愛の進化~子草誓花さんへの『クリプロ2016』参加特典ギフト小説~
『クリプロ2016』に参加してくれた子草誓花さんへ参加特典のギフト小説です。
ロボットの技術がこれほど進歩するとは思っていなかった。今では人間よりもロボットの方が多いのではないかと思うほどのロボット社会になっている。そして、人間の半数は職を失い、ホームレス同然の生活を強いられている。この星はそのうちロボットに乗っ取られてしまうのではないかとさえ思う。
僕の仕事はそんなロボットたちのメンテナンスを施すこと。そして、今日、僕のところにやって来たのはメイドタイプのロボットだった。
ケースに入れられたロボットは裸のままだ。こうしてみると、それがロボットだということは一目瞭然。普段、衣服に隠れている部分には電源スイッチやバッテリーの取り出し口などがあるのだから。
カルテには言語障害だと記されている。僕はロボットをケースから取り出すとプログラムが書き込まれた基盤を調べてみた。どこにも損傷はない。データをコンピューターで解析しても異常は見られなかった。人工知能にはこれまで学習してきたノウハウが蓄積されている。特に問題があるようになところは見られなかった。
「起動させてみるか…」
電源を入れてみた。
「こんにちは、ご主人様」
この手のロボットは電源を入れると最初に補足した人間を“ご主人様”だと認識するようにプログラムされている。
「やあ、ナオミ。ご機嫌はいかがかな?」
ナオミというのがこのロボットの愛称だ。正式にはHM2030876Sαだ。“α”という記号を今まで見たことはない。けれど、製品は日々増産されている。名称に記号が一つ増えたところでメイドロボットであることには変わりはない。
「ご主人様にお会い出来て光栄です」
ナオミはそう言って僕に微笑みかける。その表情は本物の人間よりも人間らしい。僕は一通りの会話を試してみた。その時点で特におかしなところはなかった。
「ちょっと時間が掛るかも知れないな」
僕はナオミとしばらくの間一緒に暮らしてみることにした。
ナオミ以外の何体かのロボットのメンテナンスを終えた僕はナオミを車に乗せて帰宅することにした。
帰宅した僕は自宅のデータをナオミにインストールした。これでナオミはこの家の家事を普通にこなしてくれるだろう。ただ、僕自身が今までメイドロボットを置いたことがないので…。つまり、家事はすべて自分でやっていたので多少の勝手違いはあるかもしれない。けれど、その方がナオミの機能を観察するのには都合がいい。
「腹が減った。何か作ってくれないか」
「かしこまりました」
そう言ってナオミはキッチンへ向かった。僕はその間にナオミのカルテを入念にチェックした。そうこうしているうちにナオミが夕食の支度が出来たと告げた。
テーブルに並べられていたのはレトルトの食材ばかりだった。
「そうだよな。ウチにはこれしかないもんな」
「こういう食事を続けていると栄養のバランスが悪くなります。近くにマーケットがあります。今から買い出しに行ってきてもいいですか?」
「分かった。食べたら一緒に行こう」
ナオミと生活するようになって一週間が過ぎた。いまだにナオミの悪いところは見つけられない。僕はメンテナンス終了“異常なし”の報告書を添えてナオミを送り返すことにした。
「ご苦労さん、今日までありがとう」
僕が言うと、ナオミは悲しそうな目で僕を見つめた。
「そんな目をしないでくれ。これが僕の仕事なんだから」
そう言って僕はナオミの電源を切ろうとした。するとナオミが僕の手を掴んだ。
「私を捨てないで」
ナオミは涙を流しながら訴えた。
「涙? まさか」
そう、ロボットが涙を流すことはあり得ない。きっとオイル漏れだろう。僕は機械用の繊維でナオミの涙をぬぐった。
「ん? これは…」
拭き取った液体はオイルではなかった。僕はためしにその液体の成分を分析してみた。
水・タンパク質・リン酸塩…。
「マジか! でも、どういう事だ?」
ナオミが流した涙の成分はまさに涙そのものだった。僕はあることに気付いた。ナオミの正式名称だ。“α”について調べてみた。ナオミはどこかの富豪が趣味で作らせた特注品だった。バイオテクノロジーを駆使したアンドロイドだった。そして感情を学習するタイプの試作品だった。改めてナオミの経歴を調べてみると、その富豪が亡くなって以来あらゆるところをたらいまわしにされてきたようだ。
ナオミがここに来た本当の理由は言語障害ではなかった。感情が発達しすぎたが故にユーザーに気味悪がられたというのが本当の理由だった。僕はそんなナオミにかえって愛着を持った。そして報告者を書き換えた。“修復不能”そして、研究用として買い取る旨を添えた。それは簡単に許可された。
「ナオミ、これからはずっと一緒だよ」
「ご主人様、ありがとうございます」
「ご主人様ってのはよせよ。今から君は僕の恋人だよ」
「それでは誓花と呼んでもいいですか?」
「もちろんさ」
「誓花、愛してるわ」
「ナオミ、僕も愛してるよ」
僕はナオミをギュッと抱きしめた。
メリークリスマス!