28.龍神の谷
昴達はギランダル、サクヤと共に『龍神の谷』の門に戻ってきたのは日が陰り始めたころ。それを見た門番の二人が姿勢を正して敬礼する。
「[竜の試練]を終えた者達を連れてきた。彼らは正式に竜人の民と認められ『龍神の谷』に入る許可を得ている」
ギランダルの言葉を聞いた門番の男が昴に顔を向け、首を縦に振った。
「守備隊長から伺っております」
「お兄ちゃんが?」
サクヤが少し驚いたような声を上げる。
「えぇ。ニールさんはここに戻ってくるなり『先程の者たちは[竜の試練]を越えたため、俺の権限で『龍神の谷』に入れることを許可する。谷の者にも俺の口から伝える』と言っておりました」
「流石はニールなのじゃ!仕事が早いのう!!」
意外そうな表情を浮かべる昴の隣でタマモが笑顔で言った。
「守備隊長が認めたのであれば我々もあなた方のことを客人として扱います。先程はとんだご無礼を働きました。申し訳ありません」
門番の二人が揃って頭を下げる。あまりの対応の違いに昴は面食らった。
「い、いや。急に訪ねてきた俺たちが悪いんだから謝らなくていいって。あんた達は門番の仕事を果たそうとしただけだろ?」
「そうなのじゃ!無礼を働いたのはスバルの方なんじゃから、主らは気にせんでいいのじゃ!!」
あっけらかんと言い放つタマモを睨みつける昴。そんな二人を見て、門番の男はやや意外そうな顔をしている。
「…あなた方は我々の知る人族や亜人族ではないご様子。守備隊長が谷へ入ることを認めたのも頷けます」
そう言うと門番の二人は門の端へと移動し、そこに垂れ下がっている太い縄を力強く引っ張ると、ギギーと音を立てながら門が開いた。
「ようこそ『龍神の谷』へ」
あけ放たれた門から昴達は中へと入っていく。
『龍神の谷』は周りを木の壁に囲まれた町であった。かなりの数の建物があるもののすべては木で作られている。町の中に畑や家畜場があり、竜人種が自給自足の生活を送っていることは容易に見てとれた。お店もあるようで、食事処や衣服を売っているところが見受けられた。
「私はこの辺りで失礼する。今回の一件を報告しなければならないし、スバル殿達が会えるよう族長の予定も確認しなければいけないので。サクヤ、スバル殿たちに谷を案内してやりなさい」
「わかりました。スバルさんとタマモさんのことはお任せください」
「おそらく今日中に会う、ということは難しいと思うが…」
ギランダルがちらりと昴の方を見る。昴が肩を竦めながら答えた。
「それは急に来たこちらが悪いので仕方がないと思います。外の森にでもテントを張って夜を過ごしますから気にしないでください」
「そう言ってもらえると助かる。では」
ギランダルはそう言うと足早にどこかへと去っていった。ギランダルを見送ったサクヤは昴とタマモの方を向く。
「それでは私が案内をさせてもらいます」
「よろしく頼むよ」
「よろしくなのじゃ!」
そう言うとサクヤは大通りを歩き始め、昴達もそれについて行く。
昴達が谷を歩いていると当然のようにかなりの視線が集まる。その視線は警戒半分、奇異の目半分といったところであった。しかし事前にニールが話をしているのか、特にこちらに対して関わろうとしてくる者はいなかった。
「やっぱり珍しいんだな、俺達って」
注目を全身に浴びながら昴が呟くとサクヤが苦笑いを浮かべた。
「そうですね。ご存知の通り竜人種は他の種族の人たちとの交流はありません。なのでこの『龍神の谷』に他の種族、特にスバルさんのように人族の人がいるということはまずありえないのです」
「ん?他種族の中でも人族は特別なのか?」
昴が問いかけると、サクヤは少し困ったような表情でうーんと唸る。
「他の亜人族や精霊族は基本的に竜人種と接点を持とうとしないのでよくわからないのですが、人族と魔族は時々この近くまで来て開墾を要求するのです。…かなり高圧的な態度で」
「あぁ…だから俺はこんなにも警戒されてるんだな。人族だから」
「…すいません」
「サクヤのせいじゃねーよ」
少し落ち込んだ様子のサクヤに昴が笑顔を向ける。
「でもそんなに長い間滞在するつもりはないし、少し我慢してもらおうかな」
「えぇ。竜人種の者達も何もされなければ特にスバルさん達に危害を加えることはありません」
「大丈夫。大人しくしているよ」
「スバルが大人しく…!?無理じゃ。絶対厄介ごとをしょい込むに決まっておる」
「お前なぁ…」
真顔で言い切ったタマモに昴がジト目を向ける。それを見てサクヤがくすくすと笑った。
それからサクヤは『龍神の谷』について説明をしてくれた。門の近くにはお店が集中しているものの、奥に行けばほとんどが住居であるらしい。『龍神の谷』の中だけで衣食住はほとんど事欠かないのだが、時々外に出て、魔物の素材などを狩っているとのこと。
「通貨が流通しているみたいだが?」
こういった集落では物々交換が主流だと思ていた昴だったが、お店と客のやり取りには硬貨が用いられていた。
「竜人種の中には外の世界に興味を抱き、身分を偽って外の世界に行く者もおりまして…そういった者がここで作られた品物を硬貨で購入したり、外の世界の珍しい品を硬貨で売ったりするうちに自然と広まりました」
「なるほどね…」
「それならうちらも買い物できそうじゃの!!」
鼻息を荒くしているタマモに昴が釘を刺す。
「あのなぁ…ただでさえ警戒されてんのに俺らみたいな余所者に売ってくれるわけねーだろ?」
「申し訳ないですけど…スバルさんの言う通りかと…」
「それは残念じゃ…」
サクヤが気の毒そうに言うと、タマモは狐耳をしょぼんとさせた。
「それにしても俺がイメージしていた竜人種とは違ったな」
「スバルさんはどういう風に思っていたのですか?」
きょろきょろと周囲を見回す昴に興味深げな様子でサクヤが聞き返す。
「うーん…もっと徹底的に他種族を排除する種族だと思っていた。具体的には見つかった瞬間に問答無用で殺される、ぐらいには思っていたかな?」
「それは少し心外ですね。確かに竜人種は他種族を寄せ付けませんがそれは強大な力を利用されないがため。むやみやたらに襲いかかるなんて真似はしません…例外はいますが」
はじめは堂々と語っていたサクヤも最後の一言は小さな声だった。
「確かにニールは例外だな。有無を言わせず襲ってきたし」
「まったく…困った兄です」
サクヤは申し訳なさそうに小さくため息をついた。
一通り『龍神の谷』を案内してもらったところで、唐突にサクヤが昴達に問いかける。
「そういえば…お二人は野宿するのですか?」
「あぁ。宿があればとも思ったけど…」
昴があたりを見回す。ここまで案内された所までで宿らしきお店は一つもなかった。
「外から人が来ることなんて普通はありえないだろうから宿がなくて当然か」
「外に泊まって平気なんですか?」
「まぁ…俺たちは慣れているからな。なぁ、タマモ?」
「のじゃ」
タマモが当然とばかりに頷く。
「ダメです」
「「えっ?」」
「お二人は大事なお客様なんですから野宿なんてさせられません」
「いやそんなこと言われても…」
昴が困り果てた表情を浮かべるも、サクヤは頑としてその態度を変えない。
「うちに来てください」
「サクヤの家に?」
昴が目を丸くしながら聞くとサクヤがコクリと頷いた。
「『龍神の谷』の巫女としてこの事態は看過できません。是非うちに来てください」
「サクヤの家に招待してくれるのかの!?」
目を輝かせるタマモにサクヤが笑顔を向ける。
「そうです!幸いうちは族長の家として少し大きな造りになっているのでお二人を泊めるスペースは十分にあります。今日はうちに泊まって外の世界の話を聞かせてください!!」
あぁ、そういうことか。どうしてこんなにも泊めたがるんだろうと思ったが、昴はその目を見て納得する。サクヤの目はタマモの目と同じようにキラキラと輝いていた。『龍神の谷』の周辺のことしか知らないサクヤは外の世界に興味があるのだろう。その話を聞くために昴達を家に招きたいのだ。
「俺たちはそうしてもらえると助かるけど…他の家の人は?」
「母も喜ぶと思います!母は洋服を作る仕事をしているのですが、スバルさんやタマモさんが着ている服に絶対に興味を示しますので!それに父はおそらく集会所から帰ってきません」
「集会所?」
昴が首をかしげると、サクヤは町の奥にある大きな建物を指さした。
「あそこが集会所です。谷の重鎮が話し合いをする場でもあり、父の仕事場なんです。基本的に父はあそこに缶詰めなので、家に帰ってくることはありません」
「そうなのか…で、でもニールがいるだろ?あいつが認めるとは思え───」
「排除します」
「えっ?」
「排除します」
ニコニコと天使のような笑顔を浮かべながらそう言ったサクヤに、昴は思わず背筋が凍り付いた。そんな昴のコートの袖をタマモが引っ張る。
「なぁなぁースバルー。サクヤもこう言っとることじゃし、サクヤの家に泊まろうぞー」
「そうですよスバルさん!何も気にすることはありません!いかがでしょうか?」
サクヤが笑顔で問いかける。その瞳には確かな力強さがあった。
「…それじゃ、お言葉に甘えて」
拒否権などあるはずもないサクヤの問いかけに昴は顔を引き攣らせながら頷いた。サクヤは花が咲いたように可憐な笑顔を見せると、こっちですと鼻歌を歌いながら足取り軽く前を歩き始める。サクヤの押しの強さを目の当たりにし、あいつも大変なんだな、と昴は内心ニールのことを労った。