魔血の天使――シンデレラ――
「ハンッ……滑稽なもんだね。あんたは今日からシンデレラだ」
私を見下ろす視線。それは奇しくも、前世で見た最期の光景を思い起こさせた。襲い来る悪魔の軍勢から、神様を護るために盾にしたこの身。今では羽をもがれ、人としての生活を余儀なくされている。
「申し訳ございません、お義母様」
今は従うしかない。力が戻るまでは――。
それにきっとこれは、神様が与えし試練。私のような一介の天使を救おうとしてくださっている心優しい神様が故の辛く悲しい試練なんだ。
ある日、私の耳に面白い話が届いた。
『王子の后を選ぶ舞踏会が行われる』という話だ。
その話を聞いた瞬間、氷の刃を胸に突き立てられたような感覚があった。全身の温度が一瞬で奪われたにも関わらず、滾るような不思議な感覚。
私は即座に理解した。ここが、試練の佳境であると。
天使とは本来崇高で清廉な存在を善しとする。ならば、人の世で王ならざるものなど、道端の小石に付いた土の欠片ほどの価値も持たない。
「自ら、昇れということなのですね……」
こんな身では届いているかもわからないが、私は神様の慈愛に敬意を表し、その場で一礼する。またとない好機、逃す手はない。
「お義母様。私も舞踏会へ参加したいです」
「あんたみたいな汚い変人、王子様のお目汚しにしかならないよ。私はこの二人だけを連れて行く」
変人……。確かに周囲にはそう捉えられてしかたない。なんせ私は元とはいえ天使。下賎な人間共とは太い線で線引きされた、『天上の使徒』なのだから。
とはいえ、この家において、私の地位は格段に下。こんな時、本当に人の身が恨めしい。
「それじゃあ私達は行ってくるから、あんたは留守番を頼んだよ」
下卑た薄笑いを残し、義母は姉二人を引き連れ、舞踏会へと向かっていった。
「くそ……っ! 私は試練の意図を読み違えていたのか……っ! 耐えるだけの日々が何かを生むなんて、そんな安易な考え、人間の思考に毒されていた証拠じゃないか……っ!」
しかし、諦めるわけにはいかない。遥か遠くの天上世界へ戻る為、この程度の障害は乗り越えなければ……。
「舞踏会へ行きたいのかい、シンデレラ?」
「その声は、もしやラファエル様……!」
私が振り返った先には、黒いローブ姿の老婆が立っていた。
「違った……か」
「おやおやシンデレラ。私を大天使様と間違えるなんて畏れ多いことはやめておくれ」
老婆はケタケタと笑った。深い闇を落としたような瞳だけは私から逸らさないまま……。
「さて、本題に入ろうか、シンデレラ。力が……欲しいんだろう?」
「力……?」
いきなり何を言い出すかと思えば。この老婆は私を完全に見くびっている。
「そんなもの、言われずとも手に入れて見せる! 私を誰だと――」
「――舞踏会」
老婆の一言は、私を言葉に詰まらせるに十分な重圧を放っていた。
「行きたいんだろう? あんな毎日に耐え、文句のひとつも漏らさなかったお前が、そこまで必死に悔しがるなんて余程の事」
なるほど。全てバレているということか。もしかしたら、私の前世の事さえも……。
「わかったかい? 私の言う事をよくよく聞いた方がいいってこと」
老婆の言葉に、私は大人しく頷いた。
「私は、魔女。お前が舞踏会に行くための手伝いをしてやろうって言ってるんだよ」
――魔女、か。
「私に、魔に堕ちろというのか、クソババア」
「口の利き方には気をつけるんだね。私は慈善活動がしたくて来たわけじゃない。お前が国を握り、その力を振るえるようになる為の手伝いってことさ」
「それはつまり……」
「たった二人で国盗りなんて、ロマンがあると思わないかい?」
魔女の目は本気だ。私を利用し、この人の世を掌握しようと考えている……! が……、
「もちろん利益は、お互いに都合の良い部分を分配ってことで――」
「いらない」
私にとっては、むしろ好都合だ。
「私が王子に見初められた暁には、私の得るほぼ全てを秘密裏ではあるが明け渡そう」
「何か理由があるみたいだね。わかった。そこまでの好条件だ。私も手を尽くそうじゃないか」
天上へと返り咲くため、私は今、魔の者と手を組むことを決めた。
「私と踊っていただけませんか?」
王子が微笑み、私に手を伸ばす。
ここまでの作戦は順調だ。魔法によって煌びやかなドレスを纏った、文字通り『人間離れした美しさ』を持った私が、他の女に引けを取るわけもない。後は、印象付けの去り際を間違えなければ――。
「っ……!」
刹那、得体の知れない悪寒が私を襲った。
何故だ。全てにおいて順調。何度も確認し、作戦に綻びはない。なのに、どうしてここまで胸がざわつくんだ……。
「ほお……、人の身になっても気付けるとはな」
軽く見上げた先にある王子の顔は、先ほどとはうって変わって醜く歪んでいた。――いや、正確には、『元の姿』に戻っただけだ。
「悪寒の正体は貴様か……。こんな場所で見ることになるなんてな、『悪魔』――!!」
言うが早いか、私はあらん限りの力で王子だった者の頭部へ蹴りを放った。場も衣装も気にしない、的確なダメージを与える為の一撃。が、
「なんだこれは。暇潰しにもなりそうにないな……」
避けることもせず、飄々とした顔で蹴りを受ける姿がそこにはあった。
「ま、あんな雑魚の手下だ。期待する方が愚かということか」
「私が誰の手下だと!?」
「わからねぇのか? 神だよ。か・み。最後の力で死んだ部下を人の姿に変えてこっちに送ったみたいだが……無駄な足掻きをしたもんだ」
「そんな、まさか……」
私を見下ろし、やれやれといった表情の悪魔は、絶望に打ちひしがれる私を更に突き落とす言葉を放った。
「まだわかんねぇのか? 『神は死んだ』んだよ」
醜悪な姿を晒した悪魔のその言葉で、
――ドクン。
私の中で何かが大きく波打った。
――ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン……。
何かが、壊れそうになる。
――ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。
速く、強く、激しく、私の何かを壊しにかかる。
――ドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクン……。
駄目だ。コノまマでは本当に壊レてしマう。
――ドクン!
コワレ――。
「あああああぁぁぁあぁああぁあぁぁああぁぁぁあぁあぁあぁああぁ!」
私の中で何かが弾けたと共に、咆哮は全てを吹き飛ばした。……ただ一人を除いて。
「なんだ。お前も『こっち側』だったのか」
嬉々とした表情の悪魔。
言われて気付いた。ドレスを突き破って私の背から生えた翼は、雲のように柔らかく白かったかつてのものとは似ても似つかないような禍々しい形をしている。それに腕には、血管が黒く浮き出てきたようなおぞましく浮かぶ模様。そうか……。
「私は、『堕ちて』しまったんだな……」
舞踏会の行われていた大広間は、まさに凄惨な状況だった。
私と王子のやり取りを何事かと見ていた人々は皆、衝撃に負けて壁に叩きつけられていた。意識の残っている者はいないようだ。
少し申し訳なく思う反面、やりやすくなったことに安堵する。
すっかり広くなったフロアのど真ん中。私の正面に立つ気色悪い悪魔は、泥臭いかすれ声で笑っていた。
「ははははは! 二人っきりになっちまったな。だが、こんなに早く天使の生まれ変わりを喰えるなんて、俺は幸せもんだ――……あ?」
「馬鹿なやつだ。もう『終わった』よ」
私の両手にある透明な剣によって細切れになった悪魔。その汚らわしい死体がごろごろと崩れ落ちる。
「これは戯れでも決闘でもない。――復讐なんだ」
言い終わって思うこと……それは、以前の私よりも強いという事実。魔に堕ちることで得た、復讐の力。素直な感想を言ってしまえば、悔しい。
「それにしても、本当に使うことになるとはな……」
息をつき、逆手に持った双剣を放り投げる。同じタイミングで床に落ちたそれは、甲高い音をひとつ上げ、淡い光を放った。残ったのは、一足のガラスの靴。もしもの時の為と魔女に言われて履いていたものだ。
落ち着いたおかげか、沸騰していた脳はすっかり冷静になった。それに伴い、体も徐々に人の姿を取り戻していく。
「愚かな魔族よ、何故人の世にやってきたかは知らんが……。私の帰る場所、そして大切な方を奪った報いはしっかりと受けてもらうからな……!」
完
シンデレラを厨二っぽくしようぜ!
という、謎の発想から生まれたこの話。
いかがだったでしょうか。
続きを書いてみたい気もしますが、ここでやめるのがベストかな、と。
評判次第では連載挑戦も検討してみます(笑)。




