―目覚まし代わりの地震?―
チュンチュンと雀の鳴く声が聞こえた。
ふと目覚まし時計を見てみると時刻は6時50分。
アラームが鳴る10分前に目が覚めてしまった。
なんだか得したような損したような…
まあ…あと10分寝れるのは確定事項なので大人しくベッドでごろごろすることに。
『…あっつ…』
雑にタオルケットを足で蹴飛ばして足元までずりさげた。
そしてそのまま大の字になって目を閉じる。
あー。二度寝最高。これぞ人類の美学。
美学の使い方が合ってるかどうかなんてことはこの際どうだっていい。
とりあえず二度寝は至高だ。ということが伝わればそれでいい。悔いはない。
大の字で朝日を浴びながら目を閉じ、二度寝の体勢に入ったところで、
―ジリリリリリリリ。
騒々しいアラームの音がした。
―ピタッ。
…と思ったら止まった。
不思議に思ったがまあいい。
目覚まし時計にまで手を伸ばして止めるという手間が省けた。
どうせ電池切れか何かだろう。
そう思い目を閉じた瞬間に体が揺れた。
横揺れで右に左に揺れている。地震…?
―ゆさゆさゆさゆさ。
いや、違う。
これは…
―ゆさゆさゆさゆさ。
揺れているんじゃない…揺さぶられているんだ!
『どわあああああああああああ!!!!!』
「なっ―!?」
そう気づいた瞬間、俺は叫びながら虫を振り払うように両腕を動かして起き上がった。
左腕に何かがぶつかった気がする。
あと声も聞こえた。
その声の主は俺を揺さぶった紛れもない張本人なわけで…。
起き上がった状態で左下を見てみると
「…っ…朝から大きい声ださないで…頭に響くんだけど…」
鼻を抑えながらしゃがみこんでいる陽菜が居た。
『…何やってんだお前…』
「鼻を殴られた」
『…いや、そうじゃなくてなんでここに居んの』
「…それは…起こしにきた…だけ…」
『よし。出て行け。』
ニッコリと笑顔でドアを指差して言ってやると陽菜はキッと俺を睨みつけてきた。
きゃー女の子こわーい。
『大体お前いつからそこに居たんだ』
「…さんが目を覚ます前。」
『なんて?…最初のほう上手く聞き取れなかったんだが。』
「……」
『…まあ…あれだ、起こしにきてくれたことには礼を言う。仕方ないから言っておいてやる。頼んでもいないのにわざわざ来てくれてサンキュー。オーイェス。サンキューサンキュー。ベリーサンキュー』
「くっ…本当にガキみたい。」
『そんなガキみたいな奴よりお前は下なんだ、その事実をしっかりと受け止めておくんだな。』
「…さんより下なのは年齢と身長だけ、あとは全部私の圧勝だと思うけど。」
『さっきから最初のほうが聞き取れないんだっつーの…。とりあえず今日はお情けで許してやるが、今後一切俺の体には触れるなよ。』
「別に触りたくて触ってるわけじゃないし、変な言い方しないで」
『て…てめぇ…!』
「それと、その言葉そっくりそのまま…兄さんに…返す」
陽菜は鼻を押さえていた手を下ろし、視線を斜め下らへんに向けてポツリと言った。
ある一部分だけ声が極端に小さくなったが、ギリギリ聞き取れた。
極端に小さくなった単語、ギリギリ聞き取れた単語、それは―
『…今…俺のこと…兄さん…って言ったか…?』
―兄さん。
陽菜は確かに、俺のことを兄さんと呼んだ。
その前も、俺が聞き取れなかった部分は「兄さん」と言っていたに違いない。
だとしても何で急に兄さんだなんて…
今まで陽菜にはアンタだとか貴方だとかしか言われてなかったから何だか変な感じがする。
その最大の要因は陽菜が俺のことを慕っていないというとこだろう。
兄さんという言葉は本来家族に向けての言葉だし、家族以外の者に対して兄さんと呼ぶにはそれ相応の気持ちが必要なんじゃないか…と思うからだ。
陽菜が一番それを分かっているはずなんだが…
「…言ったけど…それが何?」
うーむ。謎。
一体どういう心境の変化があったのだろうか。迷宮入り。
この陽菜の様子からして理由なんて教えてくれそうにないし、
それになにより、
「明弥さーん!陽菜ちゃーん!何やってるんですかー?ご飯冷めちゃいますよー!」
時間が、
『うわ!もう7時30分じゃん!やっべえ!!』
ない。
「…兄さんが早く起きないからじゃん。自業自得。じゃあお先に。」
すっと立ち上がってドアの前まで行き、振り返って俺にそう言うと陽菜は部屋を出ていった。
『くっそ!!時間がねえ!!』
半ばヤケクソになり俺は布団から出て急いで身支度を済まし、一階におりて即効で準備。
居間に行くとタマゴサンドがあったのでそれを口に入るだけ押し込んだ。
その様子を見た優芽は「喉つまっちゃいますよ!ちゃんと牛乳も飲んでくださいね?」と心配して牛乳の入ったコップを差し出してくる。
イスに座ってタマゴサンドを食べている陽菜は「汚い…」と言葉を漏らした。聞こえてるぞおい。
優芽に差し出されたコップを受け取り一気に流し込む。
空になったコップをテーブルの上に置いて、居間の入り口に置いたカバンを手にとり玄関へ走っていく。
「明弥さん!ちょ、ちょっと待ってくださ―ひゃあぅ!?」
何故か俺の後を追ってくる優芽はズデーン!という効果音でもしそうなくらい豪快にコケた。
『…んじゃ行ってくるわ。』
そんな優芽を横目で見つつ俺は靴を履き、ドアノブに手をかける。
「ま、まってください!あ、あの!これを…!」
そう言って慌てて立ち上がり、パタパタと小走りで俺のもとへ駆け寄る優芽の手には真四角のものがあった。
その真四角のものは赤いバンダナでくるまれていて、ちゃんと持ち手もつくられている。
「お弁当…作ったんです。お口に合うか分かりませんが…どうぞ…!」
そう言って俺の前に差し出された真四角の物。
それは優芽の手作り弁当だった。
『…弁…当…?…俺に?』
「は、はい…!そんなに凝ったものじゃないですけど…でも、パンよりはお腹いっぱいになります!」
『そっか…。』
「たくさんご飯をたべて!にっこり笑顔です!お腹いっぱいになったら幸せいっぱいですよ♪」
そう言って天真爛漫な笑顔を俺に向ける優芽。
その手に乗っかってる弁当を俺は掴み、カバンの中に入れてチャックを閉めた。
『じゃあ受け取っとくわ。……どうもな。』
軽く礼を言うと、優芽は胸元で軽く手をふりながら「はい♪気をつけてくださいね。」と言って俺を見送る。
いつもより少しだけ重たくなったカバンを手にもって、俺は家を出た―。