―シェアーズとご対面―
長い上り坂を歩きながら汗を手で拭う。
今は7月上旬の夏真っ盛りである。
登校するときは下り坂なので比較的楽なのだが下校するとなると一転して上り坂になってしまう。
これは本気で自転車を買うしかないのか……?
でも自転車で登校すれば、あの死人どもに話しかける隙を与えないじゃないか!
その方が俺の精神衛生上よろしい。よし。帰ったら母さんにでも連絡いれるかな。
今までもこれからも死人どもと馴れ合う気などさらさらないし。
……ていうかまだ家に着かないのか。
もう拓夢から貰ったスポーツドリンクも上り坂の途中で飲み干してしまったし、帰ったら真っ先に水分補給だな。
そう考えたあたりで曲がり角を曲がり、家の前まで来た。
『やっと着いたか……』
思わず心の声が出てしまうほどいつもより帰り道が長く感じたんだ仕方ない。
鍵を開け、キィ……と音をたてながらドアを開ける。
家には誰も居ないから「ただいま」なんていう単語はしばらく発していない。
誰にも咎められることがないのをいいことに靴だって雑に脱ぎ捨てる。
部屋だってぐちゃぐちゃだ。拓夢が急に来たとしても迷いなく追い返すほど汚い。
でも実際のところ自分の部屋以外は使ってないから部屋以外は母さんが掃除した後のままだ。
二階建ての一軒家は1人で住むには広すぎて時々漠然とした虚しさを感じる。
俺の部屋は二階にあるのだが階段を上り下りする瞬間が一番虚しい。
一階に部屋があったら少しは違ったのだろうか……いや、きっと関係ないな。
そんなことをぼんやりと考えながら階段を上りきり、部屋の前にたどり着いた。
ここまで来て安心したのか眠気が襲う。
……とはいえ殆ど寝てたんだが。
だけどあんなに寝たのに疲れはとれないもので、むしろさらに疲れが溜まった気がする。
もう今日は早く寝ようと決め俺はドアを開けた。
―ガチャッ。
「ひゃあ!?あ!も、もしかしてここに住んでらっしゃる方で―。」
―バタン。
待て。何だ今のは。何か喋る物体が居たぞ。
とりあえず一旦落ち着こう。冷静になるんだ。そう。冷静になるんだ。
きっと脱水症状寸前で意識が朦朧としていて幻覚と幻聴が起こったんだろう。
そうと分かれば一階に下りて水を飲もう。
手荷物を全て部屋の前におき、俺は落ち着いて階段を下りて台所の蛇口をひねりコップに水をなみなみと注ぐ。
口の端から水が伝い落ちてもお構いなしに勢いよく、ゴクゴクと音をたてながら飲んだ。
『はぁっ……美味い。やっぱり水分不足か……今日は熱中症患者続出なんじゃないのか……?』
水を飲み干し、空になったコップを台所に置き再び二階へと向かう。
さあ、今度こそ仕切りなおして部屋に入ろう。
―ガチャッ。
「わっ!!あ!そ、その、お、お帰りなさい!あの!私は―。」
―バタン。
俺の部屋に何か居る。確実に。
喋る。動く。そして俺に「お帰りなさい」と言った。人間そのものだ。
親戚か?違う。知らない。あんな女の子見たこともない。
そもそも親戚にあんな若い女の子は居ない……そう、居ない。
ふと俺の脳裏を八重の言葉がよぎった―。
「シェアーズとは!普通に生活している死者たちのことを指す言葉である!」
―シェアーズ―
『まさか……な。』
でも、そのまさかなのかもしれない……だとしたら何故、何故俺の部屋にいるんだ?
それも見知らぬ人間が。
『確かめるしかないか……』
別にシェアーズだからといって、危害を加えられるわけではないしそんな話もまだ聞いたことがない。
それなのに腰が引けてしまうのは俺が幽霊や死人を嫌っているからなんだろう。
それでも今はこのドアを開けて話を聞くしかない。
目を閉じ深呼吸をする。
よし、行こう―。
―ガチャッ。
「あ!す、すいません私は―。」
『動くな。』
立ってこっちに歩み寄ろうとする恐らく俺と同じ歳の彼女を手と声で制する。
俺の部屋に死人が居る時点で不快感が限界に達しようとしているのに
目の前まできて更に触れられでもしたら発狂してしまう。
俺に制された彼女は「え……あ…と戸惑いつつも素直に動きを止めこちらを見つめる
素直に言うことを聞き入れてくれてこちらとしては有難い。
『とりあえずそこに座れ。いいか。俺がイスに座るまで動くなよ。』
俺の言うとおりテーブルの前にちょこんと正座をしたのを確認して俺は左手側にある勉強机のイスに座る。
部屋に入ってすぐ左手側にある勉強机と部屋の真ん中やや右にある真四角のテーブルは距離が少しあるので気持ち的には楽だ。
俺はイスを彼女の方に向けて、距離はあれど向き合う形となった。
『お前は誰だ。そしてここは俺の部屋だ。どうやって、何の目的があってお前はここに居る。順番に俺が納得するような説明をしろ。』
やはり不快感というのは隠しきれないもので言葉が鋭くなってしまう。
彼女は不安そうな顔でこちらを見つめ視線を一瞬下にそらしたがまた向き直り口を開く
「私は吉沢優芽と言います。えっと……その……」
言葉につまり視線をあっちこっちにいったりきたりさせている優芽と名乗った彼女は癖っ毛なのか、セミロングの髪の毛先にはゆるいパーマがかかっていて全体的にやわらかな印象を与える。
見たところおっとりしていて、温和な性格なのではないか。
などと勝手に想像していると、優芽は言葉につまり閉じていた口をかすかに開けた。
「どうしてここに居るのかは……私にも分からないんです。気がついたらここに居て……それで……」
その言葉に耳を疑う。
気がついたらここに居ただと?そんな馬鹿な話があってたまるか。
仮に本当にそうだったとしても何で俺の家なんだ?他にも沢山家はあるだろう。
だが彼女の反応を見る限り本当に何も知らないんだろう。これ以上追求しても時間の無駄だ。
自分の疑問が解決するどころか疑問が増えていき、苛立ちさえ覚える。
『……お前、死んでるんだろ?』
自分でも思わずハッとするほどそれは自然に口をついてでた。
ずいぶんと直球というか確信に迫りすぎた。
『あ、その……なんだ、すまん。少し直球すぎたな。』
「いえ。いいんです。そのとおりですから……私、死んでますから……。」
苦し紛れの笑顔を作りながら彼女はそう言いキュっと服を手でつかんだ。
「どうやら私には帰る場所がないらしくて……」
彼女はさらに言葉を続けた。
「自分の名前以外何も思い出せないんです……あの……私……ご、ごめん……なさ……っ……どうしたら……どうしたらいいんでしょうか……私は…っ」
何も分からない自分に罪悪感を感じているのか、はたまた苛立ちを覚えているのか。
優芽がどんな感情を抱いているのか俺には分からない。
ただ、優芽の声は泣くのをこらえているからか震えていて。
言葉もブツ切りでぐちゃぐちゃになっている。
言葉をとめ、顔を伏せてじっと涙をこぼさないようにする彼女の姿を見て少し心が揺らいだ。
『お前は……どうしたいわけ。』
こんなことを言うつもりはなかった。
死人なんて。幽霊なんて。大嫌いだからだ。
話を聞くだけ聞いて追い出すつもりだったんだ。
こんなことを聞いたって意味はないんだ。
返ってくる答えなんてたかが知れてるだろう。
「……私……は……っ……」
なのにどうして俺はこんなことを聞いてるんだろうか。
「ここに……ここに居たいです……」
その予想通りの言葉を聞いた瞬間俺の中である一つのことが繋がった。
シェアーズという言葉の意味―。
本当にそのままじゃないか。
要するに空間を共有しているということだろう。
それとも「分かち合う」という意味か。
お互いを分かち合い、そして空間を共有しようということ……。
『……好きにしろ。』
―こうして俺はシェアーズと同居することになった―