後編
誤字、脱字。言葉遣いの修正等ありましたらご一報下さい。
◆
その後もオレは楽しい人生を送った。
楽なことばかりでは無いが、程々の苦難と冒険の日々はオレの人生の良いスパイスとなった。
正に「納得のいく人生」という奴だ。
そして数年後、ついに冒険の日々は終わりを告げる。
◆
「ここが復活した邪神の潜む領域ね……」
「まさかオレが勇者として世界を救うなんてな」
あれから村を出て武者修行の旅を続けていたオレは、託宣の泉で邪神を討ち滅ぼす運命の勇者として選ばれていた。
まあレイアの手前ああは言ったが、ヒロアキ神のご采配があるからある程度予想はしてたけどね。
パーティーメンバーは全員女。まさに男の夢。ヒロアキ神のお言葉に嘘は無かった。
しかし実のところ、その中に恋人関係の者はいない。『オカン』に見られている中で事に及べるほどオレは度胸が座っていなかった。
「勇者様、思えば色々な事がありましたね」
物思いにふけっていた所、神官戦士のクレアが瞳を閉じてそんな事を呟いた。
「ああ、本当にな。中でも驚いたのは……バルガン」
「まさか、バルガン様があんな……」
クレアは目を開けると、傍らに立つ影に視線を落とした。そこにいるのは豊かな金髪の少女。
「あんな可愛い女の子になるなんて」
「どちくしょー!」
バルガンもといバル子が天空に吠えた。
オレ達は当初、故郷の仲良し三人組で旅を続けていた。それが四人になり、五人になり、最終的に二十人を超えるハーレムパーティー(バルガン除く)になった時、邪神の呪いがバルガンの身に降りかかったのだ。
邪神の使い魔曰く、その身に燃える醜い嫉妬の心を『呪い』という形で発現させたそうだ。
以来バルガンはバル子に。邪神の呪いで日々魔族の体へと変化していく宿命となった。
「くそ、くそ、くそが! おいアーノルド、さっさと邪神ぶっ殺してオレの呪いを解くぞ!」
「ダメよバル子。女の子がそんな言葉使いしちゃ」
「ふざんけんじゃねーぞ、レイア! お前はオレがこのままでも良いっていうのかよ!」
「別に?」
「どちくしょー!」
レイアは大して深刻に受け取っていなかったが、実のところバルガンの呪いの進行はかなり深刻だ。肉体の変化は日々着々と進み、ついに先日は悪魔の角と羽としっぽが生えてきた。あどけない人間の少女というより、小悪魔系フェミニン少女といった見た目である。
「レイア、それぐらいにしろ。オレの親友が困ってるんだ!」
「ご、ごめんアーノルド。私そんなつもりじゃ……」
「おお、さっすがアーノルド! すかした嫌な野郎だと思ってたけどお前良い奴だったんだな!」
「ああ、だって……」
決戦の前に、これだけは言っておかなくては。
「やっぱり男の姿が一番だからな! オレのバルガン(親友)は!」
「……え?」
最後の戦いに赴く前に、しっかり友情の確認をしておかなくて。バルガン、この世界で唯一心の通じ合ったお前とオレの友情は永久に不滅だ。
「そ、そ、そ、それってつまりそういう事ぉ!?」
「お、おかしいとは思っていました。胸をはだけさせてみても、アーノルド様は無反応でしたし……」
「某なんて恥ずかしいのを我慢して、ずっとビキニアーマー着てたのに!」
「にゃあも無理してあざとく語尾に『にゃん』とか付けてたのも無駄だったのにゃ。くそが」
しかし何故か外野の女子たちがにわかに煩くなってきた。全く、決戦前だというのに緊張感が足りていない。これだから女は。今は男同士の友情を深め合う大切な時間なんだ、女子は黙ってろよ。
「うん? どうしたバルガン、そんなに距離をとって! もっとオレと熱く語り合おうぜ!」
「よよよ、寄るなぁ! 肩を掴むな顔を近づけるな近い近い近ぁい!」
◆
「永劫の闇に沈むが良い……貴様らのハラワタを喰らい尽くしてくれるわッ!」
そして士気も高く、いざ邪神との最終決戦へ。
しかし何が悪いのか、戦闘は開始からコチラの劣勢。何かしらの敵の策略にハマってしまったのか、オレたちの連携は最悪だった。
「や、やめろー! レイア、敵はあっちだ!」
「ちっ、浅かったか。バルガンにしてはよく避けたじゃない」
「く、クソ! 血が止まらねえ! やばいんじゃ無えのコレ!? クレアちゃん、オレにヒールを!」
「はい、ヒール!」
「メイスで殴りつけるヒールがあるかぁ!」
特にオレの背後を守るバルガンの周囲は激戦だ。どこからか火の玉が飛んできたり、敵の幻術を受けたらしい味方との同士討ちも起きている。
その全てをバルガンが一身に受けているからこそ、オレはこうして邪神と向きあえている。いやぁ、やっぱり男の友情って良いもんですね。
しかしそんなオレの奮闘とバルガンの献身とその他大勢の頑張りむなしく、この旅最大のピンチが訪れた。
「しまった! 聖剣が!」
「クァァァアッ!」
邪神の猛攻を前に、オレの手にする聖剣が半ばからぽっきりと折れてしまった。刀身に宿る聖なる力が、邪神の暗黒空間の波動で急激に弱まっていく。
「くそ、万事休すか!」
「我が手に掛かり潰えること、その身の誉れとするが良い! 消えよ、勇者ァ!」
邪神が吠え、その豪腕が振り下ろされる。まさに、その瞬間――。
「クァ!? 何だこの光は!」
邪神が虚ろな瞳を大きく見開いている。オレに振り下ろしたその腕が、光の結界により阻まれている。
暖かく、どこか懐かしいこの気配。オレはこの感覚を知っている。
「ば、馬鹿な! この波動は、この気配はッ!」
邪神も目に見えてうろたえ出した。
「貴様は消えた筈だッ! 封じられた筈だッ! 悠久の時の果てに忘れ去られていた筈だッ!」
仲間たちも戦闘を忘れ、邪神の視線の先を見つめている。
そこにいるのは、あの懐かしい影は――。
「大地母神『オカーン』ッッ!!!」
ふさふさパーマの『オカン』だった。
「ひ、ヒロアキーッ! ちゃんと押さえとけよ、お前の『オカン』だろうがッ!」
ヒロアキ、あの馬鹿野郎。やっぱりアイツはダメな奴だ。初めてあった時、一目見た瞬間にそう悟ったね。クライマックスでオカン乱入とかさすがに無いわ。だからお前はいつまでたってもダメなんだよ。
「田中さん、助けに来たで! おばちゃんにまかしとき!」
そういうとオカンは何か棒っきれをコチラに投げ飛ばしてきた。見ると、ざっくりと床に刺さるそれは懐かしのプラスチック製。
手元のスイッチらしきものを押せば、謎の音声と共に光が溢れてきた。
【じゃっきーん、しゅぴるる! カメムシマン、フォームチェンジ!】
「ちゃんと代わりの剣買うてきたで! 近くのトオカドーのおもちゃ売り場で!」
え、これで戦うんですか、そうですか。
「さ、格好良く決めるんやで田中さん! おばちゃん、ここで見とるからな!」
「う、うぉぉぉぉっ!」
もうヤケクソでおれは邪神に斬りかかった。おもちゃの剣で。しかし聖なる力は以前のそれより格段に強かった。きっと『大地母神オカーン』手ずからの加護があるからだろう。
でもやっぱり恥ずかしい。背後の仲間がどんな顔で見ているのかと想像すると、後ろを振り向くことが出来なかった。
願わくばこのまま邪神と相打ち、玉砕を。それが勇者アーノルドの最後の願いです。
「おのれ、時空を越え、次元を超え、今だ我が前に立ちはだかるか『オカーン』!」
「死ねえ、邪神! そしてオレを殺してくれぇ!」
この状況で心折れずに最後まで『邪神』ムーブをやめない彼は本当に一流のエンターテイナーだと思う。それにしても邪神もオカンと顔なじみかよ。
そして剣は邪神の額に見事突き刺さり、迎え撃つ邪神もしっかりオレの腹部を爪で貫いてくれた。超ぐっじょぶ。
崩壊する邪神の体。そして地面に転がり落ちるオレの体。
邪神の頭はオレの目前に崩れ落ち、オレが人生の最後に目にしたその目は本当に優し気だった。
「……貴様も大変だな」
「あ、わかってくれます?」
こうして冒険に満ちたオレの第二の生は終わりを告げたのだった。
◆
「んもー良かったでぇ、田中さん! ハリウッド並の感動巨編やったな!」
「ははは……」
「おばちゃんも助演女優賞貰わなな、がははは!」
久しぶりのあの空間、『オカン』は相変わらず元気だった。
「カアチャン、田中さんも疲れてはるさかい」
「せやったな! ほれ、ヒロアキ! アンタがちゃんと気ぃ使わんでどないすんねん! 田中さんもこれでようやっと輪廻の輪に戻れますな!」
「今はただ眠りたいです。もう何もかもを忘れて」
「では、さっそく手続きの方へと参りましょう。ほら、こっから先はビジネスや! カアチャンは帰った、帰った!」
「何やもうホンマせわしないなこの子は。それじゃ、田中さん。またいつの日か会えるを楽しみにしとりますわ!」
ドタドタと亜空間に消え行くオカン。それを見送るとオレはヒロアキに恨みの籠もった目を向けた。
「何で……」
「ごめん……」
短いやり取りだったが、そこには全てが含まれていた。しばし訪れる沈黙。そんな沈黙こそが何よりも雄弁に物を語るのだった。
そして長い沈黙が過ぎ去った後、ヒロアキはきょろきょろと『オカン』の再来の気配が無い事を確認して言った。
「ホンマ、悪いと思ってるねん。でもオカン、田中さんの完璧な勇者っぷり見てたら現役女神時代の血が騒いだーって」
「やっぱり見られてたか。危なかった……」
「気が休まる暇が無かったやろ。女の子とも仲良う出来んかったみたいやし。だからオカンには内緒でももう一回だけ神様転生したろ、思うてな」
「マジっすか!」
「おう、マジや大マジ」
やっぱりさすがのヒロアキ神様や。ワイはヒロアキの事最後まで信じとったで。
「ただ、今回はこっそりやるから本当に普通の人生になると思う。最終的にはキミ次第やけど、特別な能力とかは一切無い。監視の類もしないから、フォローも出来ひんよ?」
「良い! むしろそれが良い! これで『オカン』の恐怖ともおさらばだ!」
そしてオレは心の友とがっちり握手を交わして、三度目の人生へ。
やはり人間無理をしては駄目だ。変に気張っても、遠慮をしても結局悔いが残る。
汚くても、ずるくても、情けなくても自分に正直に生きる事こそ人生。
ああ、素晴らしきかな人生とは――。
◆
そして十数年の月日が流れた。
オレが生まれたのはまたも田舎の農村。ただし今回はちょっと貧しく日々の生活も大変である。
それでもオレはへこたれずに頑張って生きています。それに新しい転生先には見知った顔が一緒で、今度は寂しさを感じる事も無かった。
「ふぅはははー! 悪ガキ共め! 我が暗黒の芋畑に手を出した事、絶望の底で悔やむが良い!」
「わーい、ツェツィ姉ちゃんが怒ったー!」
視線の先で、元邪神が牧歌的な戦いを繰り広げている。近所のいたずら小僧との追いかけっこだ。
驚いた事に元邪神は性別がメスだったようだ。だからその呪いを受けたバルガンは少女の姿になったのだろう。
そしてやはり女である以上『母性』というものがあるのだろうか。ツェツィという少女はとても面倒見がよく、こうして村の子供にも好かれていた。
「おい、ツェツィ。ほどほどにしないとまたすっ転ぶぞ」
「ふん、誰のせいだと思っている。あの忌々しい神に封じられてさえ居なければ、こんな田舎は我が赫灼の秘術で焼き滅ぼしているというのに!」
「ツェツィ姉ちゃん、また変な事言ってるー」
「ふん、神眼を持たぬ者には分かるまい……」
神々の世界でいわゆる不良で犯罪者である元邪神は、一種の流刑として人の身に転生を果たした。全ての力を奪われている今は、村一番の残念美人としてその名を知られている。
かつては強大な力を宿していたのに、不自由なことだ。そんな思いとかつて戦ったライバル心からか、オレとツェツィの仲はそう悪いものでは無かった。
「貴様、自分の畑はどうした? 冬の間に根起こしをせんとイカンのではないのか?」
「あー、良いの良いの。そういうのは気が向いた時で。暖かくなった方が土も軟らかいしぃ」
「ふん、家を追い出されても知らんからな。次男坊?」
こんな人生も悪くは無い。前ほどの派手さは無いが、今のところ良い人生だと言える。不満があるとしたら、ただ一つだけ。
「アンタぁ、何しとん!」
「お、オカン!」
オレには新しい『オカン』が居る。その事だけだ。
オレは一体いつになったら『オカン』の呪縛から逃げ切れるのだろうか――。
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