心配なのじゃ!!三人とも貧弱だからのう」
「それに関しては全面的に肯定します」
「肯定すんな!!」
亘が眼鏡をキラリと光らせて堂々と言い放つと、優吾が瞬時にツッコミを入れた。
「アレクサンドリアからここまでの地図を作ったから、次会う時までに複製しとくよ!できれば他のところも付け加えて」
「それは助かる!よろしくな!」
昴達は三人に別れを告げ、ミントとサクヤに感謝を述べると、薄っすらと涙を溜めているサクヤに見送られながら家を後にした。
『龍神の谷』の門まで行くと門番の男は昴が何かいう前に門を開いてくれる。昴がお礼を言うと、門番の男は首を横に振った。
「礼を言うのはこちらの方だ。巫女を救ってくれてありがとう。『龍神の谷』はいつでも二人を歓迎する」
そう言うと門番の男は二人に向かって真剣な表情で敬礼をする。昴は軽く頭を下げ、タマモは門番の男に手を振った。
門を出ると昴達はすぐに足を止めた。
「出迎えか?」
少し先で腕を組みながら木に寄りかかっている銀髪の美青年に昴は話しかける。
「そういうことをする男に見えるか?」
「見えねぇな」
そっけなく答えると昴は再び歩き出す。ニールの姿を見つけた時は嬉しそうだったタマモは困ったように二人の顔を交互に見ていた。
「スバル」
ニールは自分の前を何も言わずに通り過ぎた昴に顔を向ける。昴は足は止めたもののニールの方を見ようとはしなかった。
「俺も連れてけ」
ニールの言葉を聞いた瞬間、パーっとタマモの表情が明るくなる。しかし頑なに振り返ろうとはしない昴を見て、その顔を曇らせた。
「断る」
昴から出てきたのはあろうことか拒絶の言葉。タマモが信じられないといった顔で昴の背中を見つめるが、ニールは特に表情を変えない。
「…って、言ったらどうする?」
「別にどうもしない」
ニールはつまらなさそうに鼻を鳴らしながら淡々と言い放つ。
「勝手について行くだけだ」
「…お前を撒くのは骨が折れそうだな」
昴が呆れたような笑みを浮かべ大きく息を吐く。そしてニ振り返りながら’鴉’を呼び出すとその切っ先をニールに向けた。自分の目の前に刀があるというのにニールは微動だにしない。タマモはハラハラしながら行く末を見守った。
「しょうがねぇから連れて行ってやるよ」
芝居がかった口調で昴が告げる。ニールも’ファブニール’を呼び出すと、フッと笑いながら自分に向けられている’鴉’にぶつけた。
「仕方がないからついて行ってやろう」
二人は同時にニヤリと笑みを浮かべる。その瞬間タマモが勢いよくニールに飛びついた。ニールは少し慌てながらも優しくタマモを抱きかかえる。
「やったのじゃ!!新しい仲間なのじゃ!!よろしくの!!ニール!!」
「あぁ、これからよろしくな」
ニールがその端正な顔立ちにお似合いの笑顔をタマモに向ける。それを見た昴が意外そうな表情を浮かべた。
「…なんだ?」
「いや、お前もそういう顔ができるんだなって」
いつも仏頂面しかしていないニールからは想像もできないほど優しげな笑顔であった。おそらくあの笑顔を向けられたら大抵の女性は心がなびくだろう。
ニールはくだらないと言わんばかり冷たい視線を向ける。
「安心しろ。お前には絶対しない」
「…相変わらず素直じゃねぇ奴だな」
「まぁまぁ。仲良く行こうではないか!!」
ニールから離れたタマモがにらみ合う二人に笑いかけた。その笑顔を見た昴とニールは気勢がそがれたのか、互いに顔を背け、肩を竦める。
「さて、と。それじゃ行きますか!」
新たに増えた仲間と新たな目的地に向かって昴は歩き始めた。