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渇いたキス

作者: ゆっこ

あくまで私の解釈ですよ

―――金曜日 午前7時2分


男はいつも通りの時間にベッドから起き、隣に女がいるのを確認した。

昨日も無理させてしまった。俺は彼女の瞳に自分が映っていないことを知りながらも行為に及んだ。きっと彼女は辛かっただろう。しかし欲望の前では、理性は為す術もなかった。


ベッドから降りた男は女を労わるため、朝食を作り始めた。

男の出勤時間になっても、女は起きないため、朝食にラップをかけて家を出た。

朝日が眩しい。

今月はひたすら暑い日が続くと天気予報で言ってたな。そんな取り留めのないことを考えてながら、地下鉄に乗り会社までめざした。



―――金曜日 午後12時30分


女は昼過ぎに起きた。

腰が痛い…。昨日はあの人のせいで喉がガラガラだ。

水を飲むためにベッドから降りたが、どうしても足元がふらつく。

水分補給した後、ふとテーブルを見ると朝食らしきものがおいてある。きっとあの人が気を利かせたのだろう。こんなことしたって、絆されないし。しかし食べ物に罪はないので素直にいただく。


さて、これからどうしようか。

もうこれ以上ここに居ても意味はない。そう考えていたら、目の端に伏せてある写真立てが見えた。これは、と思いひっくり返すと、二人の写真だった。

ふいに、頭に思い出がよぎった。しかし振り切るように頭を振り、写真立てを伏せた。

胸が少し痛んだ。

女は出ていく支度を始めた。



―――金曜日 午後8時48分


男はやっと仕事が終わり、帰宅した。リビングに行くとテーブルの上に紙が一枚置いてあった。

男はその紙を暫く眺めていた。



―――金曜日 午後9時


女はあれから友人の家にお邪魔した。友人は顔を顰めながら許可してもらった。風呂あがりにビールを飲みながらテレビをみていると、スマートフォンが鳴った。

男からだった。



―――金曜日 午後10時20分


夜の公園では、二つの人影があった。話し声が聞こえる。


「…手紙、見なかったの」

「見た」

「じゃあわかるでしょ」

「…俺はもうお前の中にはいないのか?」

女は首を振る。

「俺は、お前の寝顔が好きだ。ふやけたシーツを直す手も好きだ。他にもあげたらきりがないくらいある。」

「わたしもあなたのことは好きだったわ。…でもそれだけじゃ駄目なのよ。ずっと苦しかった、あなたの気持ちが見えなくて、苦しくて淋しくて、…ねえ知ってる?わたし、あなたに内緒で他の男と寝たのよ。それでもっ、それでもあなたはわたしのことが好きなの!?」

「好きだ」

「…っ」女は間髪いれない男の返事に怯み、目を歪ませながら、必死に声を絞る。

「嘘よ、」

「嘘じゃない。どんな君も好きだ。…淋しい思いをさせて悪かった。素直に君に気持ちを伝えなかった俺が悪い。」

「…今更いわれても、もう無理よ。わたしはもうあんな思いはしたくない。…もういくわ」と立ち去ろうとすると、男に腕を掴まれた。

女は振り離そうとしたが、思わぬ顔が目に映った。



男は顔を歪ませていた。

「君にいくら謝っても許してくれないだろう。それでも俺は君が好きなんだ。自分の気持ちを抑えられないんだ。お願いだから、好きでいさせてくれないか」

女は男の初めて見る表情と悲痛そうな声に胸を突かれたが、振り払って去った。



―――金曜日 午後11時43分


女はどうにも寝つけなかった。原因はわかってる。さっきのあの男の顔だ。長いこと一緒に居たが、あんな顔は見たことがなかった。あの、泣くのを堪えるような顔は。

思い出すだけで、胸が苦しい。昼の写真立てを見た時よりも苦しい。あんな表情を見せられたら、なにも言えないじゃない。最後までずるいひとだ。


これじゃ暫くは寝れないな…

女はため息を吐きながら、お酒で眠気を誘おうと思い、冷蔵庫へ向かった。



―――金曜日 午後11時58分


男は自宅のリビングでウォッカを片手に、物思いに耽っていた。

彼女が浮気しているとこは気づいていた。彼女は態度に出やすい。気づいたときは、内心怒ったが、顔には出さないよう努めた。それでも恋しくて、側に居て欲しかったからだ。彼女がどんなにうんざりした顔をしても一緒に居たかった。

彼女は今日のことを思い返してくれただろうか。ずっと、彼女の胸に桃色のケロイドみたいに残っていればいい。そうしていつまでも残ればいい。

そんなことを考えながら、男はウォッカを煽る。しかし口の端からすこし零れてしまった。

男は口を拭おうとすると、ふと昨日の記憶が蘇ってきた。


昨日の夜、彼女は俺に何か言いたげだった。たぶん最後の言葉を言うつもりだったんだろう。すぐに察してしまった自分が嫌になる。なんで気づいてしまったのか。結局俺は聞きたくないが為に、口で塞いでしまった。思えばそれが最後のキスであった。



それはとても渇いたキスだった。


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