27.試練の結果
竜は少しくすんだ茶色い鱗をしており、油断なくこちらを警戒している。翼はなく、恐竜に近い骨格をしており、大きさは’ストームドラゴン’よりも大きかった。
「グルルルル…」
竜がうなり声をあげてこちらを威嚇してくる。
「この茶色い鱗は地竜…’アースドラゴン’だな」
竜を見たニールが呟いたのを聞いて、タマモがニールに顔を向けた。
「あれも’ドラゴン’の一種なのかの?前に見たのとはだいぶ姿が違うようなのじゃが」
「タマモが前にどの’ドラゴン’を見たのかは知らないがあれも竜の一種だ。’アースドラゴン’は地上での動きに特化し、翼が退化した’ドラゴン’だ。名前でわかると思うが【土属性魔法】を使用してくる、気をつけろ」
「…お前、なんかタマモには優しいのな」
「うるさい。さっさと始めろ」
昴がジト目を向けると、ニールがギロリと睨みつける。
「とりあえず牽制してみるか…”飛燕”」
昴が’鴉’から黒い刃を飛ばす。’アースドラゴン’はそれを目で確認しながらもそこから動かず、身体を丸めて攻撃に耐えた。相手がどういう反応をするか見ようとしていた二人は目を丸くする。
「…なんか様子がおかしくないか?」
「なんで避けたりしないのじゃ?魔法で土の壁を作って防ぐこともできたであろうに」
二人は’アースドラゴン’の行動に疑問を抱く。それを後ろで見ていたニールが口を開いた。
「動かなくて当然だ。奴の足元を見てみろ」
ニールが指をさした方に目を向けると、そこには茶色い楕円形の球体が転がっていた。
「奴は卵を守っている。だからあそこを動くことはない。お前らの試練はあれをとってくることだ」
昴はもう一度’アースドラゴン’に目を向ける。'アースドラゴン'は片時もこちらから視線を外さない。その瞳には命を懸けても守るという強い意志のようなものを感じた。
「スバル…」
タマモが少し困ったように声をかけると昴は無言でありったけの魔力を身体に滾らせる。それを見た’アースドラゴン’は身体をブルリと震わせるが、その場から動かない。目の前の敵から常軌を逸する魔力を感じても、一切怯む様子はなかった。
「………やめだ」
昴はそう呟くとため息を吐いて魔力を霧散させた。身構えていた’アースドラゴン’は怪訝そうな顔をしている。
「俺たちはここから出ていくからもう警戒することはない。邪魔して悪かったな」
昴は踵を返すとそのまま洞窟の中を引き返していった。タマモは笑みを浮かべながら当然のようにその後ろへとついて行く。
「…待て」
そんな二人を見てニールが静かに口を開く。昴はピタリと足を止めた。
「なぜ戻る?お前たち二人の実力であれば卵をとることなど造作もないだろ」
「別になんとなくだよ」
「これは[竜の試練]だぞ?そんな理由で帰ることが許されると思っているのか」
昴は面倒くさそうに振り返ると、’アースドラゴン’に視線を向けた。
「こいつは俺に襲いかかってこなかった。自分が殺されると思っても卵を守ることを選んだ。そんな無抵抗なやつから大切なもんを奪うのは気が引けるだろ」
タマモに出会う前の昴だったら同じ判断をしたか微妙である。現に’バジリスク’の卵をとるときに昴には躊躇がなかった。タマモという守るべき対象ができたことで、’アースドラゴン’とある種のシンパシーを感じていた。
「それでは[竜の試練]に失敗したことになるがいいのか?」
「別にあきらめたわけじゃない。ギランダルさんに言ってもっと活きのいい奴が守っている卵にしてもらう」
「…タマモはそれでいいのか?」
ニールがチラリと視線を向けると、タマモは大きく頷いた。
「うちはスバルの判断にまかせるのじゃ!…正直うちもあやつを倒すのは忍びなかったしの」
「……………」
「まぁ、そういうわけだからさっさと洞窟出てまた違う竜の巣目指そうぜ」
さして気にした様子もなく元来た道を戻っていく昴にニールは音もなく近づくと、その膝裏を蹴っ飛ばした。いきなり後ろから足を払われ昴は派手に転がる。
「ってぇな!!何すんだよ!!」
「なんとなく気に入らなかっただけだ、気にするな」
「まぁまぁ。そういうこともあるのじゃ」
「あるか!!」
怒鳴りながら立ち上がった昴の肩をタマモが励ますようにポンポンと叩く。ニールは何事もなかったかのようにスタスタと進んでいった。
「何をしている?さっさと洞窟を出るんだろ?」
「うむ!!今行くのじゃー!!」
そんなニールの後をタマモは駆け足で追っていく。残された昴は独り怒りに燃えていた。
「あのクソ野郎…絶対のしてやる」
昴の怨嗟の声が誰もいない洞窟内に虚しく響き渡った。
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入ってきたときにほとんどの魔物を倒していたので、帰りは何事もなくスムーズに入り口まで戻ることができた。
入り口にはサクヤとギランダルが待っており、サクヤは三人の無事を確認すると、ほっと安堵の息を漏らした。
「みなさんよくぞご無事で!」
「うむ!無事に戻ってきたのじゃ!」
タマモが笑顔でサクヤに報告するとサクヤもつられて笑顔になる。
「それで?試練はどうだった」
「あー…それなんですけど…」
ギランダルに聞かれ、昴が気まずそうな表情を浮かべると、ニールがスッと前に躍り出た。
「冒険者スバル及びタマモは奥に住まう竜に向けて竜の巣を前進し、迫りくる魔物に一歩も引くことなく勇敢に立ち向かていた」
昴が驚いたようにニールの顔を見つめるが、ニールはそれを無視して監視としての報告を続ける。
「魔物との戦闘を見た限り、両名とも一定水準以上の戦闘力を有しており、その点に関しては合格点がつけられる」
「お兄ちゃんと渡り合えるほどの方たちですものね」
「ふむ。続けてくれ」
ニールはここでいったん言葉を区切り、昴達に目を向ける。
「しかし竜の卵を持ち帰るには至らなかった。彼らは’アースドラゴン’を目の前にして戦闘を放棄し、帰還を選択した」
「…その理由は?」
ギランダルの眼が光る。ニールは感情を消したような声で報告を続けた。
「‘アースドラゴン’は彼らに襲いかかることはせず、必死に自分の卵を守っていた。それを見た彼らは無抵抗な者に刃を立てることはできないと考え、’アースドラゴン’を倒す力量を持ちながら試練を断念した。竜の巣内で起こった事はこれで以上だ」
サクヤがハッとしたような表情を浮かべ、口元を抑えながら昴達を見る。ギランダルはニールの報告を聞き終え、ちょび髭を触りながら意外そうな表情で昴達を見つめた。しばらく誰も話さなかったがギランダルが昴達からニールに視線を移し、少し楽し気な口調でニールに問いかける。
「それで?ニールはこの者達をどう判断する?」
ギランダルの問いにニールは肩を竦めながら大きなため息を吐く。
「誠に遺憾ながら…特にこの黒いやつに関しては甚だ不本意ではあるが、この二人は実力、胆力共に申し分なく、さらにその力を悪戯に行使するのではなく、慈悲の心も持ち合わせている故、『龍神の谷』の民として認めても問題はないと判断する」
それだけ早口で告げるとニールは不機嫌そうに『龍神の谷』へと歩いていった。その後ろ姿を嬉しそうな表情を浮かべたタマモと信じられないといった面持ちの昴が見つめる。サクヤも呆れたように笑いながらニールの背中を見送ると、ニッコリと笑顔を向け二人の手をギュッと握った。
「二人ともおめでとうございます!!」
「あ、あぁ」
「やったのじゃ!!」
「あの兄に認められるなんて…お二人は本当にすごい方たちですね!!」
興奮しているサクヤの後ろに立っているギランダルに昴は声をかけた。
「あの…俺達卵をとってきていないんですけど…いいんですか?」
おずおずと聞く昴に、ギランダルが朗らかな笑みを向ける。
「卵をとってくるよりも、あの頑固者を認めさせることの方が難しいだろう。守備隊長が認めたとなれば文句を言うやつもいない。それにスバル殿のやり方はあやつも認めざるを得ないだろう」
「どういうことですか?」
昴が不思議そうに尋ねると、サクヤが隣でクスクスと楽しそうに笑っていた。
「兄が[竜の試練]を受けた時、卵を必死に守る母竜を見て顔を真っ赤にしながら『こんな相手に槍を振るえるか!!俺は帰る!!』って言ったんです。だから兄の報告でスバルさんが兄と同じようなことをしたので本当に驚きました」
「本当にニールと昴は似た者同士じゃのう!」
「…似てねぇよ」
昴は離れていくニールに目を向けた。あの時、昴を後ろから蹴ったのは、自分と同じことを言う昴が気に食わなかったのであろう。
「本当素直じゃねぇやつ…」
ぽつりと呟いた昴の顔には、微かに笑みが浮かんでいた。