中編
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「アーノルド、アーノルド! またここに居たの?」
アーノルド、それが転生後のオレの名だった。随分仰々しい響きだ。
「ん? レイアか。ちょっと修行をね」
「アンタって本当に真面目ね。勇者にでもなるつもり?」
幼馴染のレイナが、赤い髪を揺らしながらそんな冗談を言ってきた。しかしそれは半ば以上本気でもあった。
今この世界は復活した邪神の魔手に脅かされている。となれば当然、それを打ち破る『勇者』の到来を、人々は心待ちにしていた。
ルカルド村のアーノルドと言えば、近隣では神童として知れ回っている。大人顔負けの知恵を持ち、畑を荒らす魔物にも子供ながらに勇敢に立ち向かい、そして勝利する。加えて己の才をひけらかす事も無く、更なる修行に邁進する。
自分のことながら、まるでお伽話の英雄のようである。つまり全く現実味が無い。それもその筈で、オレがそんな行動をとっているのには理由があった。
全ては『オカン』の呪いである。
「勇者になるつもりなんかないよ。ただオレはいつも『オカン』に見られているからね」
そう、天上の『オカン』はいつもオレを見守っている。そう思うと下手な事は出来ない。きっと死んでまたあのオカンに出会ったら、親戚の子供のように昔のやんちゃエピソードを掘り返されて恥ずかしい思いをするに決まっているのだ。
そう思うと、下手な生き方なんか出来はしない。真面目に、地道に、少しでも精神的ダメージを少なくする為に行動しなくては。
「『オカン』? あ……ごめんなさい。アナタのお母さんはアナタを産んだ時に。そうよね、天国のお母さんに自慢出来るように立派にならなくちゃね」
レイアは勝手に勘違いして感動の涙で目元を拭っている。いや違うんよ、と言える雰囲気では無かった。
「それで、今日は何の修行をしてたの?」
「瞑想」
「へー、剣とか魔法じゃ無いんだ」
全ては『オカン』の為。二度と心を読まれて恥ずかしい思いをしない為、『無常の心』を手に入れる為だった。
「凄いねアーノルド。見せかけだけじゃなく、心を鍛えようだなんて。アーノルドはいつも本当の意味で『強い』人間になろうとしている……」
「ちゃうねん」
「え? 何か言った?」
「い、いや、そんな大した事してないよ。」
周囲の評価が高くなるにつれて、オレの心が軋むのを感じる。
ちゃうねん、そういうのと違うんです。オレはそんな立派な人間じゃなくて、つまらない小市民なんです。そう声を高らかに叫びたいが、その思いが人々の心に届く事は無かった。
『オカン』を気にするあまり、オレは賞賛と孤独の闇の中で彷徨うばかりである。こうして熱に浮かされた瞳で見つめてくるレイアと夕日の見える丘で過ごす時間も、とんでもなく居心地が悪い。
そうして二人で静かに見つめ合っていると、遠くから小汚い罵声が飛んできた。
「へへ、レイア! またこんな格好つけと一緒にいるのかよぉ」
「……バルガン」
レイアは心底嫌そうな顔で、声の主を睨みつけた。
村長の息子バルガン。レイアに惚れているのか、子供の頃からオレとレイアが二人でいると高確率で乱入してくるやんちゃ坊主だ。そのお馬鹿っぷりは十三を迎え、今度オレと一緒に成人の儀を行うというのに全くなりを潜めない。
オレの中ではマスコット的存在だ。こうして気まずい時間を必ずと言って良いほどぶち壊してくれるお助けキャラだし、大人の目で見ればその行動原理は微笑ましい。
「何の用よ。こんな所来る暇があるなら、少しは勉強や修行してれば? アンタもアーノルド見習いなさいよ」
ああ、レイアさんいけませんよ。あなたに惚れている男の子にそんな事を言っては。ほら、怒りと羞恥でもう顔が真っ赤になっているじゃありませんか。
「ふん、ソイツが修行してるのは格好つけたいってだけだろ? 女には分からねえだろうけど、同じ男からは丸わかりなんだよ」
バルガン君、大正解。
「アンタみたいな小物とアーノルドを一緒にしないでくれる? アーノルドは真面目に強くなろうとしてるの!」
「ふん、そんな奴の何が良いってんだ! 馬鹿みたいに鍛えてるのだって、魔物とか何か怖いもんがあるからに決まってる! そうでなきゃ体鍛える意味なんてあるもんか!」
バルガン、今まで馬鹿なガキと思ってたけどお前頭良いんだな。
「へえ、試しに鍛えてみてもちっとも強くなれないで、すぐに修行諦めた人は言う事が違うわね?」
「そ、それは……。そうだ、ズルしてるんだ! そうに決まってる! こんなポンポン力の付くやつがいて堪るかよ! 平民が誰でもこうなれるなら、騎士だってオマンマの食い上げだ!」
しかも今日は感も良い。どうしたんだ、バルガン。
バルガンの言うとおり、オレが強いのは親愛なるヒロアキ神のおかげだ。彼の絶妙な祝福具合といったら、まさしく神の領域と言っても過言では無い。
顔は平均よりちょっと上。生まれも貴族のような面倒が無い平民で、食うに困らない程度に豊かな自給自足の農家生まれ。魔力も運動神経も人並みで、ただし伸びしろだけは無限大。鍛えれば鍛えただけ、際限無く伸びていく。ただし、人間として無理の無い範囲で。
オレは一目見た時から、「アイツは神として大成する」とそう思っていた。その成長の一柱にオレが加えられたのかと思うと感無量である。ヒロアキはワシが育てた。
「ああ、アーノルドが強いってのは認めてるのね? だったら変な言いがかりはやめなさいよ。アンタなんかには想像も付かない立派な理由で修行してるんだから!」
「立派な理由? それが大きな間違いだって言ってるんだ。分かってないのはお前の方なんだよ、騙されてるんだ! 良いか男ってのはな、格好付けで、損得勘定でしか動けない生き物なんだ! 突き詰めれば自分の得かどうかでしか判断出来ないんだよ。本当に見知らぬ誰かの為ー、なんてので動くわけ無いだろう!」
バルガン、お前ってヤツは、そこまで真剣にオレの事を理解してくれていたのか。
気づけばおれは涙が流れるのが止められなかった。オレには真の理解者がこんな身近に居てくれたんじゃないか。それを孤高の男を気取って、勝手に壁を作っていたオレは本当に大馬鹿者だ。
「な、なんだよ。この程度で泣きやがって。この根性なし!」
「……バルガン、あんた」
レイアが底冷えのする声で立ち上がった。手には近くに転がっていた棒きれが握られている。
オレの修行に時々付き合っていたレイアも、元々才能があったのか相当な剣の腕前だ。バルガンなど及びもつかない。
イカン、このままでは心の友が勘違い女の凶刃のもとに殺されてしまう。そうしてバルガンをかばおうと立ち上がったその時だ。
「アンタぁ! 何しとんの!」
甲高い声が、耳をつんざいだ。
「か、カアチャン!」
バルガンのオカンの登場である。
「アンタぁ、また他所の子イジメて! ホンマにもう、この子は!」
「あいたたた、カアチャン堪忍!」
「アーくんも、レイアちゃんもゴメンなぁ。ウチの子は正直やないさかい。多めに見て仲良くしてやってなぁ。ほら、アンタぁも謝る!」
「ぐず、ご、ごめんなさい」
「ホンマに反省しとる? ホンマにか! ごめんなアーくん、レイアちゃん。今日ウチでしっかりしかっとくさかい。ちゃんとレイアちゃんの分もおばちゃんが引っぱたいとくから」
「い、いえ、私は別に。謝ってくれればそれで……」
「あの、バルガン君も反省してますからお母さんもその辺で……」
オカンはそのままバルガンの耳を引っ張りながら夕日の中に消えていった。
「……私達も帰ろうか」
「……うん」
深謀なるヒロアキ神の慧眼は、オレのような矮小な人の身には計り知れない。オレにはあのような恐ろしい『オカン』が居ない。こんなに嬉しい事は無い。それこそが最も大きな転生特典である。何より転生する度にオカンの数が増えるかと思うとぞっとしない。
ヒロアキ、お前がナンバーワンだ。
次話で完結です




