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第一節

銀の髪が秋風に靡く。

長いそれを無造作に掻き上げる手は白く儚げで、彫像のように美しい。


翡翠の眼下に広がるは、こじんまりとした洒落た城下街。

『美と芸術の国』と呼ばれるだけあって、街のそこかしこに繊細優美な装飾が施され、季節の草花が生き生きと咲き誇っている。


だがそんな陽気な風景に反し、街を行く者たちの顔はまるで死刑宣告を受けた囚人のよう。常ならば各々着飾りお洒落を楽しむ街人の装束も、今日は暗色に溢れている。


反して、場違いなほど真っ白な衣装に身を包んだエイジュは、執務室から静かに沈んだ街並みを見下ろしていた。

その瞳に悲哀の情は無く、ただ優しく自らの治める国を包み込む。




───コンコン。



無粋な音が、最後の静寂を破る。

きっとこれから入ってくる知らせも、大層無粋なものであろう。


「入れ」


失礼いたします、と入ってきたのは、もう初老といえる歳に差し掛かろうとしている馴染みの宰相閣下だった。


エイジュは微かに眉を上げた。


「おや。わざわざ貴方が遣いを引き受けるとは思わなかった」

「私に出来ることといえば、もうこのくらいしかありませぬからな」


沈痛な顔をしてそう宣う宰相に対し、エイジュは常と変わらぬ風情でカラリと笑った。


「ははっ、何を言う。貴方には私がいなくなった後も、この国を支えてもらわねばならんのだ。さっさと隠居しようったってそうはいかんぞ」


冗談めかして言うと、やっと宰相の顔にも笑みらしきものが浮かんだ。


「……そうですな」


しばしの沈黙。

エイジュは静かに微笑み、宰相の言葉を待っている。


やがて、諦めたような顔で宰相が重たい口を開いた。


「……そのご様子では、もうお分かりなのでしょうが……」


微笑みながら、続きを促した。


「───北の砦が、突破されました。この街に辿り着くのも、もはや時間の問題かと」

「そうか」


悲しみを宿した瞳でこちらを見つめる宰相。その目が何を訴えているのかも、エイジュは分かっている。

けれどそれに気づかなかったかのように、エイジュは唄うように告げた。


「では、準備をしよう。彼らが北門に着く前に、出迎えの用意を整えなければ」


「……考え直しては、いただけないのですね」


その問いにも、エイジュは無言の笑みをもって答えた。


こういう顔の時は言っても聞かないことを、宰相はこの長い付き合いで嫌という程知っている。

僭越だが…娘のようにも思っていたこの女王に、誰よりも辛い道を選ばせることに、そして何より"国の叡智"と呼ばれた自分が、一番大事なときに何の役にも立てない事実に、宰相は申し訳なさでいっぱいになった。

そんな宰相の心の内などエイジュにはお見通しなのだろうが、こればかりはエイジュがなんと言おうと己を責めずにはいられない。


そんな宰相を、エイジュは呆れたように見やった。


「貴方もたいがい難儀な性格だな…」

「…自覚しております」


渋い顔の宰相の言葉に破顔一笑する。

こんなやり取りも今日で最後かと思うと、少しだけ名残惜しい想いがした。


───でもまぁ、仕方がない。


それもまた、"運命のお導き"というやつなのだろう。


窓際の卓に置いてあったベルを一振りすると、澄んだ音が辺りに響いた。

すると即座に、隣室に控えていた侍女たちが扉をノックして入ってくる。


促されるままに鏡台の前に座り、侍女たちがメイクやらヘアセットやらを整えてくれるのを大人しく待った。宰相も静かに後ろに控えていた。


そう時間も経たないうちに、支度が整った。

完璧な出来栄えに、思わず誰もがため息を吐く。幼い頃からエイジュを見慣れている宰相でさえ、思わずその美しさに見惚れてしまった。


高く複雑に結いあげられた銀糸が、小さく秀麗な面を縁取り、その上にはプラチナ製のティアラが飾られており、女王の神々しいまでの美を一層引き立てている。

白い指先には、前王妃の形見である翡翠の指輪。同じく翡翠の小さな首飾りが、華奢な首元を彩っていた。


エイジュは労いの言葉をかけ、惚けている侍女たちに退室を促す。扉に向かいながら心配そうにこちらを見つめる馴染みの侍女たちに、エイジュは安心してもらえるよう笑いかけた。


重厚な扉が閉じられると、再び室内には宰相とエンジュの二人だけとなる。


「さて、準備も整った。

───行ってくるよ」


「……貴女様の未来が、どうか輝かしいものでありますよう……」


それは難しいかもしれないな。

エイジュは冷静に心の中で呟いた。

なんせ、これからエイジュが向かうところは敵の真っ只中なのだから。


だが、わざわざ事実(そんなこと)を言って宰相に要らぬ心労をかける趣味はエイジュにはない。

それに宰相が心からそう願ってくれていることも十分感じられるから、エイジュはとびっきりの笑顔で答えた。


「───ありがとう」


貴方もどうか幸せに。

そう返すと、宰相の顔が泣きそうに歪んだ。だがすぐに笑みを浮かべ直す。それでも、泣き笑いのような顔には違いないけれど。


「……ダメですな。歳をとると、情に脆くなってしまって」


けれど今は、泣いている場合ではない。

そう言うと、今度はエイジュを真っ直ぐに見つめて力強く宣言した。


「───お約束いたします。女王陛下がご不在の間も、力の限りこの国をお守り申し上げると。

…だからどうぞ、ご安心ください」

「ああ。任せたよ」

「御意」


その返事に満足気にエイジュが頷く。

踵を返し、もう一度窓の外に視線を向けて、その美しき景色を目に焼き付けた。


その横顔に悲嘆も気負いも見られないことに、宰相は安堵と少しの悲しみを感じた。

聡明すぎるこの女王は、幼き頃より気持ちの折り合いをつけることに長けすぎている。それが生来のものなのか、それとも幼少時の過酷な経験から培ったものなのかは分からないけれど、およそ子供らしい我儘を言う姿を宰相さえ見たことがない。王の姿としては理想的であるからと、それを推奨するような態度をとっていたのも、いけなかった。

今になって、もう少し年頃の少女らしいこともさせてあげたかったと思うのは、今生の別れに感傷的になっているからだろうか。


女王が振り向く。その顔にはいつもと同じ優美な笑みが浮かんでいた。


「さて。では行ってくるよ」


最後の最後まで軽い挨拶に、宰相から思わず苦笑が漏れる。

こちらの感傷を吹き飛ばすような清々しい笑顔に、宰相も優しい微笑みを返して頭を垂れた。


「───いってらっしゃいませ」





#####





重たい蹄の音が辺りに鳴り響く。

先頭を走るは、全身を漆黒の鎧で覆い黒毛の駿馬に跨った大男。放つオーラだけで、相当の腕前の持ち主であることが容易に窺い知れる。

戦の緊張感からか、普段の倍以上の威圧感を放つ大男に、兵たちは萎縮しまくっていた。下手すれば戦より大男の方に恐怖を感じているのではと思うほどに。


その横に、同じく黒の衣装に身を包む男を乗せた栗毛の馬が並ぶ。馬上の主が、気が抜けるような呑気な声で話しかけた。


「なんか予想以上に呆気なかったね〜。やっぱ『美と芸術の国』だけに、荒っぽいことは苦手なのかな〜」


そう言われ、大男は先ほど突破した最後の砦の様子を思い返した。

元々自国との力量の差ははっきりしているため勝利することは目に見えていたが、確かに少し不審に思うほど呆気なくはあった。

最初は全力で相対してきたわりに、こちらが少し優勢になった途端手のひらを返したように大人しくなったのだ。


無抵抗な相手を叩きのめしても意味はないので、適当に縛って放置してきたのだが……


「……確かに、些かあっさりしすぎていたかもしれないな」

「だよね〜。もしかしたら罠かもよ〜」


大男はフッと嘲笑した。


「そうだとしても無駄なことだ。この俺に下手な小細工は通じん。

それに、あの者たちの様子を見る限り、罠の可能性は低いであろうよ」


大人しくなった敵兵の中にも一部、最後まで抵抗する者たちがいた。一介の兵士ごときをねじ伏せるなぞ、大男にとっては赤子の手を捻るほどに容易であるので、他と同じように縛って見張りと共に置いてきたが……縛られてなお、多くの兵が国を憂い涙していた。

あれは、もはや国を獲られるは必至と思い知った者の流す涙だ。起死回生の罠にかけようと思っている者の顔ではなかった。


「ん〜、まあそうだとは思うけど、油断しないようにね〜」


ふん、と面白くもなさそうに大男が一笑する。


「───誰に言っている」


隣の男はそれには答えなかったが、おそらく「やれやれ」とでも言いたげに鎧の下で肩を竦めていることだろう。


そうこうしているうちに、城下街の北門が見えてきた。

けれどいつまで経っても、敵兵の姿が見えない。大男は微かに眉を顰めた。


普通、少しでも城下街に戦火が及ぶことを防ごうと思えば、最後の門の前には全力投資をする。戦慣れしてようがしてまいが、そんなことは常識だ。

そうしないのは、自分の身を守ることしか考えない愚鈍な王か、ただの阿呆だ。


───あるいは、本当に何かの罠か。


「トウカ」


呼ばれた隣の男が答える。


「はいよ〜」

「全兵に告げろ。何が起きても良いよう警戒態勢に入れ」

「御意〜」


栗毛の馬が兵の合間を巧みに縫って下がって行く。

それを見届けることなく、大男は真っ直ぐ正面の門を睨みつけた。



#####



しばらく走り、門まであと少しというところになって。



「…………」



───門の前に、なにか(・・・)がいる。



「人影っぽいね〜」


いつの間にか戻ってきていたトウカが、緊張感の無い声で答えた。


近づくにつれて、徐々にその輪郭が明瞭になる。




───それは、真白のドレスを纏った美しい女だった。




ここが戦場であることも忘れ、幾人もの兵がしばしその姿に見惚れる。大男でさえ、一瞬目を奪われるほどの、場違いな美貌。


「全軍止まれ───っ!!」


瞬時に我に返った大男の号令が響き渡る。やがてピタリと全ての兵が動きを止めた。

聞こえるのは、女と兵団の間を通りすぎる秋風の音のみ。


先に口を開いたのは女の方だった。


「───そちらは北国(ほくごく)の王太子、カシン殿とお見受けする」


凛と澄んだ、美しい声が響く。

対照的な低く重々しい声で、大男が応えた。


「……いかにも。俺が王太子のカシンだ。そういう貴様は何者だ」


見るもの聞くもの全てに畏怖の念を抱かせると言われるカシンの鋭い誰何にも、全く臆した風もなく、女は笑顔で答えた。


「申し遅れた。私はこの文国の女王、エイジュと申す。此度は貴殿に伝えたき事があって、ここに参った」


優雅な物腰にたおやかな肢体。そして何より、風に舞う見事な銀糸。以前北国に滞在していた吟遊詩人の唄の通りだ。


『彼の国の女王

まさしく国の象徴なり

見るもの全てを惑わす彼の御方こそ

まことの"美の化身"───』


銀の髪は文国王家の証。目の前の女が女王だというのも、偽りではなさそうだ。


カシンは面倒くさげに息を吐いた。

こんな場面で敵国の王が言いたいことなど、どうせ「兵を引いてくれ」だの「命だけは助けてくれ」だの、みっともない懇願に決まっている。素直に媚びれば願いを聴いてもらえるとでも思っているのだろうか。


「───愚かな」


ボソリとエイジュには聞こえない声でカシンが呟く。

何を言われようと、文国を手に入れるというカシンの目的は変わらない。命乞いされようがされまいが、後々の不利益を考慮してなおそれを上回る利用価値があると判断すれば王でも生かすし、逆に価値なしと判断すれば即座に殺す。


全く茶番だと思いながら、一応礼儀として発言を承諾した。



「……申してみろ」



エイジュの笑みが、深くなった。






「──────降参だ」







………………………………。








両者の間に沈黙が流れる。

いつも無駄口ばかり叩いているトウカさえ、呆気にとられているのか何も言わなかった。


聞こえてないのだろうかと思ったエイジュは、もう一度声を響かせた。


「降参だ。私たちの負け。もう抵抗しない。文国は北国に譲渡する」


そこまで言って、やっとカシンが口を開いた。


「……貴様、何を考えている?」

「何を考えるもなにも、そのままだ。これ以上戦っても文国が負けるのは目に見えてる。だから降参する。私は好きにするが良い」


首を落とすでも正式に王位を譲渡させるでも連れて帰るでも何でも良いぞ、と、その内容に反して陽気すぎる声でエイジュが宣った。


「……『私は』、ということは、文国は好きにしてはいけない、と?」


鋭い指摘にエイジュは苦笑した。


「いや、そういうわけではないさ。負けを認めた以上、文国は北国の、ひいては貴殿のものだ。好きにしていい。

ただ、文国は北国(そちら)の要求は力の限り呑むつもりでいる。だから、街や人に危害を加えることだけは極力控えて欲しいという、"お願い"だ」


カシンはなお疑わしげにエイジュを見つめる。


「……言われずとも、そちらが妙な抵抗をせぬなら危害は加えぬ。今後我らのものとなるモノに傷をつけるのは、こちらも本意ではないからな」


そう言った瞬間、エイジュが本当に嬉しそうに破顔した。


「感謝する!」


その無邪気とも言える笑みに、なぜかカシンの心臓が跳ねた。

だが即座に気づかなかったフリをしたカシンは、(おもむろ)に馬を降りた。


トウカがギョッとしたように声を上げる。


「殿下!?なにを……っ!」

「案ずるな。あの女を人質にとるだけだ。お前たちはここにいろ」

「女王が武器を隠し持っていたらどうするのです!?せめて私を共に…っ、」


トウカの心配を、だがカシンは鼻で笑って一蹴した。


「例え女王が武器を持っていようが、女の細腕でこの俺をどうにかできるものか。周りにあの女以外の気配を感じない以上、こちらも一人で向かうのが礼儀というもの。

『北国の王太子は女一人相手にゾロゾロと共を連れて行く臆病者だ』、なんて言われたら癪だしな」

「そんな命知らずなこと言う輩なんて、あんたどうせ殺すだけでしょうが!!」


まだ何か抗議しているトウカを置いて、カシンはエイジュに近づいた。


先ほどの話が聞こえていたのか、エイジュは武器を持っていないことを証明するように両手を上げている。賢明な判断だ。


一見した限り、マーメイドラインのドレスの下に武器を隠し持っている気配はない。後ろを向かせても、特に不審な点はなかった。

だが、女は意外なところに武器を隠し持っているケースがあることも、カシンは知っていた。例えば、太ももの間とか。


「───お前たち、俺が良いと言うまで目を閉じておけ」


命じられた軍隊に動揺が走る。兵たちの声を代弁するようにトウカが叫んだ。


「殿下!一体なにを考えて…、」

「いいから閉じろ。許可なく目を開けた奴は、俺が直々に相手をしてやる」


その瞬間、ピタリと動揺がやみ即座に全員が目を閉じた。事実上北国最強のカシンに相手をされるということは、即ち死を意味しているからだ。トウカも渋々といったように口を閉じて目を瞑った。多分言っても聞かないと諦めたのだろう。


静かになったところで一瞬後ろを向いてザッと確認し、エイジュに向き直って短く告げた。




「脱げ」

「承知した」




打てば響くように返ってきた答えに、カシンは内心少し驚いた。

平静を装おうとしているのかとも思ったが、それにしてはドレスを脱ごうとする手つきに無駄がない。

変な女だ、とカシンは思った。


背中のリボンを一つずつ解いていくと、ほどなくストンとドレスが地面に落ちた。



そうして現れたのは、完璧な曲線美を描く豊満な肢体。



下着も装飾品も全て外し終えた女王は、足元に(くる)まっているドレスを持つと、ちょうどカシンとエイジュの間になるようそれらを放り投げた。


豊かな双丘に折れそうなほど細い腰。長い手はその見事な身体を隠すことのないよう広げられており、スラッと伸びた足の先まで陽の光の下に晒しいる。その姿は、さながら太陽の女神と見紛うほどに美しい。


「これでいいか?」

「……後ろを向け」


躊躇いもなく後ろを向くと、丸い桃尻があらわれる。


しばらく用心深く観察し、投げられたドレス類を拾ってそちらも確認する。

武器を持っていないことを確かめ、もう一度エイジュを正面に向かせた。

その顔には、依然として穏やかな笑みが浮かんでいる。


(……ふん。男に裸体を見せることは慣れている、というわけか………)


僅かに感じた苛立ちを振り払い、ズカズカとエイジュに近づく。

手を伸ばせば届く距離に来ても、エイジュの顔に恐怖は浮かばなかった。カシンの意志一つで、首を容易にへし折られる近さであるというのに。


しばしエイジュを見下ろすが、変わらない笑みに面白くなさそうに眉を顰めると、その胸に拾ったドレス類を押し付けた。


「……もう良い。着ろ」

「砂を払ってもいいか?」


カシンが頷いたところでエイジュはパンパンとドレスについた砂を適当に払い落とすと、脱いだ時と同じように淡々とドレスを着直す。


が、途中でピタリと手を止めた。


不振げにエイジュを見ると、何やら困ったような顔をしている。

しばらく観察していると、躊躇いがちにエイジュが口を開いた。


「……カシン殿」

「なんだ」

「申し訳ないのだが、後ろの兵士を誰でもいいから一人貸してもらえないか?このままでは後ろのリボンが結べない」

「……後ろを向け」

「? わかった」


素直に後ろを向くと、後ろでガシャリと重たい音が響いた。ついで、冷たい何かが背に触れる。


「ひゃっ!」

「じっとしていろ」


どうやら冷たかったのはカシンの手らしい。シュルシュルと衣擦れの音がするから、おそらくカシンが結んでくれているのだろう。

北国ほど大国の王太子ともなれば身の回りのことは全て召使にやってもらっているだろうに、背中に感じる手つきに迷いは感じられない。北国の王太子の特技は"リボンを結ぶこと"とか?妙な特技があるものだとエイジュは呑気に感心した。


「……終わったぞ」


鏡がないので確認できないが、ドレスが落ちてないことから取り敢えず結べてはいるのだろう。

エイジュは笑顔で振り返った。


「ありがとう」


カシンは面食らったように目を僅かに見開いた。大抵の貴族以上の女は、何事もされて当たり前と思っているのか、こんなことくらいで普通礼など言わない。王ならばなおさら礼言わないだろうと思っていたのだが……


「……変な女だ」


エイジュは首を傾げた。何故お礼を言ったのに変な女と言われるのだろうか。

まあどうでもいいか、とエイジュは外した籠手を拾い上げているカシンを見つめた。


「それで、これから私はどうすればいいんだ?」

「とりあえず、人質として同行してもらおうか。街に入った途端罠だらけ、なんて事態は勘弁してもらいたいからな」

「了解した」

「ではついて来い」


籠手を付け終え、カシンはエイジュに背を向けて愛馬の方に戻る。エイジュがトコトコとついてきている気配を感じながら。


愛馬の首を軽く撫でて労うと、その巨体に似合わぬ軽い身のこなしで跨った。

手綱を握ったところで、下からこちらを見上げているエイジュに手を差し伸べた。


「掴まれ」


折れそうな手を力加減を考えつつ握り、一気に馬上まで引っ張りあげる。横向きに自分の前に座らせたところで、前に進み出て軍と向き合う形になった。


「もう目を開けていいぞ、お前たち」


前に女を乗せているカシンの姿に僅かに軍がざわめいたが、全て黙殺してカシンは声を轟かせた。


「文国は降伏した!その証拠に、文国は女王であるこの女を遣わしてきた!これからは征服ではないゆえ、城下に入った後、人道に反する行いをした者は即刻処罰する!

だがまだ油断はするな!城下に入った後何があるかは分からぬ!城中を完全に掌握するまで、警戒態勢は決して解くな!」

「お───!!」


踵を返して城下街と向き合う。


「全軍、進め───っ!!!」


秋空の下で、厳かな行進が開始された。

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