26.竜の試練
気がつけば百話を迎えていました!
これも読んでくれる皆さんのおかげです!
昴達が連れてこられたのは『龍神の谷』の西に位置するアルコラム山脈の麓、胃が鬱蒼と生い茂る場所に急に現れた大きな洞窟の前だった。
「ここが[竜の試練]を執り行う場所だ」
「この洞窟が?」
昴が顔を向けると、うむ、とギランダルは頷いた。
「正確には洞窟ではなく竜の巣だ。野生の竜は自分で山に穴を掘る」
「竜の巣…どうりで肌がピリピリするような威圧感を感じるの」
タマモは洞窟の奥を見ながら緊張の面持ちを浮かべる。
「それで?その巣の主を倒すのが試練なんですか?」
昴の問いかけをギランダルが首を横に振って否定する。
「竜が巣を作るのは産卵するためだ。[竜の試練]はその卵を持ってくること。竜の卵は栄養価が高く、竜人種としての素養をみながら貴重な食料もとることができる。まさに一石二鳥な試練なのだ」
「…冒険者ギルドの試験を思い出すな。卵持ってくるのが流行ってんのか?」
「うむ!卵を持ってくればいいんじゃな!」
昴はサガットの試験でだまされたことを思い出し、なんとなく嫌な気持ちになったが、タマモの方はやる気満々な表情を見せている。
「洞窟内には魔物達がたくさんいます」
「魔物が?竜の巣なんだろ?」
「卵を産んだ竜は洞窟の奥深くにいます。そして孵化するまでそこを動きません。なので魔物たちはその間、竜の巣を自分の巣のように利用するのです」
「奥に行かなければ襲われないからというわけじゃな」
タマモの言葉にサクヤがこくりと頷く。
「さて、[竜の試練]にはだれか監視役としてついて行かなければならないのだが…」
「俺が行こう」
それまで無言で後ろについてきていたニールが前に出てきた。それを見た昴が露骨に嫌そうな顔をする。
「副族長をこんな茶番に付き合わすわけにはいかない。それに馬鹿な妹は自分が行くと言い出しかねんからな」
「…馬鹿は余計よ」
唇を尖らせるサクヤを無視して、ニールは洞窟の前に立つ。
「不本意だが俺が監視役だ。さっさと試練を始めるぞ」
そう言うとニールはこちらに一瞥もくれずに洞窟の中に入っていった。
「うむ!よろしくなのじゃ!!」
「…なんでよりによってこいつなんだよ」
元気よく答えたタマモは、ぐちぐち文句を言っている昴を引っ張ってニールの後を追って行く。そんな三人の背中をサクヤは心配そうに見つめていた。
「そんなに心配することはないだろう。ニールもついていることだし、死ぬことはない」
「それはそうなんですけど…」
ギランダルが穏やかに言うも、サクヤの表情は晴れない。
「できれば[竜の試練]を超えていただきたいです」
「ほう…?」
ギランダルが意外そうな顔でサクヤの方を見る。
「彼らは悪い人には見えなかったので…できれば『龍神の谷』に招き、いろんな話を聞いてみたいです」
「悪い人には見ない、か…」
ギランダルが遠い目で洞窟を見つめた。
「ギランダルさんにはそう見えませんでしたか?」
「実際に話してみた感じではサクヤと同じ意見だ。…だが人族というのはいろいろな種族の中で一番自分の心内を隠すのが得意な種族だ。簡単に信じることはできない」
「……………」
「お前の兄、ニールも同じ意見だろう。だからこそ彼らの本質を己の目で確かめるために監視役に名乗りを上げた」
「そう、ですね…兄はそういう人です」
「ここで彼らのことを議論していても何も変わらない。結局のところは[竜の試練]で全てがわかるだろう。私たちにできることは三人を待つことだけだ」
「…はい」
サクヤは両手を組み、祈るように自分の胸の前に添えた。
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「はぁ…」
昴のため息が洞窟内に木霊する。洞窟に入ってからずっとこの調子だ。
「その耳障りなのを止めろ」
「うるせーな、俺の勝手だろ。その仏頂面見てるとため息も吐きたくなるんだよ」
「お前の間抜け面に比べれば数段マシだ」
「なんだと?表出ろ、コラ」
「望むところだ」
「二人ともうるさいのじゃ!!少しは仲良くできんのか!!」
いつまでたっても険悪ムードな二人にタマモが声を荒立てる。二人は同時に舌打ちすると互いに顔をそらした。それを見たタマモが大きなため息を吐く。
「なんでそんなに仲悪いのかの…」
「それはこいつが俺を排除しようとしたから!!」
「お前が『龍神の谷』に来るのが悪いんだろうが!!」
「なんだと!?やんのか、この野郎!!」
「こっちのセリフだ!!」
「うるさーい!!!」
「「………」」
タマモに鬼の形相で睨みつけられ、二人は思わず口をつぐんだ。
「仲良くしろとは言わんから、せめて喧嘩はしないで欲しいのじゃ!」
「…わかったよ」
「…善処する」
少し反省したそぶりを見せた二人を見て、タマモは少しだけ気を取り直した。
「そういえばニールは奇麗な銀色の髪をしておるな。なんの竜の血を引いておるのだ?」
「…俺は銀竜の血を引いている」
「銀竜?なんちゃらドラゴンとかいうのじゃないのか?」
「竜には呼び方が二つあってな。銀竜は別名’ライトニングドラゴン’と呼ばれ、雷を司る竜なんだ」
「おぉ!確かにスバルと戦っているときバチバチッと雷が舞っていたのじゃ!!ということはニールは雷使いなのか…カッコいいのう!!」
目をキラキラと輝かすタマモを見てニールは優しく微笑む。なんとなくタマモに妹の面影を見ているのか、ニールはタマモには優しかった。
「…っとお二人さん、会話はそこまでだ」
昴が真剣な表情で洞窟の奥に目をやる。【気配探知】が近づいてきている魔物の気配を捉えていた。タマモも昴の横に立ち顔を引き締める。ニールは少し後ろに下がり、腕を組みながら洞窟の壁に寄りかかった。
「俺は監視役だからな。一切手は出さないぞ」
「わーってるよ。タマモ、竜との戦いに備えて魔力の消費は抑えておけ」
「了解なのじゃ!」
昴とニールの戦いを見てからうずうずしていたタマモが獰猛な笑みを浮かべる。少しすると大量の魔物が目の前に現れた。
「団体さんのお越しだ。せいぜい楽しんでいってもらおう」
昴は’鴉’を呼び出し、魔物の群れへと突っ込んでいった。
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ニールは二人の戦いを見て驚きを隠せずにいた。
強い。
それがニールが抱いた感想であった。最初の魔物が目の前に現れてからひっきりなしに襲われているのだが、二人は苦戦する様子もなく魔物を蹴散らしていく。竜人種ですら大量の魔物を前に足止めを余儀なくされるだが、二人はそれを意に介さず確実に奥へと進んでいるのだ。正直[竜の試練]における’強さ’に関しては、既に二人とも合格点を優に超えていた。
昴は自分と渡り合うほどの実力者。性格は気に入らないとしてもニールはその強さだけは認めている。そのためニールが驚いていたのはタマモの方であった。
竜人種は亜人族の頂点ともいえる種族であり、その強さは他の亜人族とは一線を画する。その竜人種よりも劣るではずである狐人種のタマモが鬼神の如く魔物を薙ぎ払っていた。その強さは一端の竜人種の戦士に匹敵するほどであり、特に魔法の使い方に関しては目を見張るものがあった。
タマモが放つ魔法は魔物のみを標的にし、無駄な破壊はしない。そして残り火は確実に消火していた。その手際はニールが感心するほどであった。
(だがそれだけに…)
ニールにはわからなかった。なぜこれほどまでの強さを持つタマモが、いや亜人族が非力な人族に付き従っているのか。人族に迫害された歴史のある亜人族は、今は人族と良好な関係を築こうとしているが、内心、人族と仲良くすることに反感を持つ者も少なくはない。
(この男にそこまでの魅力があるというのか…?)
ニールがチラリと昴に視線を向ける。昴は涼しい顔をしながら襲い掛かってくる魔物を斬り伏せていた。だがニールにはわかる。一見何も考えずに一人で戦っているように見えて、昴は常にタマモの方に気を配っていた。その姿が妹を連れて狩りに行く時の自分の姿と重なり、なんとなく気に入らないニールは昴から視線をそらす。
「…魔物の気配もなくなってきたかな?」
「うむ!臭いもしなくなってきたのじゃ!」
昴が気配を探りながら言うと、タマモは頷き、手の炎爪を消した。
「そろそろ終点だ。これでこの茶番も終わるだろう」
静かに告げたニールを一瞥すると、昴は洞窟の奥に目を向けた。
「まー当然のように【気配遮断】は使えるわな」
「臭いもしないのじゃ」
「竜ともなれば戦闘時以外気配を消すことも臭いを消すことも容易だ」
三人は洞窟の奥へと進んでいく。そしてついに行き止まりにたどり着いた。
そこはホールのように広い空間であった。魔物の姿は一切なく、重厚な空気に包まれている。 その中心に鎮座する一匹の竜。こちらを射貫くように睨みつけている。
昴は竜を見据えながらゆっくりと’鴉’を構えた。