―優芽とお買い物②―
豆腐屋に千円を二百円に変えられた俺は大人しく優芽の後ろを歩いていた。
優芽は次々に野菜や肉や魚を買っていく。俺の財布事情などお構いなしに。
そしていつの間にやら優芽の両手は買い物袋で一杯になっていた。
明らかに最初と比べ歩くペースが落ちているので、かなり重たいのだろう。
大体男が女の買い物に付き合う理由なんて―
『…それ貸せよ』
「え?あ、や、で、でも重たいですよ!」
『少なくとも優芽よりは筋肉あるし大丈夫だから』
荷物持ちくらいしかない。
優芽の両手にあった買い物袋をひょいっと持つと、
申し訳なさと嬉しさが入り混じった笑顔で「ありがとうございます」と優芽は言った。
でもまあ後は家に帰るだけだしな。これくらい重くもなんともない。
『ていうかもう買い物終わったんだろ?食材も充分すぎるほど買ったと思うんだが』
「はい。食材はもう充分です。あとはお米だけですね。」
そう言って前を進んでいく優芽の言葉に耳を疑った。
米…?
家には今まで俺1人しか居なかったからお米は5kgのものを買ってあって、確かまだ2kgぐらい残ってたはずなんだ。
優芽たちが来たのも一昨日のことだし、そんな一気になくなるはずはないんだが…
「なんだかお米とっても美味しくて…久々に食べるからなんでしょうか…1人で4合分くらい食べちゃって…もう残り少ないんです…えへへ」
そう言って俺に笑いかけてくる優芽の頬をネギではたいた。
「ひゃあ!も、もう明弥さん!ネギは食べるものですよ!はたいたりするものじゃ―」
『アホかお前は!!1人で4合分の米を一気に食べる奴がどこにいる!もっと味わって食べろ!!!』
「あぅ…す、すいません…でも不思議とお腹いっぱいにならなくて…」
そう言いながら頭を両手で抱え、俺にネギではたかれないように優芽は距離をとったが無駄な抵抗だ。
そんな優芽にネギを振り回そうとした瞬間、ある言葉を思いだした。
―シェアーズはご飯を食べなくても生きていけるんだって―
これは…確か八重が教えてくれたシェアーズの情報か…
なんにせよこの情報は正しいということがたった今判明しそうだ。
優芽の言動からして生前から大食いだったというようなわけでもなさそうだし。
一体どんな感覚かは分からないが、お腹いっぱいという感覚はないということだけは分かった。
だとしても、だ。
いくらお腹いっぱいにならないからといってバクバクと高い米を食べられては困る。
それに何も食べなくても生きていけるのだから俺としては食べないでほしいんだが…
かといっても、見た目は本当に生きてる人間そのものだし、食べさせなかったら罪悪感で押しつぶされそうだ。
なのでここはとりあえず、この情報を優芽にも伝えておこう。
『なあ…優芽。』
「は、はい!なんでしょう…?」
『お前たちシェアーズはご飯を食べなくても生きていけるっていうのは知ってるか…?』
「…え?…そ…そうなんですか?」
優芽は目をまん丸にしながら俺の方を向いてくる。
『まあ俺も人づてに聞いた話だからなんとも言えんが…今の優芽の発言からしてどうやら本当らしいなと。』
「んー…そうですねー…言われてみれば空腹感も満腹感もないんです。」
そう言って優芽は人差し指を口に当て、考えるような仕草をとる。
「なんだか不思議ですね」と、優芽が独り言のように呟いたのと同時に米屋さんに着いた。
優芽が米を見て回ってるのをよそに、俺はいつも買ってる5kgの米をかついでレジに―
…行こうとしてやめた。
人数も増えたし、なんだか優芽は白米が好きらしく沢山食べるし、5kgでは足りない。
直感的に、野生的に、いやむしろ倫理的にそう思った。
かついだ5kgの米を元の場所にもどし、同じブランドの10kgの米を担いでレジに持っていく。
会計を済ませた後の俺の財布の平べったさ具合といったら…ジーンと切なさがこみ上げてくる。
出かける前にお金を補充してきたばかりだというのに。
買い物というものはこんなにもお金を消費するものだったのか。
まるで失ったお金の重みを感じるかのように、食材と米を抱えて俺は米屋を出た。
米屋を出てからしばらくしても後ろから足音は聞こえなかったが、立ち止まることなく家路を急ぐ。
すると後ろから足音と共に「待ってくださいよぉ~!」という間の抜けた声が聞こえてきた。
「お、置いてけぼりだなんていじわるですよ!」
『あー、すまんすまん。忘れてた。』
「そんないじわるばっかしてたら駄目ですよ。舌抜かれちゃいますよ!」
『それ嘘ついたらじゃなかったっけ』
「あれ…?んーっと…おへそ取られちゃいますよ!!」
『いや、それは雷。』
「はぅ…あ、えっと、頭かじられちゃいますよ!!」
『…それは獅子舞だ』
「と、とにかく!いじわるは駄目です!だめだめです!」
意地悪とはまったく関係ないことばかり言っては俺に訂正される。
それの繰り返しで優芽は例えを言うのを諦め、頬を膨らませてきた。
…どうもこう論点がずれてるというか、脳みそがニート状態のご様子だ。
優芽の言われたとおりになるとしたら、今ごろ俺は舌を抜かれ、へそも取られ、頭はかじられるという大損傷だ。
ただ少し置いてけぼりにしたというだけでこの仕打ちはむごい。
そんな仕打ちがないことに感謝しつつ家に着き、両手がふさがってる俺は優芽にドアを開けてもらい家に入った。
そして荷物を一旦玄関に置く。さすがに米10kg+αは重い。
荷物を置いた俺は靴を脱ぎ居間へと向かう。
優芽はドアの鍵を閉めて靴を脱ぎ、俺のあとに続いて居間に入ってきた。
居間に入った俺はひとまずキッチンの傍に荷物を置いて―
『…これは…確かに…』
あと4合炊けるかどうか…といった量の米が入った米袋を見た。
本当に1人で結構な量食べたんだな…俺でもこんなに食べたことはない。
まあ満腹感がないのだから仕方ないのかもしれないが、シェアーズを知らない人が見たら普通に驚くと思う。
とりあえず重い荷物から開放されて一気に体が軽くなったので、両肩をグルグルと回して背伸びをしていると―
「明弥さんおつかれさまです。お買い物に付き合ってくれてありがとうございました♪」
俺より少し遅れてキッチンに入ってきた優芽が笑顔でお礼を言ってきた。
そしてそのまま買い物袋の中の食材を冷蔵庫に入れていく作業にとりかかろうとしている。
『お前もな』と返してそのまま居間の方へ歩き、テーブルの横でTVの目の前にあるソファーに座った。
時計を見るともう15時で、丁度グロリオーサ学園の授業が全て終わったくらいの時間だった。
あと少しでも遅れていれば帰宅途中の学生に見られた可能性があったので運が良い。
TVでも観ようかと思ったが面白い番組など今の時間はやってないのでやめた。
ソファーに横たわり大きいあくびをする。
なんだか階段をのぼって部屋まで行くのも面倒くさいし、居間の方が涼しいし…
いっそここで日が暮れるまで寝てしまおうか。
『…俺ちょっと寝るから』
「明弥さん寝るんですか?陽菜ちゃんといい明弥さんといい…皆さんよく寝ますねぇ…」
「寝る子は育つと言いますし良いことですよね」という声がキッチンの方から聞こえてきたが、
多分、いや、絶対俺か陽菜が成長することはないだろう。
俺は成長期が過ぎた的な意味で。陽菜はシェアーズ的な意味で。
とりあえず優芽に寝ることを宣言した俺はTVに背を向けるように横たわり、目を閉じた―。