32.族長との面会
昴達が族長のいる集会所まで行くと、入り口でギランダルが待っていた。
「来たか…では行こう。ついて来たまえ」
ギランダルについて建物に入って行く。かなり大きな建物なのに人の気配は全くせず、内部は静寂に包まれていた。ギランダルは建物の中で一番大きな扉で立ちどまると、昴達の方へ振り返る。
「ここが族長室になっている。くれぐれも失礼のないように」
「わかりました」
「………わかったのじゃ」
タマモは先ほどサクヤを見てから、耳を垂らして元気がない様子。この三日間でタマモとサクヤはかなり仲が良くなっていたにもかかわらず、あんな切なげな笑顔を見てしまったのだから無理もない。昴はそんなタマモの頭を優しく撫でる。
ギランダルがノックをすると中から重厚な声が聞こえた。それを確認し、ゆっくりと扉を開ける。
その途端、タマモは身動き一つ取れなくなった。
原因は目の前で両指を組んで座っている銀色の髪をした壮年の男。なんとなく顔立ちがニールに似ているが、スラリとしているニールと比べてかなりしっかりした体格をしている。その男から発せられる【威圧】がタマモの身体の自由が奪っていた。今まで感じたことのないようなプレッシャーがタマモの身体を蝕んでいく。全身の毛が総立ちになり、いたる所から汗が吹き出すのを止めることができず、ブルブルと震えが止まらない。タマモの【第六感】が目の前の男には絶対に立ち向かってはいけないことを告げていた。
これ以上この部屋にはいたくない、そう思わせるほどの威圧感を感じていたタマモの身体が急に楽になった。気がつくとタマモの周りを守るように昴の魔力が包んでいる。タマモが昴の顔に目を向けると、思わずハッと息を飲んだ。
昴の顔からは大量の冷や汗が流れ、引き攣った笑顔を浮かべていた。昴のそんな表情など今まで見たこともなかったタマモはあらためて目の前の男に恐怖心を抱く。
(こんな奴がいたとはな…)
昴は内心驚きを隠せずにいた。異世界転移魔法の話を聞くために最悪、実力行使も厭わないと考えていた過去の自分をぶん殴りたい。目の前に座る男は想像以上の化け物だった。【気配遮断】で強さを隠しているものの、対峙した瞬間に実力差を思い知らされる。この男は師匠に匹敵する、昴の本能
がそう叫んでいた。
昴はこめかみから汗を流しながら笑みを浮かべる。人はあり得ないものを見たとき、笑ってしまうもんなんだな、と場違いなことを考えていた。
昴はタマモの背を押して部屋に入っていく。タマモは昴の魔力のおかげで多少ましになったものの、身体の震えはまだ治っていなかった。そんな二人を見て壮年の男は感心したような声を上げる。
「ほう…儂の【威圧】を受けても動けるとは…手加減したつもりはなかったのだがな。なるほど、確かにただの人族ではないようだ」
ニヤリと笑みを浮かべると、男は【威圧】を解いた。タマモはほっと安堵の息を漏らし、後ろにいたギランダルは手ぬぐいで汗をぬぐったが昴は未だに緊張をとかない。ニールは何事もなかったように族長室の壁によりかかると、睨みつけるような鋭い視線を族長に向けた。
「失礼した。人族の者が[竜の試練]を越えたと聞いて、興味があってな。少し試させてもらった。いやはや思った以上の手練れのようだ」
族長の男は歓迎するように笑顔を向け、両手を開く。昴はここではじめて身体を緩めたが警戒するように目だけは離さなかった。
「紹介が遅れたな。儂は『龍神の谷』の族長、ライゼン。そこのバカ息子の父親だ」
ライゼンに顎で示されたニールは不愉快そうに顔を背ける。
「俺は昴といいます。外の世界で冒険者をやっています」
「た、タマモと申すのじゃ」
タマモはさっきのがトラウマになっているのだが少し狼狽しながら答えた。ライゼンはそんなタマモの瞳を見て目を細める。その視線の鋭さにタマモはビクッと身体を震わせると昴の影に隠れた。
「はっはっは。すまんすまん。怖がらせてしまったようだな」
ライゼンが硬い表情を崩して笑う。少なくとも昴達にネガティブな感情を抱いているわけではなさそうだ。そう考えた昴は警戒を解き、タマモもおずおずと昴の横に移動した。
「それにしても、しばらく見ないうち人族は力をつけたようだな。貴殿程の男がいるとは…これは竜人種もうかうかしていられんな」
「す、スバルは特別なのじゃ…」
「そうなのか?」
ライゼンが柔らかな表情をタマモに向ける。それを見たタマモも少しずつ自分のペースを取り戻してきた。
「うむ…うちもスバルほど強い人族は見たことないのじゃ!」
「ほぉ…それは希少な人材に会えたことを喜ばなければな」
ライゼンがタマモに笑顔を向けるとタマモは嬉しそうに胸を張った。調子が戻ったのはいいのだが、族長相手にこんな口をきいていいのか、と昴は不安になってくる。
「すいません。タマモは野生育ちで…その…礼儀とかは」
「構わん。本来亜人族というのはそういう者だ。気にすることはない」
頭をさげる昴をライゼンが手で制する。
「さて…そろそろ本題に移ろうか。儂に聞きたいことがあるということであったが…」
ライゼンが身を乗り出し、再び指を組むとその上に顎を乗せた。
「そうです。そのために来ました」
「ふむ…儂に答えられることであれば答えよう」
昴は一瞬言葉に詰まる。ライゼンに異世界転移魔法のことを聞こうと思っていた。だが今はそれよりも知りたいことがある。昴は迷ったが、覚悟を決めライゼンの目をまっすぐと見据えた。
「…龍神の巫女の本来の役目とは一体なんなんですか?」
昴の目的を知っている周りのものは昴の言葉を聞いて驚きに目を見開く。ライゼンだけは怪訝そうな表情で昴を見つめた。
「それを知ることで貴殿になんの得があるのだ?」
ライゼンが探るような視線を昴に向ける。その鋭い視線から昴は視線を一切そらさずに答えた。
「…今日、家を出ると普段とは違う光景を目にしました。竜人種のことは詳しく知らないですが人だかりの中心をサクヤが…龍神の巫女が歩いているのを見て役目を果たしに行くのだと考えました。ただ周りにいる人たちの様子が自分が思っていた反応ではなかったもので」
「…まぁ、そうであろうな」
ライゼンが顎を撫でながら呟く。
「サクヤは俺みたいな人族を見ても嫌悪感を示さずよくしてくれました。そんなサクヤが巫女として何をするのか知りたいのです」
「うちも知りたい…教えて欲しいのじゃ!!」
タマモも真剣な表情でライゼンに詰め寄る。そんな二人をライゼンは無言で値踏みをするように眺めた。しばらく誰も声をあげなかったが、そんな中ライゼンが静かに口を開く。
「スバル達が知りたいと申すのであればやぶさかではない」
「それでは…?」
「あぁ、龍神の巫女について話そう」
ライゼンの言葉を聞いて二人は顔を見合わせ、同時に頭を下げた。ライゼンが微笑み、昴達に説明をしようとした途端、ニールは何も言わずに族長室から出て行く。
「ニール!!」
「ギランダル、良い」
ギランダルが慌ててニールを追いかけようとすると、ライゼンがそれを止めた。
「し、しかし…」
「放っておけ」
ライゼンがぴしゃりと言い放つと、ギランダルは押し黙った。突然のニールの行動にタマモは目を丸くし、昴は眉をひそめる。
「愚息が失礼した」
「…いえ。全然構わないです」
一瞬ニールの出ていった扉に目を向けた昴は頭を下げるライゼンを宥めた。
「さて、龍神の巫女の話であったな。スバル達はどこまで知っているのだ?」
「『龍神の谷』の近くには’龍’が住んでおって、それからエネルギーを吸い取るのが巫女だっていう話はサクヤから聞いておるのだ」
「そのエネルギーは体に負担がかかるため一年に一度しかその儀式は行わないということも聞いています」
二人の話を聞いてライゼンが首を縦に振る。
「その通り。龍神の巫女の役目は眠っている’龍’から力を奪うことにある。あくまで眠っている時はな」
意味ありげな視線を昴達に向ける。
「…そういう言い方をするということは、目を覚ました龍神に対する巫女の役目もあるということですか?」
昴の問いかけにライゼンは重々しく頷いた。
「どちらかというとそれが龍神の巫女の本来の役目になる。龍神は長い間眠っていたことにより極度の飢餓状態にある。そのため目をさますとすぐに食料を求め暴れ出す」
昴は猛烈に襲いかかる嫌な予感を頭から払いのける。隣ではタマモがライゼンの話を頭の中で必死にかみ砕いていた。
「龍神の食料は物理的な肉とかではなく、魔力の塊。しかし生半可の魔力量では龍神は満足しない。そのため豊富なエネルギーを蓄えた生贄が必要であるのだ」
その先は聞きたくない。昴は自分の耳塞ぎたいという欲求に駆られるが、無情にもライゼンの言葉は鉄槌のように振り下ろされた。
「龍神の巫女というのはそのための生贄なのだ」