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異世界召喚されたらなぜかステータスが呪われていた  作者: からすけ
『龍神の谷』に住まうもの
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37.煉獄

「ギャァァァオオオオオオオオオォォォォォォ!!!!」


 今までで一番大きい咆哮を上げる。ビリビリと大気は震え、瓦礫は辺りに吹き飛んだ。その身体の芯から震え上がりそうな声は、怒りを越えて憎悪すら感じるものであった。


「まじか…」


 昴が茫然としたまま静かに呟くがそれに答える者はいない。皆一様に絶望に苛まれていた。

サクヤが昴に施したのは応急処置にすぎない。ニールに関しても、先ほど喰らった大火球のダメージは抜けておらず、ほとんど気力で戦っていた。


「そんな…お兄ちゃんの雷竜の咆哮(ライトニングブレス)でもダメだなんて…どうしたら…」


 サクヤの声は震えていた。先程のニールの攻撃は炎龍にダメージを与えたものの、致命傷を与えるには至らなかった。炎龍の怒りにあてられ崩れるようにその場にへたり込む。怯えるサクヤを庇うようにニールと昴が前に立った。


「サクヤ、大丈夫だ。俺達に任せろ」


「タマモ、奴の炎はまかせた。魔力を溜めておいてくれ」


「なっ…お兄ちゃん!?」


「了解なのじゃ!!」


 サクヤは驚愕の表情を浮かべ、タマモは元気よく答える。二人が現実逃避していたのはほんの一瞬、すぐさま立ち直ると、既に身体は戦闘態勢に入っていた。


「“雷帝(らいてい)”」


「“烏哭(うこく)”」


 二人はそれぞれ魔法を唱え、身体強化を自身に施す。絶望的な苦境に立たされた二人だったがまだその目は死んではいなかった。雷を纏う兄と、黒い気を滾らす昴が並んで立っている姿が幻想的なもののようにサクヤの目には写る。


「…勝算は?」


「ねぇな」


「ふっ…だろうな」


 二人は炎龍を見据えたまま笑みを浮かべると、そのまま突撃した。炎龍は身体全体に炎を纏い、向かってくる昴達を攻撃する。際限なく跳んでくる火球をタマモが必死に打ち消していく。昴は左から、ニールは右から、少しでも炎龍の体力を削ろうと自身に攻撃が当たることも厭わず攻撃し続けた。

 先程までは殆ど動かず、【火属性魔法】で昴達と戦っていた炎龍だが、ニールの攻撃が逆鱗に触れたのか山を崩す勢いで暴れまくる。二人はボロボロになりながらそれでも攻撃の手を緩めなかった。



 サクヤはその光景を見て何故だか涙が止まらなかった。自分を守るために戦っていることが嬉しくて、自分は何もできないことが悔しくて。湯水のごとく溢れ出す涙はとどまることを知らなかった。


「大丈夫じゃ」


 隣で炎龍の魔法を抑えているタマモが優しく話しかける。


「どんな絶望的な状況だって覆す、どんな苦境も乗り越える、スバルはそういう男じゃ!サクヤの兄もそうであろう?」


 そうだった。どんなに強い敵がいようとも、どんなに辛い状態にあろうとも、兄はそれをすべて看破してきた。そんなニールは自分の自慢の兄であり、憧れであり、誇りでもあった。

 そんなニールの妹であるこの私がこんなところで泣いているだけでいいのか?ただただ指をくわえて見ているだけでいいのか?助けてもらうことしかできずないでいいのか?


 サクヤは決意を固め、自分の目をぬぐうと、力強く立ち上がった。


「タマモさん、私も戦います」


 サクヤがきっぱりと言い切ると、炎龍の炎を必死に消していたタマモが慌ててサクヤの顔を見る。


「戦うって…サクヤは戦えるのか!?」


 タマモの言葉を聞いてゆっくりと首を左右に振った。


「私には兄やスバルさんのような力はありません。でも守られているだけなのは嫌なんです…私も戦いたい!!」


 精悍な顔をしているサクヤを見て、タマモが笑顔を向ける。


「うむ!やらないよりやった方がいいのじゃ!!」


「はい!!でもどうしたら…」


 昴もニールも炎龍の体力を削り続けている。いつかその体力が尽きて倒れることだけを頭の中に描いているのだろう。しかし炎龍の体力はおそらくサクヤ達の想像を遥かに凌駕する。その体力を少しでも減らすことができれば…。そこまで考えてサクヤはハッとした表情を浮かべる。


「…タマモさん。無駄かもしれないけど試したいことがあります」


 タマモがサクヤの顔を見る。その顔は何か秘策がありそうだった。タマモは力強く頷くとニカッと白い歯を見せた。


「何かあったらうちが助ける!何でもやってみるのじゃ!!」


「はい!!」


 力強く返事をしたサクヤは鋭い視線を炎龍へと向けた。




「く、そっ…こいつ、本気を出したら手が付けらんねぇな」


 ギリギリで攻撃をを躱すも、纏っている炎が昴に襲い掛かる。マルカットにもらった’ブラックウルフ’のコートがなければとっくの昔に焼け焦げになっていただろう。膨大な数の火球にタマモも処理が追い付かないのか、昴達目がけて飛んでくるようになっていた。目の前に迫る火球をジャンプで避けると、それを見計らっていた炎龍が爪を突き出す。


「やばっ…!!」


 空中では体勢が変えられず、身体の前に’鴉’を構え防ごうとすると、横から炎龍の爪を’ファブニール’が弾いた。軌道がそれた爪は昴の頬をかすめていく。


「わりぃ!」


「油断するな!一瞬で持っていかれるぞ!!」


 かくいうニールも致命傷は受けていないにしろ、銀の鱗が赤い血にまみれている。昴も似たようなものであり、いつ戦闘不能に陥ってもおかしくない状況であった。

 昴が炎龍の顔面目掛け"鷲風(しゅうふう)"を放つも、全く意に介さず、食いちぎろうと炎龍が鋭い牙を突き立てた。あんな牙に貫かれたらひとたまりもない、と昴がその牙に沿って’鴉’を動かし受け流す。その先にいたニールがその顔に槍を突き刺そうとするが、硬い皮膚に阻まれ奥まで通らない。炎龍は魔力を滾らし、自分の身体を爆発させ二人を吹き飛ばした。


「ぐっ!!」


「がはっ!!」


 そのまま爆風に吹き飛ばされ地面に叩きつけられる。その衝撃で身動きをとることができない二人に、止めとばかりに炎龍が尻尾を叩き落とそうとした。昴もニールも迫りくる尻尾を前に思わず目を身を固める。


 その時、一瞬炎龍の動きが止まった。


 二人は慌てて地面を転がり、尻尾の下から抜け出すと、少し遅れて尻尾が地面に叩きつけられる。それを見た昴が訝しげな表情でニールに話しかけた。


「ニール…今」


「あぁ…炎龍の動きが明らかにおかしかった」

 

 ニールも腑に落ちない様子で炎龍を見つめている。炎龍は昴達に追撃しようとするも、その動きは先ほどに比べて精彩を欠いたものであった。二人は攻撃を余裕で躱し、様子のおかしくなった炎龍を注意深く観察する。炎龍はどこか苦しそうに咆哮を上げ、攻撃の手を止めた。


「何が起こってんだ?」


 突然の炎龍の異変に昴は戸惑いを隠せない。


「お兄ちゃん!!スバルさん!!」


 サクヤに呼ばれ、二人は同時に振り向いた。


 そこには華麗に舞を踊るサクヤの姿があった。流れるように身体を動かし、蝶のように腕をはためかせ、銀色の髪がサラサラとなびく。見るものすべてを魅了するその舞は、サクヤの美しい銀髪とあいまって荒野に咲いた一輪の白妙菊(しろたえぎく)のようであった。昴はその美しさに思わず目を奪われる。


「巫女の舞…そうか!」


 昴の隣でニールが何かに気が付いたように声を上げ、昴もそれで我に返る。


「サクヤが巫女の舞で炎龍を弱らせているんだ。おそらく奴は得体のしれない脱力感に襲われている」


「眠っている龍神のエネルギーを吸い取る、確かそうだったよな。起きている相手にも効くのか」


「あぁ、だが…」


 ニールが険しい表情を見せる。ニールの言わんとしていることは分かった。


「確かエネルギー量が多すぎて頻繁にはできないって話だったな」


「おそらくサクヤも長い時間はもたないだろう」


「だったら弱っている今のうちやるしかねぇ!!」


 昴が勢いよく飛び出し、ニールがそれに続いた。動きが鈍くなった炎龍の攻撃を躱しながら、今までは近寄ることも許さなかった一番柔らかいであろう炎龍の腹へと辿り着く。


「"豪鸞(ごうらん)"!!」


「"雷光一閃(らいこういっせん)"!!」


 二人が同時に強力な攻撃を繰り出す。炎龍は身体をのけ反らせるも、倒れるのは至らず、苦しそうに尻尾を振った。


「だめだ!!火力が足りない!!」


「まだだ!!」


 昴は尻尾を避けつつタマモに声をかける。


「タマモ!!魔力は十分か!?」


「たらふく炎を吸収させてもらったからの!!いつでもいけるのじゃ!!」


「俺の合図で奴の顔面にぶっ放せ!!」


「了解なのじゃ!!」


 タマモが魔力を練り始めると、昴は隙を伺いながら炎龍に攻撃を仕掛ける。黒い刃が防御が手薄になった炎龍の鱗を剥ぎ取っていった。


「"雷光線(らいこうせん)"!」


 ニールは鱗がはがれたところに雷のレーザーを打ち込む。たまらず怯む炎龍。その一瞬を昴は見逃さない。


「ニール!!離れろ!!タマモ!!今だっ!!」


「"全てを無に帰す獄炎(インフェルノ)"!!!!」


 昴の声に反応して距離をとったニールを確認するとタマモが最上級魔法を放つ。炎龍はその極大の炎の奔流を顔面で受け止めた。


「そのまま魔力を放ち続けて俺に委ねろ!!」


「スバルッ!?」


 昴はそう言うと炎の中に飛び込んだ。それを見たタマモが悲鳴に近い声を上げる。

 炎の中にいても昴はそこまで熱さを感じなかった。タマモが咄嗟に炎をコントロールして、炎龍だけにむくよう仕向けているのだ。


「ったく…いつの間にこんなに上達してんだよ。俺も負けてらんねぇな」


 昴は’鴉’をゆっくりと前にかざす。


「"幻鷺(げんろ)"」


 昴が唱えた魔法はマルカットと共にガンドラの街に入るときにステータスプレートに細工をしたもの。本来、魔法契約などを塗り替える魔法なのだが、昴はこの魔法を他に活かせないか常々考えていた。そんな中一つだけアイデアがあったのだが、まさかぶっつけ本番で使うことになるとは昴自身予想もしておらず、自分の無茶っぷりに思わず苦笑いを浮かべる。


「さて上手くいくかどうか」


 "幻鷺(げんろ)"によりタマモの炎がだんだんと黒く蝕まれていく。これほど強力な魔法、一朝一夕で塗りつぶせるわけがないのだが、タマモが昴の言いつけ通り魔法を委ねている証拠であった。

 全てが黒く染まったとき、タマモの魔法は奇麗に消え去り、そこから双刀に黒い炎を纏った昴が現れた。


「こいつで(しま)いだ!!”煉獄(れんごく)”!!!」


 交差させていた腕を思いっきり振りぬく。'鴉'から放たれた極大の黒炎による刃を見た炎龍は目を見開き、慌てて口から炎を吐いた。しかし'煉獄(れんごく)はその炎を飲み込み、炎龍の首をやすやすと跳ね飛ばす。それだけではとどまらず、この荒れた山を真っ二つに切り裂いた。

 どこまで続いているのか検討もつかないほどの亀裂を見てあまりの威力に全員が呆気に取られた表情を浮かべる。技を使った本人ですら山に走った切り口を他人事のように眺めていた。

 炎龍の首が地面に落ちるのとほとんど同時に昴は地面に着地する。そのまま倒れるように地面に寝そべると、じっと’鴉’を見つめていた。


「ははっ…とんでもねぇ威力だったな」


 独りごちる昴のもとにニールがやって来るとスッと手を差し伸べる。


「神を殺すとは罰当たりな奴め」


「うるせーよ」


 昴は笑みを浮かべながらその手を掴み起き上がった。二人とも顔を綻ばしている。


「スバルー!!!」


 タマモが大きな声を上げながら勢いよく飛び掛かり、昴はボロボロの身体でそれを受け止めた。


「いてて…タマモ、俺は傷だらけなんだから少しは───」


「すごいのじゃ!すごいのじゃ!すごいのじゃ!!今のはいったい何なんじゃ!!?」


 昴の言葉など全く聞いていないタマモにため息を吐くと、駆け寄ってきたサクヤに目を向ける。


「すごいです!!かっこよかったです!!スバルさんは本当に人族ですか!?」


 こちらも目をキラキラと輝かせていた。困り果てた昴がニールの方に助けを求めると、ニールは黙って炎龍の亡骸を見つめている。ニールは静かに目を瞑り、炎龍に黙祷を捧げると、昴達の方へ向き直った。


「龍神のことを報告しなければならない。とりあえず谷に戻るぞ」


 ニールの言葉に皆頷くと、谷に向かって歩き出した。


「スバル」


 そんな中、ニールは昴を呼び止めた。昴が不思議そうな顔をすると、なにやらニールが微妙な表情を浮かべながら鼻をかいている。


「なんだよ?」


「あー…なんだ…」


 なんとなくはっきりしないニールに昴は眉を顰める。ニールは咳ばらいを一つし、歩き出すとすれ違いざまに小声で呟いた。


「ありがとな」


 昴はキョトンとした顔で離れていくニールの背中を見ていたが、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべるとニールに近づき肩を組む。


「なんだよ。素直にお礼が言えるんじゃねーか」


「うるさい。黙れ。離れろ」


「まぁまぁ。お前ら助けるためにこんな大怪我したことだし?無料(ただ)っていう訳にはいかねーよな」


 もったいぶった言い方をする昴を見て、ニールはばつが悪そうな表情を浮かべた。


「…望みはなんだ?」


「そうだな…お前の妹の命にお前の命に、谷も救ったんだからな…それに見合う報酬となると…」


 何かとんでもないものを要求される、とニールが身構えていると、顎に手を添えて考えていた昴がニヤリと笑みを浮かべた。


「帰ったら飯おごれや」


 ニールが一瞬意外そうな表情で昴を見たが、すぐに笑みを浮かべると昴の腕を払いのけた。


「…お前にはもったいないほどのうまい店に連れて行ってやるよ」


 そう言うとニールは昴の腕を払いのけタマモ達の方へと歩いていく。


「素直じゃねぇ奴…」


 呟いた言葉とは裏腹に楽し気に笑いながら昴もその後を追った。

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新連載、完結しました!(笑)『イケメンなあいつの陰に隠れ続けた俺が本当の幸せを掴み取るまで』もよろしくお願いいたします!!
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