―シェアーズの情報―
―3年D組―
ここが俺たちの教室。
俺の席は窓際から二番目の一番後ろの席で寝るにはもってこいの特等席だ。
因みに隣の窓際に座ってる女子は八重で非常にうるさい。
寝てくれたら有難いのだが、夏は暑くて寝苦しいらしい。
なので携帯をいじるか俺に話しかけてくるかの二択しかないんだとか。
そしてそんな八重の2つ前の席が拓夢だ。
それなりに都合のきく席なので何かと便利である。
俺と拓夢が教室に入り、席についたのとほぼ同時に担任の川村幸恵先生が入ってくる。
「はい、みんな席につけー。それじゃまず簡単に連絡から―。」
スレンダーな体系で茶髪のセミロング。左の横髪は耳にかけていていかにも大人の女性といった感じだ。
理科科目の担当なので常に白衣を着たこの川村先生はサバサバしていて生徒からも人気が高い。
だが、サバサバしすぎて本当に生徒のことを考えているのか分からない!という批判的な声もちらほら聞く。
それでも肯定的な声の方が多いのは、川村先生の男女平等でフレンドリーな接し方のおかげなんだろう。
因みに俺はどちらともいえず、正直教師のことなどはどうでもいい。
今まで教師と深く関わったことがない俺からしたら、どの教師も同じように見えるからだ。
そんなことをこの前拓夢に言ったら
「な、なんだか…じじくさいこと言うね…」と、苦笑しながら言われたのでもう言わないことにしているが。
まだ18歳だぞ俺は。じじくさいとは失礼な。
「―と、いうわけだ。よし、ホームルーム終了。」
そう言って川村先生が出て行った瞬間に生徒はガタガタと席を立ち、それぞれ話をしたり購買に行ったりと賑やかになる。
そしてさっきまで机につっぷしていたこの女も賑やかになる。
「明弥!おはよ!なんだかいつにも増して顔色がさえないじゃない!また近所のシェアーズに絡まれたの!?」
『八重…お前は本当に元気だな…さっきまで寝てたくせに…』
「だって幸恵ちゃんの話聞いたって何にもなんないじゃない!私はそんな話よりも、こう…なんていうか…もっと興味が湧くような話じゃないと聞く気になんないのよねー」
『…その言葉そっくりそのままお前に返してやるよ』
「ちょ、ちょっと!それどういう意味よ明弥!私の話は興味が湧くでしょう!?もう湧きまくりよ!!」
どこがだ。八重の話の8割は出所が分からないデマと、残り2割は美味しいスイーツの店だとか、そういった女子しか食いつかないような話だ。
八重の話に興味が湧いたことなど片手で数えるくらいだ。
むしろ耳で数えれる。要するに1、2回くらい。
「八重おはよう。相変わらずだね。い、いたっ!」
「拓夢!明弥が朝からひどいこと言うのよ!?ね!拓夢は私の話にいつも興味もってくれてるわよね!?」
俺たちの席に来て早々八重に背中を叩かれて絡まれる拓夢は本当に可哀想だ。毎度のことながら心から同情する。
八重に「ね!?そうよね!?そう思うわよね!?」といわれ続けた結果、拓夢は「う、うん…」と弱々しく答えた。
むしろ答えるしかなかった。
その拓夢の返答を聞いて満足気にこっちを向き「ふふん」と鼻をならす八重だが馬鹿っぽさがにじみ出ている。
『本当にお前って何しても馬鹿っぽく見えるよな。それはもう才能としかいいようがない』
「な!?明弥にだけは言われたくないわよ!!」
身体を乗り出して俺に襲い掛かってくる八重のおでこに素早くデコピンをすると、ストンと席についておでこを抑えた。
「いったあ~い…手加減しなさいよね!私は女の子よ!?私のおでこは例えるならプリンよ!もうプルップルなんだから!!」
『そうかそうか。おでこがプリンの女の子とは関わりたくないから明日から構わないでくれ、今までありがとう』
おでこを抑えながら俺に抗議してくる八重に向かって満面の笑みでそう告げると「は、腹立つ…!」などという褒め言葉をいただいた。
「あ!そうだ!明弥!明弥って幽霊嫌いなんでしょ?じゃあさ、シェアーズも嫌いなの?」
まだ痛むのかおでこを手でさすりながら八重が俺に尋ねてくる。
『は?幽霊が嫌いだったらシェアーズだって嫌いに決まってるだろう。』
「んー…いや、そうなんだけどさ!なんだかシェアーズってどこに分類していいかわかんなくない?」
ふむ…確かにそう言われてみればそうだ。シェアーズという存在は今までにない存在だし分類しづらい。
「幽霊」といわれれば違う。シェアーズは幽霊とは違い誰の目にも見えるし触れる。
「死人」といわれても違う。死人とは違いシェアーズは動くし、その身体には血が通っていて体温もしっかりある。
シェアーズはどこにも分類されない全く新しいカテゴリーというわけだ。
『まあ…確かにそうだが一度死んだ奴らというのに変わりはないだろう。そんな奴らが生きてる人間と同じように生活してるんだから俺としては不快感が倍だ。幽霊と違って誰にでも見えるし触れるし…最悪じゃねえか。』
吐き捨てるようにそう言うと八重が「そういえば」と言葉を続けた。
「昨日ニュースでやってたんだけどね!シェアーズと、私たち生きてる人間には決定的な違いがあるんだって!!」
『「 え 」』
八重の言葉を聞いて見事に拓夢と声がハモった。
なんだそれは。とっても興味深いじゃないか。
家でごろごろポテチ食いながらTVを見てるだけの奴だと思ってたが少し八重を見直した。
少しだけな。
「なんかね、シェアーズは…」
何故か小声になる八重に拓夢と一緒に顔を近づけ、うんうんと頷きながら八重の言葉を待つ。
「ご飯を食べなくても生きていけるんだって!!!」
そう目を輝かせながら俺たちに言ってくる八重。
後に続く言葉を待つ俺たちだが一向に八重は続きを言おうとしない。
『……あ?もしかしてそれだけか??』
「…え?うん。そうだけど―。」
ぎゅむっ。
とりあえずほっぺたをつねっといた。
「いったあああい!も、もう!さっきから痛いのよ!勝手に期待した明弥が悪いんでしょ!?」
「あはは…でも確かにもっと凄い秘密でもあるのかと僕も思っちゃったなあ。」
「拓夢までそういうこと言うの!?せっかく明弥がシェアーズに興味津々だからこうして情報を提供してるっていうのに!」
『誰が興味津々だ!誰が!!ただ俺はこれから接する上での注意事項がないかを―』
と、ここまで言って俺はハッとして慌てて口をつむぐ。
だがどうやら手遅れだったようで。
「これから接する…?なになに!?明弥シェアーズと関わるようなことがあったの!?あの明弥が!!?」
「明弥…も、もしかして昨日の電話って…そのことだったの…?どうしたの?何があったの?」
八重は勢いよく立ち上がって俺に詰め寄り、拓夢は少し不安そうな顔をして俺を質問攻めにする。
これは困ったな…どう返答すればいいものか…と、悩んでいるとタイミングよく授業開始のチャイムが鳴り生徒はそれぞれ元の席についた。
拓夢もチャイムが鳴ったので名残惜しそうに元の席へとつく。
だが厄介なのは隣の席の八重で―。
「ねえ、明弥。さっきの話の続き聞かせなさいよ。ねえってば。」
などと授業が始まってからも小声で俺に言ってくる。
本当にこいつの野次馬精神には呆れるを通り越して尊敬すら覚える。
「ちょっと。聞こえてるんでしょ。喋りたくないんだったら紙か何かに書いてこっちに渡しなさいよ。」
それどっちにしろ喋ってるようなもんだろうが…!
と心の中でツッコミを入れつつ、このままではうるさくて授業はおろか寝れそうにもないので仕方なくメモを書いて渡した。
「お。やっとその気になったわね。いいじゃない。どれどれ~」
カサッ。
【お前ってブロブ・フィッシュに似てるな】
そのメモを見た八重はすぐさま携帯を取り出し、しばらく経ったあと俺に向かって
「明弥!ちょっと!どこが似てんのよ!」だのなんだの言ってきたのできっと検索したんだろう。
この世には知らないほうが幸せなこともある。
というのを八重が身をもって実感したところで俺はいそいそと寝る準備をする。
八重をからかうだけからかって寝逃げするというのが俺のいつものパターンだからだ。
実際そうでもしないと二時限目も三時限目も延々と八重に絡まれて疲れてしまう。
なので昼休みまで寝て、拓夢に起こしてもらい昼食を食べるというのが有効な時間の使い方というものだ。
昨日は放課後まで爆睡してしまったが今日は大丈夫だろう。
俺が机に伏せても八重はめげずに「ブロブ・フィッシュなんてどこで知ったのよ!明弥!また放課後まで寝るの!?」などとごちゃごちゃ言ってくる。
だがその声もだんだん遠くなり―。
授業終了のチャイムと同時にお怒りの八重が俺の頭にげんこつをしてきた。
『いって…なんだ…もう昼休みか。』
「そうよ!もう昼休み!本当に一度寝たらとことん起きないわよね。先生方も呆れて注意しようともしないわよ」
そう言いながら手に持ってるメロンパンをぐりぐりと俺に押し付けてくる。
メロンパンが可哀想だろうが…!!
と言いたいところだが眠たいので放置。
「明弥。購買いかなくていいの?今日もパン買うんでしょ?」
『んー…そうだな、行くか。じゃあ八重は屋上で場所とっといてくれ』
拓夢の言葉を聞いて大きく背伸びをしてから席をたち、八重に場所とりを頼んだ。
「はいはい。わかりましたよーっと」などとテキトーな返事をしながら八重はメロンパンを片手に教室を出て行った。
俺と拓夢はいつものように購買に向かう。
当たり前だが俺が手作り弁当など持ってくるわけがない。
作ってくれる人も居ないし作れないし。
冷凍食品をぎゅうぎゅうにつめるだけなら出来るが、そんなんだったらパンを買ったほうがマシだ。
今の俺の身体は小麦で出来てるといっても過言ではないだろう。
学生で混みあっている購買で人に押しつぶされながら焼きそばパンと緑茶を買って屋上へと向かう。
「きっと八重ものすごい勢いで明弥に質問してくるだろうね」
屋上へと続く階段を上りながら拓夢は笑いながら俺に言ってくる。
果たしてどこまで話していいものか―。
そんな俺の迷いなどおかまいなしに屋上に着いてしまうわけで。
もちろん屋上にはシートを広げて座って待っている八重がいるわけで。
「さあ、二人とも座った座った!」
バンバンとシートを叩き、座るよう促す八重に言われるがまま座る。
「それじゃあ明弥!話を聞かせてもらおうじゃない。時間はたっぷりあるんだし?」
そう言って見せ付けるように八重は腕時計を俺に示してくる。
お昼休みは40分間なので確かに時間はたっぷりある。
『…ああ。分かったよ』
俺は軽くため息をつき、八重と拓夢に優芽たち(シェアーズ)のことを話すことにした―。