40.信頼
信じられない事態にアホ面を浮かべながら放心状態の三人。死んだと思われていたクラスメートが突然現れたのであれば無理からぬ事ではあるのだが、それは美冬にとっても同じことであった。普段はほとんど変わらない表情が、今は大きく目が見開かれている。
「スバルの知り合いなのか?」
「あぁ、そうなんだが…なんか様子がおかしいな」
昴は三人を不思議そうに見ていたが、何かに気づいたタマモに袖を引っ張られ、振り向くとそこに両手を前に突き出した美冬の姿があった。
「あれ?美冬も来てるのか」
あっけらかんと言い放つ昴。その言葉を聞いても美冬はその場に根が生えたように動かないでいる。いまだに自分の見ているものが信じられない。自分は夢でも見ているのだろうか、そうであればこんな残酷な夢なんてない。
死んだと告げられた。もう会えないと思った。だから彼が残した友人をこの手で守ろうと決意した。
震える足を前に出すとその瞬間美冬の視界がぐにゃりと歪んだ。そのまま何も見えなくなりゆっくりと地面に倒れこむ。
「美冬っ!?」
突然倒れた美冬に驚いた昴が駆け寄ると、三人もやっと我に返り、状況が把握できないまま慌てて美冬の元へ向かった。
昴が優しく抱き上げた美冬は身体を力なくだらりとさせ、はぁはぁと息を荒くしている。顔を紅潮させ、額からは大量の汗が噴き出している美冬を抱えながら、昴が必死の形相で門番に話しかけた。
「門番さん!俺の判断で谷に入れていいとライゼンさんから許可はもらってます!こいつらを谷に入れてください!!」
「スバル殿がそういうのであれば!…私に何か手伝うことはあるか?」
「門を開けてくれれば大丈夫です!!」
「わかった!」
門番の男は昴に言われ、すぐに門へと移動すると縄を引っ張り開門した。昴は美冬を抱きかかえながら立ち上がると優吾達の方に顔を向ける。
「いろいろ言いたいことはあるだろうが、とりあえず俺についてきてくれ!話はそれからだ!」
「お、おう!」
「わかりました」
「わ、わかったよ」
三人が頷くのを確認するや否や昴は美冬を抱きかかえサクヤの家へと走り出した。
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部屋から出てきたミントに昴は不安そうに声をかけた。
「どうでした?」
そんな昴を安心させるようにミントが笑顔を向ける。
「ただの過労ね。何日か休めばすぐに良くなるわ」
「そう、ですか…」
身体の力が抜けた昴はほっと息を漏らす。昴の後ろに立っていた三人も安堵の表情を浮かべたのだが、そんな三人にミントがきつい視線を向けた。
「あなた達!あの子に無理させたでしょう?男の子なんだからしっかりしなさい!」
「「「はい…すいません」」」
三人は一様に肩を落とし、反省の意を示す。それを見たミントはニッコリとほほ笑んだ。
「反省しているみたいなのでよしとしましょう」
そう言うとポンポンと三人の頭を順番に撫でていく。こそばゆい気持ちになりながら三人は照れ臭そうに顔を赤らめた。
美冬が倒れてからすぐにサクヤの家に駆けこんできた昴を見て目を丸くしているミントに簡単な自己紹介と状況説明をすると、ミントは何も言わずに美冬をベッドに寝かしてくれた。そしてすぐに濡れたタオルや薬草を用意し、美冬の容態を診てくれたのだった。
「とりあえず立ち話もなんだからみんなリビングに来なさいな」
ミントが昴達をリビングへと招く。
「すいません。面会の途中だったので、少しだけ報告してきてもいいですか?」
「あぁ、そうだったわね。この子たちのこと気にせず行ってきて」
「ありがとうございます。タマモ、こいつらに話せる程度でいいからこれまでの事話しといてくれ」
三人を興味深げに観察していたタマモが昴に顔を向け、首をかしげた。
「この者達には話してしまってもかまわないのかの?」
「問題ない」
「了解なのじゃ!!」
ビシッと敬礼するのをタマモに頷き返すと昴は三人に視線を向ける。
「あー…わりぃ。すぐ戻るからちょっと待っててくれ」
「それはいいんだが…」
優吾がニヤリと笑いながら昴を肘で突っついた。
「やっぱり猫被っていやがったな?そっちが素ってことか!」
「…まっそういうことだ。また後でな」
昴は少しばつが悪そうな顔をすると、逃げるように家から出ていった。
昴が族長室に戻ると早速ライゼンが状況を尋ねてきた。優吾達に害はないこと、仲間の一人が過労で倒れたこと、その四人はサクヤの家にいることを伝えると、話は明日聞くから今日はそっちに戻ってやれ、とライゼンに告げられ、サクヤは倒れた美冬を気遣って一緒に戻ると言ってくれたので、昴は二人に感謝するとサクヤと共に急いで家に戻っていった。
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「…それでの!’ベヒーモス’が襲い掛かってきたところをスバルがズババっと…」
「‘ベヒーモス’を魔力が使えない状態でか!?」
「そ、それはすごいですね」
「楠木君って強かったんだ…」
「相変わらず無茶ばかりしている男だな」
リビングに戻ると優吾たちはミントの出してくれたお茶を飲みながらタマモの話を夢中になって聞いていた。なぜかニールも一緒になってタマモの話に耳を傾けている。
「なんでお前がいんだよ!!」
「おっ楠木!」
「おかえりなさい」
「今みんなで楠木君の武勇伝を聞いているところなんだ」
昴がニールにツッコミを入れると、戻ってきたことに気が付いた三人が声をかけてくる。ニールだけは冷たい目で昴を一瞥しただけであった。
「身支度をしに帰ってきたらタマモが面白い話をしていたんでな。今いいところなんだ。お前は引っ込んでいろ」
そう言うとニールはタマモに続きを促した。昴は頬をピクピクと動かしながら隣にいるサクヤに助けを求めると、サクヤは目を輝かせながら「私ももう一度話を聞きたいです!」と言って輪の中に飛び込んでいく。
同世代の可愛い女の子の登場により、三人がドギマギしながら名乗ると、サクヤも笑顔で自己紹介を返し、みんなで仲良くタマモの話を聞き始めた。
昴は深くため息を吐くと、一人リビングを後にし、美冬の寝ている部屋へと向かう。
美冬がいる部屋は昴の対面に位置する。サクヤの家には使われていない部屋がなぜかいくつもあり、その理由を聞くと「谷のお偉いさんが集団でうちに泊まりに来るから」と言っていた。帰れる距離に家があるだろうと昴は思ったのだがサクヤ曰く、「たまには鬼嫁から解放されたいんですって」ということらしい。どこの世界でも母は強しということだった。
昴は美冬を起こさないように静かに中に入ると、極力音を立てないようにゆっくりとベッドに近づいた。
「………昴」
「起こしちまったか?」
「………少し前に目が覚めた」
「まだ横になってろ。治りが遅くなるぞ」
「………うん」
起き上がろうとするのを昴が止めると、美冬は大人しく昴の指示に従った。言いたいこと、聞きたいことは山ほどあるはずなのに昴を前にしてなぜだか言葉が出てこない。
「急にいなくなったりして悪かったな」
「………昴はいつも勝手」
「反省してるよ」
昴は目を伏せ肩を落とした。なにを言われても悪いのは自分なので文句を言うことはできない。そんな昴の顔をジッと見つめていた美冬は微かに頬を緩めた。
「どうした?」
「………昔の顔に戻ってるから安心した」
美冬の言葉を聞いて、昴は照れ臭そうに視線を逸らした。こそばゆい気持ちになりながら無言になると、リビングから優吾達の笑い声が聞こえる。
「詳しい話はあいつらにしておくからお前は休んどけ」
「………わかった。優吾達は信頼できる」
素直に頷いた美冬を見て、昴が意外そうな表情を浮かべた。
「………なに?」
「いや、美冬が信頼するなんて珍しいなって思ってさ」
「………昴がいなくなって、優吾達は本気で落ち込んで本気で悲しんでいた。だから信頼できる」
「…そうか」
優吾や亘、卓也と話したのはこの世界に来てから、期間にして一ヵ月程度。それなのに、いやそれだからこそ、本気で自分を思ってくれたことを昴は嬉しく思った。
「それじゃあ俺はあいつらのところに戻る。ここは安全だから大人しく寝ていろよ?」
「………うん」
美冬が頷くのを確認すると、昴は部屋から出ていった。一人になった美冬は誰もいない部屋で昴の出て行った扉を見つめながら呟く。
「………生きていてくれて本当によかった」
そのまま笑みを浮かべると、ゆっくりと目を閉じていき、夢の世界へと落ちていった。