cream sucre
「舞ちゃん、一緒にデザート食べに行こうよ♪」
「デザート? うん、いいよ」
放課後の帰り道、私はクラスメイトの小鳥ちゃんとデザートを食べに行くことにした。
私が通う高校の帰り道にある商店街の喫茶店『Cafe sucre』。地元の人々に人気がある洋風な店だ。
「いらっしゃいませ。こちらのお席へどうぞ」
品の良さそうな若い店員さんが、私達をお店の一番奥のテーブルに案内してくれる。
コーヒーの香りが漂う店内に、マスター選りすぐりの落ち着いた雰囲気のクラシックが流れている。
雰囲気がいいお店って、多分こういうお店のことをいうんだろうな。
カップルの姿がちらほら見えてたりするし。
……私にはこれっぽっちも関係ないけれど。
「さてと、今日は何にしよっかな〜? 定番のショートケーキ? あ〜ん、ロールケーキも捨てがたいなぁ〜」
小鳥ちゃんは迷っているようだ。
うっとりした表情を浮かべながら、メニュー表と睨めっこしている。
ドリンクだけは今日もいつもと同じで、小鳥ちゃんがアイスカフェオレ、私はホットコーヒーのアメリカンブレンドだ。
「あれ? これは何だろう……?」
ふと、メニュー表にボールペンで書き足しされている文章を見つけた。
『特製生クリーム仕入れました』
……ということは、普段使われている生クリームとは別の生クリームを使っているのだろうか?
「決めた! 私、今日はショートケーキにする!」
小鳥ちゃんはこのお店の定番を選んだようだ。
それなら私は、今日はあえてオーソドックスから離れてみるのもアリだろう。
「シフォンケーキ。私、今日はシフォンケーキにしてみる」
「おぉっ、舞ちゃんがシフォンケーキなんて、こりゃまた珍しいねぇ」
小鳥ちゃんが驚いている。
確かにそれも無理がないだろう。
──だって私、ケーキが苦手なんだから。
誤解のないように言っておくけど、私はケーキが嫌いなのではない。
だだ、ほんの少しだけ、ケーキのスポンジが苦手なのだ。
口の中の水分が吸収されるような感じ?
それがちょっと気になってしまうだけ。
「ショートケーキとアイスカフェオレのセット。シフォンケーキとホットコーヒーのアメリカンブレンドのセットですね。かしこまりました」
店員さんに注文を告げると、小鳥ちゃんが待ってましたと言わんばかりに話し掛けてきた。
「ねぇねぇ、舞ちゃん。いつもはパフェを頼むのに、どうして今日はシフォンケーキにしたの? 私、どうしても気になっちゃって」
「えっ……私がシフォンケーキ頼むの、そんなに変だったかな?」
「だって、舞ちゃんの“ケーキのスポンジ嫌い”は有名だよ? それなのにスポンジケーキの代表みたいな、シフォンケーキを頼んだら……そりゃあ気になるよ〜」
「あれ? 私がケーキのスポンジ嫌いなのって、そんなに有名な話なの? いや、そもそも私がケーキのスポンジが苦手なんて話、したことあったかな?」
「いや〜だって舞ちゃん、顔に出やすいからさ~。今食べてるのがアリなのかナシなのか、すぐに分かっちゃうんだよね〜」
「えっ? たったそれだけで私がケーキのスポンジが苦手だって知ってたの?」
「ふふふ……驚いただろ~。舞ちゃん、私に隠し事は出来ないんだぜ~」
そう言いながら、小鳥ちゃんはニッコリと笑った。
いつものほほんとしてる感じの小鳥ちゃんだけど、実は意外と見ているのかも。
「私がシフォンケーキを頼んだのはね、ここに書いてある『特製生クリーム』が気になったからなの」
私はメニューの隅に書いてある文字を指差した。
「え〜っ、そんなの前まで書いてなかったのに〜っ!」
舞ちゃんは口元を尖らせながら、少しだけ悔しそうな顔をした。
「あれ? でも、特製生クリームなら、パフェでも楽しめるような気が……」
「パフェじゃダメなの。このお店のパフェは、私にとって“特別”だから」
確かに小鳥ちゃんの言う通り、パフェの生クリームを特製生クリームに変更してもらうことも出来たかもしれない。
でも、私はあえてその選択をしなかった。
──なぜなら、私はこのお店のパフェを心から愛しているから。
グラスの中のソフトクリームの上に、そっと添えられている生クリーム。
その両者をスプーンで優しくすくって、口の中に入れたときの……あの何とも言えない瞬間。
ソフトクリーム、生クリーム、それぞれの甘さが絶妙に混じり合うハーモニーは、まさに至高──他では絶対に味わえない、唯一無二の存在なのだ。
だから今回は、この『特製生クリーム』たるものがパフェのソフトクリームに相応しいかどうか、品定めをしようというわけである。
まぁ、ちょっとこだわりが強いというか……ただの変わり者だと思ってくれて構わない。
「お待たせ致しました。ごゆっくりどうぞ」
あれこれ話している内に、店員さんがテーブルに注文したメニューを運んで来てくれた。
「いっただっきまーす♪」
小鳥ちゃんがショートケーキを幸せそうな顔をしながら頬張っている。
それじゃあ私も、ちょっと冒険してみた特製生クリームの添えられたシフォンケーキを食べてみるとしよう。
「ゴクリ……」
何だろう、この緊張感。
フォークでケーキを一口サイズにすくって、特製生クリームを付けて……あとは口に頬張るだけなのに、何だか変な気分になってきた。
「くすっ♪ ついに舞ちゃんがパフェから浮気しちゃうのか〜」
「う、浮気って……ちょっ、小鳥ちゃん、変なこと言わないでよ、もぅ……」
「ふふっ、ごめ〜んね♪」
なるほど──この緊張感の意味を理解した。
私はいつも頼んでいるパフェから浮気して、このシフォンケーキを食べようとしている。
少なからずもそのことに対して、パフェに負い目を感じてしまっているようだ。
……ヤバい、何だか胸の奥の方が苦しくなってきた。
でも、このまま『食べない』という選択肢はない以上、もう思い切っていくしかない。
「(ごめんなさいっ、パフェ!!)」
私はそう念じながら、シフォンケーキを口の中に頬張った。
「ハッ──!?」
なんだコレは──!?
一瞬、華やかな衣装をまとった男女が暗闇のコンサート会場で、スポットライトに照らされながら踊っている姿が脳裏に浮かび上がった。
とろけるような食感のシフォンケーキに含まれるコーヒーの苦味。そして、普通の生クリームよりも濃厚な味わいの特製生クリームの絶妙な甘さ。
その両者が口の中で、深く、優しく、とろけるように自己主張し合っている。
……こんな美味しいシフォンケーキ、今まで食べたことがない。
「ねぇねぇ、どうなの舞ちゃん? シフォンケーキのお味の方は?」
「…………」
「うん?」
「──最高です」
この時、私がどんな顔していたのかと思うと、顔が熱くなってくる。
多分……いや、きっと間違いなく、変な顔をしていたはずだ。
そう、まるでこの生クリームのような、甘くてとろけそうな笑顔を──。
「すみません、店員さん」
「はい、いかが致しましたか?」
「追加でパフェをお願いします。特製生クリームに変更で──」
私は今一度、愛しのパフェの味を感じたくなった。
シフォンケーキのスポンジが気にならなかったのは、きっと、この特製生クリームのおかげ。
それならば、いつも頼んでいるパフェの生クリームが特製生クリームに代わったら、一体どんな味になるのだろう。
私はそんな好奇心が抑えられなかった。
「舞ちゃん……さすがに二品目は、その……」
「うん。分かってるよ、小鳥ちゃん」
明日からダイエットしよう──。
私はそう決意して、二品目のデザートも美味しく頂きました。
◇◇◇