―平手制裁―
まるで俺を待っていたかのようなお出迎えに驚くも、とりあえず―
『な、なんだお前ら!そろいもそろって!!』
距離が近い。
ギリギリまでドアにピッタリとくっついてそう言うと優芽が心配そうな顔で見つめてくる。
「明弥さん倒れたんですよね…?すいません…材料がなくて…朝のハムエッグトーストしか…」
その優芽の言葉にふと疑問を感じた。何故俺が倒れたことを知っているのだろうか…。
気になったが今は腹を満たすことが先だ。そこは後で聞くことにしよう。
そう思い俺は優芽に言葉を返した。
『いや、気にするな。今からコンビニ行って弁当買ってくるし』
申し訳なさそうに俯いていた優芽は、そんな俺の言葉を聞いて顔をあげた。
「コンビニ弁当なんて…ハムエッグトースト…嫌いですか…?そ、それとも…私の…」
声色からして酷く落ち込んでいるのが誰からも見てとれる。
それに答えず手で道を開けるように指示をして、靴をぬいで足を踏み入れた瞬間。
―パァン!!!!!
頬に強い痛みがはしった。
『…は…?』
状況が全く理解できなくてマヌケな声が出た。
俺の目の前。俺の目先の下には、
「…痛いですか?」
鋭い視線で俺をにらみつける陽菜の姿があった。
おそらくこの頬の痛みはビンタされたからだろう。
そして、ビンタしたのは俺の目の前にいる陽菜。
なるほど。状況は理解できた。
しかし、何故。
『…まあ…そりゃ痛いだろうな。ビンタされたんだし。』
いくら女だとはいえ結構痛い。
なおも俺に鋭い視線を送りつけてくる陽菜は口を開いた。
「私は―私たちは人間です。こうして貴方に触れることが出来るし、こうして痛みを与えることもできる。」
『何を言って―』
「一体どんな理由で私たちにそんな態度をとってるか知らないけど、これだけは言わせてもらう。」
俺の言葉をさえぎり話を続ける陽菜は一旦目を閉じ、優芽の方を見た。
優芽は、陽菜が俺をビンタしたことに驚いているのか口元を両手で覆っていた。
「優芽姉は…貴方を含めた私たちのことを思って、昨日も今日もご飯を作ってくれた。」
『…』
「だというのに貴方は…横暴な態度をとって優芽姉の心を踏みにじった。」
「ひ、陽菜ちゃん!いいんです!私は別にそんなこと―」
「優芽姉は黙ってて。」
その陽菜の言葉通り、止めに入った優芽は口をつぐんだ。
ひるむことなく、目をそらしたくなるほど、真っ直ぐに俺を睨みながら言葉を続けた。
「話を最初にもどします。確かに私たちは一度死んでいる…だけど!」
途端に陽菜は口調を強め、バン!と勢いよく壁を叩いた。
「私たちは今!こうして!ここに存在している!喋れるし!触れるし!生きている人と何も…何も変わらない!!」
ハッキリと、力強く、そう言った陽菜の姿を見て俺はヒリヒリと痛む頬をおさえた。
「貴方は…もし、他の人がこういう風にしてくれても…あんな態度をとるんですか…?…だとしたら最低です…。でも、私たちだけにあんな態度をとるんだとしたら…もっと最低です…」
そう言って壁に当てた手をそっと下ろし、陽菜は口を閉じた。
俺に言いたいことを全て言い終えたのか、陽菜は結月の手を引いてそのまま部屋へと入っていった。
俺は頬をおさえたまま呆然と立ち尽くした。
優芽は俺の横でじっと立っているまま。
ただ、陽菜に言われた言葉すべてが俺の頭の中を埋め尽くしていた。
ヒリヒリと痛む頬が、確かにここに陽菜が存在しているということを主張しているかのようで。
陽菜に言われた言葉は本当にそのとおりで、とてつもなく恥ずかしくなった。
「あの…明弥さん…」
『なあ…優芽…』
「え、あ、は、はい!なんでしょう…?」
『ハムエッグトースト…食べてもいいか…?』
一気に距離を縮めるのは無理だとしても、少しずつ。
変わってみようかなという気持ちになった。
あんな全力でビンタされたのなんて、俺が覚えてる限りでは生まれて初めてだ。
ああやって陽菜に言われなければ俺はこの先もずっとあんな態度をとっていただろう。
俺の言葉を聞いて、優芽は笑顔で「はい!」と返事をしてパタパタと居間へ小走りしていった。
俺も居間に入ってイスにつくと、
「はい。どうぞ!」
ハムエッグトーストが二枚でてきた。
『…なんで二枚もあるんだ…?一人一枚なんじゃないのか?一人二枚ずつだったのか?』
俺が尋ねると優芽はふるふると首を横にふった。
「それは陽菜ちゃんと明弥さんの分なんです。」
優芽の言葉に自分の耳を疑った。
俺と…陽菜の…分?
「じゃあ…陽菜は食べてないのか…?」
優芽はこくりと静かに頷いた。
「陽菜ちゃんは結月ちゃんに食べさせたあと、『私お腹すいてないからアイツにやっていいよ。昨日から何も食べてないんだし、お腹すかせて帰ってくるでしょ。』と言って残したんです。」
優芽の話を聞きながら俺はハムエッグトーストを見ていた。
陽菜の優しさが充分すぎるほど伝わって、なんだか自分が情けなくなった。
あんな無愛想で露骨な態度をとるやつだけど、俺なんかよりずっと大人だ。
ハムエッグトーストを手にとり一口かじる。
『…美味い…』
その言葉を聞いて優芽はパアっと笑顔になり「本当ですか?」と嬉しそうに聞いてくる。
『久々に食べたからいつもより美味く感じるだけだ。』
そう言っても優芽はにこにこしながら俺の方を見てくる。
実際お世辞抜きで美味い。なんていうかタマゴの半熟加減が絶妙だ。
優芽に笑顔で見つめられながら、あっという間に陽菜が残してくれた分まで食べてしまった。
「お粗末様でした♪」と言って綺麗になった皿をさげる優芽の姿からは、ご機嫌オーラが滲みでている。
「あ。明弥さん。」
キッチンの方から名前を呼ばれたので、優芽のほうを向いた。
「あのー…もう食材がないので…よければ買い物に…行きませんか?」
と、申し訳なさそうな表情で手を合わせてお願いしてくる。
そういえば食材ないようなこと昨日から言ってたもんな…受け流してたけど。
親から仕送りで毎月送られてくる封筒の中身を見てみると、まだ結構お金は残っていた。
時間は13時。この時間帯なら学生はまだ学校だし、知り合いに見つかる危険性も無い。
それに店だって混んではいないだろう。
そう思った俺は『分かった』と言って席を立った。
「ありがとうございます!まだ私この辺のこと分からないので、色々教えてくださいね。」
あたたかい笑みを返す優芽に相槌をうって、準備をするために俺は部屋へ向かった。
ただの買い物だしそこまでオシャレする必要はない。
制服を脱いで、ポロシャツとチノパンに着替える。
そして居間に降りて封筒からお金をとり、財布に入れる。
『もう準備は出来たぞ。』
そう優芽に告げて先に玄関へ行き、靴を履いて家を出ようとしたら、
「あのー…」
優芽の声が俺の動きを止めた。
『どうした?』
「そ、その…私、靴もってないので貸してくれませんか…?」
『え?』
靴もってないってどういうことだよ。
って思ったが、そういえば優芽は最初から部屋に居たんだっけか。
外から来たなら靴は履いてたと思うが、それならまあ仕方ない。
とりあえず女ものの靴なんて母さんのしかないから、それほど高くないヒールを勝手に貸した。
「すいません…って…あ、明弥さんヒール履くんですか!?」
『んなわけねえだろ。裸足で歩かせるぞ。』
どっからどう考えても母親のだって分かるだろうが。
優芽の頭の中のお花畑は今日も咲きほこっている様子だ。とっとと枯れてしまえ。
「裸足はひどいですよぅ…火傷しちゃいますー…あ、ピッタリです。」
ヒールを履いた優芽はそう言うと、クルリと一回転してみせた。
一回転したときに、優芽のフリルがついた可愛らしい普段着もふわりとたなびいて、甘い香りが鼻をくすぐる。
…こうして見ると結構可愛いのかも…
『…何を考えてるんだ俺は…』
「…?明弥さん何か言いましたか?どこか変でしょうか?」
『いや、なんでもない。さっさと行くぞ。』
わざとらしく音をたててドアをあけると、後ろから「はい♪」という声が聞こえた。
今、この瞬間から、少しずつ、俺はシェアーズと距離を縮めてみようと思った。
……思っただけな。
タイトルは鉄拳制裁の平手打ちverだったりします。