5 めげない人たち
「で、すごすご退散してきたわけか。趣味の悪いカエル肌にまでなって薬も貢いでせっせと尽くしたのに」
「失せやがれ」
休憩室でテーブルに突っ伏したまま泣き濡れる僕に、ペクタは例によって余計なことしか言わない。
「うぅ……アリュヤぁ……」
「ま、相手にも好みがあるってこった」
当たり前といえば当たり前。
だけど今それ言うの、粘膜を塩でこするがごとき悪逆非道のおこないじゃないですかねこんちくしょう!
白い肌に戻すぐらいなら、なんとか頑張れなくもないよ。素肌を絶対さらさないように防護して短時間で船に戻るようにすれば、なんとかね? だけど、
「子供じゃなきゃ駄目、って……あんまりだ……」
「諦めろ」
「黙れ」
まだ希望はある。あるはずだ。カリカを抱きしめて嫌だって言ったあの時、アリュヤの頬はほんのり白くなっていた。あの反応は恐怖じゃなく、羞恥だから。
でかくて可愛くない男が怖いわけじゃない。カリカを通じて見てきた限り、彼女が男性恐怖症だとか男嫌いだとかいった兆候はなかった。
だからきっと何かの理由で恥ずかしがっているだけで、時間をかけて慣れてくれたら、そのうちには……!
「これしきで挫けないぞ」
「わかったから仕事しろ」
「うるさい」
仕事、か。そうなんだよなぁ、最初は仕事だったんだ。現地生命の情報収集。
だけど一目で彼らに惹かれた。神秘的な外見、沼地に適応した身体の自然な美しさに。もっと知りたいとのめり込んで、知れば知るほど興味深くて、気付けばアリュヤという個人にすっかり夢中になって。
……そうか。僕が一方的に、前のめりになっていただけ、なんだよな。
うん。真面目に仕事しよう。
気長に付き合っていけば、また気持ちも変わるさ……たぶん。だってカリカは僕の一部で、彼女はそれを気に入ってくれたんだから。
※
「アリュヤー!」
今日も今日とて幼子が呼ぶ。以前ならただ愛くるしいばかりであったものを、一件以来どうにも落ち着かない。
病が終息した後も、時々ディは降りてくる。快復した病人のその後を確かめたり、何人か敵意のなさそうな者を見付けて雑談したり。
移住だなんだといった話はまだ、持ち出されていない。いわく、もうしばらくカリカに橋渡しの役目をつとめてもらうことにした、のだそうだ。
ちょっと急ぎすぎた、ごめんなさい、と子供のような言葉遣いで詫びたものの、態度は確かにまっとうな理性ある大人のものだった。……と思う。
だが。だからとて。
沼神様、よりによってあれを、婿となし一族に迎えよ、などとは!!
あまりの無茶ぶりに思わず嫌だと絶叫してしまったではないか。我らのあずかり知らぬ理由があればこその託宣であろうが、いかに沼神様の御指示とあってもさすがに御免被りたい。
わけのわからぬ蛮族であることは置くとしても。同じ学識者であり信頼に値する部分はそれとして認めても。それでも、だ。
相手がロホンならまだしも諦めはついたろう。元々一族なのだし、特に欠点もないのだから満足すべきだと。だがよそ者を、情熱的な恋に落ちたというのでもないのに、ただ何だかわからんが婿にせよと言われたから迎えるのは無理難題すぎる。
そも、あやつのほうとてそこまで考えてはおるまいに。めいっぱい否定していたではないか。
……はぁ。ため息をつくと、カリカが心配そうに問うてきた。
「アリュヤ、困ってる?」
「うむ。まあ、少しな。おまえを一族に迎えよというのであれば、まだしもだったのだがなぁ……ああ、そんな顔をするな」
「ぼくがおっきくなったら、アリュヤのおむこさん、なれる?」
「無理を言うな。おまえは依り代なんだろう」
というか、大きくならなくていい。ずっと小さくて可愛いままでいてくれ。中身があやつの一部だというぐらいは譲歩するから。
ふわふわ金色の髪を撫でていると、つくづく心が癒される。やれやれ……。
かつて託宣が覆ったことが、ないわけではない。だから、沼神様がお目こぼしくださっている間は先送りにしておこう。別の託宣が下るか、蛮族どもが故郷に引き上げるか、それとも……もしかしたら、どこかで諦めがついて気が変わるまで。できるだけ引き延ばしてやる。
可愛いカリカと、長く一緒にいられるように。
私は諦めが悪いんだ。
(終)