―シェアーズだけの空間<お風呂>―
「結月ちゃんどうですかー?ちゃんと目つぶっててくださいねー」
「うん…目つぶってる…」
「じゃあ流しますねー」
「うん…あぷ…っ!」
「え!?結月ちゃんどうしましたか?目に入りましたか!?」
「なんか口に入っちゃったみたいだから気にしなくていいよ優芽姉。結月、ちゃんと目も口も閉じる。」
「わかった…ん。」
「結月ちゃん良い子ですね。どんどん流しますよー。じゃばじゃばじゃば~♪」
決して広いとはいえない風呂場にシェアーズの三人が入っていた。
浴槽には陽菜が浸かっていて、結月は優芽に髪を洗ってもらっている。
あの後、明弥は優芽の声が止まってから無事に風呂に入った。
そして明弥が風呂から上がって部屋に向かったのを確認してから三人が入ったのである。
明弥が風呂に入ってる間に優芽達は夕食を済ませれたので、あとはのんびりするだけ。
陽菜は浴槽のふちに両腕を組んで、そこに顔をのせて優芽と結月をみていた。
目が見えない結月は優芽に頭や体を洗ってもらっている。
そんな結月の頭を洗い終えた優芽は、結月の髪をタオルで巻きながら陽菜に話しかけた。
「陽菜ちゃんって明弥さんのこと好きなんですね♪」
笑顔でそんな言葉を発する優芽に陽菜は一瞬思考が停止した。
「…え?なんで急にそんな話になったのか分からないんだけど…」
「今日明弥さんが言ってたんです。私たちシェアーズは何も食べなくても生きていけるー…って。」
「へえ…。でも、それとこれと一体どう関係があるの…?」
「だって空腹にも満腹にもならないってことは、食べたいときに好きなだけ食べれるってことじゃないですか。それなのに陽菜ちゃんは明弥さんに朝食を残した……と、いうことは―」
「別にそんなんじゃなくて、ただ単にお腹減ってなかったし…それにアイツが倒れて私たちが何も出来なくなるっていうのもいやだったから…」
「んー……」
陽菜の返答にどこか納得がいかないのか、優芽は結月の髪をタオルで巻き終えたついでに結月に問いかけた。
「結月ちゃんは、私の作るご飯すきですか?」
「うん。すき。」
「じゃあー…好きじゃない人にご飯あげれますか?」
「やだ…!」
「結月ちゃんがお腹すいてなくてもですか?」
「うん。結月が優芽おねーちゃんのおりょうりたべるの。」
「陽菜ちゃんにはご飯あげれますか?」
「おねーちゃんにはあげる…!」
その結月の返答を聞いて優芽は何も言わずに陽菜の方を向いた。
陽菜は優芽が何を言いたいのか察して目をそらす。
「それは結月の考えでしょ。私は違う…大体まだ出会ってから日にちもそんなに経ってないし…アイツがどんな奴かなんて分からない。」
「確かにそれもそうですけど…あ、結月ちゃん。もう洗い終わったのでお風呂に入りましょうか♪」
「おふろ入るー」
陽菜と結月がお風呂に入り、ザバーンと音をたてて浴槽からお湯が溢れた。
三人が1つの浴槽に入ってるので広さ的にはギリギリである。
みんなが浴槽に浸かったところで再び話は再開して、優芽が口を開く。
「陽菜ちゃんがどんな思いでご飯を残したとしても、明弥さんは陽菜ちゃんに感謝してますよ。きっと。」
「…どうだか。」
「かんしゃー?おねーちゃん、かんしゃってなあに?」
「感謝っていうのは……ありがとうって思うこと。」
「じゃあ結月かんしゃしてるよ。優芽おねーちゃんにも、明弥おにーちゃんにも、おねーちゃんにも!」
「そうなんですか?結月ちゃんは何に感謝してるんですか?」
結月の無邪気な言動がなんとも微笑ましくて、優芽はそんな質問を投げかけてみた。
「優芽おねーちゃんはおいしいご飯作ってくれる。おねーちゃんは結月のこといっぱいしてくれる。明弥おにーちゃんは…」
「結月。無理しなくていいよ。アイツに感謝することなんて何もないんだから…」
「明弥おにーちゃんは…結月にお部屋くれたよ。結月、おねーちゃんと一緒に寝れて嬉しい。」
パシャパシャと水遊びをしながら言う結月の素直な言葉に陽菜は返す言葉が見つからなかった。
あの時、もし明弥が自分達を追い出していたら今頃どうなっていたんだろう…
すごく自分達のことを嫌っているみたいだけど、なんだかんだで根っこの部分は腐ってなさそうだし。
だからこうして家に置いといてくれてるんだろう。
そう陽菜は思った。
「…結月はすごいね。」
「すごい…?結月すごいのー?」
「うん。結月はすごいよ。いいこいいこ。」
陽菜が結月の頭を撫でると、結月は気持ちよさそうに目を閉じて受け入れる。
「…変えてみるかな…」
「…?陽菜ちゃん何を変えるんですか??」
「え、あ、うん、せ、生活習慣…とか…」
独り言を言ったつもりでも、こんな狭い場所では聞こえてしまうようで。
優芽に問いかけられた陽菜はとっさにテキトーな答えを言ってしまい後悔した。
こんなんじゃ嘘だとバレて余計に怪しまれて問い詰められるに―
「生活習慣ですかー…早寝早起きとかですか?私も朝が少し苦手で…あ!早寝早起きといえば小さいころ―」
―違いない。と思ったがその予想は大きく的を外した。
優芽の天然っぷりは底知れないもので、疑われるどころか自ら話をふくらましている。
テキトーに言った答えから話が発展するものだとは思いもしなかったが、優芽に問い詰められなくて陽菜は内心ホッとした。
そのまま陽菜は優芽の話を聞きながらゆっくりと肩まで浴槽につかり、結月の頬がほんのり赤くなってきたので風呂からあがることにした。
結月の体をバスタオルで拭いてあげてると優芽も後に続いて風呂から上がってきた。
「陽菜ちゃん先にドライヤー使いますか?」
「うん。私たちのほうが髪短いから先に使わせてもらう。」
「じゃあ私はベランダで涼んできますね♪」
優芽は陽菜にそう言って髪の毛をタオルで拭いながらベランダに向かった。
ベランダの入り口は居間にあるので、ふすまを開けて居間に入る。
そこには明弥の姿はないので、きっともう部屋に行ったのだろう。
ガラっとベランダをあけてスリッパを履いて表に出た。
「ふあー…涼しい…」
風呂上りにはとても気持ちの良い夜風が優芽の頬をなでる。
そよそよと髪の毛もかすかに揺れて、とても心地良い。
今宵は三日月。星もちらほらと見える。
「明日も晴れそうですねー…」
―そう呟いて優芽はしばらく夜空を眺めるのだった。