41.ドラゴンフード
リビングに戻ると丁度タマモの話が一段落ついたところであった。昴の姿を見るや否や三人が近づいてくる。
「楠木…タマモから聞いたぜ。お前、’ドラゴン’を倒しちまうような男だったのか…今までナマ言ってすいませんでした」
優吾が真顔で頭を下げる。ふざけているのが丸わかりだったので昴は無言でおでこにでこぴんを喰らわせた。
「いってー!!やっぱ’ドラゴン’を倒す男のでこぴんは格がちげーぜ!!」
「優吾君は黙っていてください。それよりタマモさんの話は全部本当なんですか?」
亘が優吾を冷たくあしらい、眉をひそめながら昴に尋ねる。
「タマモはどんなこと言ってた?」
「えーっと…楠木君と二人で大イカを倒したり、なんちゃらドラゴンを倒したり、ドラゴンよりも格上の龍神様を倒したり…」
卓也が自分で言っててそんな馬鹿な、という表情を浮かべながら答えた。
「んー…まぁほぼほぼ真実だな」
「「えっ…?」」
昴が頬をポリポリと掻きながら答えると亘と卓也の顔が同時に引き攣る。優吾は嬉しそうに昴の肩をバンバンと叩いた。
「最初に見た時からお前はなんか違うと思ったぜ!!」
そして意味ありげな笑みを浮かべ昴と肩を組むと「な?’ジョーカー’さん?」と心底嬉しそうに囁いた。
その瞬間昴の顔色が変わる。ニヤニヤと笑っている優吾を見て、すぐにタマモを鬼の形相で睨みつけるとタマモは慌てて目線を逸らし、ならない口笛を吹き始めた。
「よりによって知られたくないやつらに…」
昴の顔が羞恥に染まる。亘はそんな昴の肩にそっと手を置いた。
「楠木君、気にすることはありません。えーっと、’ジョーカー’でしたっけ?…ぷぷっ…失礼。私はカッコいいと思いますよ」
亘がいたって平静を装って昴に告げるが、身体は小刻みに震えており、明らかに笑いをこらえて…というより完全に噴き出していた。卓也だけが真剣な眼差しで必死に昴を慰める。
「楠木君!誰でもそんな時期はあるよ!!…僕は中学校で卒業したけど」
ぼそりと呟かれた一言が昴の胸に突き刺さった。正直卓也の慰めにもなっていない慰めが一番堪える。
「俺がつけたんじゃねぇ!!勝手につけられたんだよ!!」
昴が叫び声にも似た声で主張するが三人は生暖かい視線を向けるばかり。その表情を見て昴ははっとした表情を浮かべる。
「お前ら…知っててからかってんだろ!?」
「さぁどうでしょうかね?」
「よくわからないな」
亘と卓也が揃って昴から視線を逸らした。昴が二人にジト目を向けていると少し真面目な顔をした優吾が昴の肩から腕を下ろしながら背を向ける。
「まぁこれくらいはさせてもらわねーとな。それと…」
そして勢いよく振り向くとそのまま全力で昴の肩を殴った。
「いっ…!!」
思わぬ不意打ちに防御する暇すらなかった昴がまともに優吾の拳を受ける。すると亘と卓也が無言でそれに続いた。突然の肩パン三連発に目を白黒させる昴を優吾が指さす。
「俺たちの前から勝手にいなくなった罰だ!甘んじて受けやがれ!!」
昴はポカンと口を開けた。優吾の隣で亘が眼鏡をクイっと直す。
「暴力はあまり好きではないですけどね…けじめは必要ですから」
そして卓也だけは昴を殴った手をさすっていた。
「…僕の方がダメージうけてないかな?これ」
昴はそんな三人を茫然と見ていたが、顔を伏せると目元を抑えて笑みを浮かべる。
「…わり」
少しだけかすれた声で出た言葉。こいつらと同室になれたことはこの世界に飛ばされた中で良かったことの一つだな、そんなことを考えながら顔を上げると、昴は真剣な表情で三人に向き合う。
「優吾、亘、卓也」
おもむろに昴に名前を呼ばれ、少し驚いた様子の三人。
「俺の話、聞いてくれるか?」
美冬の言っていた通りこいつらは信頼できる、そう判断した昴はすべてを包み隠さず話すことを決める。三人は顔を見合わせるとやれやれといった感じで笑顔を向けた。
「同じ部屋なんですからもっと早くに話して欲しかったですね」
「そうだね…でも今聞かせてくれるならいいかな?」
「しょうがねぇから昴の話聞いてやんよ!」
「…ありがとうな」
三者三様の優しさを感じた昴は三人に感謝の言葉を告げる。そして『龍神の谷』の使者として優吾達を選んだアレクサンドリアにも内心でお礼を言った。
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『龍神の谷』の料理店、《ドラゴンフード》。「早い!安い!美味い!」がモットーのこの店は谷の中でも若い世代に人気のお店であった。食事の種類はオールジャンル、元の世界のファミレスといった感じである。そんな《ドラゴンフード》に異色のメンツが食事に来ていた。
一人は竜人種の銀髪の美青年、もう一人は将来美人になるだろう、と思わせる狐人種の美少女。そして残りの四人は人族で、そのうちの一人は巫女を救った、谷の中では英雄と呼ばれている黒髪の青年。そんな六人は店の中でかなりの注目を集めていた。
「はぁ…昴にそんな過去があったとはな…」
優吾が深刻そうな表情でチャーハンを口に運ぶ。
「それで昴君は美冬さんと仲がいいんですね」
亘が食べているのは焼きそば、ただし味はソースではなく塩。
「まぁな。俺と美冬はそん時からの付き合いだ」
「話の中の美冬さんは今と変わらないね」
昴が自分のから揚げに手を伸ばすのを見ながら卓也が楽しげに言った。
「ミフユっていうのはサクヤの家で寝ているあの小さい子かの?」
「タマモ…それ絶対姐さんの前で言うなよ?八つ当たりを受けるのは俺達なんだから。そして姐さんもお前にだけは言われたくないと思う」
タマモがその辺にある料理を手当たり次第にドカ食いしながら言うと、優吾が真顔でツッコミを入れた。
「ふんっ、女々しい奴め。失うのが嫌だったんならしっかり守ってみせろ」
「だからなんでお前はいるんだよ…」
当然のように目の前でご飯を食べるニールに呆れたような視線を向ける。サクヤは気を遣って来なかったというのにニールは我が物顔でついてきた。
「お前に飯をおごる約束をしたからな。ついでだ、ユウゴ達の分もおごってやる」
「おっニール、気前いいじゃん!!」
「当然だ。俺はスバルとは違うからな」
「ごちそうさまです」
「俺はケチじゃねぇ!!」
昴が全力で否定をする隣でタマモが空いたお椀を持ち上げる。
「おかわり!!」
「まだ食べるの!?」
五回目のおかわりを目の前に、卓也が目を丸くしている。
「うむ!ここのご飯はおいしいからの!いくらでも入るのじゃ!!」
そう言うとタマモは眼光を鋭くし、優吾のチャーハンをかすめ取る。
「あっこらタマモ!!俺のチャーハンとるなよ!!」
「ふっはっは!!早い者勝ちなのじゃ!!」
「それではこれはいただきますね」
「ぬはっ!?うちのチキンがぁ~!!」
亘がひょいっとタマモがキープしていたチキンの塩焼きを口に運ぶと、タマモが絶叫を上げた。
「ぐぬぬ…こうなったら…」
タマモがニールのお皿に手を伸ばす。当然ニールが許すはずもなく、タマモの手が触れる瞬間料理に電気を纏わせた。
「ぎゃぁぁぁぁ!!痺れるのじゃぁぁぁ!!!」
「行儀が悪いぞ、タマモ。おとなしくおかわりが来るのを待て」
涼しい顔で言うニールを見て三人は背筋を凍らせる。
「ニールから飯を奪うのだけはやめておこう」
「えぇ…雷なんて美冬さんの炎より危険ですよ」
「最初から誰のご飯も奪わなければいいんじゃないかな?」
卓也の正論を完全に無視した二人が昴の皿に目を向ける。昴がお茶を飲んでいるところを狙って優吾がフォークを伸ばした。
「隙ありだぜ、昴!!’ジョーカー’も大したことねぇな!!」
優吾が奪ったものを口に運ぶと、それは黒い霧となって消滅した。
「悪いな、"鴒創"だ」
「なっ!?お前、魔法使うのはきたねぇぞ!?」
「ニールだって使ってただろうが」
「俺は魔法など使ってない。銀竜の特性で空気中の静電気を操れるだけだ」
「へぇー…ニールはそんなこともできるんだ」
卓也が興味深そうにニールの方を見る。
「ただの妹萌えだと思っていましたが」
「イモウトモエ?」
「知らなくて結構です」
涼し気な表情を浮かべる亘にニールが電撃を喰らわせた。優吾は明日の我が身か、と思いながら黒焦げになった亘に目をやる。
「お前絶対意味知ってんだろ…」
「知らんな。ただワタルを見て碌な意味じゃないと判断しただけだ。なんかイラっとする顔をしていたし」
そっけなく言い放ったニールに卓也が目を輝かせながら詰め寄った。ニールは卓也の中に眠る知的好奇心をガンガンに刺激してくる。
「他にはどんなことができるの?」
「教えてもいいが…タクヤ、ご飯がなくなっているぞ?」
「え?あぁ!!僕のハンバーグが!!」
「油断大敵なのじゃ!!」
タマモが勝ち誇った笑みを浮かべる。その口元にはハンバーグの肉汁がべったりとついているため威厳は一切ない。
こんな感じでしばらくぎゃーぎゃーと騒ぎながら食事をとっていた昴達だったが、お腹が満たされ落ち着いてきたところで会話を再開した。
「それにしても…霧崎さんは心配ですね」
「あぁ…今と昔じゃ別人みてーだからな」
亘が難しいそうな表情を浮かべると、優吾も心配そうに頷いた。
「そのシズクという者が変わってしまったのはこいつのせいだろ」
ニールが親指で昴を指すと、昴はむすっとした表情を浮かべる。
「その通りなんだけど…お前に言われると腹立つな」
「せいぜい過去の情けない自分を恨むんだな」
ニールが腕を組みながら鼻を鳴らす。正論なだけに言い返すこともできず、昴は顔を顰めながら目の前にあるお茶に手を伸ばした。
「それで?昴はこれからどうすんだ?」
優吾が食後のフルーツをつまみながら尋ねる。横からタマモがひょいひょいとフルーツを奪っているのには気づいていない。
「さっきも言った通り、王国があんまり信用できないからな。俺は独自に元の世界に帰る方法を探すつもり」
昴の発言を聞いたタマモが微妙な表情を浮かべる。それに気が付いた昴が優しく頭を撫でた。
「大丈夫。タマモを一人になんてしないからさ」
「…でも元の世界への帰り方がわかったらスバルは行ってしまうのじゃろう?」
若干目を潤ませながら不安そうに昴を見つめる。
「もしそうなったときにタマモの側に誰もいないときは俺の家に来ればいい」
「…うちなんかが行っていいのか?」
「当たり前だ。タマモは家族だからな」
「…えへへ」
タマモが頬を赤くしながら嬉しそうに俯く。そして気を取り直したように(優吾の)フルーツを食べ始めた。
一連の流れを見ていた優吾がにやにやと笑みを浮かべる。
「すっかりお兄ちゃんだな」
「うるせー。お兄ちゃんキャラはニールで腹いっぱいだっつーの」
「誰がお兄ちゃんキャラだ」
ニールがギロリと昴を睨みつける。しかしタマモを含めた全員に指をさされ、ニールは顔を歪めながら舌打ちをするとそっぽを向いた。
そんなニールは無視して、亘は眼鏡を拭きながら真剣な表情を浮かべる。
「私たちは王国の使いで来ていますから、ニールのお父さんと話したら一旦戻る予定ですが…その後はどうすればいいですかね」
「うーん…昴君の話を聞く限り、五年前の異世界人は元の世界に戻れていないわけだし。このまま王国にいてもしょうがない気がするな」
「俺は昴について行きてぇ!行きてぇけど…悔しいが俺にはその力がない。昴の足を引っ張ることになっちまう。ただでさえ姐さんの足を引っ張っちまってるからな」
優吾が悔しそうな顔でコップを机に置く。他の二人も似たり寄ったりな顔をしていた。
「その気持ちだけありがたく受け取っておく。俺は俺でできることをするから、お前らはお前らで王国の方を見張っていて欲しい。なにかあれば頼るから力を貸してくれ」
昴の言葉を聞いて三人は力強く頷く。
「まかせとけ!城にいる仲間たちは俺らが見とくから!」
「そうなると昴君と会ったっていうのは伏せておいた方がよさそうだね」
「あぁ、そっちの方が都合がよさそうだ」
「でも霧崎さんには…どうする?」
卓也が少し気まずそうに聞くと、昴の代わりに亘が答えた。
「私は黙っていた方がいいと思います。おそらく昴君が生きていると知れば霧崎さんは無理をしてでも昴君を探しに行くでしょう」
「そうだな…雫には申し訳ないが知らせない方向で頼む」
「いいのか?」
優吾が昴に視線を向けると、昴は苦笑しながら頷いた。
「次あった時に土下座してでも許してもらうよ」
「そうしろ!かなり心配してる様子だったんだからな」
優吾が笑いながら昴の肩を小突く。
「さて…問題はどうやって僕達が族長と面会するかだけど…」
「俺が明日もう一度族長と面会することになってるから、その場に優吾達も同席できるよう頼んでみるかな…いけると思うか?」
昴がニールの方を向くと、ニールは面倒くさそうに答えた。
「俺は谷を追放された身だぞ?わかるわけないだろ」
「まっそうだよな」
「…ただ親父はお前を気に入っている。それに優吾達も悪いやつらじゃない。スバルが頼めば親父も嫌とは言えないだろう」
「ニールがそう言うんなら…大丈夫かな?」
「さっすが’ジョーカー’!!竜人種のトップに気に入られるなんてすげぇな!!」
「‘ジョーカー’の名は伊達じゃないということですね。…ぷぷっ」
「…亘君は’ジョーカー’がツボなんだね」
「その名で俺を呼ぶのはやめろぉぉぉぉぉ!!!」
三人が楽し気に会話する中、昴の絶叫が《ドラゴンフード》に響き渡った。