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第三節

全ての隠し通路の確認を終えたところで、女王の捺印をもって文国の降伏は正式なものとなった。


今は真夜中。

明日の朝には、全世界に向けて文国の属国化が公表される手筈だ。




カシンは、珍しく決断を迷っていた。

エイジュの処遇を、果たしてどうするべきか。


国王が戦争に負けた場合、征服と同時に殺されるのが常だ。

男王は使い勝手が悪い。反旗を翻されることを考えた場合のリスクの高さを考えれば───冷たい言い方になるが───当然の処断だろう。


だが今回は例外が多すぎる。それはもう、頭が痛くなるほどに。


まず国王が女だ。長い大陸の歴史の中でも、女が支配者になったケースは本当に稀だ。ちなみに、その例外の多くはこの文国から輩出されている。


相手が全面降伏してきたのも異例だ。大概は自国の名誉だのなんだののために、最後まで抵抗する国の方が圧倒的に多い。


そして何より───これが一番の問題点なのだが───今回の戦は、北国(こちら)が一方的に仕掛けたものと言っていい。つまり、本来文国側にはなんの非もないのだ。

もちろん開戦するとなればそれなりの理由が必要なので、無理やりこぎづけはしたが、理不尽な宣戦布告であったことは誰が見ても一目瞭然だろう。


一方的な開戦に加えて文国の全面降伏、これで更に国王まで殺しては、外聞が悪いことこの上ない。手遅れ感は否めないとはいえ、これ以上大陸諸国に悪しき印象を植え付けるのは得策ではない。


となると、方法は2つに1つ。


(さて、どうするか───)


考え込んでいると、突然部屋の扉が開かれた。真っ白な夜着に身を包み、数兵に監視されながら戻ってきたのは、この城の()主人だ。

風呂上がりらしく、陶器のように真白だった肌が今は全体的に桃色に上気していた。目に悪いことこの上ない。後ろに従う兵たちも、極力意識しまいとしているのか、目線が斜め下を向いている。


カシンはため息をついて兵たちを下がらせた。


再び室内に沈黙が落ちる。

考え込んでいるせいで無意識にカシンが発している重苦しい空気も全く気にとめることなく、エイジュは貴賓室に常備している本を勝手に取り出してカシンも座るソファに躊躇いなく腰掛けた。ちなみに部屋の中は既に安全点検済みだ。貴賓室にまで本を常備しているとは、さすがは文国だ。


「…………」


それにしても、湯上りに男の前で無防備な姿を晒すなど迂闊としか言いようがない。

普通なら誘っているのかと疑うところだが、夢中で文字を追う横顔を見ればこちらの考えすぎだと思い知らされる。全く面白くない。


カシンは意識を無理やり煩悩から逸らすために、出会った時から気になっていたことを問うてみた。


「……ところで、会った時から気になっていたのだが、貴様の白装束はまさか……白旗のつもりか?」


まさかな、と思いつつ聞いてみたが、とてもキラキラした嬉しそうな笑顔を返された。


「分かってくれたのか!?そうなんだ、ただ白旗を用意するのも面白くないと思って白い衣装にしたのだが、誰も突っ込んでくれなくてな。もしや気づいてもらえてないのかと密かに落ち込んでいたのだが」


気づいて貰えて良かった、と笑うエイジュは、本当に嬉しそうだ。

カシンは再び脱力しそうになった。


(……あの緊迫した状況で、面白さを求めるなぞ誰も思わんだろう……)


やっぱり変な女だ。


呆れたカシンは今度こそエイジュから意識を逸らすと、再び思考の海に沈んでいった。




どれくらいそうしていただろうか。

不意にエイジュが立ち上がり、窓際へと向かって行った。姿は見えないが、北国の"影"が夜の闇に紛れてカシンを護衛しているので、怪しい動きをすれば瞬時に彼ら動くことになる。

カシンは黙ってエイジュを見つめた。


月明かりの差し込む窓辺へ行くと、白銀の豊かな髪が更に輝きを帯びる。まるで月の精が降り立ったかのように、美しい光景だった。

窓を開けると、爽やかな夜風が銀糸を撫でる。


「……月が、中空を過ぎた」


言われて、カシンも窓際へ行った。

夜空を見上げると、確かに月は真上を通り過ぎている。気づかぬうちに、暦が進んでいたようだ。


真円に輝く、美しい月の夜だった。


「ああ、そうだな」


確かに美しいが、月など満ち欠けを繰り返すもの。特に感慨もないカシンは、すぐに月への興味をなくした。

なんとなく視線を隣にやると、エイジュも微笑みながらこちらを見つめている。

カシンと目が合うと、桃色の唇がそっと開かれた。


「───なあ、カシン殿。どうせ死ぬのなら、こんな風に美しい月夜がいいと思わないか?」




「? なにを──────っ!!」




───咄嗟に、カシンの腕が伸ばされる。




突然エイジュが、窓から外へ身を乗り出したのだ。




隣に居たため止めることは容易だったが、恐らくカシンが止めなければ本当に5階から落ちるつもりだったのだろう。少しも躊躇いのない動きだった。


一瞬にして肝が冷えた。

だが即座に冷静になったカシンは、動き出そうとしていた"影"を視線で止める。

再び闇に溶けた"影"を確認したカシンは、打って変わって腕の中で大人しくしているエイジュに向き直った。もちろん、腕の拘束は解かないままで。



「〜〜〜〜っ何を考えているんだ貴様はっっ!!!」



重低音の怒鳴り声に、極限まで寄せられた逞しい眉。肩を怒らせて睨みつけるその顔は、カシンを見慣れているトウカでさえその場にいれば一瞬震えが来るほどのものだ。


だがエイジュは変わらず微笑む。


「───先ほどから考え込んでいたのは、もしかして私の処断についてか?」

「質問に答えろっ」


こちらの問いに答えることなく疑問を投げてきたエイジュに、カシンが苛立ちも露わに低く告げる。

だが構うことなく、エイジュは続けた。


「なあ、カシン殿。私が先刻、白い衣装は白旗の意味を込めて着た、と言ったのを覚えているか?」

「……貴様………俺の話をっ、」

「もう忘れたのか?」

「そんなわけないだろう!!」


つい数時間ほど前のこと、忘れるはずもない。


満足げに頷くエイジュを見ると、胸の奥から不快感がこみ上げてくる。



(───イライラする)



誰に?エイジュに?



───いや、この女の良い様に転がされている自分に、だ。


先ほどから、調子を狂わされてばかり。エイジュの一挙一動に同様する自分が、いっそ滑稽に思えるほど。


「実はな、それ以外にもうひとつ、あの白いドレスには意味があったんだ」


低く唸るカシンに構わず、白の寝巻きに包まれた腕が、そっと持ち上げられた。

エイジュの笑みが、深くなる。


一体何をするつもりだと訝しみつつ、カシンはエイジュの動きをじっと観察していた。


だが不意にその手がピタリと止まると、突然エイジュが目を抑えて腰を折った。


「いっ、つ……っ」

「!? どうしたっ?」

「目に、ゴミが……っ」


顔を上げさせると、エイジュが泣きそうな顔で右目を片手で抑えていた。子供のような表情にドキリと跳ねた心臓を無視して、先ほどの怒りなど記憶の彼方に放り投げたカシンは、極力優しく聞こえる声でそっとその手を握る。


「見せてみろ、大丈夫だから」


目線をエイジュに合わせるように屈み込み、頬をそっと包み込む。痛みにギュッと閉ざされた瞼を開けるようにと優しく告げ、開かれた瞳を覗き込んだ瞬間───






───泣いていたエイジュが、嗤った。







……あまりの急展開に、カシンの思考が止まる。


唇に触れる柔らかな感触は馴染みのある感覚だが、これまで経験したどれよりも甘く、快いものだった。

首に回された手はカシンを抱きしめるように優しく後頭部に添えられている。


相手の意図を探るためだと、誰とも知れず心の中で言い訳をすると、カシンは所在なげだった手をエイジュの後頭部と腰に回し、引き寄せた。


押し付けるだけだった口づけが、深く口腔の奥を犯すものへと変わる。

誘ってきたわりに引っ込み気味になっているエイジュの舌を掬い取り、吸い上げてカシンの口中へと導く。

静かな室内に、くちゅくちゅと淫靡な水音が響き続けた。


やがて、エイジュの腕が力を失いダラリと滑り落ちる。そこでようやく、カシンは貪り続けた唇から己のそれを名残惜し気に離した。

見下ろすと、酸欠で目に涙を溜めたエイジュが、とろりとした瞳でこちらを見上げていた。キスのせいで腫れぼったくなった唇は、常より更に赤みを増している。


その壮絶な色香に、カシンの腰がズクリと疼いた。

ほとんど無自覚にエイジュの腰を左手で撫ぜると、小さな手がそれを止める。

少し不満気にエイジュを見ると、女王は艶然とした笑みを浮かべていた。


「───カシン殿、一つお願いがあるのだが」

「………なんだ」


幾分か平静を取り戻したカシンが、エイジュを見つめて問うた。



「───私を、貴殿の妃として娶ってはくれないか?」



ごくりと、カシンの喉が鳴る。

用心深く、相手の企みを見透かすように、注意してエイジュを見つめる。


「………理由は?」

「ついさっき私の命を助けて貰ったとき、貴殿に惚れた」

「貴様は馬鹿か?そんな戯言に俺が惑わされるとでも思ったか」


バッサリ一刀両断するも、エイジュはシャアシャアと続けた。


「ああ、今のは冗談だ。本当の理由は、一生遊んで暮らしたいからさ。北国の王太子殿下の妃ともなれば、将来安泰遊びたい放題だろう?」

「嘘だな。貴様はそんなタイプではない」


半分勘、半分ハッタリのつもりで言ったが、おそらく正解だろうと思う。

まだ出会って一日も経っていないが、この変な女からは"欲"のようなものをあまり感じない。たまに願いを口にはするが、そのいずれも叶っても叶わなくてもどちらでも良いと思っている節がある。その程度の願いは、欲とは言えない。しかもその願いの多くが、『誰かの為にこうしてあげたい』というようなものばかり。自分のために、ではないのだ。


真意を探るようにエイジュを見つめると、やがて観念したように口を開いた。


「はぁ、わかった。ちゃんと話す」


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