それはある冬の日の出来事
「知らなかったよ、私」の高田さん目線です。
小学四年生。高田志結。男の子に、放課後呼び出された。
「……俺、高田さんのことが好き」
それは、ある冬の日の出来事。生まれてはじめて受けた告白。
どきどきしながら、相手の顔を見た。叶田一翔くん。私より少し背の高い、スポーツが得意な男の子。私と違って活発で、誰とでもすぐに仲良くなれる人気者。
____なんでそんなあなたが私を好きになったのか、まったく理解できない。
「付き合ってください!」
必死そうな顔。叶田くんの顔は赤く染まっていた。その姿を、私は誰よりもかっこいいと思った。
今までは、ただの人気者だと思っていた彼を、私は初めてこの時、かっこいいと思ったんだ。だから。
「……はい」
その思いに答えてあげようと、思ったの。
「今日はドッヂボールをします」
体育の時間。先生がそう言った。私たちは運動場に出てくる。寒いからトレーナーを上から着てきた。
この時期は、体育の時間トレーナーを着ていてもいいことになっている。全員着ていると思ったらそうではなくて、一人だけ着ていない子がいた。
小山歩ちゃん。私は、彼女とまともに話したことはほとんどない。明るくていつもみんなの中心にいる。少し、叶田くんに似ている気がした。
彼女は腕をさすりながら、友達と話している。うらやましいな、友達がいて。私には、いない。みんな、うちに来たらゲームとかがたくさんあるから、そのために私と話してるだけなんだ。歩ちゃんみたいに、本当の友達が私にもいたらいいのに。
ドッヂボールのチーム分けで、私と叶田くんは同じチームになった。彼が私のところに来て、耳元でこそっと話してくれる。
「あそこにいる、トレーナー着てない女子いるじゃん? あいつにさ、今度話しかけてやってくれない?」
「え?」
私は首を傾げた。確かに、叶田くんと歩ちゃんが一緒にいる場面はよく見る。幼なじみなんだって、聞いた。でも、何で私が話しかけてあげるんだろう?
不思議に思った私がそう聞いてみると、彼は照れくさそうに笑った。
「俺の彼女なんだぞって見せびらかしてやりたいの。歩、高田さんのことあんまり良く思ってないみたいだから。でも、俺、歩と高田さんは気が合うと思うんだよな。趣味とか似てるし」
叶田くんはそう言いながら、歩ちゃんの方をちらっと見た。もう、試合は開始されている。
歩ちゃんは少しぼーっとしているみたいで、ボールが腕のすれすれのところを通って行っていた。
叶田くん、歩ちゃんのこと呼び捨てなんだなあ……。まあ、幼なじみだから当然と言えばそうなんだけど、でもなんだか、少しもやもやする。私、ほんとに叶田くんの彼女なんだよね?
「そう、なんだ。今度、話しかけてみるね」
私はそう言ったけど、話しかける気にはなれなかった。歩ちゃんは、きっとこんな私と話したっておもしろくないだろう。
趣味が似ていると叶田くんは言ったけど、明るい彼女がこんなおとなしいタイプの私と話すなって、想像もできない。そもそも、私が突然話しかけに行ったら絶対警戒されるし……。
そんなことを考えていると、叫び声が聞こえた。
「歩危ない!」
ぱっと顔を上げると、耳を押さえてうずくまる歩ちゃんがいた。ボールが当たったらしい。
彼女はそんなに痛かったのか、泣いていた。先生と友達と一緒に、保健室に向かう。その様子を、隣にいた叶田くんは心配そうに見つめていた。
もやもやする。私、本当に叶田くんの彼女でいいのかな? 歩ちゃんの方が、お似合いなんじゃないの?
なんで、叶田くんは、私に告白したのに、歩ちゃんと私より話すの? 私より、あの子のことの方が、本当は好きなんじゃないの?
考えれば考えるほどどんどん悪い方に傾いていく。嫌悪感が増していく。
私きっと、今すごい性格悪い。歩ちゃんがうらやましい。私はきっとずっと、明るくていつもみんなに囲まれている彼女のことがうらやましかったんだ。
そして私は、気づいてしまった。給食が終わったあとの昼休み。
歩ちゃんと叶田くんが、話していた。声が、少しだけ聞こえてくる。
「……高田さん見てるから、もう話すのやめよう」
歩ちゃんが、寂しそうな表情で言った。もしかして、私のせいなの? 二人は今まで通りでいいのに。
でも、やっぱり少し気になる。一応、私の彼氏の叶田くんが、他の女の子としゃべっているのを見ると。分かってるのに。それが、前からなのは。
私は見ていた。叶田くんが歩ちゃんとよく話しているのを、毎日のように。気にならなかったのに。前までは、全然気にしてなかったのに。
好きって言われてから、分かんない。叶田くんが本当に私のことを好きなのか不安になってくる。どんどん好きになっていっているのは私だけなの?
きっと、歩ちゃんは叶田くんのことが好きなんだと思う。女の子の私だから分かる。叶田くんに向けているのは、幼なじみとしてじゃなくて、男の子として向ける視線。恋してる、目。
だからきっと、私は歩ちゃんに話しかけたりしたらだめだと思う。叶田くんがどういう意図で私たちに話してほしいのかは分からないけど、多分だめ。
彼女は、叶田くんが言っていたとおり、私のことを良く思っていない。理由はきっと、私が叶田くんの彼女になったから。叶田くんが、私を好きになったから。
きっと、私と歩ちゃんは同じ気持ちなんだろうね。私は、歩ちゃんが叶田くんと話しているのを見るときゅうっと胸を締め付けられるような気分になるけど、歩ちゃんだって、本当に叶田くんのことが好きなら、私と彼が話しているのを見て何とも思わないはずがない。
元気がないのはきっと、私のせいなんだ。
ごめんね。ごめんね歩ちゃん。
大切な、大好きな幼なじみをとったりなんてして、ごめん。でもね。
私たち、きっと仲良くなれると思うんだ。だって、好きな人が同じなんだもん。きっと、気が合うはずだよね。
話しかけるつもりはなかったのに、私は、歩ちゃんに話しかけていた。
「小山さん」
「……高田さん?」
警戒したような目。でも、きっと。
「今度、一緒に遊ばない?」
私が微笑む。歩ちゃんは少し、驚いていて。すぐ近くにいた叶田くんは嬉しそうに私を見ていた。
彼女は、迷っているのかうつむく。そして、顔を上げて。
「いいよ。遊ぼう」
歩ちゃんは、まるで太陽のように笑った。
叶田くん。やっぱり、あなたの言ったとおりだったよ。私と歩ちゃんは気が合うんだって。趣味も似てるんだって。
私、歩ちゃんとなら、本当の友達になれる気がするよ。
読んでくださってありがとうございました。
気軽に感想などをいただけると嬉しいです。