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前編

誤字、脱字。言葉遣いの修正等ありましたらご一報下さい。

「間違えちゃった、てへぺろ」


 面白いとでも思っているのか、それとも冗談めかせば空気が軽くなっているとでも勘違いしているのか。真っ白な空間に突然現れた「神」を名乗る青年は突然そんな事を抜かした。


 下校中居眠り運転のトラックが歩道に突っ込み、その事故に巻き込まれたオレは短い生涯を終えた。そして上下も分からぬ異様な浮遊感のみを感じるこの空間で、この軽薄な笑みの男が現れたのだ。

 状況の説明、そして謝罪のため。男はそう切り出したが、その適当な語り口に誠意なんてものは欠片も無かった。何でも世界の生死の因果律の調整の為、とかいう御大層な理由で担当のこの神があの事故を起こしたそうだ。


 それも目標としてたのはオレでは無く、トラックの方。大病を患って死ぬ筈だったトラックの運ちゃんが、異様な根性を見せてしぶとく生き抜いているのが神様的にまずかったらしい。運命の因果律を狂わせたその根性の動力源は、離婚後引き取った幼い小学生の娘の為。


 何とも麗しい話ではないか。そしてオレはその感動モノなド根性物語のせいで、偶々巻き込まれただけだというのだ。


 そして「神」の冒頭の台詞。ふざけるな。ただただそんな感情しか湧いてこなかった。

 どうにかならないのか。これではあまりにも救われない。そんなことを考えていた時の事だ。突然甲高いおばはんの怒鳴り声が耳をつんざいた。


「アンタァ、何しとん!」


 スパァーン、とフスマを開けるように空間が裂ける。

 そこから闖入してきたのは、フサフサのパーマ姿の『オカン』だった。


「お、オカン!」


 震えた声でそう言ったのは「神」の青年。

 どうやら神様の世界でも『オカン』という生き物は恐れられる存在らしい。

 しかしこの神の青年は自分の仕事にプライドを持っているのか、キっとオカンを睨みつけると堂とした態度で言い返した。


「何でぇ此処に入って来とるんや。仕事中は止めてくれっていっつもゆうてんやろ!」

「やかまし!」


 しかしオカンこれを孫の手で一蹴。青年のささやかな抵抗はあわれ一瞬で砕け散った。


「何が仕事中や! いっちょまえに仕事人ぶりおってからに! おカアちゃん知ってるんやからな。まぁた人様に迷惑かけて! だからカァちゃんアンタァが子供の頃からいつも『周りに気ぃつけ』言っとるやないか! えぇ! アンタぁはもぉ、ほんまぁ、え~年こいてぇ!」


 オカンはマシンガンのようにまくし立て、いつの間にか正座させられた青年は涙目だった。

 『オカン』はそこに同級生が居ようとも構わず子供を叱りつける生き物だ。それで学級ヒエラルキーがひっくり返ってしまうことすらある危険な行為だというのに。

 事実、青年の背中はどこか恥ずかしそうだった。だからきっとあれは格下に情けない所を見られた屈辱の涙だ。


 そう思うと、ほうってはおけなかった。


「あの、お母さんもうその辺で……」

「まー、あらあらあらあら! 私ったら、えろぉスンマヘぇン! ろくにお構いもしませんで! ほらヒロアキ! アンタぁもいっぺんちゃんと謝りぃ!」

「ご、ごめんなさい……」


 神様、ヒロアキって言うんだ。


「アンタぁもーホンマ分かってんの! 田中さんは無関係なのに巻き込まれたんやで! もっとちゃんと頭下げぇな!」

「あいたたた! これ以上は無理、無理や! カアチャン堪忍!」

「田中さんはこの十倍は痛かったんやで!」


 いや、トラックでミンチにされたから十倍ではきかない。しかしそれをツッコムのも野暮だし、あんまりにも屈辱的で痛々しい光景にはもはや憐憫の情しか湧いてこなかった。


「お母さん、ヒロアキくんも大分反省してますから、ね?」

「いえいえいえいえ! この子にはこれくらいで丁度良いんですよぉ。田中さんがお優しい方で助かりますわ。ほら! ヒロアキ、アンタも見習いな!」


 ヒロアキ青年はぐずぐずと鼻を鳴らしながら、新品のリクルートスーツの袖で目元を拭っている。オカンはそれでも気が収まらないのか、「しゃんとしぃ」とぶつくさと繰り返していた。しかもその間も手にした孫の手でヒロアキ青年の背や足を叩く事をやめない。


「田中さんはなぁ、アンタぁがふざけた態度取ってる時だって、アンタぁに怒ってたんと違うんねんで。真面目に働いてた運転手のオッサンが、報われずに死んだ事を怒ってたんや。しかもアンタぁのせいで犯罪者や! 残された娘さんはどうなんの! ホンマ、分かっとる!?」


『オカン』は何でもお見通しである。


「そ、そんなぁ僕ぅ。そこまで考えてへんかったぁ。ごめんな、ホンマごめん」

「謝るのは田中さんだけやないやろ! ホンマこの子はホンマ!」


 『オカン』は厳しい。


「まぁでも、今回はカアチャンがアンタぁのケツ持ったるわ。子供の人生は親次第、子供の責任は親の責任や」

「か、カアチャン!」


 『オカン』は時々優しい。


「だからトラックの運ちゃんは生き返らせて、病気も直しといた。事故も局地的に雷が落ちた天災による二次被害って事になっとる。これでハッピーエンドやな」

「カアチャン、何しとんの!」


 そして最終的には余計な事しかしないのが『オカン』である。


「因果律会議で決まってるから死ななきゃアカンの! そこは外しちゃアカン所なの!」

「だって泣かせる話やないの! 娘さんの為に生き続けるやなんて! おカアチャンもね、アンタ生まれたばっかの時は本っ当に辛かった! 一人でアンタ育てるのかと思うとなぁ」

「父ちゃん今もちゃんと生きてるやろ……」

「気持ちの問題や言うてんの! あの人馬に化けて余所の女たぶらかしたりとか、ワケの分からん事ばっかりしよるんやから! アンタァには分からんやろうなぁ。だからはよ彼女作って見つけておカアチャン安心させえってあれほど」

「それは今関係ないやろ! やめーや、お客さんの前で!」

「せやった、田中さん!」


 オカンはヒロアキ青年の話を半ばまでしか聞かずに、ぐるんとこちらに向き直った。何とも申し訳無さそうに、眉毛が垂れ下がってる。

 オカンは考えが顔にはっきりと出る。きっと「アカン」不都合があるのだ。


「申し訳ありまへん! ちょーと無茶しすぎたせいで、田中さんの方まで手が回りませんのや。堪忍なぁ。せやから、なんや、あの、今流行の『夢想転生』? とかいうのになるんやけど。一応、ご家族の方には私の方からフォロー入れときますさかい」

「ああ! そんなことですか。構いませんよ。小学生の女の子の家庭の方が大事ですからね。両親も分かってくれます。それと『夢想』は要りませんよ」

「まぁまぁまぁ! 聞いた!? ヒロアキ、これがホンマの男ってもんやで! ほれ、アンタも男見せな。こっから先はアンタの仕事やからな。ちゃんとやるんやで! カアチャン、ここで見とるからな!」


 そう言うとオカンはヒロアキ青年の背中を両手で強引に押して前に出した。

 先ほどまでべそを掻いていたヒロアキ青年は目元が赤い。気まずい空気が流れる中、ヒロアキ青年は一つ咳払いをする。


「えと、それじゃ良いかな?」

「え? ええ、どうぞどうぞ!」


 そしてヒロアキ青年は流れるような営業トークで、『転生』システムの説明を始めた。

 やればできるじゃないか。きっと新人研修で長らく練習して来たのだろう。


「それではご説明の方をさせて頂きます。当社の補償において行われる『転生』システムは、広く社会で認知されている『異世界転生』と呼ばれるものと同一の補償となっております。詳しくは――」

「あらやだぁ、この子ったら! すいませんねぇ、父親似で形から入る性格なんですよぉ」

「カアチャン、ちょっと黙ってて! 今仕事しとんのやから!」


 後ろで『オカン』がウルサイ。しかし息子の晴れ舞台が嬉しいのか、頬はほんのり桜色だ。


「そ、それでですね? ファンタジー・SF、様々なプランをご用意させて頂いておりますが――」

「あれやろ、アンタのやってるピコピコのファミコン?いうやつの世界に送るんが一番なんやろ」

「ごほん、うぉっほん! どの世界においても重要なのはやはり本人のスペック構成。そこで私のオススメするのは――」

「銀髪ーおっどあいー? とかいうのがナウいんやってな。おカアチャン、知ってんねんで!」

「古いわ! ちょっと黙っててくれへん!? こっちが仕事に集中出来ひんやろ!」

「マー、親に向かって何て口の利き方すんのこの子は!」


 今度は負い目がないせいか、ヒロアキ青年もオカンに強気だ。

 しかしそこは『オカン』。ヒロアキ青年の小学生の頃の無茶や、中学時代の黒歴史などを勝手に口論の引き合いに出す。そうしてブルドーザーのように強引にヒロアキ青年の正論を引きずり倒し、結局は論戦に勝利した。


「もう、この子は! ちぃっっとも話が進まないないやないの!」


 誰のせいだ。


「そこまで言うならおカアチャンもう口出ししません! でも最後まで見とるからな! ほら、田中さん待たせとるやないの!」

「カアチャンのせいやないか……。キミ、ごめんな? それで希望っちゅうか、何か注文があったら聞きたいんやけど」


 もうヒロアキ青年もビジネスライクな対応をするのは諦めたらしい。大分砕けた口調で語りかけてきた。

 それにしても、希望。希望もとい欲望ならあるにはあるが、いずれも『オカン』の前では口に出しにくい。

 そんなことを考えていたら、『オカン』と目が合ってしまった。しまった、この『オカン』は人の心が読めるオカンの中のオカン、『オカン神』だった。


「あら! あらあらあら、ええんやで! 男の子やもんな! こんなおばちゃんの事気にせんで、好きなように言ったらええんや。おばちゃんは後でこの子がまたアホウな事しとるんかチェックするだけやから!」


 思わず顔が赤くなる。さっきまでのヒロアキ青年の気持ちが痛いほどよく分かった。

 それが彼にも伝わったのか、ヒロアキ青年は少し思案するとまた淡々とした口調でこう提案した。


「いえ、やはり初めての方には調整が難しいでしょう。派手なスペックで結果迫害されるというケースも珍しくありませんから。コチラの『オススメプラン』ならば、自由度は下がりますが新しい人生にご納得頂けるかと思います」


 そう言うと、何か殴り書きをしたカタログを見せてきた。隅の方には「分かってる。男の夢、オレに任せろ」と書いてある。

 思わず感動を覚えた。ヒロアキ、お前は本当はやれば出来るヤツだと思ってたよ。


「じゃ、じゃあこれでお願いします!」

「えー、何や既成品かいな。そんなんおもんないで。田中さん、遠慮せんでええんよ?」

「いえ、ヒロアキ君を信じてますんで!」


 心を読まれないように、無心を貫いて真っ直ぐオカンを見つめる。するとオカンも一応納得したようだ。


「田中さん、今日初めてお会いしますのに、そこまでウチのバカ息子のことを! アンタ、あんじょうやるんやで!」

「分かっとるわカアチャン。それじゃ、田中さんコチラの書類にサインを」

「え、ええ。あの、ハンコ無いんで拇印で良いですか?」

「はい大丈夫ですよ。あの世までハンコ持ってくる人もそういないですからね。それじゃ、ここに捺印して頂いたら後はすぐ処理の方に入りますんで――」


 これ以上オカンに変な横槍を入れられたくない。即座にサインを済ませ、親指を噛みきって捺印をする。するとすぐに体の感覚が薄れて、視界がぼやけてきた。


 これで、やっと逝ける――ゆったりと溶ける思考の中でそんな事を考えていたら、最後の最後に特大級の爆弾が落とされた。


「おばちゃんも責任持って田中さんの新しい人生を最後まで見とるからな!」

「ええッ!」


 堪忍してくれオカン。その言葉を紡ぐ前に、思考は溶けきってしまった。

書いた後に気がついたけど、ネタかぶり多いんじゃなかろうか。

作者は関西圏の人間では無いので、方言の言い回しに問題が有りましたらご教授下さい。

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