36.竜の咆哮
正体不明の敵からの攻撃によって空を見上げる形になり、”炎龍の咆哮”は彼方へと飛んでいく。炎龍は自身を邪魔した相手をギロリと睨みつけた。そこには黒いコートを着て、両手に二本の黒刀を携えた男が立っている。
「首を吹き飛ばす勢いで斬ったのに…なんつー頑丈さだよ」
昴は呆れたように呟いた。今の一撃は紛れもない昴の本気。”烏哭”によって強化した状態で相手の死角から’豪鸞’をお見舞いした。’ストームドラゴン’を吹き飛ばした大技も、炎龍にとっては少し強く殴られた程度のダメージ。
「ギャァァァオオオォォォォ!!」
「こいつはたしかに伝説かもな」
炎龍が昴を叩き潰そうと繰り出してくる前足を器用に避けながら魔力を練る。ピョンピョンと跳ねまわる敵に業を煮やした炎龍は、身体を半回転させ尻尾で地面を薙ぎ払った。
「まじかっ!?“雉晶”!!」
咄嗟に出した二枚の黒い盾は尻尾に当たるといとも簡単に砕け散ったが、昴までは攻撃は届かなかった。それでも勢いは消すことができず、後方へと吹き飛ばされる。
「“鴒創”」
空中で炎龍の方に手をかざしながら魔法を唱える。現れたのは三十体の黒い昴。それらは地面に降り立つと同時に全員が別々の方向へと走り出した。炎龍は突然増えた敵に戸惑いつつも黒い昴達に攻撃を加えていく。
昴は炎龍の気を逸らしたことを確認し、飛ばされた勢いを利用してニール達のもとへと移動した。
「タマモ!大丈夫か?」
「こ、これくらいへっちゃらなのじゃ!」
タマモは満身創痍の様子で地面に腰を下ろしている。昴は”アイテムボックス”から魔力ポーションを取り出し、タマモと少し後ろにいるニールに投げ渡した。ニールが無言でそれを受け取るが、眉間にしわを寄せ、何か言いたげな表情で昴を見ている。
「何か言いたそうだな?」
「………なぜ来た?」
タマモにしたものと同じ質問をする。昴はニールに顔を向けるとその腕に抱えられているサクヤに視線をずらした。
「…どうでもいいけど早く放してやったら?苦しそうだぞ」
昴に指摘され自分の腕の中にいる妹に目を向ける。先程まで気づく余裕がなかったのだが、ニールに思いっきり抱きしめられているため、サクヤは呼吸ができずじたばたともがいていた。ニールは慌ててサクヤを掴んでいた手を解く
「ぷはっ!!苦しかった…」
酸欠寸前だったサクヤは大きく深呼吸すると、ものすごい剣幕でニールに詰め寄った。
「お兄ちゃん!!龍神様の攻撃はどうなったのっ!!?」
「サクヤ、落ち着け。周りをよく見てみろ」
「えっ…えぇ!?」
ニールに言われ視線を動かすと、そこに昴とタマモの姿を見つけ、あまりの驚きに手を口に添えたままサクヤは固まった。
「っと、こんなことしてる場合じゃなかった。おい、さっさとそれを飲め」
昴がニールの手にある魔力ポーションを指さす。渋々といった様子で口をつけると、先ほどまで全くなかった己の魔力がある程度まで回復するのを感じた。
「よし。タマモはあそこまで高出力の魔法を使ったから当分動けないだろう。そこでサクヤを守っていてくれ」
「おい」
勝手にどんどん話を進める昴をニールが止める。昴はうっとおしそうに舌打ちをしながらニールの方へ顔を向けた。
「なんだよ?悠長にしている時間なんかねぇぞ?」
「俺の質問にまだ答えてないだろ!なぜここにきたっ!?」
真剣な表情を浮かべ怒声を上げるニールに対し昴はいたって平常運転。そんな昴に何故だか苛立ちを募らせるニール。
「ここで龍神と戦って無事でいられると思うのか!?仮に倒せたところでお前は谷にはいられなくなる!そうすればお前の目的は達成でいないだろ!なぜ無関係なお前たちがここにきてしまったんだ!!」
それは巻き込んでしまったことによる自分への怒り。不器用ながらも昴達を慮って言っていることは昴にも伝わった。サクヤも不安そうに二人を見つめている。
昴は自分の頭をボリボリかくと、一つため息を吐いた。そしてそのままニール達に背を向け、炎龍を見据える。
「おい!!」
「俺はこんな得体も知れない俺達に優しく接してくれたサクヤと…どっかのバカを死なせたくないだけだ」
それだけ言うと昴は炎龍に向かって駆け出した。黒い昴の数はもう片手で数えるほどしか残っていない。
ニールは唖然としながら昴の背中を見ていたが、後ろで聞いていたタマモが楽しそうな口調で告げる。
「あれがスバルなんじゃ。普段は面倒くさがってばっかりなのじゃが、結局自分から面倒ごとに首を突っ込んでしまう…ニールと同じバカ野郎じゃな!」
それを聞いたサクヤはクスリと笑った。
「本当…お兄ちゃんとそっくり」
「………誰があんな奴とそっくりなものか」
ニールは身体に雷を落とすと、それを鎧のように纏う。”雷帝”を使用したニールの顔には不敵な笑みが浮かんでいた。
「人族風情に後れを取るような俺じゃない!!」
翼が使えない今、ニールは光の軌跡を残し、地面を駆けていく。そのまま黒いオーラを纏う昴の横につけるとおもむろに口を開いた。
「獲物の横取りは許さんぞ、スバル」
昴は名前で呼ばれたことに驚き、ニールの方へ顔を向ける。何かが吹っ切れたようなニールの顔を見るとニヤリと笑った。
「知らねぇのか?こういうのは早い者勝ちなんだぜ?ニール」
そう言うと右手の拳をニールに向けた。ニールは一瞬呆気にとられたが、フンッと不機嫌そうに鼻を鳴らすと自分の左拳を昴にぶつけた。
それを合図に二人は左右に別れる。黒い昴をすべて消滅させた炎龍は向かってくる二人に雄たけびを上げた。それと同時に無数の"飛来する火球"が出現する。二人はやってくる火球を迎撃するため武器を構えるが、その全ては後方へと飛んでいった。昴とニールは同時に足を止め振り返ると、その後ろからサクヤとタマモが走ってきているのが目に入る。二人は慌てて戻ろうとするが、タマモが大きい声でそれを制した。
「大丈夫じゃ!!うちらに考えがある!!スバル達はそのまま突っ込むのじゃ!!」
それを聞いた昴は迷いなく炎龍に向かって走り出した。ニールは少し困惑していたが、後ろを気にしながらも前へと進んでいく。
タマモは飛んでくる火球に意識を集中させると、走りながら両手を前に突き出した。
「さっきのでっかい魔法は無理じゃったが、これくらいなら」
タマモたちに向かって飛んでいった火球は二人に触れる前にどんどんと消えていく。その度にタマモの魔力は回復していった。それを見た炎龍は驚愕に目を見開く。
「よし!やっぱり吸収できたのじゃ!!」
「す、すごいです!!タマモさん!!」
サクヤが感嘆の声を上げる。タマモはそれに照れながらも炎龍の放った"飛来する火球"をどんどん吸収していった。
昴はタマモが吸収する様にチラリと目を向けると、走っているニールに声をかける。
「ニール!!見ての通り弱い【火属性魔法】はタマモが消すから無視して構わねぇ!!」
「あぁ!!正直驚きを隠せないが今はとにかくありがたい!!」
火球が消えた時には目を丸くしていたが、今は炎龍に集中している。炎龍は意地になって次々と"飛来する火球"を生み出し続けていた。
「“鷲風”!!」
「"雷光瞬塵槍"!!」
昴とニールは炎龍の両側から同時に攻撃する。二人の攻撃は鱗を傷つけるにすぎず、皮膚の奥までは届かない。
「こいつどんだけ硬いんだよ!?」
昴は悪態をつきながらも攻撃を続ける。払いのけるように振るわれる前足を回避し、炎龍の正面に立った。
「スバル!!少しの間気を引け!!」
昴が声のする方に目を向けると、そこには攻撃をしながら炎龍の背中を目指すニールの姿があった。
「気を引けって、簡単に言ってくれるぜ…"飛燕"!!」
昴は炎龍の攻撃をかわしながら‘鴉’を振りまくった。生み出された無数の黒い刃がすべて炎龍の顔へと飛翔する。大したダメージはないが、あまりの鬱陶しさに炎龍は怒りをこめた視線を昴に向け、前足を狂ったように地面に叩きつけた。地面は割れ、石つぶてが飛び交うも、昴は躱しながら”飛燕”を撃ち続ける。
昴が猛攻を仕掛ける中、ニールは翼の付け根にたどり着き、そこから大きく跳躍した。
「離れろっ!!」
ニールが怒声を張り上げる。昴はそれを聞き、距離を取ろうとしたが、そのタイミングで炎龍は尻尾を横なぎにした。"雉晶"を出す暇もなくモロにそれを喰らった昴は、そのままものすごいスピードでふき飛ばされ、受け身もとれぬまま地面に突き刺さる。
「スバルっ!!」
「スバルさん!!」
タマモとサクヤが昴の下へと駆け寄る。ニールも昴の安否が気になったが、この千載一遇の好機、逃すわけにはいかない、と二人に任せ、ニールは【竜気】を高めた。この【竜気】とは竜や竜人種にのみ存在する力であり、これを放出することで竜の血を持つ者のみがある技を使うことができる。
「これで終わりにしてやる」
ニールは真下にいる炎龍に向かって両の掌底を合わせ手のひらを開いた。
「くらえっ!!雷竜の咆哮!!!」
ニールの手のひらから放たれたのは雷の集合体。一つ一つが合わさり極太の雷となって炎龍に降り注ぐ。あまりの雷光に走っていたタマモたちは思わず目を覆った。
「ギヤァァァァァァァ!!!」
空気中にすさまじい雷鼓と炎龍の叫び声が響き渡る。それは神々による天から放たれた裁きの雷のようであった。
しばらく続いていた雷の大砲撃が消えると、プスプスと身体中から煙を出しながら炎龍は地面に倒れ伏した。それを確認したニールは炎龍から離れたところに着地すると、急いで昴の下へと向かう。
「大丈夫か?」
ニールが昴のもとに着くと、丁度タマモたちに抱えられながら立ち上がるところであった。
「あばら二、三本ってとこだ」
「なら問題ないな」
あっさりと言い放ったニールに昴がジト目を向ける。
「サクヤ、お前のお兄ちゃんは冷たいやつだな」
「動かないでください!今治療します!!」
軽口が叩けるくらいには元気なようでニールはほっと胸をなでおろした。サクヤが昴の身体に手を添え、必死に"水の癒し手"を唱える。昴は痛みに耐えながらタマモの方を見ると、耳をピクピクと左右に動かしながらなにやら浮かない顔をしていた。
「どうしたタマモ?」
「うむぅ…なんかモヤモヤするというか…ザワザワするというか…」
タマモは自分自身も何を言っているかわからない様子で腕を組み、首をかしげていた。昴は一瞬眉をひそめたが、タマモの【第六感】のスキルを思い出し、ハッとした表情で炎龍に顔を向ける。そんな昴につられるように皆も振り返ると、全員が言葉を失った。
身体のいたるところが焼けこげ黒ずんでいる炎龍が憤怒の形相でこちらを睨んでいた。




