35.一緒にいたい理由
滑空するように翼を広げ炎龍に向かっていくニール。途中で"雷帝"を纏い、その速度は光速にいたる。
ピシャン!!
凄まじい雷鳴と共に銀の雷となったニールが炎龍に直撃する。翼を盾にした炎龍だったが'ファブニール'に貫かれた場所は黒ずみ、翼膜が破れていた。それを見たニールが腹立たしそうに舌打ちをする。
「身体を貫いてやるつもりだったが、どこまで硬いんだ」
愛槍を前に突き出し、そのまま貫通するつもりだったが、翼膜を破り、鱗に触れた時点でニールは弾き飛ばされたのだ。
特にダメージは負っていないのだが、翼を傷つけられた事に腹を立てた炎龍が一吠えすると、三桁を超える数の火の玉が空中に現れる。炎龍にとっては野球ボール程度の大きさしかないのだが、普通の人から見れば一発一発が自分の身体よりもでかい大火球。
炎龍の周りを光速で飛行していニールは後退を余儀なくされた。飛んでくる火球を一つ一つ槍で貫こうとするも、触れるとニールを巻き込み爆発する。
恐らく直撃するのに比べれば軽いのだが、それでもダメージを受けないわけではない。
「かなり負担がかかるがやるしかない」
ニールはサクヤの方に火球が飛ばないように気にしながら魔力を練り上げた。
「"武甕雷"」
全ての火球を自分の近くに誘導すると、槍の真ん中を持ち、高速で回転させた。そんなニールのことは御構い無しといった感じで炎龍の放った火球が次々とニールにぶつかり爆発していく。
「お兄ちゃんっ!!」
ニールに連続で火の玉がぶつかり、爆発する様を見てサクヤが大声をあげた。かなり遠くで戦っているにもかかわらず爆風がここまで届く。爆煙が晴れるとサクヤの目に飛び込んできたのは雷でできた球体の中にいるニールの姿。爆発によるダメージは受けていない様子。それを見たサクヤは安堵するよりも不安そうな表情を浮かべた。
「あれは…お兄ちゃんの"武甕雷"…?お兄ちゃんが本気で防御しなきゃならないほどの攻撃なの…?」
"武甕雷"はニールの唯一にして絶対の防御魔法。全身が電気の膜でできた球体に包まれ、そこに触れたものは例外なく塵となる。そのまま動くこともできるので敵にぶつかればそれだけで致命傷にいたる、まさに攻防一体の防御魔法。強力無比な魔法であるが、その分かなりの魔力をつぎ込む必要があった。
「お兄ちゃん…」
サクヤは祈るような思いで兄を見ることしかできない自分がどうにも歯がゆかった。
"武甕雷"状態のニールは身体に届くことのない火球を無視して炎龍に突進すると、少しずつ、だが確実に炎龍の鱗を剥いでく。
炎龍は周りを飛び回り、チクチクとついてくる蚊トンボに若干苛立ち始めた。
「ギャオオオォォオオオォオォオオ!!!」
天に向かって咆哮をあげると、炎龍を中心に炎の渦が広がっていく。近くにいればそれだけでなんでも焼失してしまいそうな炎は、何物も通さないとされている"武甕雷"の中にいるニールにもダメージを与えるほどであった。
「ちっ…なんて火力だ」
炎の渦に触れたのは一瞬、それでも内部にいるニールに炎は通らなかったものの、その圧倒的な熱量が襲いかかった。
ニールは炎龍のはるか上空まで飛び上がり、"武甕雷"を解く。【竜神化】と"雷帝"、そして"武甕雷"を併用したせいで、かなりの魔力と体力を消費した。
「こんなんじゃ身体がもたない。作戦変更だ」
ニールは空中で身体を固定し、眼下にいる炎龍を睨みつける。
「幸いあいつは飛べないみたいだな」
長期間翼を使わなかった代償に加え、最初の攻撃で翼膜を破られた炎龍は飛ぶことができない。そのニールの読みは当たっており、上空に移動したニールを炎龍は忌々しそうに睨んでいる。
ニールは両手で'ファブニール'を持つと魔力を通した。自分の鱗を使った武器なだけはあり、魔力伝導率は百パーセントで魔力の移動を行うことができる。
「"雷光線"!!」
昴に放った光速の突き、"雷光一閃"に近い動きだったが、最大の違いは遠距離攻撃であるということ。'ファブニール'の先端から一筋の雷がレーザーの如く飛び出す。それを連続で行うとまさに光の雨、逃げ道などどこにもない。
炎龍は落ちてくるレーザーに向かって口を開くと、極大の炎弾を放った。
ニールのレーザーは炎弾を貫き炎龍へと降り注ぐ。そのため炎弾の威力が死ぬことはなかった。
それを見たニールは避ける事を諦め、当然"武甕雷"も間に合うはずがないため、身体の前で腕を交差させ、翼も使い、完全な防御体勢をとる。
着弾はほぼ同時。ニールの方ではとてつもない爆音が、炎龍の方では雷が鱗を穿つ音がそれぞれ響き渡った。
爆風に吹き飛ばされたニールがスレスレで身体をひねり、なんとか着地面に叩きつけられるのを回避する。しかし今のダメージはかなり深刻であり、左翼が焼け焦げもう飛ぶことはできなかった。全体的に火傷が酷く、【自己治癒能力】を持つニールですら、回復には時間を要するほどの重症。
「お兄ちゃん!!」
飛ばされたのがサクヤの近くだったため、慌てて駆け寄ってくる。
「来るなっ!!」
正直来たところでなんの戦力にならない、そう思ったニールが止めても一切聞かずに隣まで来ると火傷に手を添える。
「ギランダルさんに少しだけど【水属性魔法】を習っているから!"水の癒し手"」
焼け爛れていた鱗が少しずつ良くなっていく。自分の知らないところでいつのまにか成長していた妹を見てニールは少し驚いていた。そして必死に手当をするサクヤに暖かい眼差しを向ける。
「お前に世話になるとはな」
「だって妹ですから」
「ふっ…生意気な事を言う」
一瞬、ほんの一瞬だけ気を抜いたせいで反応が遅れる。その遅れが致命的であった。
全身の鱗がビリビリとありえない魔力量を感知する。サクヤとニールが同時に顔を向けると、雷にやられたのか、身体の至る所から煙を出す炎龍がこちらを向いて口を開いていた。
明らかに”竜の咆哮”の構え、空間が捻じ曲がっているように見えるほどの魔力がそれを正解だと告げる。
ニールは咄嗟に後ろを向くとサクヤを抱き寄せる。自分が盾になり、なんとしてでも妹だけは助けたかった。
「サクヤ」
腕の中にいる妹に声をかける。その声色は優しさにサクヤは思わずビクッとした。
「不甲斐ない兄ですまないな」
「お…兄ちゃん」
サクヤの声は震えていた。ニールが抱きしめる腕に力を込める。
「安心しろ。命をかけてお前を守る」
ニールは自分の魔力を絞り出すと背中に集中させた。
魔力の充填も終わり、それを一気に口から解放する。竜だけに許された破壊の一撃、”竜の咆哮”をさらに昇華させた”龍の咆哮”。まさに破壊の権化。荒地をえぐりながらニール達の所へ放たれる”炎龍の咆哮”はその全てを飲み込み、触れたものを区別なく灰燼と化す程の威力。
背中に膨大なエネルギーを感じ、ニールは来る衝撃に備えて身体に力を込める。どんな攻撃からも最愛の妹を守るために。
しかしその瞬間は訪れなかった。
「"全てを無に帰す獄炎"ォォォ!!!」
ニールの視界の端に金色の髪がなびく。その手から放たれているのは、小柄な身体からは想像もできないほどの巨大な豪炎。それが”炎龍の咆哮”を受け止める。
「なっ!?タマモ!?」
ニールがサクヤを抱きしめたまま驚きの声を上げた。だが全力で魔法を放つタマモはそちらを見る余裕はない。
「ぐぬぬ…き、強力なのじゃ…!!」
タマモが必死に足を踏ん張るもじりじりと押されていくのを見て、ニールが助太刀に入ろうとする。
「そ、そこでサクヤを、ま、守るのじゃ!!」
タマモの切羽詰まった声にニールはその動きを止めた。魔力の切れたニールの手助けなど焼け石に水。それならばタマモと炎龍の攻撃の余波からサクヤを守る方がいい、とタマモは判断した。ニールもわかっているのだが、タマモ一人に重荷を背負わせている自分が許せなかった。
「なぜ来たっ!?相手が誰なのかわかっているのか!?」
そんな思いが漏れてしまっているのかニールが怒鳴り声に近い声を上げる。タマモが顔を真っ赤にしながら更に魔力を高めた。
「う、うちは、こ、答えに来たのじゃ!!」
【魔力増幅】のスキルにより何倍にも強化された"全てを無に帰す獄炎"だからこそ止められているのであって、少しでも気を抜けば、後ろにいるニール達もろとも灰になる。しかし【魔力増幅】は威力に比例して消費魔力も爆発的に増えていくため、魔力量の多いタマモであってもそう長くは持たない。
「何を言っている!?このままだと死ぬぞっ!!」
それがわかっているからこそ、ニールは焦燥から更に声が荒くなる。タマモは歯を食いしばりながら攻撃に耐えながら、こちらを心配そうに見ているニールに話しかけた。
「ニールは今朝、う、うちに聞いたであろう?な、なぜスバルと一緒にいるのか」
「なっ…!?」
確かに聞いた。朝、稽古中の昴を見ているタマモに、亜人族のタマモがなぜ人族の昴なんかと一緒にいるのか、どうしても理解できずに自然と口に出た。
「そんなことはどうでもいい!!お前だけでも逃げろ!!タマモ!!」
だが今のニールにとって一緒にいる理由よりも、自分のせいでタマモを死なせてしまうことの方が重要であった。タマモがニールに視線を向けるといつもの冷静な雰囲気を微塵も感じさせず、必死になってタマモを説得しようとしている。そこにニールの優しさや温かみを感じた。
ただどうしても伝えたかった。自分が昴と共にいる理由をどうしても知ってほしかった。
そろそろ魔力が限界に近い。タマモは全身から汗を吹き出しながら、それでも口角を上にあげた。
「う、うちがスバルと一緒にいる理由はな」
タマモの視界に何かが映った。それを見たタマモは満面の笑みを浮かべる。
「うちが一緒にいたいからじゃ」
その瞬間、黒い影が”炎龍の咆哮”を放つ炎龍の顎を思いっきりかち上げた。




